My Favorite Things
タイトル『My Favorite Things』
『ノブオは自分の部屋で、若い頃にいつも聞いていた音楽を聞き、昔住んでいた街や仲間との思い出にひたっていた。ある日、ノブオは久しぶりに仲間の顔を見てみたくなり、インターネットでメールのやりとりをする。そして、仲間が集まる予定になっているバーに行くと、続々と仲間が来て、ノブオが昔愛していた女も最後にやって来た。女は以前と変わらず美しかったが、ノブオのことは全く覚えていない様子だった。しかし、ノブオはそのことをわかっており、悲しむことはなかったという。一体、なぜだろうか?』
「これまた長いわね」
「かなり複雑だから、とりあえず、女がノブオのことを忘れていた理由と、ノブオが悲しまなかった理由が答えられれば正解だ」
「そう。じゃあ早速質問するけど、女は昔から、ノブオとさほど親密じゃなかった?」
「うーん……部分的にはいいえ」
「じゃあ、ノブオと女は親密だった?」
「部分的にははい」
「女がノブオのことを忘れたのは、ノブオに原因がある?」
「部分的にははい」
「なんだかはっきりしないわね、さっきから」
「この質問のされ方だと、俺はこう答えることしかできない」
「あー……わかったわ。たしかに、やっかいな問題みたいね」
みのりはこめかみに人差し指を当てる。
「女がノブオのことを忘れたのは、それが女にとって些細な記憶だったから?」
「いいえ」
「嫌な記憶だったから?」
「いいえ」
「病気のせいで記憶を失ってしまった?」
「いいえ」
「怪我のせいで記憶を失ってしまった?」
「いいえ」
「じゃあ、酒に酔ってた?」
「いいえ」
「まさか、催眠術や洗脳じゃないわよね?」
「催眠術でも洗脳でもない」
「どう手をつければいいのよ。この問題」
みのりは天井を見上げる。
「ヒントが必要か?」
「いらない」
みのりは見上げていた顔をバッと下げ、阿藤に視線を戻す。
「うーんと…… ノブオっていう名前に意味ある?」
「部分的にはある」
「ノブオ以外の名前だと問題文は成立しない?」
「いいえ」
「じゃあ〝部分的にはある〟って何なのよ……」
みのりは腕を組み、しばらく黙り込む。
「この〝部分的には〟っていう返答とノブオの名前は関係ある?」
「はい」
「今までの〝部分的には〟っていう返答には、全部ノブオの名前が関係してる?」
「はい」
「でも、ノブオ以外の名前でも問題文は成立するのよね?」
「はい」
みのりは頬杖をつき、長らく考え込んでいた。だが、急に弾かれたように身体を起こし、
「もしかして、ノブオは複数いる?」
「よくわかったな……はいだ」
「あー、なるほどそういうことね。ノブオが問題文の中に複数いたから、ずっと返答が曖昧だったんだ」
みのりはうんうんとうなずく。
「ノブオの人数は二人?」
「はい」
「それじゃあ、全部しらみつぶしにしていきしましょうか。自分の部屋で音楽を聞いていたノブオと、インターネットでメールのやりとりをしたノブオは同一人物?」
「はい」
「インターネットでメールのやりとりをしたノブオと、バーに行ったノブオは同一人物?」
「うーん……広い意味で捉えれば、はいとも言える」
「は?」
再び始まった曖昧な返答に、眉をつり上げるみのり。
「じゃあ、バーに行ったノブオは、昔女を愛していたノブオと同一人物?」
「広い意味で捉えれば、はいとも言える」
「昔女を愛していたノブオと、女に忘れられたノブオは同一人物?」
「いいえ」
「女に忘れられたノブオと、そのことをわかっていて、悲しまなかったノブオは同一人物?」
「いいえ」
「なんか、余計わけわからなくなったわね」
「だな」
「でもとりあえず、女に忘れられたノブオをノブオBだとすると、他のノブオは全部ノブオAって考えていいわけでしょ?」
「まあ、そうだな」
「ノブオAとノブオBの名前が同じなのは偶然?」
「いいえ」
「血縁関係ある?」
「いいえ」
「ノブオAとBは知り合い?」
「いいえ」
「知り合いじゃない……? じゃあ、二人のノブオ以外の第三者が関係して、名前が同じになった?」
「いいえ」
「二人のノブオのどっちかがどっちかを一方的に知ってる?」
「はい」
「ノブオAがノブオBを一方的に知ってる?」
「はい」
「ノブオBは有名人?」
「うーん……どうだろう。有名人だったとしてもそうでなくても、問題は成立する」
「そう……」
みのりは机の上で両手の指を組み合わせ、長らく考えた後、
「一度、方向性をガラッと変えてみましょう。ノブオAは問題文の最初のほうで音楽を聞いてるけど、これって答えに関係ある?」
「ある」
「仲間っていうのは、ノブオAのバンド仲間?」
「いいえ」
「ノブオBのバンド仲間?」
「いいえ」
「二人のノブオか仲間の誰かが音楽関係者?」
「いいえ」
「仲間はノブオAの仕事仲間?」
「いいえ」
「Bの仕事仲間?」
「仕事仲間か……まあ、広く解釈すればそうも言えるかもしれないし、実際仲間の中に同じ職業の人間もいるかもしれない」
「なるほど……。ノブオAと仲間は遊び仲間?」
「うーん……遊びが関係しないわけじゃないが、普通遊び仲間とは言わないかな」
「スポーツ関係ある?」
「いいえ」
「バーに仲間が集まったって問題文にあるけど、バーじゃなきゃだめなの?」
「いや、どこでも問題は成立する」
「〝インターネットでメールのやりとりをする〟って問題文にあるけど、ノブオAは仲間たちとメールのやりとりをした?」
「いいえ」
「よし!」
みのりはガッツポーズする。
「個人とメールのやりとりをした?」
「いいえ」
「組織とメールのやりとりをした?」
「はい」
「その組織は会社?」
「はい」
「音楽に関係ある会社?」
「いいえ」
「その会社と仲間たちにつながりはある?」
「いいえ」
「その会社とノブオAにはつながりがある?」
「うーん……消費者っていう意味ならはいかな」
「何かものを買った?」
「はい」
「それはメールをやりとりした会社が作ったもの?」
「いいえ」
「なるほどね。メールのやりとりっていうのはネットショッピング?」
「はい」
「ノブオAが買ったものは問題を解く上で重要?」
「はい」
「形はひとことで説明できる?」
「いいえ」
「複雑な形?」
「まあ、どちらかといえば」
「色は白っぽい?」
「何とも言えん」
「微妙な色合いなの?」
「うーん……というより、このものは大体この色! っていう共通了解がない」
「なるほどね」
みのりは顎に手をやる。
「買ったものは人工物?」
「はい」
「重い?」
「いや、重くはない」
「値段は高い?」
「うーん……そこまで高くはない」
「ノブオAが聞いてた音楽と関係ある?」
「はい」
「楽器?」
「いいえ」
「オーディオ?」
「まあ……部分的にははいだな」
「部分的にオーディオ……? テレビ?」
「いいえ」
「パソコン?」
「うーん……普通はそうは言わないかな」
「ゲーム機?」
「はい」
「じゃあ、ノブオAはゲームの音楽を聞いて、仲間との思い出にひたってたってこと?」
「はい」
「仲間っていうのは、一緒にゲームをプレイする仲間?」
「いいえ」
「ってことは……ゲームの登場人物?」
「はい」
「そういうことか……」
みのりは額に手の甲を当てる。
「女もゲームの登場人物?」
「はい」
「ノブオBも?」
「はい」
「ノブオBってもしかして、ノブオAが自分の名前をつけた主人公のこと?」
「はい」
「じゃあ、女がノブオBのことを忘れてたのは、ノブオAがセーブデータをロードせずに、始めからプレイしたからってことね?」
「はい」
「なるほど……」
みのりは阿藤の目を真っ直ぐ見据えると、言った。
「ノブオは昔、ゲームの主人公に自分の名前をつけてプレイした経験があり、同じゲームをデータをロードせずに始めからプレイした。登場人物の女は前の主人公のことを忘れていたが、プレイヤーのノブオにはそれがわかっていたので、悲しむことはなかった」
「正解!」
阿藤は答えの解説を読み上げる。
『大学生のノブオはアパートの部屋で、You Tubeにアップロードされている、小学生の頃にプレイしたRPGのBGMを聞いていた。小学生の頃に住んでいた街や、ゲームのシナリオ・登場人物などを思い出しているうち、ノブオは久しぶりにこのゲームをプレイしたくなり、ネットショッピングで中古品のゲーム機とソフトを買う。ゲームをプレイしてシナリオを進めると、酒場でイベントが起こり、主人公のパーティに加わるメンバーが続々と登場した。その中には、ノブオが昔好きだったヒロインもいたが、昔使っていたメモリーカードが手元になく、始めからプレイしていたため、ノブオが昔〝ノブオ〟と名前を設定して操作していた主人公の男のことを、ヒロインは何も覚えていなかった。だが、それはプレイヤーのノブオにとって当たり前のことであり、悲しむこともなかった』
「インターネットでメールのやりとりをしたノブオAと、バーに行ったノブオが同一人物かどうか聞いたとき、曖昧な返答しかできなかったのは、バーがゲームの中の場所だからってことね」
「ああ。厳密にいうと、バーに行ったのはノブオAじゃない。でも、ノブオAがキャラクターを操作してバーに行ったわけだから、ノブオAがバーに行ったとも言える」
「なるほどね」
みのりは椅子の背もたれに体重を預ける。
「まあ、ちょっと複雑でまどろっこしいが、手応えはあっただろ」
みのりはうなずく。
「でも、さすがに次の問題は、シンプルにまとまったやつがいいわね」
「だな。じゃあ第九問目は、シンプルなやついくか」
みのりが再びうなずいたので、阿藤は次の問題文を読み上げ始めた。




