奪われたもの
タイトル『奪われたもの』
『新一は頭を使うのが得意であり、光彦を騙して、光彦が大切にしていたものを奪った。光彦の仲間の元太からも、違う形で頭を使い、人生を左右するようなものを奪った。さらにそのことによって、新一のことを好きな蘭と彼女の母親の英理を含めた大勢の人々はあるものを奪われ、蘭の父親の小五郎は警察に捕まった。だが、新一が警察に捕まったり、誰かに訴えられたりすることはなかった。一体、どういうことか?』
「ずいぶん要素が多いわね」
「とりあえず、光彦が奪われたものと、元太が奪われたもの、蘭と英理を含めた大勢の人々が奪われたもの、小五郎が警察に捕まった理由が答えられれば正解だ」
「うーん……気になるから一応聞いておくけど、問題の答えに名探偵コナンって関係ある?」
「いいえ。ぶっちゃけていうと、登場人物の名前は何でもいい」
「そう。じゃあ次の質問にいくけど、光彦が奪われたものは物体?」
「はい」
「元太が奪われたものは物体?」
「いいえ」
「大勢の人々が奪われたものは物体?」
「いいえ」
「そうね……じゃあ、光彦の奪われたものから潰していきましょうか。〝大切にしていたもの〟って問題文にあるけど、それは光彦が愛用してたもの?」
「いいえ。新一に奪われたものに関しては、愛用してたわけじゃないな」
「ってことは、思い出の品とかでもない?」
「思い出の品ではない」
「法的に光彦の所有物?」
「いいえ」
「親のもの?」
「いいえ」
「友人のもの?」
「いいえ」
「会社のもの?」
「その聞き方だといいえだな」
「ん……? じゃあなんらかの組織のものではあるってこと?」
「はい」
「組織の規模は大きい?」
「はい」
「実在する?」
「はい」
「有名?」
「はい」
「会社じゃないっていうのは、非営利法人っていう意味?」
「はい」
「NPO法人?」
「いいえ」
「学校法人?」
「いいえ」
「医療法人?」
「いいえ」
「宗教法人?」
「いいえ」
「なるほど……」
みのりはしばらく考え込む。
「方向性を変えましょうか。光彦は大人?」
「はい」
「老人?」
「いいえ」
「新一にそのものを奪われたことで、光彦は金銭的に損をした?」
「いいえ。でもまあ、間接的には損をしたといえなくもない」
「そのものは手で持てる?」
「いやー、かなり微妙な質問だな。持てないときもあれば、持てるときもある」
「固体じゃないってこと?」
「いや、固体ではある」
「重くて持てないってこと?」
「いいえ」
「軽い?」
「はい。これを重いっていう人間は、まあほぼいないと思う」
「柔らかい?」
「いや、どうなんだろ……すごく柔らかいわけじゃないけど、すごく硬いわけでもない」
「形は一言で説明できるようなもの?」
「はい」
「丸い?」
「はい」
「きれいな丸?」
「はい」
「もしかして、ボール?」
「はい」
「あー……わかったわ。手で持てないってそういうことね。サッカーボールでしょ?」
阿藤は少しタメを作った後、
「はい!」
「なるほどね」
みのりはうんうんとうなずく。
「新一ってJリーガー?」
「はい」
「じゃあ天皇杯の試合中だった?」
「はい」
「そうよね。ボールが誰のものかの話になったとき、大きくて有名な非営利法人って答えてたもんね」
阿藤はうなずき、
「Jリーグとヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)の場合、ボールはホームチームが用意する。だがホームもアウェーもない中立地で行なわれる天皇杯では、ボールはJFA(日本サッカー協会)が用意する。まあ、ボールの所有権が法的にどうなってるのかまでは詳しく知らんがな」
「でもとにかく、Jリーガーの新一は天皇杯で、相手チームの光彦からボールを奪ったわけね」
「YES」
「次は元太が奪われたものだけど……元太の奪われたものって、たしか物体じゃなかったのよね」
みのりは頬に手を当てる。
「問題に〝人生を左右するようなものを奪った〟なんて仰々しい文言があるし、面子とかそういうことじゃないわよね。まさか選手生命?」
「いいえ」
「じゃあ仕事がなくなったとか」
「うーん……たしかにそういう影響はあるわけだが、問題の答えではない」
「問題文の〝違う形で頭を使い〟っていう部分がなんか不自然で気になるのよね。もしかして、これってヘディング?」
「はい。よくわかったな」
「さすが私」
みのりはしたり顔でピースをする。
「じゃあ、元太ってディフェンダーかキーパーでしょ」
「はい」
「はいはいそういうことね。元太は新一に決勝ゴールを奪われたんでしょう?」
「はい」
「よし。次は大勢の人々が奪われたものね。大勢の人々は全員新一のファン?」
「うーん……まあ、全員ファンってわけじゃないけど、ファンの割合はそれなりに多いな」
「大勢の人々は試合会場にいた観客?」
「はい」
「観客は心を奪われた?」
「いいえ」
「時間を奪われた?」
「いいえ」
「ネガティブなこと?」
「いいえ」
「精神的なもの?」
「いいえ」
「もしかして、目とか視線とかそういう話?」
「はい」
「なるほど、あとは小五郎が逮捕された理由だけね。……っていっても、だいたいの予想はついてるのよね。小五郎は観客?」
「はい」
「フーリガン?」
「はい」
「オッケー、じゃあまとめるわね。光彦は新一に死守していたボールを奪われ、元太はヘディングで決勝ゴールを奪われ、大勢の人々はそのプレーに目を奪われ、フーリガンの小五郎は暴れて警察に捕まった」
「正解!」
阿藤は拍手し、答えの解説を読み上げる。
『新一はプロのサッカー選手である。相手を出し抜く頭脳的なプレーで敵チームの光彦からボールを奪い、代名詞とも言える得意のヘディングで、キーパーの元太から天皇杯優勝の決定打となる重要なゴールを奪った。その瞬間に、蘭や英理を含めた多くの観客は目を奪われ、試合終了後には、小五郎を含めたフーリガンから逮捕者が出た』
「なるほどね。サッカーだから、実は名探偵コナンとも全く無関係ってわけじゃないわね」
「そう。にしても、答えにたどり着くまでもっと時間がかかると思ってたんだがな。まさかヘディングのところまでちゃんと解答してくるとは」
阿藤はぽりぽりと頭を掻く。
「どんなもんよって言いたいけど、結構疲れるわねこの問題。単純に量が多いっていうのもあるし」
「うーん……それじゃ、今度はシンプルなのいってみるか?」
「そうね」
みのりがうなずくと、阿藤は第五問目を読み上げ始めた。