逆転した<好き>の不等号
ノリが軽くて、スラングやミームネタが多いので大丈夫でしたらどうぞ。
私、木崎咲耶には好きな人がいた。高二の春、入学式の手伝いをしていた時、とびきり美人の新入生男子に一目惚れをしてしまったのだ。
体育館の入口で名前を確認して花のブローチを留める受付係、入ってきたばかりのピカピカの新入生たちに緊張させないようニコニコしながら作業をしていた私の目の前に現れた。
色素の薄い髪に烟るような長い睫毛。気だるそうにこちらを見つめる瞳、ゆるく気崩された制服、すらりと伸びた身長など、どれをとっても新入学生とは思えない大人びた姿をした彼、末永紫恩くんは漫画のキャラクターみたいに全てが一級品で、その日のうちに我が高校のアイドルとなった。
授業はサボりがちなのに成績はよく、体育などには参加しないのに運動神経抜群らしい。なんて作り物めいた人なんだろうか。本当に漫画から飛び出してきたのか。彼の噂が囁かれない日はなどないほどだった。
そのおかげで学年の違う私の元にも噂話はやってきたし、それが尽きることはなかった。そんな噂の中には彼の素行についてもあって。
ここでいう素行とは風紀を乱す系、まあつまるところ女性関係の噂だ。
顔が良くて、優秀な彼がモテないはずもなく彼は寄ってくる女の子を取っかえ引っ変えしてるだの、いらなくなったらすぐに捨てるだの、一度デートしたらもう二度と会って貰えないだの。まあまあ出るわ出るわ、良くない噂ばかりが流れた。にも関わらず彼の周りに集まる女の子が減る様子もない。だから噂も右肩上がりに増えていく。
私はそんな噂を耳にしながらもひっそりと追っかけのようなことをしていた。彼の彼女になりたいだとか、あまつさえ彼の噂のひとつなるつもりなども全くなくて、ただ静かに彼が動いて生きているところを見つめていられれば満足出来る。アイドル(偶像)と言うには生々しく、恋と言うには質感のない、そんな想いを胸に忍ばせていた。
私のどこまでいっても平凡な生活がガラリと変わったのは、ある昼下がりのこと。
その日私は風邪で休んだ友人がおり、いつもその彼女と取っていた昼食をひとりで食べることになった。いや他に一緒に食べる友人がいなかったわけではないのだが、その日は本当になんとなく「ひとりで食べよう」と、軽い気持ちで考えたのだ。
三年のクラスが集まる普段は近寄らない階にて、空き教室をふらりと見つけた私は誰もいないことを確認してそっと弁当の蓋を開いた。手作りと冷食が混在するお弁当をもそもそと食べていると、ガタタタッと教室の隅に集められていた使われていない机が音を立てた。
「えっ? なに?」
私は思わず口に出して辺りを見回すと音のなったそこには、陽の光に透ける髪をかきあげる末永後輩が立っていた。
彼はゆるゆるとこちらを見ると眠そうに欠伸をして「……あんた、だれ?」と尋ねてくる。聞いてる割には興味なさそうで私はなんと言ったものか困ってしまった。
私が黙っていると彼はおもむろに近づいて私の腕をぐいっと引っ張りあげる。
「まあ、あんたが誰でもいいんだけどさ」
どこか投げやりな口調で言われた言葉の意味を考えてるうちに、彼の唇が何故か私のものに重ねられていた。
「……こうされたかったんでしょ? あんたも」
いいえ、全くもってそんなことは思っていませんでした。頭の中では即答したけれどショートした脳みそでは音にするまでには至らず、彼が「だからもうここには来ないでね」と手をヒラヒラさせながら去っていく後ろ姿をただただ見守っていた。
末永後輩には何やら多大なる誤解をされたようだけど、あれは一体なんだったのかと考えて、考えて考えて、とりあえず私が出した結論は、『あのキスはショバ代(場所代)だった』ということである。
彼は「あんたもこうされたかったんでしょ」と言った。それは前にもおんなじようなことがあり、キスで追い払ったのだろうと。
おんなじようなこととは彼の寝床になんらかの目的を持った女子がいたということ。
で、キスしてやったんだからもう俺の縄張りには来るんじゃねえぞと。
なるほどなるほど。
ほーう……。
お前のナワバリなんか知るか!
と、思ったものの、真実は全て末永紫恩という男の闇の中である。
さて、思いもよらぬハプニングでファーストキスを失ってしまった私だが、よく考えてみてば密かに憧れていた相手であったわけだし、よくよく解釈をこねくり回してみたら彼の言い分も正しかったのかもしれないと自分を納得させて残りのお弁当をかき込んだ。味は当然のようにしなかった。
次の日、友人はまだよくならず、かと言って誰かを誘う気にもやっぱりなれず、空き教室で痛い目を見たので今度は校舎裏の中庭で建物に腰掛けながらお弁当の蓋を開けた。
外は天気も良く、人の気配もなさそうだ。校庭の方から賑やかな声も聞こえたけれど距離があるのでBGMみたいなものだ。
さすがに昨日みたいなことはないだろうとスマホを開きながらおかずを頬張る。うちのお弁当はめちゃくちゃおいしいと言うわけでは無いけどあまい卵焼きは私の好物でいつも最後の楽しみに取っておいている。
お弁当が終盤に差し掛かった頃、コロコロカサカサという音がしてそちらに目をやった。
「あ、」
──きのうの、
音もなく発された言葉が聞こえてくるようだ。
なんでここに居るのか末永後輩。そのボールかい。君をここまで導いたのは。そしてどうして視線が釘付けなんだい末永後輩。これ私の顔を見てるのかと思ったけど違うよね。今まさに食べようとしていた卵焼きをガン見しているね。ウッソだろお前。
「…………食べたいの」
そしてなんで聞いた私。
「……たべたい!」
ほら、こうなるじゃん。決まってるじゃん。目が食べたいですって言ってたじゃんバカか? お昼唯一の楽しみだぞ??
でもきらきらと目を輝かせている末永後輩を見てしまったらファンとしてはあげないわけにもいかないのでお弁当の蓋にそっと乗せた。
はい、と渡そうとしたら末永くんは首を傾げる。
「そこは、あーんしてくれるんじゃないの?」
……私は、君の取り巻きとは違うんですよ!!!!!!
心の底からのツッコミはやっぱり声にはならなかった。ので、仕方なく箸でつまんで差し出す。あーんとかは言わない。末永くんのおキレイな顔が近づいてくるのをドギマギしながら表情には出さないようにする。だって恥ずかしいから。今でさえ恥ずかしいのに。好きがダダ漏れしていたらと思うとゾッとする。いや恋する乙女としてはこの反応も間違ってそうだけど。
「ふは、そんな嫌々あーんされるの初めて」
もぐもぐごくんとした末永くんはカラッと笑いながら私の姿勢をそう評価した。私は卵焼きを食われた悔しさと、ちょっとドキドキしてしまったことと、アッそんな顔もするんですね! というオタク心の三権分立になってまともな思考は出来なかった。いや三権分立って言いたかっただけ。
「お礼は何がいい? 俺、二回目のキスはしない主義だけどあんたにはしてあげてもいいよ?」
二回目のキスはしない主義って何ですか、とツッコミたい気持ちを抑えながら、高校一年にして爛れきった生活をしているらしい末永くんを見つめる。私の願いはひとつだった。
「写真ください!!!」
そうして私のスマホ画面には市場に出回る盗撮ではない私による私のための私だけの待ち受けがもたらされた。彼は「え、ツーショじゃなくていい? ソロ? 意味わからん」とかいいながら、首を痛めたイケメンポーズ(リクエスト)をしっかりこなしてくれた。ありがとう。絶対似合うと思ってたんだ。
翌朝、スマホの画面に写るゲームのスクショみたいな写真にニマニマしながら不審者のごとく通学路を歩いていると肩を叩かれた。友人は生憎今日もお休みで、色々心配しつつもだんだんとぼっちの孤独感を味わい始めている私にいったい誰がなんの用だろうかと振り向く。
「オハヨ」
わあ、朝からキラキラですね。末永後輩が朝から登校してるのって珍しいんじゃないでしたっけ。この人一年生なのに試験とか留年とか怖くないのかな。なんて現実逃避に走る。
「あんた、先輩なんだってね。タメ口やめた方がいい?」
「……ア、ヤ、ベツニ」
カタコト外国人のモノマネをしているような返答になってしまった。なんでここにいるのかな君。
「じゃあサクヤ先輩って呼ぶけどいいよね?」
答えは聞いてない、ってやつですよね。あくまで疑問形なのはなんとなくいやらしい感じがしてしまう私でした。あとなんで名前知ってるの。
「サクヤ先輩って、今日もぼっち弁当?」
今日もって言うな、今日もって。むしろたまたまこの三日間ぼっち弁なだけで。誰にしてるのかわからない言い訳を頭の中で積み上げても、その通りなので首を縦に振る。これ振ってるの首ってより顎だよね。ていうかこっちほぼ無言なのによく会話が成立してるわ。
「じゃあまたあの空き教室来てよ」
「……what?」
「俺あの卵焼き気に入っちゃったんだ。また食べさせてよ」
「……why?」
「いいじゃんそれくらい」
心の中でWTFFFFFFFFFF!!!!!!などと決して口に出来ないスラングで驚愕をあらわしてみたけれど、私本体は思わずジト目になってしまう。何を隠そう私は食い意地が張っているのだ。
「じゃあお礼する。何がいい?」
渋々、というような雰囲気なのに目はイタズラに光っている。私が何を言い出すのか試しているような、からかっているような、そんな目だ。
お礼っていうか卵焼きあげるとも言っていないのになんで貰う前提なのこの人。厚かましいって言われたことない? ないですよねぇ……。ジト目継続確定です。
「希望がないなら俺が勝手に考えとくね」
なんて私の返答も聞かずにウィンクだけして颯爽と去っていく末永くんに私はなんというかぐうの音も出なかった。完敗である。戦ってもないのに負けた。
おかしいな私、私にとっての末永紫恩とは会いに行ける(行かない)アイドルであって、お話出来る身近なイケメンではなかったはず。何故こんな接点が出来ているのだろう。いや一方的な無いにも等しい接点だけど。
花ちゃん(例の友人)のお休みの間にアイドルとおしゃべりしてあーんまでして……これってむしろこっちがお布施をしなくてはいけないのでは?
今日日、アイドルと撮るチェキにだってお金がかかるのだ。私は卵焼きひとつであーんもチェキ(ソロ)もしてもらったのだから、やっぱりそのお礼はするべきなのでは?
なるほどな。おっけーおっけー。これはお布施だ。元手のかかっていない。彼はお礼するなんて言っていたが礼を返すのはこちらの方だったわけだ。おーらいおーらい!
「どうぞ」
お弁当の蓋に今日の上納金を乗せる。購買で貰ってきたミニフォーク付きだ。昨日は後で気がついたが間接キスだったのでそんなことはさせまいとわざわざ貰いに行ってきたのだ。
「昨日のあーんより距離が空いてない?」
何を言う。これが正しい距離感だぞ、と言わんばかりの私を見つつ首を傾げる末永くん。さあ大人しくそのしょぼい貢物を受け取りたまえ。そしてクラスの女子に囲まれてキャーキャーされてきなさい。こんなぼっちの先輩に構ってなくていいから。
「先輩って俺のこと好きじゃないの?」
他の誰かが言ったらどんな自信過剰かとせせら笑われそうな台詞も末永くんにかかればただの事実確認に過ぎないところがすごい。
たぶん彼を嫌いな女子はカレーが嫌いな人を探すことと変わりないだろう。探すと意外にいるカレー嫌いな人。
でも大抵の人は好きという意味では彼とカレーは大した差がない。なのでこの質問にはあまり意味がない。
「好きですよ」
「あ、やっとコミュニケーション取れた」
さらっとした告白はさらっと流された。そりゃそうか。
「逆に末永くんって嫌われたことあります?」
「んー、まあそれなりに」
光あれば影、アンチというのはどこにでもいるもの。それもそうかと頷きながら白米を口に入れた。
「……先輩って変人って言われない?」
「凡人なら何度か」
「じゃあ俺が変わってるのかな」
「あなたは変人というより非凡なのでは?」
「それっていいこと?」
「良いか悪いかを決めるのは末永くん自身だと思うので私にはなんとも。ただ私自身があなたを羨ましいと思うかどうかと言えば、あんまりですかね。毎日人に囲まれていて大変そう」
「……わかった、先輩は凡人でも変人でもなく」
「でもなく?」
「めんどくさがり」
「おお、正解」
なんだそれ、と吹き出した末永くんの柔らかな笑顔をモロに食らってしまった私はこれ以上弁当を食べるのを諦めた。多幸感でお腹いっぱいです。
「もう食べないのそれ」
「ちょっともう、入らないので」
「じゃあそれちょうだい?」
「いや、食べかけだし……それをあげるのはちょっと」
なんとなく拒否感がある。わけ合いっこするほど私たちの距離は近いものではないと思うし。それに珍しくもない普通のお弁当だ。希少価値があってどうしても食べなくてはいけないものでもない。
「それが食べたい」
じっと、目を見つめられて、うぐっと唸る。そんな目で見ないで……。
「はぁ……わかりました。残さないで済むのは私としてもありがたいですし、どうぞ」
王が食べたいとおっしゃるなら臣下としては差し出すまで。いつ王と臣下になったんだというのはまあ気分的な問題である。
結局小さいフォークじゃ食べにくいというのでそのまま箸を渡したけれど後になって洗ってから渡せばよかったと気づいた。ごめん。
食べかけの菓子パンを置いて、女子ひとり分の弁当をあっさり食べ切るあたりやはり食欲は普通の男子生徒と変わらないようだ。当たり前といえば当たり前なんだけど。
アートのような見た目と、フィクションみたいなポテンシャルを持ってても、箸を使ってご飯を食べる普通の人なんだとなんだか不思議な気持ちで見守る。
……そうだよなぁ。どんなにすごい人間でも転んだら痛いし、お腹がすいたらご飯だって食べるよなぁ。
「何当たり前のこと言ってるの? 俺のことアンドロイドとかとでも思ってた?」
「あっ、今の口に出てました?」
「出てました」
「アッ、申し訳ない。アイドルはトイレに行かない信仰を推していたもので」
嘘ですけど。
「先輩って、やっぱ変わってる」
たぶん身近にこういう人種がいないだけですよ。と思いつつも食後の野菜ジュースを楽しんでいる末永くんを邪魔しないように黙っていた。
コーヒーとかじゃなくて野菜ジュース派と。なるほどね。
「先輩、明日は俺に弁当を作ってきてよ」
「えー……?」
「お金なら出す」
「いや母上になんと説明したものかと。母が作ってくれてるので」
「そこは嘘でも自分で作ってるって言わない?」
「母には感謝してますが、嘘つくほどの弁当でもないですよ。まあたまに自分で詰めてきたりはしますけど」
「先輩って俺のこと好きなのに、俺に好きなってもらおうとはしないんだね」
「それとこれとは話が違うというか。まあ、努力で恋が叶うなら苦労しませんからね。世の中の少女漫画の主人公たちは」
とはいえ彼らが生きているのは創作世界ではあるけれど。だからこそ困難がつきものだったりもするのだけれど。
感情ほどコントロールの効かないものはない。悲しい時には笑えないし、楽しい時には悲しめない。苦しい時に笑ってしまうこともある。すべてイコールではないし、イコールだったりもする。都合が良くて都合が効かないものだ。恋なんてその筆頭なんじゃないだろうか。なんて知ったかぶってみる。
「美味しいお弁当が食べたいなら、あなたに正当に努力できる人に頼んだ方がいいですよ」
「でも見返りは払いたくない」
「……求められる対価が払えないなら受け取るべきではないのかもしれませんけど」
「でしょ? それに俺はその仮の人のお弁当が食べたいんじゃなくて先輩のお弁当が食べたい」
「恋人でもない人にお弁当は持ってこれません」
「じゃあ恋人になって?」
そう来るだろうと思ったし、そう来ないで欲しいとも思った。弁当の対価に恋人になろうなんて私は思ってない。思ってないのに言ってしまった。対価を払えないのに受け取るべきではないと言ったのは私なのに。
「私のお弁当にそれだけの価値があると?」
「先輩のお弁当にある価値じゃなくて、先輩といる時間に価値がある。その対価が恋人ってこと」
「私にその価値はありませんよ」
要は彼にとって私は「おもしれー女」状態なわけだ。パンダとか珍獣とかまあ、そういう類の。
「価値って何に対しての?」
「カリスマ性とか将来性?」
「そんなのこれからどうなるかわからないじゃん。俺が病気になって余命一年になったら? 今まで当たり前にあったものがなくなったら? 価値なんて意味なくなっちゃうと思うけど」
「……確かに」
「俺は今先輩といる時間に対して価値があると思うからそばに居たいって思った。そのために恋人っていう名目が必要ならそうする」
「……じゃあ私もあなたのそばに居たいので恋人という対価を支払います。良いんですか?」
「もちろん。俺は返品不可だけどね」
その言葉に、「えっ」と思いながら握手した。何故か知りませんが、超弩級イケメンと恋人になりました。ご清聴ありがとうございました。完。
――とは、いかないのが人生というもので。
幸先というか、雲行きというか。なんだかとおかしな雰囲気になってきたなと思ったのは、花ちゃんが病床から復帰した二日目のことで。それは末永くんと付き合い始めて二日目のことでもある。
友人がようやく登校できるところまで快気したということでその日は花ちゃんとご飯を食べ、久しぶりに会えた喜びを分かちあった。
休んでいた日の分のノートや近況報告、何故かわからないが付き合い始めた恋人のことももちろん話した。花ちゃんは相手が関わりもなかった有名人と知って、たいそう驚いていたけど友人として応援してくれると言ってくれた。
帰りは遠慮してひとりで帰ると花ちゃんが言ったけれどまだ治ったばかりでひとり帰らすなんてたまったものじゃないと二人で帰る。
というか付き合うとはいえ末永くんとそういう話をしたわけではないので私にとってはいつも通り帰宅したわけだ。
そうしたらやってきたメッセージ。
【なんで先に帰っちゃうの】
ははぁ、なるほどね。と思った私は、花ちゃんのことを説明してその上で心配だったので一緒に帰ったことを伝えた。そうすると末永くんは明日は自分と帰るようにと言ったので了承した。
「で、なんで末永くんがここにいるの?」
花ちゃんがのほほんと答える。
「だってさくちゃんの彼氏だからでしょ?」
末永くんはうんうんと頷いて当然のように私が渡したお弁当を食べている。
「明日からは私がいないほうがいいね」
「待って花ちゃんそんな寂しいこと言わないで」
「だってお邪魔でしょう」
「花先輩がいないほうがいいとまでは言いませんが二人きりだと嬉しいです」
「ほら〜」
ほら〜じゃない、ほら〜じゃ。あと君なんで花ちゃんには敬語なのかね。ツッコミたいけど、なんだかぽやーとした空間ゆえにツッコみがたい。
花ちゃんは私と違って社交的なので友達は他にもいる。だからぼっち飯にはならないだろうし、恋人は二人きりになりたがるものだと言うのもわかる。この場でおかしいのは私だということもわかる。
でも、私だって友達とのほほんとお弁当食べたい。
「いやなの、俺とふたりきりは」
嫌じゃないし、ダメでもない。ただなんとなく喉の奥に小骨が引っかかったような違和感があるだけ。
慣れればなくなるかと思い、お昼ご飯は末永くんとふたりで食べるようになった。
帰りももちろんふたりきり。そうあることを望んだわけだし、そばに居たいと言ったのも私だ。なのになーんでか、もやもやとする。だんだんとひっきりなしに好きだとか会いたいだとかのメッセージが来るようになったり、話していないはずのことを彼が知っていたり、クラスメイトの男子と話すのを嫌がったり。
男子の連絡先は消してと言われたけど元々連絡先を交換するほど仲のいい人はいなかったのでそう伝えると微妙な顔をされた。一応お父さんの連絡先は取っておいてもいいかと聞いたらそこまでは言ってないよと返されたり。
今日はプレゼントと言って彼が一人暮らししている部屋の合鍵を貰った。
えっっ、合鍵は早くない???
まだ付き合って一週間くらいなんですけど???
世の中の基準なんてよく知らないけど高校生のカップルで合鍵って重くないですか、どうなんですか。恋人いない歴=年齢だったのでよく分からないんですけど。そもそも高校生で一人暮らしってまあまあ凄くないですか。
ただの「おもしれー女」相手にしては重さがすごい。語彙力なくなるけどなんかやばくてすごい。
興味本位で飼い始めたペットの世話を最期まですることはいいことだけど、私は人間なので看取ってもらうまでに予定としてはあと何十年もある。責任感が強いか、なんだろう……私の認識が間違ってなければこれってちょっとしたヤンデレだったりする?
もし仮に別れようとか言ったらお前を殺して俺も死ぬみたいになる?
うーん、興味本位で試してみたい。
そして増える一言メッセージ。
「ねえ」
「ヒマ?」
「今何してるの」
「どこにいる?」
「忙しい?」
「会いたい」
「寂しい」
ピコン、ピコンとメッセージアプリがひっきりなしに通知音を鳴らす。一言だけのメッセージが着ては鳴り、着ては鳴り。放置が続くと今度は通話のコールが鳴りだすわけだ。
内容はいつも似たり寄ったりなので返事は返したり返さなかったり。
さて、この現状いったいどうしたものか。
おっかしーなー、初めは淡い憧れくらいの思いをこっちが一方的に持ってたのに、気がついたらその相手から何十倍もの濃い想いをぶつけられるようになるなんて。
いや待てよ? 相手は私よりもハイパー高スペック人間なわけだ。だとしたら持ち合わせる愛情も凡人のそれより多くて当たり前なのかもしれない。
軽トラと十トントラックじゃ運べるものが違うように。なるほど。……なるほど?
「先輩俺のこと嫌いになった?」
「どうして?」
「俺って実は恋人がいたの初めてじゃないんだ」
「そらそうでしょうよ」
「本気で好きになった相手だよ? ヤキモチは?」
「焼いた餅は食った方が美味い」
「そういうことじゃないけど。まあいいや、言いたいのはそこじゃないし。で、皆俺のこと思ってたのと違ったって言ってフってくの」
「あー、? うん? わかるようでわからない」
皆様、末永くんのことアンドロイドだとでも思っていたのだろうか。下品な話、ゲップもおならもしなさそうだもんね。息吸ってるだけで解釈違いですっていう人がいてもおかしくない。
「俺、好きなるとドンドンのめり込むタイプなの」
「はあ」
「相手が何してるとか、今何考えてるとかずーっと考えちゃう」
「それが恋ってやつですね」
「で、だんだんと相手のことを束縛し始める」
「えっ、それして喜ばれなかったんですか?」
「……で、思ってたのと違ったってフられる」
「女心と秋の空ってやつですか」
そりゃ難しい問題だ。彼女たちは一体彼をどういう存在だと思っていたのか聞いてみたいところだけど、きっと私が聞いても答えてはくれないだろう。残念。
「先輩にとって俺は思ってたの違う?」
「いや申し訳ないんですが、そう思うほど末永くんのこと知らないのでなんとも」
確かにギャップというか執着心とかなさそうだなとは思ってましたけど。持てるものに持たざるものの気持ちはわからない的な。
でも人間だし相応に欠点があってしかるべきだとも思うので、もし仮にこの重さが欠点だとするならやっぱり神が創りたもうた異次元の存在ではなく、普通に生まれてきた人間なんだなと思うだけで。
つまり私が見てきたのは表面に過ぎないってこと。内面なんて知るよしもなかったので。言葉を交わし始めたのもつい一週間まえのことだし。
「だから私にとって末永くんは今まで末永くんがすべてでありそれ以上も以下もないので、思ってたのと違ったっていうのはないですかね」
「……先輩、そういうところだよ」
「なにが?」
「先輩は凡人で変人で、めんどくさがりってこと」
「それは……喧嘩を売ってらっしゃる?」
「そういう意味じゃないよ。先輩、考えるのめんどくさくなってるでしょ」
「考えるのが必要な時とそうでない時を使い分けてるだけです」
「物は言いようだね」
「末永くんが神の遺した聖遺物とかじゃなくて良かったって思ってるのは本当です」
「待って先輩今何考えてたの。どうしたらそういう結論になる?」
「さあ、それは秋の空にでも聞いてください」
「ドヤ顔で上手いこと言ったみたいな顔しないで」
「末永後輩、ほんとに私のこと好きなのか?」
「その言葉そっくりそのまま返すよ」
私の愛情を疑われたので、そのお綺麗な顔にキスしてみる。いいなぁ男子なのにうる艶リップだぁと思っていると何倍も濃いヤツをお返しされました。ごちそうさまです。
「ねえ先輩」
「はい。なんですか」
「先輩って処女?」
「まあそうですけど。末永くんは処女が嫌いですか?」
「嫌いでも好きでもないけど先輩の処女は大歓迎」
「ちなみに初キスも君に奪われましたが」
「初めて? って、……もしかして、あの空き教室で……?」
「そうなりますね」
そう言うと末永くんはがっと自分の頭を掴んで震え出した。え、なに。この突然のバイブレーション。
「どうしました?」
「猛烈に今までの行いを後悔していたところ」
「後悔? ああ、俺様のありがた〜いキスをくれてやるから言うこと聞けよ的なあれですか。末永くんはそれをするに値する容姿ですからいいんじゃないですか?」
「ああああ! 本命の彼女に傷を抉られるのってやっぱり今までの報いだよこれ!!!」
えっ。そんなつもりはなかったんですけど。
二次元のヒーローみたいな人だからそういうことしても「うわっ」という気持ちより「それは、そう」という感じがしていたのは私だけ……?
「俺、そんなに自分の容姿を鼻にかけてたつもりはなかったけど、かなり痛いやつだったんだね……」
「うーん、見合ったものがあるから痛さというよりか当然というか。きっとこういう風に感じる人の方が多かったから末永くんの周りには人が絶えなかったんだと思いますよ」
「負のスパイラルじゃんそれ」
「どう受け取るかは人それぞれですよ。でもあのキスのおかげで私は心の偶像だった末永くんが、ちゃんとそこに存在してる人だって気がつきました。私のファーストキス、貰ってくれてありがとう」
うっ、と呻いて口を塞いでしまった末永くんはしばらく俯いて、それから顔を上げた。
「先輩のはじめては、全部俺にちょうだいね」
それは一種の「毒を食らわば皿まで」的な概念なのか、首を傾げながらも私はそれに頷いた。
気がつけば、私の抱えていた想いよりも彼の抱え込んだ想いの濃度が増してしまったようですが、とりあえず幸せなのでオッケーです。
――おあとがよろしいようで。ではな〜!
お読み下さりありがとうございました。