◆◆⑥◆◆
「何で?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「何でなの?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
さくらのスマホは画面を覆うカバー付きだった。
最初RINGOに知らないアカウントからコメントが入ったとき、死んだクラスメートと、精神病院に入院した友達の事が頭に浮かんだ。
「ダメ、ダメダメッ!絶対に開いちゃダメ▪▪▪」
『もういいかい』殺人事件。
知らないアカウントからのメッセージには返信しちゃいけない。
知らないアカウントからの通話で、『もういいかい』と聞かれても応えちゃダメ。
そして、画面を見ちゃダメ。画面から見られちゃダメ。
だから画面を塞ぐような折り畳み式のカバーを買った。
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「イヤッ!」
さくらは耳を塞いでベッドで毛布を頭から被った。
「さ▪▪▪く▪▪▪ら▪▪▪」
「?」
確かに名前を呼ばれた。
しかもその声に聞き覚えが有った。
「美也子?美也子なの?」
「さ▪▪▪く▪▪▪ら▪▪▪」
さくらは混乱した。
「だって▪▪▪だって!だって!だって!美也子!死んだじゃないっ!」
恐怖で身体が引き攣るように震える。
ガチガチと歯がぶつかり合う。
「さ▪▪▪く▪▪▪ら▪▪▪」
それは明らかにスマホから聞こえてきた。
「たすけ▪▪▪て▪▪▪さく▪▪▪ら▪▪▪」
「え?▪▪▪生きてるの?美也子?生きてるの?」
「た、すけて▪▪▪さくら▪▪▪」
「美也子っ!」
さくらは思わず床のスマホを拾い上げ、カバーを捲った。
「見ぃつぅけたぁあぁぁあぁっ!」
スマホの画面に映った光の無い目が盛り上がりスマホの画面を押し破ってそれは出てきた。
「イヤァアァァァッ!」
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!全ての金剛に成り代わり命ずるっ!地に伏せっ!面を伏せっ!四肢を投げ出せっ!」
「ぐぎゃっ!」
『それ』がさくらに襲いかかろうとするその時、小角とみやびが窓と扉から同時に飛び込み、小角の唱える真言で動きを封じ、みやびが五鈷杵を手に『それ』の背を押さえ付け、床に押し付けた。
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!」
「ブギャ▪▪▪や、止めろ▪▪▪」
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウン!タラッタ! カーン!マンッ!」
「ブバッ▪▪▪やめ▪▪▪」
グイっとみやびが五鈷杵を押し付ける。
「ぶわっっぐわっ!」
「さあ!白状しなさい!あなたを使役しているものはだれですかっ!」
小角は、そんなみやびを見て「よくやる。」と思った。
五鈷杵を預けた。
何も教えていない。
だが使いこなしている。
もちろん、使い方はそれだけじゃない。
だが、鬼に五鈷杵を押し付ければ、『痛み』『焼ける程の熱さ』『力を封じる圧力』、それらが一度に鬼に襲いかかる。
しかも、実体化した鬼を直視しても臆することが無い。
『はは、間違いねぇ。後鬼が戻ってきた。』
そう一瞬意識を反らしてしまった。
破れたスマホの画面から巨大な腕が延び、みやびを払った。
瞬間的に受け身を取ったが、あまりの圧力に、みやびは壁に叩き付けられた。
「クハッ!」
「みやびっ!」
みやびを払った腕は、倒れている『それ』を掴み、スマホの中へ消えた。
「みやび!すまん!気を逸らした▪▪▪」
「けへっ、けへっ▪▪▪だ、大丈夫です▪▪▪ちょっとくらくらしますが、すぐ戻ります、受け身を失敗したのと同じです▪▪▪けへっ▪▪▪」
強がりながら上体を起こし頭を振った。
「すまん、あまりにも上手く五鈷杵を使ってるから感心して意識を反らしてしまった。」
「けへっ、何ででしょうか?なんとなくこうさるのかなって。あ!さくらさん?さくらさん?大丈夫ですか?」
あまりの恐怖に失神していたさくらが目を覚ました。
「あ、あ、あ、あ、▪▪▪」
『それ』から逃げるように壁際に這い、ガタガタと震えていた。
「大丈夫ですよ。ほら、大丈夫。もう終わりましたから。」
みやびはそう言ってさくらを抱きしめ、背中を五鈷杵を持った手で擦った。
「さくらっ!さくらっ!」
さくらの母親が入ってくるなりさくらを抱きしめた。
「お、おかぁさぁぁん▪▪▪」
「さて、行くか。」
小角は、何もなかったかのように立ち上がり部屋を出た。
「もう。
さくらさん、お母さん、これを見てください。」
そう言ってみやびは2人に九字を切って見せた。
「オン▪▪▪リキリ▪▪▪ソワカ▪▪▪」
ふと、さくらと母親の力が抜けて突伏した。
「これで良し。
さくらさん、お母さん?大丈夫ですか?」
みやびに起こされた二人は、きょとんと辺りを見回した。
「もう大丈夫ですよ。不審者は捕まえましたからね。
あとは委せてください。」
「は、はい▪▪▪不審者?」
「何かあったら私に連絡下さいね。これ、名刺ですから。」
そう言ってみやびは二人の肩にそっと手を置き、部屋を出た。
◇◇◇
「もう、置いていかないで下さいよぉ。」
「後始末は後鬼の仕事だ。」
「そういう事じゃなくてですね!」
「どこで覚えた?」
「え?」
「九字と呪文。あれは陰陽道だ。」
みやびは顔を傾げ、不思議そうな顔をした。
「えぇぇっとぉ▪▪▪わかりません。」
「初めてやったのか?」
「はい。」
「効果も知らずに?」
「いえ、何となくこうかなって。」
ははは、ほんとスゲェ。
歴代の後鬼の中でも突出している。
「それで行者様?どうされるのですか?」
小角は、みやびの運転する覆面パトカーの助手席に乗り込んだ。
徐に煙草を取り出して火をつけた。
「もう!車内禁煙ですぅ!」
そう言いながらもみやびは助手席の窓を開け、ポケット灰皿を取り出して小角に渡した。
「用意が良いじゃねぇか。」
ニヤリと唇を歪め、その序でに器用に車外に向かって煙を吐いた。
「お前をぶっ飛ばしたあの腕▪▪▪」
「はい▪▪▪」
みやびは行き先を確認することもなく車を走らせた。
「牛鬼だな。」
みやびの肩がピクッと小さく跳ねた。
「証拠は▪▪▪」
「ふん、俺が見たからな。それで十分だ。」
「でも、牛鬼と事を構えるのは▪▪▪」
「そうだな。閻魔も酒呑もやりあいたくねぇだろうな。」
「それでも▪▪▪」
「▪▪▪」
それでもやらなくちゃ。
人界で無茶してもお咎め無しなんて事になったら、此方が狩場になってしまう▪▪▪
「仕方ありませんね!行きましょう!」
「ふん、張り切りすぎて転ぶなよ。」
「はい!気を付けます!」
みやびは車を鬼棲寺へ走らせた。