◆◆②◆◆
「ねえねえ?知ってる?」
「なに?」
「ほらぁ、今ネットやテレビとかでもやってるじゃない?連続猟奇殺人事件!」
「ああ、あれね。物騒よね。」
友人の話に美也子はスマホから視線を外さずに応えた。
「SNSで見たんだけどさ、ホントに手足が千切れてスッゴいの!」
「▪▪▪悪趣味よ?そんなの見るの止めなって。」
美也子は、眉間に皺を寄せて友人を見た。
「それからね、事件の前に必ず『もういいかい?』って聞かれるんだって!ね、ね、面白くない?」
美也子は、スマホの操作を止めて友人を見た。
「ね、マキ、止めな?ね?」
「それでねっ、最近突然メールとかRINGOのコメント欄に『もういいかい』って知らないアカウントから届くらしいのよ?
でねでね、『まぁだだよ』って返すとぉまた『もういいかい』って入るらしいの!
これさぁ『もういいよ』って返したらどうなるんだろうね?」
ガタッと美也子の足元で音がした。
美也子がスマホを落としたのだ。
「何やってんのよぉ!ほらぁ傷付いちゃったよ?」
マキが落ちたスマホを拾い上げ美也子に手渡そうとした。
「どうしたの?美也子?」
「ど、どうしよう▪▪▪どうしよう▪▪▪『もういいよ』って返しちゃった▪▪▪」
美也子は口許を押さえ、ガタガタと震えだした。
『みいつけたぁ▪▪▪』
その声はマキには聞こえなかった。
振り返った美也子が見たものを、美也子は誰にも伝えられない。
何故なら、すでに『顔を喰われた』から▪▪▪
ドスッ▪▪▪
マキは、顔の無い美也子の身体が痙攣しながら血を吹き出すのを見た。
そして、滲んだ空間に、顔の無い美也子の身体が引きずられて消えていくのを呆けたように眺めていた。
内股に生暖かいものが伝った。
◇◇◇
「するとぉ、下校中にその子が顔を食べられてぇ、異空間に引きずられて消えちゃったって事なんですね?」
原口はこめかみを押さえながら間延びした声の主を見た。
出雲みやび
辻谷が『適任者』と言った課員である。
「お嬢ちゃんかい?鬼班長の新しい部下ってぇのは?」
「はいっ!昨日捜査一課に着任致しました出雲みやびともうしますぅ!」
そう言ってみやびは敬礼した。
「ぐっさん、なかなか可愛い子だな?手ぇ出すんじゃねぇぞ?」
「何いってやがる、元さんこそ注意しなよ、それでも空手柔道古武術と、それから算盤も合わせると十五段の▪▪▪っ!」
遅かった。
ダダダァァンッ!
と小野が一本背負いよろしく床に叩き付けられていた。
「お尻触りましたね?痴漢の現行犯です!」
「▪▪▪挨拶だよ▪▪▪」
「え?挨拶なのですかぁ?」
みやびはそそくさと立ち上がり、
小野の手を引いて立たせ、腰を90度に曲げて頭を下げた。
「申し訳有りませんでした!
ご挨拶とは思いませんでした!
これは立派な暴行傷害事件になります!
どうぞっ!逮捕してくださいっ!」
みやびはそう言って両手を差し出した。
「いいよいいよ、間違いは誰にでもある、まあ今後は気を付けてくれよ▪▪▪痛てててて▪▪▪」
小野はそう言って腰を擦った。
「ありがとございますぅ!このご厚情は生涯忘れませんっ!」
原口はラークの箱を振った。
コロコロと軽い音がする。
ラスイチか▪▪▪
そしてそのラークを取り出し火を着け、煙を吐きながら溜め息をついた。
「ぐっさん▪▪▪まあ頑張ってくれ▪▪▪」
小野はそう言うと、鑑識報告書をデスクに放った。
そしてくしゃくしゃのハイライトの箱を覗き込むと、小さく溜め息をついて握り潰し、ゴミ箱に放った。
「俺のもたった今切れちまった。」
物欲しそうに原口を見た小野に、原口はラークの箱を握り潰してゴミ箱に放った。
それはゴミ箱の縁に蹴られて床に落ちた。
◇◇◇
「兄さん。」
「おう、相変わらず鹿爪らしい顔だな。」
辻谷が訪れたのは、腹違いの兄、役乃小角の居宅『喜蔡寺』こと『鬼棲寺』だった。
「そうですね。まあ、腹違いとは言え、実の兄であり、その兄の使い魔『前鬼』たる弟ですからね。御指示を頂きに伺いました。」
「そうかい。ご苦労様だな。」
そう言った辻谷の兄は、強い癖毛を後頭部で束ね、丸く真っ黒なサングラスを掛けたあの男だった。
「兄さん、今回の事件は▪▪▪」
「ああ、あっちだろうな。」
小角の他人事のような言い方をした。
「でも今回のは少々厄介ですね。」
「スマホか?」
「ええ、『あっち』がデジタル化しているとは聞いたことがありません。」
「これを見てみろ。」
そう言って小角が見せたのはパソコンの画面だった。
そこには、連続猟奇殺人事件に関わる、真偽の定かではない情報が溢れていた。
「『もういいかい殺人事件』ですか?」
「ああ、どういう理由かはまだ分からないが、コイツは捕食する前に必ず確認している。『もういいかい』ってな。」
「ならば▪▪▪」
「お前のところの『サイバー班』に働いてもらえよ。」
「分かりました。
ところで兄さん、『後鬼』が見つかりました。」
「本当か?」
「はい。近々原口さんが連れてくるはずです。」
「ぐっさんもご苦労な事だ。
で?どんな奴だ?」
「はい、柔道、古武術、剣道などの武道合計十五段の猛者です。」
「そりゃ頼もしいな。
何せ俺は弱々だからな。」
小角はそう言って両切りの『ピース』に火を着けた。
辻谷は顔を顰めて頭を下げ、部屋を辞した。
「まあ、どれだけ体力自慢でも『あっち』に呑まれるような奴じゃあ使い物にならねぇがな。」
小角は、そう言って立ち上がり、煙草の煙の中に『印』を結んだ。
そしてその煙の中に入り姿を消した。
◇◇◇
「ここですかぁ?」
みやびの間延びした声に、原口は暗鬱な気分を拭えなかった。
「ああそうだ。
言っておくがくれぐれも失礼の無いようにな!
ここは本部長のご実家でもあるんだ!」
「そうなんですかぁ。
ふぅぅん。
なるほどぉ。」
大きな『胸』を左腕に乗せるようにして組み、右手で顎を支えるように小首を傾げた。
「ここは物凄く怖いところですね?普通ならば▪▪▪」
「▪▪▪」
「課長にも感じていましたけど、人じゃない気配が凄いですよね?
本部長には特に▪▪▪でも▪▪▪」
「でもなんだい?」
原口も気付けなかった。
鬼棲寺の正門を前にして立っていたのだが、突然後ろから肩をだかれて声をかけられた。
「ひっ!」
みやびが思わず声を漏らした。
ああ、ダメだったか▪▪▪
と、思ったのだが、既に小角は地面に叩き付けられていた。
「よお、ぐっさん、なかなか生きの良いオネェちゃんじゃないの▪▪▪」
「行者様、申し訳ありません▪▪▪」
原口は頭を掻くしかなかった。
「▪▪▪わりぃ、手を貸してくれ、起きれねぇ▪▪▪」
「も!申し訳ありませんっ!」
みやびが慌てて小角の手を引き肩を担いだ。
「あのぉ▪▪▪」
「痛て▪▪▪なんだい?お嬢ちゃん?」
「この手は?」
担がれた小角の右手がみやびの胸をまさぐっていた。
「挨拶だよ。」
「▪▪▪ですよねぇ▪▪▪」
原口は小さく溜め息をついた。
三人は、通用門から鬼棲寺に入った。
◇◇◇
「じゃあ『鬼』って、日本人がイメージしている『鬼』の姿をしたものだけじゃぁないんですねぇ?」
「ああ、まあ言ってみれば『妖怪』『魑魅魍魎』海外の『モンスター』『悪魔』なんてぇのも、広義で言えば『鬼』だな。『鬼』を英訳すると『demon』だからな。」
「じゃあ今回の連続猟奇殺人事件の犯人はどんな『鬼』なんですかぁ?」
そう問い掛けるみやびに、小角は興味をそそられた。
この寺の境内に入ったものは、その『素養』が無くても、いや、無いからこそ精神を蝕まれる。
そして、半端に『素養』が有るものは、良くて『卒倒』悪くすると『廃人』となる。
だがみやびは、しっかり精神を維持し、尚且つそれらを受け入れる器を持っていた。
「ぐっさん?この子たいしたもんだな。壊れねぇ。」
「私も意外でした。」
「ん?」
と、小首を傾げるみやびを、小角はマジマジと見た。
「オネェちゃん、今からこのサングラス取るが飲まれるなよ。」
「いや!行者様!それは▪▪▪」
慌てる原口を制してサングラスに手を掛けた。
みやびは、サングラスを外した小角の目を真正面から直視した。
「▪▪▪」
「▪▪▪」
「くっ▪▪▪」
原口は目を背けた。
これから起こるであろう『事象』を正視する気になれなかった。
みやびは『それ』を見た。
朱く黒く、金色に白銀に、そして七色に燃え渦巻く瞳に魅入りそうになった。
『持っていかれそう』になった。
「いわゆる『禍眼』『まがん』ですか?禍の眼?凄いですね、クラクラします。」
「アアッハッハッハ!こりゃ本物だ!修の奴!何処から見付けてきた?」
原口は唖然とした。
確かに武道合計十五段の猛者ではあるが、小柄な女の子であるし、今時の小洒落た娘にしか見えなかったから。
小角は既にサングラスを掛け直していた。
「ぐっさん?修は何て言ってたんだ?」
「はい▪▪▪最終的には行者様の見立てによりますが、ほぼ間違いなく『後鬼』だろうと▪▪▪」
「ふん、奴が死んで、いや、成仏してから五十年が経っちまったからな。
もう後鬼は現れねぇかと思っていたがな。」
「あのぉ?」
「なんだい?お嬢ちゃん?」
「ええっとぉ▪▪▪話が全然見えないのですがぁ?」
小角と原口は顔を見合わせた。
「ハッハッハッ!すまねえな。
分かった、話そう。
だがお嬢ちゃん?聞いちまったら後戻りできねぇぞ?」
「呪われる?とかですか?」
「ハッハッハッ、呪われたりはしねぇが、ここでの記憶とこれ迄の経緯を全て喰わせてもらう。」
「喰う?」
「まあ、それも話の内容の一つだ。
で?どうするね?」
みやびはチラリと原口を見た。
原口は、眼を瞑り腕組みをして我れ関せずと動かない。
ただ一言だけ放った。
「全て自分で判断しなさい。
ただ一つ言えることは、普通の人生ではなくなる、ということだ。」
みやびはじっと原口を見詰め、小角に向き直った。
「一つだけ聞かせてください。」
「駄目だ。」
「それは人のためになりますか。」
「駄目と言った。」
「つまり人のためにはならないと?」
ふん、頑固だな。いや、信念か?
「お前が人のためと思えば人のためであり、己のためと思えば人の為ならず。」
「▪▪▪」
「▪▪▪」
「▪▪▪」
「わかりました。お世話になります。」
みやびはそう言って畳に手を突き、頭を下げた。
分かってる▪▪▪
理解している▪▪▪
遥▪▪▪
サングラスの陰から涙が一対溢れ落ちた。
小角はみやびが頭を上げる前にそっと拭った。