第三話 眩しいほどに夕陽が見える始まりの場所で その3
翌日。
いつものように田代と昼食を取ろうとしていた奏汰が、やよいの作ってくれたバランス完璧愛妹弁当を包んでいる手ぬぐいをニヤニヤと開こうとしているところだった。
昨日の放課後とは違い、あまり音を立てないようにゆっくりと教室のドアが開かれた。
そこにいたのは、校内一番人気を誇る『氷の生徒会長』こと藤沢……
「か、奏汰さんっ! 来てくださいっ!」
「うおおおおおお!?」
開きかけの手ぬぐいごと弁当を抱えて走り出した奏汰は、渚の手を掴んで人気のない廊下まで引っ張った。
ゼ―ハーと急なダッシュで乱れた呼吸を奏汰は整える。
「なにやってんだよ渚ァ!」
「え、えっと。茜ちゃんに奏汰さんをお昼に誘えと言われたので……」
「違う違う! 俺昨日、茜の真似をするなって言ったよな!?」
「に、似てませんでしたか……? 昨日の夜も練習したんですけど」
「似てないの次元じゃねぇんだってば! お前の事情を知らないやつでも冗談で二重人格だって言うレベルなんだって!」
昨日、渚に渚のままでいいと言ったので、おそらく自分なりに頑張ってみた結果なのだろうが、それにしてもツッコミどころが多すぎる。
あんな震えた声で普段の会話で使わないはずの敬語を使うのはどう見ても『皆が知っている藤沢渚』ではない。いずれは渚が出なければならないとは言っても、この形で最初から出ていくのは危険だろう。
「いいか、渚。挑戦しようってやる気はいいけど、だからって目立つ必要はないんだからな。別に教室全体に聞こえる声はいらないからな」
「そ、そしたらどうすれば」
「俺は見たら渚だって分かるんだから、変に無理しなくても小さな声で言ってくれれば充分だって。普通に敬語を使う分には不審に思う人だって少ないだろうし」
「そんな手が……」
こんなことで盲点だった、みたいな顔をされるとこちらまで不安になるからやめてほしい。普通の生徒は渚が二重人格であるなんて思いもしていないのだから、先ほどのような明らかにおかしな挙動をしない限りは何も思わないはずだ。
他人は自分の思うよりも自分を見ていない。ほぼすべての人間関係を絶った奏汰にはそれがよく分かっていた。
まあ、ストーカーレベルで渚を監視している危ないやつがいた場合は別だが。
「それより、どうしたんだ。昼にも生徒会の仕事があるのか」
「あ、そうでした!」
手のひらをポンと叩いた渚は満面の笑みで言う。
「一緒に、お昼ごはん食べませんか?」
「あ、ああ。いいけど」
向かった先は、屋上だった。
本来は生徒の立ち入りは禁止されているのだが、奏汰が入るのは二回目だった。
今回もやはり茜が屋上の鍵を管理していたらしく、それを使って渚が屋上へと足を踏み入れたのだ。確かに、ここならばどうやっても他の生徒は来ないし、まだ外に慣れていない渚のリハビリにはちょうどいいだろう。
特別な用事がなければ誰もこない屋上だからか、床の正面を撫でるように砂が覆っていた。それを軽く手で払って、奏汰と渚は腰をおろした。
丁寧な正座をして座る渚は、持ってきた弁当箱をちょこんと膝の上に置いた。
水色の手ぬぐいに包まれた奏汰のものよりも一回り小さな弁当箱の蓋を開け、間に箸を挟んで渚は手を合わせる。
「いただきます」
礼儀正しく挨拶をする渚を見て、奏汰も開きかけの手ぬぐいから弁当を取り出した。
「奏汰さんのお弁当は自分で作ったんですか?」
「いや、やよいが作ってくれたんだ。俺よりもずっと美味しいものが作れるからな」
「やよいちゃんって、妹さん……でしたよね」
「そういえば、渚はやよいと話したことなかったか」
「はい。あの時は疲れて意識自体も眠っているような状態だったので」
先日、奏汰の家では寝るまでずっと茜が表に出ていたから、渚はやよいのことをよく知らないのだろう。
心の色が見えると言っても、表に出てない意識の深浅までは奏汰には分からない。
渚の心にわずかな寂しさを感じた奏汰はいつもよりも少し明るい声で言う。
「今度、俺の家に来たときに話せばいいよ」
「でも、前は茜ちゃんが出てしまっています」
渚の不安はもっともだった。一度茜が藤沢渚としてやよいと話している以上、次に本当の渚がやよいと話すと言うことは、必然的に二重人格であるということを明かすということだ。
渚の二重人格を知っているのは奏汰だけだ。そして、奏汰が渚の事情を知ったのは奏汰の共感覚という他とは違う感性を持っていたからだ。
「大丈夫。やよいならきっと渚にも同じように接してくれるよ」
「そう、でしょうか」
「やよいも昔は共感覚を持ってたからさ。周りと違うっていう感覚をちゃんと分かってるんだ。だから、絶対に渚のことを理解してくれるよ」
「……そうだと嬉しいです」
奏汰の言葉を聞いて、渚は安心したのか少し口角を上げて割り箸を割り、弁当を食べ始めた。もぐもぐと美味しそうに咀嚼する横顔を見ながら、奏汰も食事を始める。
「そういえば、朝は大丈夫だったか?」
昨日は二人で登校したが、あれだけ騒がれると困るので登校は別々にすることにしたのだ。そして、渚の家から学校までの距離が短いということもあり、今日から登校では渚が表に出ることになっていた。
こうして昼食を一緒に食べているということは、問題は何もなかったということなのだが、それでも心配であることに変わりはない。
「はい。多分、大丈夫だったと思います」
「多分? 大丈夫……?」
自分の行動に対する評価にしては随分と曖昧な言葉だ。
首を傾げる奏汰に、渚は説明を加える。
「今朝、登校していて挨拶をしてくれた人がいたんです。なので、ちゃんとおはようございますって返したんです。でも、なんだかみんながびっくりした表情をしていたので」
「ちなみに、どうやって挨拶したんだ?」
「え? 普通の挨拶ですよ。こう、おはようございますって」
渚はわざわざ立ち上がってペコリと頭を下げ、丁寧にその様子を再現してくれた。
どこが問題だったかは、一目でわかった。
「うん。渚らしい挨拶だな」
「はい。私なりの精一杯だったんですけど……」
まだ分かっていないようなので、奏汰は優しい声で、
「あのさ。もし茜が今、渚みたいな挨拶をしたらどう思う?」
「それはびっくりです! 茜ちゃんならもっとこう、クールな感じですっ!」
まるで大衆の中を歩く大富豪のように優雅な振る舞いで、渚は手を振ってみせた。
「だよな。だからみんなもびっくりしたんだよ。茜に挨拶してるつもりなんだから」
「……あっ」
「どうせ文化祭当日には渚がずっと外に出るんだ。挨拶程度ならそこまで気にする必要もないから大丈夫だと思うけど」
奏汰の慰めを受けている間にも、渚の表情が暗くなっていた。
「私の挨拶、ダメだったんでしょうか……?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「そうですよね私みたいな人間に突然話しかけられても迷惑なだけですよね。頑張って挨拶をしてみましたけどみんな少し不思議そうな顔で苦笑いをしていたのも当然のことだったんですよねやっぱり私は茜ちゃんの中に引きこもってそのまま生涯を終える程度が身の丈に合ってるんですよね……」
いつの間にか渚がハイパーネガティブマシンガントークモードに変形してしまっていた。
奏汰はどうにか渚の心を落ち着かせようと箸を持つ渚の手へ視線を移した。
「そ、そうだ。渚って、左利きだったのか?」
「え? はい。左利きです」
さきほどよりも幾分か暗さの抜けた顔で渚は頷いた。
どうやら、一度思いっきり吐き出すとある程度落ち着くらしい。
「この前、茜が俺の家でご飯を食べたときには右手で箸を持っていたような気がしてさ。やっぱり勘違いだったか」
「いえ、合ってますよ。お箸を使うときは、茜ちゃんが右で私が左なんです。ちなみに、鉛筆を持つ手も茜ちゃんが右で、私が左です」
「そんなところまで違うのか?」
雨の中を走った時も、走るのが得意なのは茜であって渚は運動が得意ではないと言っていた。人格ごとに口調や価値観が違うのは分かるが、そこまで変わるものなのだろうか。
「なんだか、やろうと思っても感覚が分からないんです。茜ちゃんが出来るんだから、身体能力自体はあるはずなんですけど、私に運動神経はないみたいで……」
つまりは宝の持ち腐れというものだろうか。才能を持っていても、渚はまだそれを扱いきれていないのだろう。
そんな訓練もそのうちしていくのだろうか。
「他にはあるのか。茜と違うことって」
「違うというか……私ができないことでも、茜ちゃんなら大抵できます。このお弁当も、茜ちゃんが作ってくれたんです」
渚の弁当箱は半分が白米、もう半分におかずが入っていた。
おかずは、豚肉と人参とピーマンを使った炒め物と、ベーコンで巻かれたアスパラガスが二つ。茜らしい、渚の健康に気を使ったバランスのいい弁当だった。
渚は炒め物を箸で掴むと、美味しそうに頬張る。
「私、料理が苦手なのでお弁当は茜ちゃんに作ってもらったんです」
「結構野菜が多めなんだな」
「はい。私、野菜好きなんです。茜ちゃんはピーマンとか苦手みたいですけど」
「味の好みも違うのか?」
「大きく違うってわけじゃないですけど、茜ちゃんはピーマンはこういう料理でも全部先に食べます。嫌いなものは先に食べる派みたいです」
二重人格では、性別の違う人格すらも生まれることがあると聞いたことがある。本当に、味の好みまで変わるほどに別人なのだろう。
運動能力にも大幅な差があることは前に知っている。おそらく、料理の腕も誇張なしに悲惨なのだろう。
どうにかしてやりたいものだと、奏汰は思考を巡らせる。
「そうだ。今度の週末、空いてるか?」
「はい。特に予定はないはずですけど」
「じゃあ、やよいと一緒に料理の練習をしようぜ。茜の力を借りずに料理を作るのも、大切なことだろ?」
「それって、やよいちゃんに私のことを伝えるってことですね」
渚が不安に思っているのは当然だろう。
だが、少し考えれば別にやりようならいくらでもあるのだ。
「茜がやよいに教えるって形で、渚も中から話を聞いて勉強ってのはどうだ? それで、やよいがいないときに二人でやってみるとかさ」
本当は奏汰が教えることができればいいのだが、普段はやよいの補助や下準備などばかりしているため、料理自体を教えることに自信がないのだ。茜に頼めば、渚にも分かるように器用にやってくれるはずだし、さらに奏汰の料理スキルも上がると言う一石二鳥だ。
「そうですね。それなら、なんとかなりそうです」
「よし、それじゃあ今日のうちにでもやよいに言っておくよ」
「ありがとうございます」
奏汰は渚の心の色がわずかに暗くなっていることに気づいた。
少しでも不安を取り除くために奏汰はやよいの作ってくれたおかずを渚の弁当の白米の上にポンと置いた。
「食べてみ? 元気出るぞ」
「は、はい」
少し戸惑いながらも、渚はそれを口へと運んだ。
「美味しいですぅ……」
うっとりと自分の頬が落ちそうになるのを押さえつけて味を楽しむ渚。
暗かった青が一気に明るくなるのを見て、奏汰は思わず笑ってしまった。
「いい笑顔だな」
「き、急にどうしたんですか。ちょっと恥ずかしいです」
頬を赤くしながら渚は目を背けた。
「茜ってあんまり笑わないだろ? 目元とかがちょっと変わってもさ、やっぱり俺からはほとんど同じ見た目だから、そうやって幸せそうに笑う顔が珍しく見えるんだよ」
「確かに、そうかもしれませんね」
小さく言った渚は、「でも」と切り返す。
「今までに比べたらとっても楽しそうですよ、茜ちゃん」
「そうなのか? 何かにつけて刺されそうになってる気がするけど」
「もう、心が見えてるのにそういうところは鈍感なんですか」
「見えるだけで、心の声が聞こえるわけじゃないからな」
「そういう真面目な返しはいらないです」
「ええ! なんで怒られてるの俺」
「それが分からないから怒ってるんです」
「難しいなぁ」
心が見えることと、女心を理解することはまったく別らしい。
眉間にしわを寄せて奏汰は険しい顔をした。反対に、渚は母のような温かい顔で、
「私のために、茜ちゃんはずっと一人で過ごしてくれてたんです。事情を話せるような人もいなかったから、どこか寂しそうでした」
内側から『氷の生徒会長』を見続けてきた渚は、屋上からの景色を遠い目で眺めながら言う。
「でも、奏汰さんと出会ってからは楽しそうなんです」
「そう、なのかな」
「そうなんですよ。鈍感奏汰さん」
微笑みながら奏汰を見つめて、渚は言う。
「これからも、茜ちゃんをよろしくお願いしますね」
「お、おう」
照れ臭そうに、奏汰が頷いた瞬間だった。
ガチャリと。
突然、屋上の扉のドアノブが回転する音が鳴った。
奏汰と渚の視線が、一気に扉へと注がれる。
「せ、先生とかが来たのか!?」
「ど、どうしましょう奏汰さん!」
「ドアの鍵は閉まってるから、簡単には入れないはずだ。とりあえず静かにしてどこかへ行ってくれるのを待とう」
息を殺して、奏汰と渚は様子を伺う。
カチャンと、鍵の開く音が聞こえた。
どうして鍵が開いたのか、奏汰はすぐに分かった。元々、この屋上の鍵は茜が生徒会長として管理していたものだ。ならば、副会長でも屋上の鍵を手に入れることはできるはずだ。
奏汰は弁当を片付けると、立ち上がって渚を隠すように開く扉の前に立った。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたその少女は、奏汰を冷たい目で睨みつける。
「……こんにちは、一色先輩」
優しい風が、ふわふわとした日葵の髪をドレスのスカートのように膨らませた。
「お、おう。どうしたんだ、こんなところで」
「文化祭で使う垂れ幕のために下見に来たんです。一色先輩こそ、許可を持たない生徒が屋上に入ることは禁止されていますが」
ぐうの音も出ないほどの正論に、奏汰は言葉を失った。
どうやって言い訳をすべきか。
「それに、誰かと話をしていましたよね。誰かいるんですか?」
日葵は奏汰の後ろを覗き込むように体を横に倒した。すかさず奏汰は体を横にずらして渚を見られないように動く。
「なんですか、その動き。学生辞めて欠陥自動ドアに就職ですかおめでとうございます」
「よくもその速度でそんな鋭い罵倒を思いつくなお前……」
「いいからどいてください。可動式のウドの大木なんて邪魔でしかないです」
凄まじい罵倒とともに奏汰の横を抜けた日葵は、後ろにいる人影を見て動きを止めた。
「こんにちは、雨宮さん。ごめんなさい、勝手に入ったりして」
「ふ、ふふふ藤沢先輩!?」
奏汰が日葵と会話していたわずかな時間で、渚は茜と変わったようだった。
風に吹かれたポニーテールが穏やかに揺れていた。
「ごめんなさい。垂れ幕のための下見だったわね」
「は、はい!」
「少し彼と話があって屋上を使わせてもらっていたの。すぐに出るわね」
弁当箱を持った茜は、日葵の横を抜けて屋上から立ち去ろうと歩き出した。
「あ、あの!」
自分の横を通り過ぎようとした茜を呼び止めると、日葵は頬を赤らめながら言う。
「何か手伝えることがあればなんでも言ってください! いつでも力になりますから!」
「ええ。困ったら頼らせてもらうわ」
誰かに手を借りずとも全てを成し遂げる能力を持つ完璧生徒会長は、日葵に優しく手を振りながら屋上から出た。
奏汰もそれに続くが、とてつもない殺気を後ろから感じて慌てて振り返った。
まるで親の仇を見るような目つきで、日葵は奏汰を睨んでいた。
「え、ええと……」
「さっさと私の視界から消えてください」
「……、」
なるべく早歩きで、奏汰は逃げるように屋上から去った。
茜に追いついた奏汰は、横並びになるように足並みを揃えた。
「悪いな、茜」
「もう少しあなたが頼りになってくれれば楽になるわね。でもまあ、あの子はあなたとは相性が悪いだろうから、これは仕方ないわね」
「なあ、茜」
奏汰は自分を睨みつけていた日葵を思い出していた。敵意をあれだけ顕著に向けられているとはいえ、奏汰よりも茜のことを想っているのは確実だ。それくらいなら、奏汰でも分かる。
そしてきっと、奏汰よりも長く、強く、日葵は茜に憧れているはずだ。
「俺で、よかったのか?」
「あいつ、お前のことを凄く慕っているみたいだし、俺よりもいろいろ出来るだろ。お前の秘密を話してもきっと理解してくれるんじゃないか?」
「無理よ」
茜は間髪入れずに断言した。
「もっと渚が強くなれるまでは、あの子には特に話せない」
「どうして」
「あの子が慕ってくれているのは『私』よ。あの子にとっては私が藤沢渚で、本当の渚を受け入れる場所なんて存在していない」
奏汰は昨日日葵が言っていた言葉を思い出した。
――私の知っている藤沢先輩は、あなたみたいな男に簡単に篭絡されるような人では決してありません!
日葵にとって、茜こそが彼女の知っている藤沢渚なのだ。
少し考えれば分かることだった。きっと、日葵に渚が二重人格であるということを伝えて本当の渚が出てきたところで、渚は日葵に拒絶されるだけだ。
いつかは乗り越えなくてはならないとしても、今、日葵を乗り越える必要はないという茜の判断は賢明だと奏汰は思った。
例えばテレビで清純派アイドルとして人気の芸能人がいたとして、そんなアイドルが実際は酒や男遊びが大好きな清楚の欠片もない人だったとしたら。最も憤りを見せるのはファンだろう。対象への憧れや好意が強ければ強いほど、そのギャップを受け止めきれなくなる。
この学校の生徒たちが知っている藤沢渚は、いわゆる学園のアイドルというやつだ。そして、昨日の日葵の言動を見るに、茜の熱烈なファンであるに違いない。
これでもし、本当の渚のことを知ってしまったら。
完璧とは程遠い、弱い藤沢渚を見てしまったら。
お前なんか藤沢渚ではないと、強く否定されてしまったら。
「ジレンマってやつなのかしら」
そんなことを、茜は呟いた。
意味が分からず首を傾げる奏汰へ、茜はやるせないような顔で言う。
「私がずっと表に出ているのに、求めていたのは渚を理解してくれる人だった。『氷の生徒会長』だなんて呼ばれるのも当然ね」
茜は自分に興味を示す人には興味がなかった。欲していたのは、茜の中にいる渚を見つめようとしてくれる存在。誰もが目を奪われるような存在から目をそらし、その本質を見つめようとする異端者。
「まあ、あんな形で出会うとは思わなかったけどね」
奏汰を小馬鹿にするような笑みを茜は浮かべた。
おそらく、奏汰が告白じみたセリフを言ったことをからかっているのだろう。
「仕方ないだろ。人と話すの、苦手なんだから」
「別に悪いとは言ってないわ。感謝もしてる。こうして、前に進み始めることも出来ているんだから」
珍しくまっすぐな言葉を受けて、奏汰は少し照れ臭そうに窓へと視線を移した。
もうすぐ昼休みが終わるからか、窓の外に生徒は見えなかった。
「少しくらいは素直に褒めてくれてもいいんじゃないか?」
「ダメよ。まだ手伝い始めて数日じゃない。感謝の言葉は渚がちゃんと強くなってからよ」
「それもそうか」
「でも、そうね。渚を見つけてくれなかったら、今も私がずっと外に出続けていたわけだものね。一言ぐらいは言ってあげてもいいのかもしれないわね」
その場で足を止めた茜は、凛とした立ち姿で口を開く。
「ありがとう、奏汰。これからも渚のこと、よろしく頼むわね」
「お、おう」
あまりにもまっすぐな言葉を受けて、奏汰の顔が一気に紅潮した。
いたずらな顔で奏汰の鼻を指先でツンとつついた茜は、蠱惑的な微笑を浮かべた。
「その顔、渚にも見せてあげたいわ」
「からかうなって」
「本心よ。あなたなら見ればわかるでしょ」
そんなことは分かっている。問題はそこではない。心の底からからかうことを楽しんでいるというのは、思春期の奏汰には少し悔しかったのだ。
「『氷の生徒会長』はどこへいったんだか」
「だから言ったでしょう。渚を守るために必要だっただけよ」
なりたくてなったわけではないと、少し不服そうな顔で茜は言った。
仕切り直すように茜は大きく息を吐いた。
「週末、料理の練習をするんでしょ?」
「聞いてたのか」
「私の家、来る?」
「……え?」
そんな言葉の意味を、奏汰はすぐに理解できなかった。
昼休みの終わりを告げるチャイムの音は、奏汰の耳を素通りしていた。