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みやび!まいります! 【鬼班事件帳】  作者: 一狼
第1章『かくれんぼ』見つけられたら食べられる。
7/8

◆◆⑦◆◆

「なる程ねぇ▪▪▪

ですが本部長?あのお嬢ちゃんの見てくれからは、とてもじゃないが信じられないですねぇ。」


鑑識課長の小野は、鑑識課を訪れた辻谷と、先程回収したばかりの『さくらのスマホ』を見ながら、よれよれに折れ曲がったハイライトに火を着けて缶コーヒーを啜っていた。


「私もまさかと思いましたよ。

いえ、後鬼であることに間違いはないと思っていましたが、あそこまでの能力を秘めていたとは▪▪▪」


「でもその理屈には無理が有るでしょぉ?」


「そうですね。何の根拠も確証も無い。

ですが、そう言われたら、妙に納得してしまったんですよね。私も原口さんも。」


「ぐっさんも甘いな。」


「彼は良くも悪くも忠実なのですよ。」


「牛頭に昇進ですか。」


「はい。まあ、警察の階級とは違いますが、責任が重くなるのは間違い有りませんからね。」


「閻魔の旦那も鬼使いが荒いや。」


「そう言う小野さんも、鞍馬山の本山所属になるそうですね?」


へへっと、長い鼻先を小指で掻きながら小野はハイライトを揉み消した。


「面倒なだけですよ。

でもまあ、人界も鬼界も、そして天狗党も同じでしょう?必要悪ってヤツですよ、この『組織▪階級』っでやつは。」


「悪は言い過ぎでしょう?

しかしまあ、後鬼ばかりに任せておくのも気が引けますし、お払い箱にされるのも面白くないですからね。

少し働いてきますよ。」


そう言って口角を上げた辻谷の口の端からチラリと尖った歯が見えた。


「本部長の出張は久しぶりですね。

まあ、ここまでの大事が起きたのも何十年ぶりですかね?」


「ちょっと忘れちゃいましたね。では、行ってきますね。」


辻谷は、そう言うと小野のデスクの電話を取り、出掛ける旨を事務官に伝えた。


見るからに高そうな艶やかな生地で仕立てられたスーツを羽織り、何一つ文句のつけようがない優雅さで、無機質で殺風景な鑑識部屋を出ていった。


「『後鬼の勘です』だ?俺なら納得しないね▪▪▪」


折れ曲がったハイライトを根本まで吸い、小野は灰皿に吸い殻を擦り付けた。


「ああ、小野だぁ。これから明後日まで出張な。」


小野は辻谷と同様にデスクの電話を取って事務方に連絡した。


「あ?京都だよ、旅行じゃねぇよ!出張だよ!あ?信じられねぇだと?コノヤロウ、本部長の了解は取ってるんだ!

なに?申請書出せだと?急ぎだから本部長の許可を直接取ったんだろうが!テメエッ!グダグダ言ってんじゃねえっ!」


小野は受話器を叩き付けるようにして通話を切った。


「まったくよ▪▪▪」


イライラと胸ポケットをまさぐって煙草を探した。


出てきたのは空の箱だった。


「チクショウッ!」


小野はそれを床に叩き付けた。


叩き付けられた空箱は、一つ大きく弾んでゴミ箱へ飛び込んだ。


「▪▪▪へへっ。」


◇◇◇


小角とみやびは鬼棲寺の境内にいた。


「どうされるんですか?」


不安なのかとみやびの顔を見た。


不安どころか、目をキラキラと輝かせて、まるで遊園地のアトラクションの行列に並ぶかのように高揚していた。


「行者様、遅くなりました。」


そう言って小角に声をかけたのは辻谷だった。


「本部長!」


「ここでは前鬼だよ。」


そう言って口角を上げた辻谷の口内には、見事な犬歯が二対光っていた。


「本部長?顔が怖いですぅ▪▪▪」


「後鬼、お前もあっちの顔になりつつあるぞ。」


「え?」


みやびはポケットから携帯用のコンパクトを出した。


「あちゃぁ▪▪▪ホントだぁ。」


「もう良いか?行くぞ。」


小角は印を結び空を切る。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!

開け、冥界の扉!」


三人の目の前の空間が黒く濁った。


徐々に像を結び、それは荘厳な設えの鋼鉄の扉となった。


「ほえぇ▪▪▪おっきな扉ですねぇ▪▪▪重そう▪▪▪」


と言いつつも、みやびはすたすたと扉へ歩き、軽く押した。


鋼鉄の扉は音もなく、ゆっくりと開き始めた。


「なあ修?」


「▪▪▪はい、行者様▪▪▪」


「ほんと固ぇなぁ?何時までも根に持ってると白髪に、いや、家系的には『禿げ』るぞ?」


「さあ、行きますよ。」


「まったくよ、可愛くねぇな。」


頭を掻きながら小角は先に進むみやびと辻谷の後を追った。


◇◇◇


「みやび!道は分かるのか?」


先を行くみやびに小角は声をかけた。


「分かりませぇん!でもこっちですよねぇ!」


んとに▪▪▪疑問系ですら無い。


そう、間違っていない。

いつもなら、もっと近くに扉を出す。

だが、あえて少し遠くに扉を開いた。


理由は二つ有る。


一つはみやびの能力を確認するため。


もう一つは▪▪▪


「行者様▪▪▪」


「ああ、分かってる。」


小角は袂からピースを取り出して火を着けた。


そしてみやびに声をかけた。


「みやび、お前の持ち場は後ろだ。」


「えぇ?デビュー戦ですよぉ?」


何がデビュー戦だ。


だが、あの攻撃力、先行させるのも悪くないかもしれない。

なにより、陰陽道を使える。


「わかった。ヤってみろ。ほれ、来るぞ。修、下がれ。」


辻谷は、しぶしぶ下がり小角と並んだ。


「わかってますよ。みやびを連れてきたのは私だと言いたいのでしょ?」


「ほれ、出たぞ。」


辻谷のボヤキを相手にする事無く、小角は口角を吊り上げながら印を結んだ。


「出たわね!蜘蛛女!

みやび!まいります!」


上下左右、壁や天井が有るようで無い。だが、決して境が無いわけでもない漠然とした『空間の境』から『ヌルリ』と『それ』は現れた。

腰から上を大人の女、腰から下は大蜘蛛のそれだった。

金色と黒色が毒々しい模様を描いていた。


「みぃつぅけたぁっ!」


みやびの声だった。


『!』


機先を制された女郎蜘蛛は明らかに怯んだ。


みやびは既に九字を切っていた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!朱雀よ!破邪の名を持って贄を啄めっ!」


みやびの右手から放たれた『白い紙』は、巨大な朱雀となり蜘蛛女『女郎蜘蛛』を啄もうとしたその時、女郎蜘蛛の後ろから、巨大な腕が延び、朱雀の嘴ごと顔を掴み、そのまま握りつぶしてしまった。


「ラスボスッ!出るの早すぎっ!

臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!出でよ白虎!

遮る腕を噛み砕けっ!」


みやびの左手には五鈷杵と『名刺入れ』が握られていた。


みやびはそこから名刺を一枚抜くと、巨大な腕目掛けて飛ばした。


名刺は、みやびの手を離れた瞬間に白虎と化し、朱雀を握り潰した巨大な腕に牙を突き立てた。


「修、式神に名刺を利用するなんざぁお前の入れ知恵か?」


「いえ、正直あの子のやることについて行けません。」


「お前が連れてきたんだぞ?」


「はい。ご不満ですか?」


「大いに満足だ!」


そう言うなり小角は駆け出し、印を結び、腕が現れているその境界に術を放った。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!金剛の剣よっ!悪鬼の腕を切り落とせっ!」


小角の持つ五鈷杵から金色の剣が伸び、七色の虹を伴ってその腕に振り下ろされた。


しかし金色の剣は、その腕に傷を付けたものの、途中で止まってしまった。


「ちっ!俺は文系なんだよっ!」


小角は叫び、金色の剣が食い込んだ腕に足を掛けて踏ん張り剣を抜いた。


「あっ!危ないッ!」


みやびが叫んだ。


小角には見えていた。


その巨大な腕と対となるもう一方の腕が現れ、小角を叩き潰そうと振り下ろされた。


と、小角と腕の間に巨大な影が飛び込み、振り下ろされた腕をガッシリと受け止めた。


「本部長っ!」


「いまは前鬼だ。」


みやびの声に、冷静沈着な声を返したが、その容貌は、東大寺南大門の『金剛力士像』を彷彿とさせる容貌に変じていた。


「牛鬼よっ!ぬしは冥界に棲家を貰いながら何故人界に拘わるかっ!」


前鬼がまだ全身を見せない『それ』に向かって怒鳴るように問うた。


前鬼が受け止めた腕に更なる圧力が加わる。


『ビシッ!』と音をたてながら前鬼の踏ん張る足元の岩が割れる。


その前鬼の足に何かが絡み付いた。


それは、『それ』に握られていた『女郎蜘蛛』の吐いた『糸』だった。


「待ちなさいっ!貴女の相手は私がします!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!出でよ玄武!その蜘蛛を踏み潰せっ!」


みやびの手から放たれた名刺は、巨大な亀の姿となり女郎蜘蛛に踏み落とされた。


しかし女郎蜘蛛は、前鬼の足に絡めた糸を手繰り玄武の足下から脱した。


「もう!やっぱり蜘蛛の天敵は鳥よねっ!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!出でよ朱雀っ!贄を啄めっ!」


真っ赤な朱雀は姿を現すや上昇し、境の曖昧な空間を飛び出した。

そして、その勢いのままに女郎蜘蛛目掛けて急降下した。


『その腕』は、噛み付いた白虎をぶら下げたまま朱雀を払おうと横なぎに動いた。


「おいおい?デビュー戦だぜ?ヤらせるわけにはいかねぇよっ!ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!金剛の風よ!その腕を切り落とせっ!」


小角が放った『風』は渦を巻き、まるで丸ノコギリの歯のように『その腕』を『通過』した。


次の瞬間『その腕』は地響きを立てて地に落ちた。


同時にみやびの放った朱雀は、女郎蜘蛛を捕食、飲み込み、その体内で燃やし尽くした。


声とは言えないほどの怨念のかたまりのような響きを残して、女郎蜘蛛は一撮みの灰すら残さずに消滅した。


そして前鬼が押さえていたもう一方の腕は、切り落とされた腕を掴み、宙に滲み消えた。


「やっつけました?」


半ば脱力したようにフラフラと歩みよったみやびは、小角と前鬼の前で、ストンと尻餅を突き、座ったまま気を失っていた。


「まあ、あれだけ無鉄砲に術を使えば力尽きるよな。」


「はい、力をコントロールする術を覚えさせないと足を引っ張られかねません。」


「それは修の仕事だ。」


前鬼▪辻谷は、小さく首を振った。


「ところで閻魔の旦那?高みの見物もドが過ぎるんじゃねぇのか?」


小角は振り返り視線を少し上にあげて宙を睨めつけた。


『人界の事は預かり知らぬ▪▪▪』


中空に巨大な僧衣の鬼が浮かび上がった。


「ほう?人界の功徳を基準に魂を選別する鬼界の裁決者の言とは思えねぇな?」


『それは死して後の事。』


「なるほどねぇ。だが牛鬼が人界にまた出てきたのはあんたの裁量範囲だ。どうするつもりだ?」


『牛頭を遣わす。』


「もともと人界で俺達が面倒見てきた男(鬼)だ。」


『牛頭は対を為す。』


「ふん。馬頭か?獄卒の管理は誰がヤるんだ?牛頭も馬頭も居なくなれば奴らヤりたい放題だぞ?」


『▪▪▪』


「金熊だな。」


『▪▪▪』


「金熊を預かる。」


『酒呑が許すまい▪▪▪』


「そもそもあの時牛鬼を助けたのは酒呑だ。あの時に寘くってやればこんなことにはなってねぇ。

責任感じて手下出せと言っておけ。」


『▪▪▪仕方無かろうな▪▪▪』


「じゃあな。約束したぜ、指切った。」


小角は、そう言って小指を曲げて印を結んだ。


「旦那、たまには遊びに来いよ。もうすぐ紅葉の時期だ。

紅葉見ながら酒でも酌もうぜ。」


小角はそう言って閻魔に背を向けた。


辻谷はみやびを抱きかかえ、小角に従った。チラリと振り返った。


既に閻魔の姿はなかった。

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