あの男と禁忌について
宿屋を出たユグルスは、とりあえず村の隅々を見て回ることにした。
のどかな風景が広がるシュテの村を、ゆっくりと歩いていく。もちろん、シャインに教えられた通り、警戒は怠らずに。
村の農業地帯まで来た時だった。ひときわ賑やかな声が聞こえてくる。
「だがらぁ! えくすくわりばーだっぺ!」
野太く響く声の主、マウンテン・エル・エクザのいる方へ寄っていくと、そこには、彼と老年らしき女性が困惑したように話していた。
「そんなことを言われてもねぇ。えすくりばー? なんて聞いたこともないよ」
「えくすくわりばーだっぺ! 人間の老人ば、耳遠くなるの早すぎるっぺ! オラより遥に年下だっぺよ!?」
大きく仰け反りながらそう言うエクザと、やはり困惑している女性のやりとりに、一瞬迷ったユグルスだったが、結局割って入ることにした。
「あの! お困りのようですし……落ち着いてください、エクザさん!」
声をかけられたエクザは、またしても大袈裟に飛び退き、背後にいたユグルスの方へ向き直る。
「んん? おめぇ、あのおっがねぇ姉ちゃんとダークエルフの兄ちゃんといだ坊やでねぇが! 一人でなにしでっぺ!?」
そう問われ、ユグルスは少し考えた後、
「この村の見学? ですかね? エクザさんは何を……その……目的はわかるのですが、何故この村におられるのですか?」
「噂で、ごの周辺にえくすくわりばーらじぎもんがあるって聞いだっぺ、聞ぎごみしでだんだぁ!」
事情を理解したユグルスは、エクザの勢いに押されながらも、なんとか返事を返す。
「そ、そうですか……。でも、だからって村の人を困らせてはダメですよ!」
ユグルスのもっともな意見に、エクザは上半身をくねらせ両手を頭に当てながら、
「ぞうだっぺなぁ……オラ、興奮しずぎだっぺ!」
そう言うと、エクザは女性に大きく向き直り、
「わるがっだっぺ! お嬢ちゃん! オラば、別の人に聞いでみるっちゃ!」
そして両腕を大きく振りながら、その場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌ててユグルスが呼び止める。
「ん? なんだっぺ?」
ユグルスは少し考えた素振りをし、
(……ずっと気になってた……でも、フレナさんも、シャインさんも、ラファさんも、教えてはくれなかった。だから!)
意を決したように言う。
「……あの、何故ダークエルフは禁忌なのでしょうか!?」
ユグルスの言葉に、目をこれでもかと言うくらい大きくするエクザに、頭を下げる。
「教えて下さい! お願いします!」
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場所を変え、村の端にある小高い丘の上で、ユグルスとエクザは並んで座る。
「いやぁ〜まざが、ダークエルフについて知らねぇのがおるどば思わながっだっぺ! 一緒におるがら、てっぎり知っでるどばかりだっぺ!」
オーバーすぎるリアクションをしながら、エクザは話始めた。
「いいが? エルフっでのばな、自分達を『光の使徒』ど認識しでるっちゃ! だがら、純粋なエルフがら、突然変異で産まれる褐色肌のエルフの事を、『闇の使徒』ど、づまり、ダークエルフど呼んでるっぺ! まぁ、産まれづきマナの量も少ねぇがら、エルフが得意どする魔術も使えねぇらじいじ、オラ達がらずれば、気味の悪い存在だっちゃ! なんぜ、『光』がら『闇』が生まれだ訳だがらな!」
エクザの説明を真剣に聞いていたユグルスは、
「……『光の使徒』と『闇の使徒』ですか……。だからって!」
握りこぶしを握りしめ、そう言うユグルスに、エクザは不思議そうな顔をしながら、
「ぞう言われでも、オラ達ばぞう教わっで来たっぺよ? ぞれを否定ざれでも困るっちゃ!」
「……それは……そうなのですが……」
一気にしゅんとするユグルスに、エクザは勢いよく立ち上がると、
「ぞんじゃ、オラはえくすくわりばー探ずがら! 失礼するっぺ!」
颯爽と走り去って行ってしまった。取り残されたユグルスは一人、丘の上で深いため息を吐くと、
「……禁忌……か」
(なんだろう……モヤモヤする。フレナさんがそうだから? それとも……ワタシの記憶に何か関係が?)
そこまで考えて、頭を左右に振ると、宿屋へ戻るためゆっくりと立ち上がった。