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夫気取りのエクスカリバー

作者: 魅社和真

とある村の最奥にそびえる洞窟。


その洞窟の奥に、1つの棺が崇められているかのように装飾され横たわる。

……それは、とある人物の亡骸が眠る……村の者にとって何よりも大切な棺。


その棺の隣で、共に眠りにつくかのように大きな岩に静かに突き刺さるのが……かつてこの世界を救ったとされる勇者の相棒であり、この村の守り神でもある、聖剣エクスカリバーである。



相棒の死と共に役目を終えた聖剣は、それ以来誰の手に収まる事も無く……ただひたすらに、この世のものとは思えぬ眩いばかりの光を放ち、数千年の間この地を守り続けていた。





『聖剣様。本年もお疲れ様でございました。我ら勇者様の子孫、メイル族は貴方様のおかげで今日これまでも、誇り高きこの血筋を受け継ぐ事が出来ました』



長老と思わしき長い白髪の老人が、沢山の人を引き連れ……年明け前に聖剣に感謝を告げる為、洞窟へとやって来た。


眩い光は、それに何も返さない。


だが、その明るい光はいつでも村を照らすように温かく輝く。村の者達にはそれだけで充分なのだ。



『今年も数多、勇者様の血を継ぐ者が生まれました。どうかこの子達にも聖剣様のご加護があらん事を……』



そう言い老人が頭を垂れると共に、女達は今年生まれたとされる赤子を腕に抱きながら揃って聖剣の前に集まり膝を着く。



今年は68人。新しい命が……この地に宿った。

勇者の血を継ぐ、誇り高き命が。



それは、長老が生まれるよりもずっと昔から行われていた行事であった。


聖剣に、その年に生まれた赤子の顔見せを行うのだ。


無機質な剣である聖剣に、このような事は意味があるのだろうか?という者はこの村には居ない。

村人にとって、聖剣とは剣ではなく神だからだ。



『聖剣様……我が子にどうか貴方様の加護があらん事を……』



恒例のように赤子の母親達も同じ言葉を繰り返す。


彼女達も、こうやって自分が生まれた頃に母親に願われたのだ。



眩い光は、優しさを表すように淡く揺らめく。

赤子ですらその美しさに泣き声すら零さない。





――しかし、その日……洞窟は、この数千年……誰も目にした事の無い程の異常な量の光に、突如として包まれた。



『っっ……!!っせ、聖剣様……!!いかがなされましたかッッ!!?』



村人が困惑に揺れる。


聖剣が自分達を襲う事など無いと信じている村人達は、村の外に脅威が迫っているのではと考え、聖剣の傍に縋るように集まった。



恐怖と困惑が入り混じる空間で、その光はより一層強まり…………眩すぎる光が洞窟を真っ白になる程埋め尽くす。



その切ない程に美しい光の中で……凛とした神々しいまでの声が、天命を告げる神の声が如く、村人全員の頭に反響した。





『――――やっと現れたな。我が妻よ』



……その落ち着いた青年のような声が消えると、光は驚く程あっさりと消え失せた。



そして……ザワザワと戸惑う村人達の目に映ったのは…………。


決して岩から抜ける事の無かった聖剣が、驚かせない程度の柔らかな光を放ちながら……すやすやと眠る女の赤子の……落ち葉のような手に収まっている姿だった――。







『エスナ、我が妻よ。我はエスナの成長と共に美しくなってゆく姿にドキドキが止まらぬぞ。我は夫としてエスナが良からぬ男にかどわかされぬか心配である……!』


「聖剣様、私はそれほど可愛くないので大丈夫です。……それより、ご飯時に変な話しないで下さい」



朝、ご飯を食べていると、我が家の薪置き場に刺さって私がご飯を食べ終わるのを待っている聖剣様が、淡い青の光を心配そうに揺らした。


私はまた始まったか、と待たされている間に色々考えてしまったのであろう聖剣様の為に、文句を言いつつも早めに朝食を終え聖剣様の元へと向かう。



『愛い奴め……頬を染めるでない。夫婦なら当たり前のコミュニケーションではないか』


「聖剣様、私の顔が赤くなっているのは照れているからではありません。暖炉に当たっていたからです」


『何も隠さなくても良いではないか。だが、そういうエスナの我に怒っていると見せかけて内心我に心酔している所は癖になるぞ!我を手玉に取るなど……侮れぬ嫁だ!』


「お母さん。聖剣様が洞窟に帰りたいって」


『コラ!待てエスナ!!我はこの愛の巣からは出て行かぬ!!』



感情によって光の色がピンクになったり赤になったりする、人間よりも分かりやすい我が村の聖剣様。


無理だろうと分かっていてもお母さんに聖剣様が帰りたがっていると伝えると、お母さんは聖剣様に頭を深々と下げながら尋ねた。



「聖剣様。今日もエスナの事を護って頂きありがとうございます。エスナから聖剣様が帰りたがっていると聞きましたが、それは本当……」



お母さんが全てを紡ぐ前に、聖剣様は不満気に赤く光を発してチカチカと点滅した。

点滅は否定。赤は怒りだ。


聖剣様の声は今では私にしか聞こえない。

故に聖剣様が私にこんな変な事を言ってくると知らないお母さんは呆れたように私に視線を移した。



「違うって仰ってるじゃないの。聖剣様は大事にしないと罰が当たるわよ」


『当たるぞ!我が妻よ!!』



嬉しそうにお母さんに同意する聖剣様。

その声すらお母さんには聞こえないので、知らずに遠ざかってゆくお母さんの背中に、私は不満の息を小さく吐いた。



物心つく前からずっと私の枕元には聖剣様が居た。もう18年になる。



最初のうちはお母さんが恐れ多くて洞窟にお送りしていたらしいけど、毎日来るのでもう洞窟ではなく家でお祀りする事にしたらしい。



……そして現在18歳になった私の手には、毎日のように聖剣様が引っ付いている。



「……聖剣様、せめて私に持ってくれとか言って下さい……無意識の間に握らせられるとビックリします」



聖剣様を置いて出たはずなのに、手に重さを感じる。

私は右手に無意識のうちに握らされた聖剣様に冷たい視線を送った。


聖剣様は『あっ、ち、違うのだ!!ふっ、不埒な意味でなく……!』と弁解にあうあうと言葉を濁す。


頭を抱える私の横を通り過ぎた隣の家のお姉さんが、輝く聖剣様を見て楽しそうな会話をしていると思ったのか、微笑ましそうに私に笑みを送る。


ピンクの光を聖剣様が喜んでいる色だと勘違いしているのだろう。


今でこそ力の衰えを防ぐために私にしか話をしない聖剣様だけれど、私が生まれてすぐぐらいの時には村人全員に声を聞かせた事があったらしい。


その際に聖剣様の声を聞いた長老の話では、聖剣様が私に引っ付いているのは、私が聖剣様の花嫁として選ばれたからだという。…………意味が分からない。


お母さんもその時聖剣様の声を聞いたらしいけれど、お母さん含め長老以外の村の人達は全員、私が聖剣様の花嫁という話はそんなに信じてはいないのだそうだ。

そりゃ剣の嫁って何?って誰でもなると思う。



『エスナは自分から我と手を繋ごうとせぬではないか!だから我がリードして……』


「手なんて無いじゃないですか!それに聖剣様抱えたまま歩いて人に当たったりしたら危ないじゃないですか!家で待っててくださいっ!!」



聖剣様を薪に刺して出て行こうとすると慌てた声が私を引き留める。


むっとしながらも振り返ると、悲し気に青く輝いていた光はポッとピンクに染まった。



『あっ、愛い……っ!で、ではなくてな!!危ないのでな!我がエスナを護ろうと』


「聖剣様の光のおかげで村にモンスターは出ないので大丈夫です。それに、今日はディリックも居ますし比較的安全です」


『ディリック……!あの小童か!!……ッッ、エスナの浮気者っ!!我、こんなに一途にエスナの事、愛してるのに!!』



カラフルに感情が入り混じる聖剣様。この聖剣様がこんなに人間臭くて面倒くさいと知るのは私だけだろう。



かつては私の先祖である勇者様と共に魔王を追い詰めたと言われる、神が遣わせたとされる聖剣だったらしい。


永遠とも思える時を洞窟で過ごしていた聖剣様は、どういう訳か私を嫁だと定めて洞窟から飛び出し、こうやって毎日アプローチをかけてくるのだ。


……ちなみにディリックはこの間結婚してもうすぐ子供が生まれる、私の幼馴染であるリラの旦那さんだ。村の皆が知っている。



「ディリックはこの間結婚しましたよ。今日はディリックの生まれてくる子供の服を選びに行くだけですから……」


『それで信じられると!?エスナの愛いさにコロッと嫁も忘れて襲い掛かって来たらどうするっ!!?我が返り討ちにしてやろう!!』



1人でなにやら盛り上がり、そう言い放ち私めがけて飛んでくる聖剣様。


先程の言葉を気にしてか勝手に私の手に収まったりしないで空中で停止している。



『あ、あの……エスナ……って、手を……繋がぬか?』


「……どこが手なんですか?この柄の事を言ってるんですか?」



呆れながら指を差すと弱々しく青く光る聖剣様。

嫁嫁と連呼する癖に、私へのアプローチが子供のようだ。


肩を竦め、大人しくしてて下さいよ……と、お願いし聖剣様を握ると、聖剣様は太陽のように眩しいピンク色に輝いた。



『あっ、そ、そんな所を……!エ、エスナッ……大胆……!!』


「え、これどこなんですかっ!!?やだもうっ!!やっぱり置いて行きます!!」


『うう嘘だ!我が妻よ!!我、剣だから!!破廉恥な所なんて無いから!!』



頭の中で声がする聖剣様に私は言葉で返す。知らない人が見れば完全に頭がおかしな子だ。


だけど、私が独り言のように喋りながら歩いても、この村では変には思われない。

皆、私と聖剣様が会話しているのを知っているのだ。



私が通ると、私の傍の聖剣様に皆が頭を下げる。聖剣様は会話をしない代わりに、皆に返事を返すように少しだけ発光を強める。



『皆の者、朝からご苦労である。今朝は随分と冷える。皆、厚着を心掛けよ!』


「……そういう所は、……素敵……だと…………思います……」


『!?な、何がエスナの琴線に触れたのだ!?我、嬉しい!!』


「…………」



こんな感じで18年間ずっと私に張り付く聖剣様。おかげで人間の彼氏なんて者も私には居ない。

……まぁ、別に要らないんだけど……。



聖剣様は毎日私を好きだと言ってくれる。

……だけど、どうして私なのか分からない。



麦色の少し癖のある巻き毛。目は濃い紫。どこにでも居そうな特徴のあまり無い顔。


どこまでも平凡な私は、聖剣様に気に入られ平凡とは程遠い人生を歩んだ。


長老よりも立場が高い村娘というのもおかしな話だ。



「おぉ!エスナ、聖剣様!お出かけですかな?」



噂をすれば影。聖剣様が私を嫁だと言ったのを聞いてから、誰よりも聖剣様の嫁宣言を信じている長老がニコニコと笑いながら家から出てきた。


振り返った私と同時に聖剣様がいつものように長老にも光を強める。



『おはよう長老。あまり冬に出歩くでない。体に響くぞ』


「長老、おはようございます。リラの子に服をプレゼントする為に少し出かけるんです」


「そうかそうか。道中、気をつけなさい。聖剣様も、エスナとお出掛けをお楽しみ下さいませ」


『うむ!気が利くではないか長老。我はこれからエスナと愛を深める旅に出るからな。村の事は頼んだぞ』


「聖剣様。旅なんて行きません。村にある洋服屋に行くんです」


「ほっほ!聖剣様は新婚旅行のつもりでしたか!無礼を申しました」


「長老!!」



何故か会話していないにも関わらず、聖剣様と言葉のキャッチボールが成功している長老。聖剣様のお気に入りだ。


長老の言葉にご機嫌に輝く聖剣様。あまり聖剣様をつけ上がらせないで欲しい。


笑う聖剣様と長老を引き剥がしてそそくさとディリックの待つ洋服屋に向かう。



雪を踏みしめながらも振り返る、18年続いた日常。私と聖剣様のおかしな日々。


それはいつか終わるのだろうか?

私ももう、子供とは言えない歳だ。……いつ、誰が終わらせるのだろうか?



――人間と、剣が……結婚なんて、出来るはずも…………ないのに。



……ふと考えた、当たり前の事実に……私は少し……怖くなった。







『エスナ?浮かない顔をしているぞ?悩みなら我が聞いてやろう』


「うーん……いいです。結局答えなんて出ないんで」



今日の空は少し暗い。同じく私の心にも影を落とす。


最近ずっと私の頭を埋め尽くす事は1つだけだ。

……そして、それは聖剣様には言えない。



もう、私は18だ。私は、これから……どうするのだろう?


夜風に吹かれため息を吐く私に何でも言え!とほわりと輝く聖剣様。

チラリとそれに目を向けて、優しく聖剣様を地面に突き刺す。



「……ね、聖剣様。私のどこが好きなんですか?」



座り込み、聖剣様を覗き込む。聖剣様に映る平凡な顔が、私を見返した。


聞かれた聖剣様はいつものように緊張した上ずった声を上げてブルブルと震えピンクに光る。



『エスナの好きな所……っ!?……っわ、我!いっぱいあって言えない……!!』


「どうして赤ん坊の頃から私が好きなんです?赤ん坊なんて皆同じじゃないですか?」



卑屈になっているのだろうか。いつもなら聞かない事まで聞いてしまう。



「私、勇者様の生まれ変わりとか、そういう感じなんですかね?じゃないと、おかしいですもんね」


『いや?エスナはアルクの生まれ変わりでは無いぞ?我はアルクの生まれ変わりなんぞ嫌だ』


「……尚更意味が分からないんですが……」



アルクとは、私達のご先祖様の勇者様だ。聖剣様と同じく尊いとされるお方。


しかしこれが理由ではないとすると尚更分からない。


私の困惑を後目に聖剣様は勇者様の嫌な所を順に挙げ始めた。

よほど嫌らしい。



「分かりましたよ、聖剣様が勇者様の事が嫌いなのは……」


『いや、嫌いという訳では……』


「……じゃあ……何で、私なんですか?」



暗いトーンで問う私に、聖剣様は……どう思ったのだろうか?



何か勘違いしていそうな聖剣様に違う、とも……そうじゃない……とも、何も言えなかった。


どうしてそんな事を聞いたのかも……自分ですら……よく……分からない。


きっと、私は困っているのだ。聖剣様に好かれて。



だって聖剣様は剣だ。剣の嫁だなんて……子供も産めなければ、口付けだって交わせない。



だからきっと、そうなんだろう。……と、何も言わなくなった聖剣様に少しの怒りを感じながらも、私は黙って空を見上げた。



――その時、頭上を見慣れぬ物が通り過ぎた。



「…………?……あれ…………何?」



星も見えない夜の闇に、それよりも黒い1つの塊が空を駆けた。


そして、それは西の空へと流れ星のように消えゆき…………音もなく、地上に消えた。



「…………何だったの?」



黒い塊が消えた方向を呆然と見上げポツリと呟いた疑問。

1人で空を見上げていた私が呟いたその声に返す人は居ない。



――人は。



『……とうとう現れたか……………………魔王』


「えっ……」



……魔王が現れたその日、皮肉にも私達の居心地の悪いわだかまりは、数千年の時を経て復活した奴の存在によって、消し飛んだ。







……それから数日。村では既に魔王の噂が飛び交っていた。



「また勇者様が現れるのだろうか?」


「聖剣様がお選びになるんだろ?」


「えっ、もう岩から抜けていらっしゃるのに……?」



口々に予想を立てる村人達。私は不安を感じ何度も空を見上げた。



「エスナが勇者なんじゃないの?聖剣様もエスナを勇者に選んだとか……」


「ちょ、止めてよ……私、なるなら魔法使いとかが良いよ。剣士なんて怖いし」



聖剣様が私を嫁だと思っているのを信じていない友人のリラが、悪戯に笑い肘で私を突く。


苦笑いを浮かべてそれを否定していると、聖剣様の大声が私の頭に響き渡った。



『エスナは我の嫁として選んだのだ!!どうして誰も我がエスナを嫁だと言っているのに本気にしないのだ!?長老だけではないか!!』


「ああっ、せ、聖剣様……っ!!申し訳ございません!!」



赤くチカチカと光る聖剣様に、先日生まれた我が子を抱えたリラが頭を下げた。


それにすぐに赤い光を消し、ふてくされるようにリラと子に優しい光をうっすら放つ聖剣様。

怒りの収まりが早いのは聖剣様の長所だ。



『全く!我、冗談嫌い!!』


「しょうがないんじゃないですか?聖剣様は元々、勇者を選ぶものですし……それで、今回の勇者は決まってるんですか?」


『勇者?我が選ばなくとも何とかなるであろう。魔王は前に我とアルクが封印した時のダメージが残っておる。さほど強くなくとも容易に討てるであろう』



飄々とした口ぶりで言い切る聖剣様にホッと息を吐く。聖剣様にこう言ってもらえると心底安心できる。



聖剣様の仰っていた事を長老にも話すと、村中にそれは広まった。これで村の不安も取り除かれただろう。



『エ、エスナよ?髪が伸びたな。……我が切ってやろうか?』


「止めて下さい。剣で切ったら痛むじゃないですか……」


『おっ!?っべ、別に眺める為に切ろうとしている訳では、無いぞっ!?確かに艶やかで触り心地がよさそうでその巻き毛に巻かれてみたいと思わなくも無いが』


「下心丸出しじゃないですか。本当に剣なんですか?変態ですよ」



私を安心させるためにわざとそんな事を言ってくれたのだろう聖剣様。

だけど少し胸がざわざわするので、不敬とは知りつつもジトっとうっすら睨む。


私に睨まれあうあうと言葉に詰まった聖剣様。面白くて少し溜飲が下がる。


それでも未だに狼狽える聖剣様に罪悪感を感じた私は、お詫びとして聖剣様の要望通り、柄の所を髪で巻いてあげた。



『エッ!!?エエエエ、エスナッッ!!??っわ、我を…………!?』



巻かれたいと言うから巻いてあげると、聖剣様はショッキングピンクに輝いた。


心なしか小刻みに震えている。



「……巻かれたいって、仰ってたので。……どうです?」


『…………わ、我…………アルクの所に、召されそう…………』


「聖剣様って死ぬんですか?じゃあ聖剣様が死んだら私って、未亡人ですか?」


『我死なない!!我がずっとエスナの夫だ!!』



すぐに復活する聖剣様。冗談で言ってみたら聖剣様の中では私と聖剣様は既に結婚しているらしい。


プンプンと未亡人という言葉に怒りを露わにしている聖剣様に軽く噴き出す。



…………ずっと…………か……。



「……そう、ですか。…………ずっと、ですか?」


『ずっとだ!!我とエスナは魂で繋がっているのだ!そもそも我、神の化身!!出来ない事はほとんど無い!!』


「じゃあ人間の男の人になって下さいよ」


『…………わ、我……聖剣だから……』


「嘘つき」



弱々しく青く光るので、これ以上は突かない事にした。聖剣様にだって出来ない事ぐらいあるのだろう。


少しがっかりしながらも家を目指して聖剣様とお喋りしながら帰り道を歩いていると、勇者様の眠る洞窟の辺りが俄に騒がしい事に気づいた。



「?何かあったんですかね?」


『何だ?アルクが生き返ったのか?』



冗談を言う聖剣様を放って様子を見に洞窟に行くと、長老が初めて見る武装した若者を宥めている所だった。



「だから聖剣様は今はお留守なんじゃ……」


「誰かがもう抜いたのかよ!?誰だ!」


「せっかくこんな田舎まで噂聞きつけて来てやったのに……」


「ねぇ、僕の顔が見れるもの、ここら辺に無いですか?怒りに打ち震える僕の顔が見たい」



防具を纏った青年が、どうやら聖剣様を抜きにやって来たらしい。……たぶん、全員だろう。


困った様子の長老は、誰にも抜かれていないと説明しているけれど……聖剣が勝手に飛んで行って村娘の家に居座っているとは思わないのだろう。


あとでこっそり聖剣様を岩に刺しておいて諦めて貰おうかと考え、身を翻し家に向かうと……誰かに強く肩を掴まれた。



「おい!そりゃ聖剣、エクスカリバーじゃねぇか!!」


「いっ……た……!!」



振り返るとすぐに聖剣様を持った右手を強く握られた。痛みに顔を顰める。


男はかなり鍛えているのだろう。私の手首の骨が軋む音がした。



――その瞬間、私の腕が勝手に、剣で薙ぎ払うかのように男の手を振り払った。



「うぉ!?何しやがる!!」


「えっ、し、知らない!勝手に……!」


『我の妻に不用意に触れるでない!!』



脳内で聖剣様の声がしたと同時に、私は聖剣様で男に切りかかった。


私が……というより、私を引きずって聖剣様が男に切りかかっている、というのが正しい。



「きゃっ……!ちょ、避けて!!」


「な、何すんだこの女!!俺は……うわあっ!?」


『動くな小僧!!手首を切り落としてやる!!』


「って、手首って……!それは私が嫌です!!ねぇ!!聖剣様!!」



ゾッとしながら聖剣様を引っ張るが、びくともしない。

流石は一度は魔王をも追い詰めた聖なる剣だ。


男の服を切り刻みながら距離を詰める聖剣様。

男が尻餅をつくと、喉元を当たるか当たらないかという絶妙な距離を保ちながら止まる。



『……エスナ。少し手を離してはくれぬか?手に感覚が残ると嫌であろう?』


「駄目です!!殺す気ですかっ!?手首でも駄目です!!」


『し、しかしだな、エスナ……こやつはエスナの手首を……』


「人は駄目です!!殺したら聖剣様の事、嫌いになりますからね!!」



そう怒鳴ると、磁石のように私の力と反発していた聖剣様は呆気なく力が抜けた。


私はそれを確認して、かいていた冷や汗を手の甲で拭う。



「ふぅ……えっと…………あ、あなたは聖剣様に認められませんでした!諦めてお帰り下さい!!」



どうして切りかかったのかと説明を求められると面倒なので、聖剣様が力を試していたという風な状況にしてみた。


何か反論してくるかと思われた男は、自身の力不足を身をもって感じたのか私の言葉を特に疑う事も無く……悔し気に口を歪め聖剣様を睨むと、埃を払って静かに村から出て行った。



「……もう、聖剣様。勝手に動かないで下さい……ヒヤヒヤしたじゃないですか……」


『エスナ、手は大丈夫か?怪我をしたのではないのか?』


「えっ……あ、あぁ、そうでした。忘れてました」



言われてハッと自分の手首を眺める。……少し赤くなって腫れている。だけどそんなに大事ではなさそうだ。


良かった、と安心に息を吐くと聖剣様は固い声で唸るように呟いた。



『我は、それが許せぬ。……我は剣である。身を挺して、エスナを護れぬ…………それが、歯がゆい』


「……聖剣様……」



聖剣様はいつもそうだ。私が転んでも、助け起こせないと嘆いた。剣なんだから、気にしないで良いのに。


だけど、気にしてない……とは……何だか恥ずかしくて言えなかった。


剣のままでいい、なんて……女の子として、どうなんだろう?



自分の中で少し葛藤していると、先程の騒動が聖剣様による勇者の素質を見極める試験だと思われたのか順番に青年達が列を作り、先頭に立つ青年が私に向かって剣を構えた。



「えっ、また私が戦うの……!?」


『おのれ小童ども!!誰の嫁に剣を向けているのだっ!?叩き潰してやるぞ!!』



赤く輝く聖剣様が、戸惑う私を引きずって男の群れに飛び込んで行く…………。


私は、聖剣様が力を試しているフリをする為、ため息を吐きながらも聖剣様で男達を伸していくのだった。







「……どうして私が討伐の旅に……」



旅路でぼそりと呟く。


聖剣様に負けた青年達から聖剣様の話を聞いた王が、私が勇者様の子孫だという事も踏まえて私に討伐を要請してきたのだ。


勿論村の皆は反対した。

……だけど、当の聖剣様が私から離れる事を嫌がり勇者を選ばなかった事が決め手で、私が行かざるを得なくなった……というのが経緯である。



「そもそも、勇者じゃなくても勝てるんですよね?魔王に……」


『無論!だが我、エスナと初めての新婚旅行だからドキドキが止まらぬぞ!!』


「そうですか。それは良かったです」



急に討伐に行くと言い出した聖剣様が私と2人が良いと言い張るものだから、他に人は付けられず泣く泣く聖剣様と2人で魔王討伐の旅に出かける事となった。


そして旅道中だというのに、聖剣様はいつもと何も変わらない。



『エスナよ。ダガ―は何本欲しい?っわ、我は4本ほど……』


「……?私、別に剣なんて要らないですよ?あっても困ります」


『何!?我との愛の結晶が欲しくはないと!?我、ショック!!』


「子供の話だったんですか!?どうして剣で例えるんですか!それに私がダガ―なんて産んだらズタズタで死んじゃいますよ!!」



聖剣ジョークを聞かされて毎日ヘトヘトだ。

……ま、聖剣様は至極真面目に言ってるんだろうけど……。



『しかし、エスナも子が欲しいであろう?この間そんな事を……』


「言いましたね。リラの子を見た時に。……でも、聖剣様……剣じゃないですか」


『ううっ……!!』



弱々しく深い青の光を纏う聖剣様。結局聖剣様の方が私よりも自分が剣な事を気にしている。



『で、でも我……エスナが……』


「知ってますよ。好きなんですよね?…………知ってます…………」



自分で言ってて恥ずかしくなってきて顔を聖剣様から背ける。


……本当に……聖剣様は私のどこが良いんだろう?



野宿の為に木に登りながらふとそんな事を考えた。


こんな可愛げのない私のどこが良いのだろうか、と。



「……ね、聖剣様。…………もし、私が死んだら……泣くんですか?」


『!!何を言う!!我が守るからエスナは死なぬ!!…………泣く』



怒る時は大きかった声が、私の死を考えた途端に小さくなった。……剣が、泣けるはずも無いのに……。



なのに嬉しいと思った。


特別な事の何もない私が、聖剣様にとって特別な何かであるという事が……表しがたい喜びを生んだ。



聖剣様の柄をそっと指でなぞる。


赤ん坊の頃から見守ってくれていた聖剣様は、村の誰よりも私の事を知る、私が1番私らしく居られる人だ。



「……人じゃ、ないか」


『…………すまぬ』


「何で謝るんですか?別に私は嫌じゃないですから。……両親に孫の顔とか見せられないっていうのは…………残念ですけど」



私の呟きに心底申し訳なさそうに謝る聖剣様。



優しいひとだ。


優しくて誇り高くて……私の事が大好きな…………私の、好きなひと。


聖剣様が、自分が好きになったせいで私が他の女の子と同じように恋愛出来ない事を気にしている事は知っている。

聖剣様は、そういうのをよく気にする方だから。



……でもね、聖剣様。違うんです。

私、そんな事一度だって気にした事……無いんです。



私が気にしたのは、両親に子供の顔を見せられない事……聖剣様が人でない事を気にしてしまう事……そして、あなたに飽きられてしまう事。



でも、そんな私の心配事なんて些細な事。きっと聖剣様の方が沢山の葛藤があっただろう。


剣だからこそ、人の群れの中で人よりも多く悩んだだろう。



聖剣様に選ばれた事で、色んな人に私は憐れまれた。


聖剣様に選ばれたばかりに……子も産めず可哀想、と。



聖剣様は持ち主以外と会話する事にかなり力を使うらしく、村の皆とは極力喋ろうとはしない。


……だから、そのたびに聖剣様が私に何を言うのかも、村の皆は知らない。



『すまない、エスナ……だが、我…………許してくれ』



悲しそうな……申し訳なさそうなその声に、酷く胸が痛んだ。


村の皆は別に聖剣様に不敬を働いたつもりはない。

聖剣様がこんなに感情豊かだという事を知らないだけだ。


皆にとっては、聖剣様が神のように巫女を選び、選ばれた私が傍に仕える事を使命とした。そういう認識なのだ。


嫁ではなく、巫女として生涯を純潔のまま聖剣様に仕える為に選ばれた。


…………でも、そうじゃないと私は知っている。



聖剣様は毎日、何度もこんな私に愛していると言って下さる。嫉妬して下さる。



そんな聖剣様のお傍に居たいと思った。


人間に不慣れだからか、感情の羅列のようなたまに拙くなる言葉も、人から言われた上っ面の言葉よりも胸に染み込む。



周りが何と言おうと、私は不幸でも可哀想でもない。

好きなひとに望まれ傍に居られる私は、きっとこの世界の誰よりも幸せだ。



満天の星の下、静かに目を閉じる。


刃が危ないからと私から離れようとする聖剣様の柄を掴み、その日は聖剣様に額をくっつけて眠った。



……聖剣様は、人のように温かかった。











『エスナ、我の後ろに隠れよ。我が行く』


「……頑張って下さい」


『エスナに応援された!!我、頑張る!!』



魔王の眠る朽ちた教会の最深部。聖剣様は自分でドアを開けられないので、後ろについて行きながら私はドアを開けていった。



旅は、楽しかった。

憐れまれる事もなかったし、聖剣様が綺麗な場所を見つけては私を誘導して慣れないキザな口調で口説いて来るのがとても面白かった。



思い出して口角を上げながらも吹き出すのを耐えていると、裏表の違いなどほぼ無い聖剣様がくるりと回って私を振り返った。



『エスナ。我が妻よ。この戦いが終わったら……あげられなかった式を挙げよう』


「聖剣様、そもそも私まだ未婚です。それに、それ死ぬ前のセリフですよ」


『何っ!!?わ、我はまだ死なぬ!!エスナと子を置いて死ねぬ!!』



どうしてか私のお腹には子供がいる事になっているらしい。


魔王がすぐそこだというのに、いつも通りの聖剣様のおかしさに笑ってしまった。



「っふふ…………約束ですよ。聖剣様。……式……挙げてくださいね」



赤のようなピンクに輝く聖剣様。


幾度となく見たその色を……私は消えるまでずっと目に焼き付けていた。







勝負は、呆気ない程すぐについた。



ドアを開けてすぐ、眼前に巨大とは言い難い真っ黒な靄のような塊が、中央の空間で停止していた。



……これが、魔王だ。


……勇者様と聖剣様が数千年前、とどめを刺しきれなかった…………魔王。



それを認識した途端、私の体は吸い寄せられるようにズルズルと魔王の元へゆっくりと引きずられた。



「っせ、聖剣様!!体が……!!」


『エスナの生命力を吸おうとしておるのだ。魔王はこうやって力をつけて魔王となるのだ』



静かな声が凛と静寂に広がる。

靄は、聖剣様に気がついたのか手のように細い靄を聖剣様に伸ばす。


その靄を、眩い光で照らし追い払う聖剣様。


私を庇うように、聖剣様は私に近い位置でため息が出るほどに美しい輝きを放って空中で停止した。



『久しいな、魔王。我、お前を仕留め損なってからというものの、次にお前が現れるまで数千年もの時をこの土地で待っておったぞ』



懐かしむように、呆れたように聖剣様はそう言った。


クルクルと回る聖剣様は、されどどこか嬉しそうだった。



……反対に、私は怖くなってしまった。



魔王が居るから、聖剣様は神に遣わされた。


……その聖剣様が、魔王を討ってしまったら…………聖剣様は…………どうなるのだろうか?



「あの、せ、聖剣さま…………」



か細すぎる声は、聖剣様には聞こえなかったのか……聖剣様は私の言葉の途中で靄に狙いを定めて飛びかかった。



『これで終わりである!!アルクと終わらせられなかったお前は……今日、アルクの子孫であるエスナと我の手で終わらせる!!』



そう高らかに言い放ち……聖剣様は、靄に強い光を発しながらぶつかった。



――すると、教会の中は真っ白になる程の強い光に包まれた。






「――……聖剣様?……ねぇ、聖剣様?」



どうなったのか、と尋ねる為に光の中で見えない聖剣様に呼びかける。


……が、いつも優しく言葉を返してくれるはずの聖剣様は、どうしてか返事をしてくれなかった。



「……聖剣様……!っし、死ぬんですかっ!?っわ、私っ、まだ結婚もしてないですよ!?」



死なぬ。と言ってくれるはずの声も聞こえない。


怖くなり、境目の分からない光の中を、暗闇のように怯えながら進んだ。



「ねぇ、嘘だったんですか!?式、挙げるんじゃなかったんですかっ!?ねぇ、っ……!!…………」



――聖剣様は、神の元へと帰られてしまったのだろうか。



もう、ここには居ない気がした。


この空間に、聖剣様は……いない。



「……っうう……っ!!置いて行かないで下さい!!何でっ……勝手に……!!私はっ、聖剣様の事が……!!」





――好きなんです。



本人の前で、私はいつもそれが言えない。



恥ずかしいからじゃない。


聖剣様が、私の何を気に入ってくれているのかが分からなかったからだ。



私が好きだと言った瞬間、聖剣様は私に興味が無くなってしまうんじゃないかと……いつも考えて口をつぐんだ。


聖剣様を信用していない訳ではない。私が、私の存在を信用出来ないのだ。



何でもない私の唯一の凄い所は、聖剣様に愛された事。

傍にと望まれた事。



それは、聖剣様がくれたもの。元から私にあったものではない。



……だから、魔王を倒してしまった今……聖剣様は役目を果たして天へ帰られたのではと思った。



聖剣様は言った。私をアルクの子孫だと。



子孫なら誰でも良かったのではないだろうか?

この時の為に、聖剣様は私と共に居てくれたのではないだろうか?



……そんな気がしてきた。


私は自分の足から力が抜けるのを感じ、地面に腰を下ろす。



「……です、よね。聖剣様、剣ですもんね。…………人間じゃ、駄目ですよね」



元から不毛な恋だったのだ。剣に恋なんて。



刷り込みでも何でもなく、私は自然に聖剣様が好きになった。


私を気遣ってくれて、愛を囁いてくれて……時々、おかしな事を言って笑わせてくれる聖剣様が、愛おしくて仕方がなかった。



涙の流れる頬を、拭う力も無い。


ただぽっかりと、胸に18年分の穴が開いた。





「――何を泣くか。勇者アルクの子孫よ」



……突如、頭上から聞いた事の無い声が降ってきた。



人が居たのかと慌てて顔を上げる。


そして…………見えた顔に、口を大きく開けて固まった。



「――――…………もし、かして……神様…………です、か……?」


「いかにも」



巨大な顔が目だけで私を見下ろしていた。



長老のように年老いたような風貌だというのに、声だけは青年のように若々しい……聖剣様に似た光を後ろに放つ、彫の深い形容し難い顔がふよふよと浮いていた。


あまりの神々しさに鳥肌が止まらない。

息をする事でさえ、憚られた。



神様は、そんな驚きに瞬きも忘れた私にそっと目を細める。



「よくやった。この数千年……ついに奴を葬る事が出来た。私も聖剣を遣わせた甲斐があるというものだ」


「!!聖剣様を遣わせたのは、貴方様だったのですか!?」


「いかにも。あれは元々私の使いだったのだがな。人々が魔王に苦戦するであろう事を見越し、私が地上に遣ったのだ」



神様の言葉に、胸が痛んだ。

……やはり、何もしていない私と、本当に神様から遣わされた聖剣様では……釣り合わない。



俯く私に、神様が面を上げろと呪文のように呟く。


すると私の意思とは裏腹に顔は神様の方をまっすぐと向いた。



「どうした、勇者アルクの子孫よ。何が悲しい?」


「…………聖剣様は…………どうなるん、ですか?」



私の不安をよそに、神様はあぁ、と笑うように目を閉じた。



「あれか?あれにはもう褒美をやった。前回は倒しきれなかった故に与えなかったからな。今頃喜んでおる事だろう」


「……そう、なんですね。……よかった、です」



聖剣様は何やら褒美を賜ったらしい。私は喜ぶ聖剣様を想像して小さく笑みを浮かべた。



「よほど欲しかったのだろう。まさかこの数千年、自分で討つ為に力を蓄えておったとはな」


「……聖剣様、私以外と極力話さないようにしてましたから……」



神様に言葉を返しながらも考える、聖剣様の頂いたもの。



……自由、だろうか?…………あの村から出たい……いや、天に帰りたい……なのかも知れない。



結局その願いが何かさえ私は聖剣様から聞いた事が無い。


私は自分が聖剣様の事など何1つ分かっていなかった事に酷く失望した。



……そんな私を、神様は不思議な色の目でじっと見透かすように見つめた。



「……して、娘よ。そなたの褒美は何が良い?言うてみよ」


「えっ?っわ、私、何もしてないんですけど……」



突然の褒美、という恐れ多い言葉に慌てて手を交差するように振る。

……それに、私のお願いは……神様に願う程の事ではない。



神様はアルクも大したものを願わなかったから気にするな、と仰って下さったけれど…………それでも、もう不要な気がして私は曖昧に笑った。



「本当に、大丈夫です。もう……いいんです」



今となっては仕方のない事だ。


諦めながらそう言うと、神様は何やら納得したように1人頷いた。



「成程な。ならば、その願いを叶えてやろう。何、そなたは心配する必要などない」


「えっ?私何も……キャッ!っな、何ですこれ!?眩しい……!」



心の中を覗かれでもしたのか、神様はそう言って発光し始めた。


白い空間が、私の姿も見えない程にさらに白く染まってゆく。



「アルクの奴は村で待っている嫁にあげる指輪が欲しいと言っておったな。その為に魔王と戦っておったのだ、そなたの先祖は。愛の為なら人はどこまでも頑張れる生き物だ。諦めず頑張ると良いぞ、アルクの子孫よ」



そう言い残し、神様は光に溶けて消えた。



最後に見えた神様の顔は……どこか笑っていたような気がした。







『我は、何なのだろうか』



懐かしい声と共に、意識が浮上した。



目を開けると、閉じているかも分からない程の暗闇に思わず光を探す。



『神にも、魔王を取り逃がしてしまった事に失望されてしまった。アルク……お前にも、すまない事をした。せっかく我と戦ってくれたというのに……』



『我は今、何度目の冬を迎えたのだろうか……もう、感覚が無い』



懐かしいその声は、聖剣様のものだった。


神々しいそのお声は、いつものような覇気が無い。



『皆、皆死んでゆく。我は、それを見送る事しか出きぬ。何と、愚かなのだろう』



『村の者達に申し訳が無い。我が倒し損ねたばかりに、まだモンスターに生活が脅かされている。悔やみきれぬ』



元気のない声に、そんな事は無いと返したくなる。

あなたに皆救われていたと、伝えたい。



『また長老が代わった。力の弱まってゆく我にはもう人に語る力もあまり無いというのに……この長老も、こんな我を崇めるように頭を下げる』



『アルクの子孫がまた死んだ。生まれてきた子も、モンスターに襲われるかも知れぬ。我は……我の少ない力で、村の者達をモンスターから遠ざける事しか出来ぬ』



あなたのおかげで、今日まで村の皆も私も、平和に生きて来られたんです。

そんなに自分を責めないで下さい。



頭の中で私の声が響くだけで、聖剣様には伝わらない。


それでも、聖剣様には傷付かないで欲しかった。



『赤子だ。愛い子達だ。どうか、もう少しだけ待ってくれ。もう少しであの魔王が復活する。そしたら我は再び勇者を選び――……………………』



……突如、聖剣様の声が消えた。



暗闇の中に、一筋の光が差し込む。

導かれるように私は光の中へと歩みを進めた。



光の先には、景色がはめ込まれていた。赤ん坊を抱いた、数十人の女の人達。年明けの儀式だ。



……その中で、1人だけ……人間だというのに聖剣様のような輝きを放つ子供が居た。



「これ……私…………?」



私だった。



随分と若い母が、寒さに負けて眠る私を大切そうに抱きかかえて跪いていた。





『んだよエクスカリバー様よぉ!そんなツンケンして意地悪りぃ男は女にモテねぇぞ!』



突然聞こえた見知らぬ声に、肩をビクリと震わせた。


景色は、私を映したまま変わらない。



『ふん。女子に好かれてどうする。我は剣だ。人を平等に愛する誇り高き聖剣である。主のような女の事ばかり考えている阿呆な頭で語るでない』



今よりもかなり棘のある言い方の聖剣様。


……きっと、この話している相手は勇者様だ。


……私の、ご先祖様……。



『ハイハイ、そうですかぁー!ったく……エクスカリバーはこれが俺の嫁だ!!っつー出会いをしてねぇから俺の気持ちが分かんねーんだよなー?他とはな、輝きが違うんだよ!!存在の輝きがよ!』


『馬鹿を言うでない。命の輝きなど、皆同じだ。皆尊く眩い。そもそも聖剣である我に輝きが違う女子が現れたとしてどうするのだ?不毛であろう』


『んー……ま、そりゃそっか。じゃ、魔王倒したら村で俺を待ってる、俺だけの輝く嫁見せてやるよ!眩し過ぎて腰抜かすんじゃねーぞ?』



ははは……と、笑い声を暫く残留させて……勇者様の声は遠くに消えていった。


それと同時に……徐々に周りは明かりが灯るように光に包まれてゆく。



『…………あぁ……すまぬ。アルク。我は……主の言葉を、信じていなかった。それどころか、人ですらない我に……友人のように接する主が……苦手であった…………だが…………』



呆然と、口から言葉が零れ落ちるようにそれは紡がれる。



『……この光か?この、我の無いはずの胸が疼く……この光が、……主の言っていた…………我も、主のように…………この娘を、想っても……良いのか?』



涙が零れた。


聖剣様の口から、聞きたかった事……聞けなかったそれは、神様が私に見せてくれた。



『――やっと現れたな。我が妻よ』



泣きたくなるような優しい声が、私の耳を撫でた。







「……――我は、エスナが好きだ」



声も無く、ただ当たり前のように流れ出る涙を無視して前を向いていると、後ろから聖剣様の声がした。



私は振り返らずに聖剣様の声に静かに頷く。



「初めは、アルクの言葉で何となく他とは違うという感覚だけであった」


「……だが、エスナと共に生きていると……我は、アルクのようにエスナを妻に欲しいと思うた。もっと傍に在りたいと思うた」



耳が熱くなる。


聞きたかった言葉なのに、真面目な声色が酷く恥ずかしい。



声が段々と近くなるのが分かった。


……でも、分かっていても、こんな顔を見られるのが嫌で振り返らない。



「エスナと、夫婦になりたかった。同じ人間に、なりたかった。……手を、繋ぎたかった。共に……横を歩きたかった」


「……っ……!!」



温もりが、私の右手をそっと包んだ。


驚きと戸惑いに……涙でぐちゃぐちゃの顔を横に向けると…………その人は、私を見て嬉しそうに微笑んだ。



「――やっと、手を繋げたぞ。エスナ」


「――聖剣様……」



私よりも幾分か背の高い、白銀の髪をした神々しいお方が……私の名を呼んだ。







「……本当は、エスナに好いた男が出来たら……我は離れようと思うておったのだ」



道中告げられた言葉に足を止める。


心臓だけが嫌な音をギシギシと固く立てた。



「我は剣であるから……エスナの望む事は、何もしてやれぬ。守れぬ。それどころか……エスナを、縛るだけであった」



ぎゅっと、手に力を込める聖剣様。


つられるように……どこかに聖剣様が行ってしまうのを阻止するように、私はそれよりも強く聖剣様の手を固く握る。



「――でも、我は嫌だと思うた」



懺悔するように……泣いているような声色が、耳に小さく届く。


横に顔を向けると、俯いた聖剣様が苦悩するように顔を顰めていた。



「我が人間であれば……エスナを諦めなくとも良いのにと思うた。……エスナを、他の男に預けずとも良いと、思うた。…………エスナに、我から触れられるのにと……思うた」


「――だから、我は神に人間になりたいと願うたのだ」



聖剣様強い眼差しを受け、胸が高鳴る。



段々と繋いだ手が熱を持って汗ばんできて、恥ずかしさに手を外そうとした私を見て勘違いした聖剣様は、アワアワと慌てながら手をより強く握り締め言葉を走らせる。



「っへ、変な意味では無くてな!?我は常々、剣ではエスナの夫として相応しくないと思うておってなっ!!っこ、これならっ、我からエスナと手も繋げるし……」


「そうですね。剣も良かったですけど、こっちの方が柔らかいし周りも危なくないですもんね」


「っっ!?エエエスナッッ!!っわ、わわ我のっててて手を……!!」



分かりやすく狼狽える聖剣様の手を悪戯ににぎにぎと揉むと、聖剣様はピンクに発光しながら慌てた。

……人になっても光は出るらしい。


ついでにくっついてみると、聖剣様は面白い程ガチガチに固まった。

聖剣様は案外押しに弱い。



「温かいですね。聖剣様。剣だった頃も温かかったですけど」


「エ、エスナ……?っそ、その…………今日は随分、我に甘くは……」


「はい。だって私、聖剣様の事愛してますから」


「あっ!!?あっ、あっ、愛し……!!っわ、我、恥ずかしい!!」



ショッキングピンクを爆発させながらも聖剣様は私の手を離さない。


その事実に胸が熱くなるのを感じながら、私は必死に顔を隠す聖剣様の顔を覗き込み問いかけた。



「……ね、聖剣様。聖剣様は、私が聖剣様の事が好きって言っても……愛想を尽かしたり、飽きたりしませんか?」



比較的に穏やかな気持ちで言えた。……きっと、神様に見せてもらったおかげだろう。



私が神様に言わなかったお願い…………聖剣様は、何を思って私を好きだと言っているのかが、知りたかった。



叶えられたそれは、普通の男女と違わぬ恋心だと教えてくれた。


…………聖剣様は、普通に異性として、私を想ってくれていた。


剣だから、人だから、と気にしていたのは私の方だったのかも知れない。



だって聖剣様はいつだって私を嫁と呼んでいた。

私を伴侶にしてくれる気でいたのだ。



何を怖がっていたのだろう、と少し前の卑屈な自分に小さく笑う。

聖剣様は私の言葉にギョッとしたように目を見開き、まっすぐと蒼い目で私を見つめた。



「そんな訳があるまい!!我は、エスナに……す、好きと言われたら…………も、もっと好きになるぞ…………」


「そうですか。じゃあ言いますが昔からずっと私、聖剣様が好きです。好きなんで、もっと好きになって下さい」


「っそ!?そんな過激な事を言われたら、っわ、我!!死んじゃう!!!」



人になったから顔まで……というより、体中を真っ赤に染め上げる聖剣様。

私を意識してくれているのが心底嬉しい。




村が見える所まで来ると、聖剣様はもじもじと行くのを躊躇った。


もう聖剣でなく力も無くなった自分が戻るのはどうなのかと考えているのだろう。



「聖剣様。聖剣様も村の人間ですよ。皆、祝福してくれます」


「……エスナ……。し、しかし……長老も悲しむであろう……我は村の皆の守り神である。人になっては……」


「長老はたぶん喜びますよ。私と結婚するのを1番応援してたの、長老ですし。……それに、元凶である魔王を聖剣様が倒したから、もうモンスターも出ませんしね」


「そう、だったな……もう、村が脅かされる事は……ない、のか」



役目を終えられた聖剣様は、本来なら天に帰られるのだろう。


それが村に戻ってきてくださったとなると、喜ばない村人は居ないはずだ。



村に脅威は訪れないと理解した聖剣様は、優しい顔で目を細めて村を見つめた。



その顔が酷く穏やかで…………私は惹かれるように聖剣様に寄りかかった。



「っっ!!?……っあ、の……だな………エスナ?」


「……はい?何ですか聖剣様?」



空中で手をふわふわと彷徨わせる聖剣様に首を傾げる。


何やら不安の入り混じる青い光がチラチラとピンクに紛れて光る。



「せ、聖剣……じゃ、無くて……その…………エ、エクスカリバー……と……」



呼んではくれぬか?



……言われた瞬間、私は緊張に固まっていた肩を地面に落とす勢いで下げ脱力した。



「…………はぁ……では長いのでエクス様で良いですか?」


「ど、どうして残念そうにするのだ!?そんなに聖剣の方が良かったのかっ!?」



ショックを受けたように藍色の光を放つ聖剣様ことエクス様。

私の御座なりな返事に不安を感じたらしい。



……別に、名前で呼べる事は……特別みたいで嬉しい。

だけど、私は……そうじゃなくて……。



「……はっきり言って良いですか?」


「!!……っこ、心して聞くであるぞ!!」



聞きたくない、と顔に書いたエクス様から顔を少し背ける。


……こんなに本気で聞かれては……何だか恥ずかしい。



「…………ったんです……」


「……?……な、何と言うたのだ?」


「…………てくれるかと……です……」


「……も、もう一度……」



私の声がか細いからか、エクス様は私に耳を近づけて何度も聞き返した。


それに苛立った私は、エクス様にも負けない顔の赤さで怒鳴るようにエクス様に告げた。



「ッッ……!キスしてくれるかと思ったんですッッ!!!!」


「っキ……!!!!」



絶句した表情のエクス様が一瞬見えて、その後すぐにエクス様の光の柱のような大規模な発光で見えなくなる。


私はその間に後ろを向き、頬を冷まし己の呼吸を整えた。



……だって、普通人間になったら、その…………夫婦なら、キスとかしない?



言ってもエクス様は聖なる剣だ。

私のように邪な心なんて、持ち合わせてはいないのかも知れない。


……でも、エクス様だって子供何人欲しい?みたいな事を聞いたりしていたのだ。


人間になったらキスされるかもとか、思うだろう。



……何だか途端に自分が破廉恥な事を言ったようで恥ずかしくなってきた。


……そして、こんな気持ちにさせたエクス様に怒りが湧いた。



「あ……あぁ、あ、わ、我……我……!!」



光の柱を押さえたエクス様が、真っ赤な顔で頬を押さえる。

キスの発想なんてまるで無かったような反応が悔しい。



口を曲げてじっとりと見つめると、エクス様は私に近寄ろうか近寄らまいかと一歩進んで二歩下がるを繰り返す。



我慢ならなくなった私はエクス様の腕を素早く掴み、驚いたように目を見開いたエクス様の端整な顔を見上げた。



「!!……エ、エスナ……ど、どうした?」


「エクス様。私、エクス様とキスしたいです」


「!!!」



直球で言うとエクス様はまた固まった。


……だけど、その目は私を捕らえて離さない。



……綺麗な目。聖剣様の剣の鍔に付いていた宝石の色の瞳だ。



心臓がドクドクとけたましい音を響かせる。


それと同調するようにエクス様の胸からも同じ音が手から響いた。



私は吸い寄せられるようにエクス様へと背伸びをする。



「……して、良いですか?……エクス様と……キス、したいです」



あなたの本当の妻になりたい。あなたの家族になりたい。



こんなにもエクス様が好きだという事実に、自分でさえも驚く。



おかしな熱を上げる私とは対照的に、すっかり落ち着きを取り戻したエクス様が、高揚して熱を持つ私の頬を両手で包む。



「…………真っ赤ではないか、エスナ……」


「聖剣様も、真っ赤ですよ」


「そうであろう。我は、エスナを愛しているからな」


「私も、エクス様を愛してるから真っ赤なんです。……お揃いですね」



そう言って、クスクスと笑い合う。


和やかな空気が、平和の訪れを教えてくれた。



「…………我から、しても良いか?」


「……はい。エクス様……」



静かに目を閉じる。


瞼の裏に流れるのは、今日までの出来事。



貴方に愛されて、幸せだった。

そして、これからもそれは変わらない。



人とは違う恋だったけど、それでも私は貴方を愛した。


貴方も、私を愛してくれた。



唇が重なる瞬間の、ここまでの長い道のりも、悩んだ時間も……私達には大切な事だった。



愛する事がゴールではなく、愛する事がスタートなのだと知った……18歳の冬。



もし、貴方が剣のままでも私は結婚するつもりだったと言えば……貴方はどんな顔をするのだろうか?



小さく笑みを浮かべた私の唇に、貴方の緊張したような真一文字の唇がゆっくりと近づく。



私と共に在りたいと望んでくれた貴方の初めての口付けは……いつもの貴方と変わらず、優しく温かな……慈しむような口付けだった。





「――エスナ。我は、人間になれて幸せであるぞ。……愛している。我が、妻よ」


「はい。私も……愛しています。…………あなた」



照れたように満足気に微笑む夫の虚を突いて、二度目の口付けを私から始める。



驚き、準備の出来ていなかったであろう夫は…………本日二度目のショッキングピンクの光の柱を、頭上の雲へと突き刺した。






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― 新着の感想 ―
[良い点] この聖剣めんどくせぇ!(褒め言葉 [一言] 夜の時間になるとこの夫婦の家がゲーミングデバイスばりに光ると思ったら笑ってしまった
[一言] 早くダガーができるといいですね(笑)
[一言] いとやんごとなき
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