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みやび!まいります! 【鬼班事件帳】  作者: 一狼
第1章『かくれんぼ』見つけられたら食べられる。
1/8

◆◆①◆◆

S県S市。

この北関東の中心都市に、広大な敷地を持つ寺がある。


名を『喜蔡寺』(きせいじ)と言う。


真言密教に連なる寺ではあるが、他の同宗派との関わりを持たず、檀家を持たず、一種の『修行寺』といった趣であったが、かといって修行を求めて僧侶が集まることもないという、正体不明の寺であった。


荘厳な造りの大門は常に閉ざされ、訪れようとする者を拒んでいるようだった。


その大門の横に有る通用門が『キッ』と軽く軋みながら開けられた。


そこからひょろっと背が高く、おそらく相当強い癖毛であろう長い髪を後頭部で束ね、真っ黒な丸いサングラスをかけて、派手に煙草を吹かす男が現れた。


袈裟を掛けていなければ、ただのチンピラにしか見えないだろう。


「ぐっさん。仕事かい?」


そう声をかけられた初老の男は、高くはないのだろうが、手入れの行き届いた、プレスの効いたスーツを着ていた。


「はい▪▪▪

しかしいつもながら素早い。今着いたばかりなのに?」


ぐっさんと呼ばれた初老の男は、名を原口玄一といった。

県警の捜査一課長だ。


だが、ここに来るときの役職は『捜査四課長』。


公式には存在しない『課』だ。


知る人は『鬼班』と呼ぶ。


「『鬼の原口』が近付くと式神がチリチリ騒ぎ出すんだよ。

で?」


痩身の男に促されて原口は一枚の写真を渡した。


「ふん、そうだな。俺の仕事だ。」


煙草を口の端にぶら下げながら痩身の男は口角を吊り上げるように笑った。


「報酬はいつもの通りにな。」


痩身の男はそう言って写真以外の事を聞こうともせず寺の通用門へ戻った。


「いつ来ても無愛想なお人だ。」


原口はそう言って数段の階段を降りた。


一気に蝉の鳴き声が響きだした。


それと共に真夏の太陽が焼き焦がすアスファルトからの反射熱で汗が吹き出してきた。


「結界▪▪▪

ふん、そりゃぁ誰も興味持てねぇやな。

こんなに目立つ大寺なのにな。

鬼の棲む寺▪▪▪

良く言ったもんだ▪▪▪」


表向き『喜蔡寺』としているが、真実の名前は『鬼棲寺』、鬼の棲む場所である。


◇◇◇


数日前▪▪▪


「ねえ?オネェさん1人?僕らと遊ばない?」


S市の主要駅、その東口。


区画整理と再開発が進む一方、昔ながらの『銀座街』も健在で、路地を入れば薄暗い通りも少なくない。


「何して遊ぶの?」


女は興味無さそうに、いや、獲物を糸に絡め取ろうとする蜘蛛の慎重さで聞き返した。


「何って▪▪▪ねえ?」


「『かくれんぼ』なら良いわよ?」


「じゃあ僕らが鬼かな?」


男達は好色そうに舌舐りしながら、両手の中指を『角』のように頭に立てて、その指をクネクネと曲げては立てた。


「うううん。私が『鬼』。私から5分逃げ切れたら貴方達の遊びに付き合ってあげるわ。」


喉の奥にクククッと隠るような声だった。


だが、男達にはその声が淫靡に聞こえた。


「おねぇさん?僕ら5人も居るんだよ?5分じゃ無理だよ?」


「▪▪▪そうね、そうかもね、それで?やるの?やらないなら行くわ。」


そう言って歩き出そうとする女の道を塞ぐように男達は回り込んだ。


「OK!いいよ!やろう!どうするんだ?」


クククッとまた喉の奥が震えた。


「10数えるわ。そしたら探しに行くわね。

そうそう、私が勝ったら食事させて。勿論貴殿方の奢りでね。」


「何だおねぇさんお腹空いてるの?だったら回りくどいこと▪▪▪」


「いぃち、にぃい、さぁぁぁん▪▪▪」


「おっとっと!分かった分かった!隠れろぉっ!」


男達は何がしかの違和感を感じていた。


女が数を数えはじめてから▪▪▪


いや、女と出会ってからこの繁華街に人気が無い。


木曜の夜ではあったが、人出は少なくなかった。

はずだ。


『はぁぁぁちぃぃ▪▪▪』


何故か焦燥感に苛まれる。


何か触れてはいけないものに触れたような気がする。


『きゅぅぅぅぅ▪▪▪』


気が付けば仲間の姿も見えない。


「おいっ?浩平?隆二?」


仲間の名を呼ぶが応えはない。


ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


『じゅぅぅぅぅぅう▪▪▪』


「ひっ!」


耳元で聞こえた気がした。


『もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?』


ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!応えちゃダメだ!


『もういいかぁぁぁぁいぃぃっ?』


震えが止まらない。すぐ後ろから聞こえている気がした。


いや、間違いなくすぐ後ろだ。


『もういいかい?』


思わず振り向いた。


『みぃつぅけたぁぁぁああああ!』


「!!!▪▪▪▪▪▪▪」


◇◇◇


隆二と呼ばれた男はそれを見た。


バラバラに逃げたはずの5人が袋小路に追い詰められるように固まっていたのだ。


そして見てしまった。

自分を呼んだ男が『喰われる』ところを。


女は男に覆い被さるように組み敷き、顔から喰いはじめた。

恐怖に見開かれたその男の目は、既に光を失い、その目に吸い付いた女の口に『ズルッ』と吸い込まれた。


他の3人はただただ呆けたように口をポカンと開けて突っ立っていた。


「お、おい▪▪▪に、逃げなきゃ▪▪▪」


声は届いていないのか?


いや、その3人は既に喰われていた。


腹の周りが膨らんだり凹んだりを繰り返し、その度に『ブルッブルッ』と震えていた。


1人の男が上を向き大きく口を開いた、いや、体内から無理矢理喉を伝って外に出ようとしている何かが居たのだ。


男の口から『手』が出た。


上顎と下顎を鉤爪の鋭い手で掴み、Tシャツでも破るかのように顎を引き裂いて『それ』は出てきた。


「ひっ!お!鬼っ!」


正しくそれは『鬼』だった。


額に尖った瘤のようなものがある。

角には見えなかったが、『それ』は『鬼』にしか見えなかった。


と、左脹ら脛に激痛が走った。


見ると、子供が抱きついていた。


「な!何だっ?」


引き剥がそうとして手を伸ばした。


と、抱きついていた子供の手が隆二の右手を掴んだ。


「痛っ!」


子供の手には鋭い鉤爪が付いており、隆二の腕に食い込み、血が吹き出した。


『あ~あ~あ~▪▪▪』


子供が声を上げながら、手足の鉤爪を突き立てながら隆二の顔近くまで這い上がってきた。


『あ~』


そう声を漏らしながら大きく開いた口には、びっしりと細かい牙が並んでいた。


「!」


声を上げる間もなかった。


小鬼は隆二の顔にむしゃぶりついた。


ドスン▪▪▪


仰向けに倒れた隆二の身体が痙攣する。


しかしそれもほんの数秒だった。


『ご馳走さま。『かくれんぼ』愉しかったわ。』


クククッと女が声を震わせた。


女は四体の小鬼を引き連れて歩き出した。


女達の姿が消えると街の喧騒が戻ってきた。


「キャーッ!」


一際甲高い悲鳴が上がった。


その路上には、鮮血が飛び散り、『食べ残された』人の手足が散乱していた。


◇◇◇


「課長▪▪▪」


「ああ、人間の仕業とは思えねぇな▪▪▪

虎でも逃げ出してるのか?▪▪▪」


捜査一課の若い課員は、今にも吐き戻しそうに口を押さえていた。


原口は、規制線のそとへ出て煙草に火をつけた。


「課長、ここじゃ▪▪▪」


「ん、そうだな。」


とは言ったが煙草を消すことは無かった。


今時の若い者は煙草なんか吸わねえか。

不経済だとか身体に悪いとか、ダメダメ教育の賜物だな▪▪▪


「おい!元さん!」


原口は、ブルーシートに囲まれながら鑑識車両に乗り込もうとする男を見付けた。


顔は見えなかったが、足元を見れば直ぐに分かる。


現場にサンダル履きの課員何ぞ『元さん』こと鑑識課長の小野元太郎以外には考えられない。


「お、鬼班の課長か。」


原口の顔を見ると、自分も懐からくしゃくしゃに潰れかかった『ハイライト』のケースから一本抜き出し、辛うじて折れずに曲がった煙草の先にマッチを擦って火を着けた。


手を振って火を消したマッチの軸は、当たり前のように路上に棄てられた。


「グチよ、こりゃぁ▪▪▪」


「ああ、表のヤマじゃねえよ。」


「▪▪▪だな▪▪▪」


初老の二人は同期だった。

お互い、ノンキャリアとしては昇るだけ昇った。


現場一筋だからこそこの異常な事件の真相を予測できた。


「とは言ってもな、死人が出てるからな、ネットにも情報は流れちまってる▪▪▪面倒な時代だ▪▪▪

昔はこんなに気を使う事なんて無かったのになぁ。」


「で?」


原口は分かりきった答えを聞くように抑揚の無い声音で聞いた。


「同じだよ、喰われたのさ▪▪▪」


メディアで、連続猟奇殺人事件と連日ワイドショーを賑わせている事件と同様の手口だった。


「まあ、化け物に喰われたとか書く訳にもいかねぇしな。

面倒だがしかたねぇな。」


「ああ、頼むよ。」


「しかし、鬼班は増員してくれねぇのかい?」


原口はそこで大きく煙を吐いた。


「適任者が居ねぇんだよ。」


「だろうな。」


そう言うと、小野は根元まできっちり吸いきったハイライトの吸い殻を路上に棄てて鑑識車両に乗り込んだ。


「まったく、吸い殻ぐれぇ片付けろ▪▪▪」


そう言った原口も、路上に棄てた煙草を、磨かれた靴の底で踏み消して立ち去った。


◇◇◇


「原口課長、本部長がお呼びです。」


原口は、ギシッと年期の入ったデスクチェアを軋ませて反り返るように声をかけた職員を見た。


「あ?何用だ?」


「私に聞かれても分かりません!それから、何時も言っていますがここは禁煙です!」


「だから遠慮して電子タバコにしてるじゃねぇか。」


「そう言うことではないです!

早く行ってください!」


「ふん、偉そうに呼びつけやがって。


最初に面倒見てやったの誰だと思ってんだ?


▪▪▪


まあ、キャリア組の中じゃあかなりまともな奴だけどな▪▪▪」


原口は、わざと聞こえるように悪態をつきながら几帳面にハンガーに掛けてあった上着を粋な所作で羽織り、本部長室に向かった。


「原口課長は見た目だけは良いんですから言葉遣いと煙草だけ見直せばモテるんですよ?」


原口は、呼びに来た職員のふくれっ面を見下ろしながら憎まれ口をたたいた。


「むしろ見かけをダサくしたいね。」


「もう!」


「ふん、原口っ!入ります!」


軽く本部長室のドアをノックして、返事を待たずにドアを開けた。


S県警本部長の辻谷修は、原口より15歳若い。


東大卒、国家試験を総ナメして中央省庁の誘いを断わって県警の採用試験を受けた。


勿論、落ちることなどなく、順調に出世を重ね、県警最年少の本部長となった切れ者だ。


県警を志望した理由を聞かれたとき、辻谷は一つだけ理由を話した。


「生まれ育った故郷の安全を守りたかっただけです。」


◇◇◇


「すいません原口課長。お呼びしてしまって。」


「いえ!こちらこそ遅くなりました!」


他の職員の前で見せる言動とはうって変わって直立不動、口調も慇懃なものだった。


「また原口さんは、2人の時は敬語は止めてくださいとお願いしてるじゃないですか。」


「いえ!何度もお伝えいたしましたが、主筋の方へそのような言葉遣いはできません。」


「もう昔の話ですよ。」


「しかし、ご実家の家業は健在で、末席ながら私も置いて頂いております!」


「わかりましたよ、もう、原口さんは、固いなぁ。兄貴にも見習ってほしい。」


「▪▪▪」


その辻谷の言葉に原口はあえて黙った。


辻谷もそれ以上話を続けなかった。


「お呼びしたのは他でもありません。原口課長に預かって頂きたい職員が見つかりました。」


そう言って辻谷は、デスク上に一枚の履歴書を出した。


遠目に見ても分かった。


そこに貼ってある写真は女性だった。


「本部長、お言葉ですが他の仕事ならいざ知らず、四課の仕事に若い娘は▪▪▪」


「私が素養の無い者を預けようとすると思いますか?」


「▪▪▪いえ、しかし▪▪▪」


「原口課長、これは業務命令です。この職員を一課に配属します。勿論鬼班兼務です。」


サッと原口は敬礼を返した。


「はっ!承りました!」


業務上は勿論だが、『主』の命令に逆らうなど有り得ないことだ。


だが原口は、履歴書を見れば見るほど場違いだろうと憂鬱になるのだった。

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