◆◆③◆◆
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
何で?何で?何で?何で?何で?何で?????
スマホの電源を落とした。
落としたはずだ。
なのに、RINGOに、知らないアカウントからずっとコメントが入り続けている。
噂に聞いていた。
間違っても応えてはならない。
万が一「もういいよ」などと応えてしまったら、命は無い▪▪▪
そんなバカな▪▪▪
と思いながらも、友人の、いや、友人だった美也子の死にかたを聞いたとき、そして、その場にいたマキの噂を聞いたとき、絶対に駄目だと思った。
部屋の角に投げ捨てたスマホの画面が明るい。
そこに、延々とコメントが連なっている。
と、突然スマホの画面が暗くなった。
「や、やっと電池が▪▪▪切れた?」
美香は、恐る恐るスマホを手にした。
画面は真っ暗だった。
その真っ暗な画面に何かが動いたような気がした。
「ん?」
美香は、真っ暗な画面が自分を見ているような気がして再びスマホを投げ捨てた。
転がったスマホは、弾みで壁際に立て掛けられたようにこちらを見ている。
「ひっ!」
美香はそれを理解した。
電池が切れた訳ではなかった。
何者かの真っ黒な光の無い目が画面一杯に広がって自分を見ていたのだった。
「見ぃぃぃつぅぅぅけぇたぁぁぁあぁあ!」
美香が最後に見たのは、鮫のようにギザギザの歯がびっしりと生えた、妙に赤黒い口腔だった。
◇◇◇
「これも同じですね。」
みやびは、部屋中に飛び散った血痕や肉片が見えないかのように真っ直ぐに床に落ちていたスマホに歩みよった。
「お嬢ちゃん、まだ触るんじゃねぇぞ?」
鑑識課長の小野が一瞥して制止した。
「はぁい!大丈夫ですよ、ほら手袋もしてますから。」
「おい?そう言うこっちゃぁねぇ!おいっ!」
小野の制止も聞かずにみやびはスマホを手にした。
「これ、画面が割れてますね。
と言うより、中から何かが出てきたみたいに捲れ上がってますね▪▪▪」
そのスマホがヒョイと奪い取られた。
「困るなぁお嬢ちゃん?
ぐっさんの所じゃなかったら叩き出してるところだぞ?」
「すいませんでしたぁ。でも元さん課長さん。」
「げ▪▪▪何だぁ?」
「この連続猟奇殺人事件ですけどぉ、殺され方は一緒っぽいですけどぉ、前回の女の子と今回の女の子は、それまでのとは▪▪▪なんて言いますか、『きっかけ』?的な物が違ってきているようにかんじるのですが?」
小野はチラリと原口を見た。
原口は仏頂面で小さく頷いた。
「お嬢ちゃん、良いところに目を付けたじゃねぇか。
だがもう少し待ってくれ。
何よりここでできる話でもねぇ。」
「あ!そうですね!失礼しました!」
と、原口の携帯が鳴った。
「原口だ▪▪▪」
「課長?まだガラケーですかぁ?」
みやびの突っ込みを無視して原口は通話を続けた。
「何?ああ、わかった。場所は?事務所か?そうか。タケは?向かったんだな。ん。」
「課長!無線が!」
屋外で規制に当たっていた課員が駆け込んできた。
「分かってる。電話が来た。みやび、行くぞ。」
「はい!」
何処へなんて聞いたら外すかと思ったがな。
コイツ、勘が良い。
原口は、みやびを伴って覆面パトカーに乗り込んだ。
◇◇◇
「テメェ!何のつもりだ?俺が誰か分かってやってやがるのか?ゴラァッ!」
暴力団義和連合の上部団体である本流三笠組の若頭、竜童圭三は、朝からの度重なるSNSアプリRINGOのコメントに腹を立てていた。
そしてRINGOに通話を試みたのだが、その知らないアカウントには繋がらなかった。
だが、昼過ぎ、突然そのアカウントから呼び出し音が鳴った。
「おいっ!」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「あ?何だとぉ?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「何だこら?今度は通話で『もういいかい』だと?」
「もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?」
「おお!良いぜ!良いからよ!ここに来いっ!テメェ、イタズラでしたじゃ済まさねぇからなっ!」
プツッ。
通話がキレる音がした。
「こっの野郎っ!」
と、竜童はスマホの画面を見た。
真っ黒な画面が、微かに動いた。
「見ぃぃぃつぅぅぅけぇたぁぁぁあぁあ!」
スマホの画面が盛り上がったかと思うと、画面を押し破るようにして、「それ」は現れた。
「な!な!な!なっ!」
竜童は言葉にならない。
「うわぁぁぁぉっ!化け物だぁぁぁッ!」
事務所に居た構成員たちが「それ」の出現にそれぞれ『エモノ』を出して構えた。
「化け物が!」
そう言って竜童は拳銃を取り出して、ありったけの銃弾を『それ』に撃ち込んだ。
「見ぃぃぃつぅぅぅけぇたぁぁぁあぁあ!
見ぃぃぃつぅぅぅけぇたぁぁぁあぁあ!」
だが『それ』には拳銃の弾は効果がなかった。
弾丸は『それ』を通り抜けて壁に孔を穿った。
『それ』の後ろに居た構成員の額に孔を開け脳漿をぶちまける。
または別の構成員の手足を貫通する。
竜童は『長ドス』を抜き斬りかかった。
『スカッ』と手応え無く通り抜けて後ろに居た構成員の腕を叩き斬った。
何だこりゃ▪▪▪
化け物▪▪▪鬼?
「へっへっへ、鬼か?鬼かい?
ああ、そりゃ何人も何人も殺ったし、それ以上を売ったし沈めた▪▪▪
バチが当たったのか?
おお!上等だ!そんなもん怖がって極道務まるかぁっ!」
竜童は神棚からお神酒の入った徳利を取り、お神酒を口に含んで長ドスに吹き付けた。
「気休めかもしれねぇけどよぉ?海外の悪魔には『聖水』ならよ、ジャパンじゃやっぱ『お神酒』だろぉがっ!」
そう言って竜童は鬼に斬りかかった。
長ドスは鬼の頭に振り下ろされた。
と、その『鬼』は上を向き、首を90度捻った。
振り下ろされた長ドスは、びっしりと鮫のように生えた歯で受け止められ、噛まれ、折られた。
「なんでぃ、やっぱ神様も極道は助けちゃくれねぇのかい?」
長ドスを噛み折った鬼を睨み付けながら、折れた長ドスを構えた。
「グアッ!」
脹脛に激痛が走った。
見ると『小鬼』が二匹噛みついている。
そして、竜童は見た。
そのうちの一匹が竜童の脹脛を噛み千切り、そこから勢い良く鮮血が噴き出すのを。
ああ▪▪▪俺の血でもこんなに鮮やかに赤いのか▪▪▪
脹脛を無くした竜童はバランスを崩して倒れた。
今度は長ドスを持った左腕に激痛が走った。
別の小鬼が噛みついていた。
意識が濁ってきた。
全てがスローモーションのように見える。
そしてそれはゆっくり近付いてきた。
鮫のようにギザギザの歯がびっしりと生えた大きな口腔。
竜童か最後に見たのはその口の上に微かに見えたのはそいつの『目』。
真っ黒な孔のように光の無い目だった。
◇◇◇
「こいつは▪▪▪竜童なのか?」
原口は、顔の殆どと脳を喰われて頭蓋骨の後頭部部分の内側を晒し、腸を引きずり出されてその殆どを喰い尽くされた『死骸』、そう、死体等と言う生易しい物ではない、肉食の猛獣に喰い殺されたかのような『竜童だったものの死骸』を見下ろした。
「凄まじいですねぇ▪▪▪」
みやびなりに真剣に捜査に当たっているのだろうが、何処か場違いな印象は拭いきれないと原口は思った。
組事務所の中は、まるで地獄絵図の様相だった。
喰われたのは竜童だけではなかった。
複数の食い散らかされた死骸と、同士討ちを起こしたと思われる射殺体や、手足を切り落とされ、ショック死した遺体が折り重なっていた。
「課長、見てくださいこのスマホ、壊れ方があの高校生のと同じですね。」
ほとほと感心する。
この修羅場に於いても、呑まれる事無く冷静に状況を観察している。
原口が鍛え仕込んだ古株の課員でさえ口許を押さえて耐えているというのに。
「何故スマホが壊れるんでしょうか?」
腕を組んで右手親指を顎に当てて考える風の様子は、いかにも鹿爪らしく見える。
「何かこの事件の連続性と関係があるのでしょうか?」
「さぁな。そりゃあ元さんの仕事だ。」
「そうですねぇ▪▪▪、じゃあ元さん課長さんに聞いてきますっ!」
「お!おいっ!」
みやびは原口の制止も聞こえないかのように飛び出していった。
「鉄砲玉だな▪▪▪さて▪▪▪」
原口は、先刻から部屋の中を漂うように飛ぶ『蛾』を見上げた。
不思議な事に、その蛾は原口以外には見えていない。
みやびにも見えてねぇのかな?
そんな事を考えつつ原口は、手元で小さく印を結んだ。
そして窓を開け、蛾を外に逃がした。
一連の動作を気にするものは居ない。
開けた窓からけたたましいサイレントの音と、戻ってきた構成員達の怒号が飛び込んできた。
ふん、これがオメェ等の内輪の事ならな、どんなに楽かね▪▪▪
原口は外への階段を下りながら、懐からラークを取り出した。