クリティウスの牙
「問題。『掛け算九九の中で、答えが偶
《ポーン》
みのりのランプが点灯する。
彼女は視線を床に落として、目をカッと見開きながら思考を巡らせている。数秒間の息を飲むような静寂の後、
「56」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『掛け算九九の中で、答えが偶数になる式はいくつある?』
A.56
石須の正解。原尾・石須チーム2ポイント目獲得です」
「ま、まさか、あの短時間で全部数えた……ってわけじゃないよね?」
「まあね」
「どういう風に考えて答えを出したの?」
原尾の問いにみのりはうなずき、
「九九の式は全部で9×9=81個でしょ? そのうち答えが奇数になるのは奇数×奇数の式だけだから、1、3、5、7、9の段の中の1、3、5、7、9が掛けられている式――つまり5×5の25個よね。だから、81一25で答えが偶数になる式の数は56個ってこと」
「な、なるほど……。それにしても、あんな短い時間で……」
「こいつは昔からこういうのが得意だったからな」
阿藤は「ははは」と笑った後、問題の書かれた用紙にゆっくり目を落とし、
「――さて、テンポよく次の問題へ参りましょうか」
解答者は身構える。
「問題。『1995年10月4日から1996年3月27日にかけて全26話がテレビ
《ポーン》
原尾のランプが点灯する。
「新世紀エヴァンゲリオン」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『1995年10月4日から1996年3月27日にかけて全26話がテレビ東京系列で放送され、放送終了後にはその幕引きが非常な物議を醸した、大災害「セカンドインパクト」が起きた世界を舞台に、第3新東京市に襲来する謎の敵「使徒」と人類との戦いを描くテレビアニメ作品は何?』
A.新世紀エヴァンゲリオン
原尾の正解。原尾・石須チーム3ポイント目獲得です」
「俺だってこういう数字には強いからね」
胸を張る原尾。
「まあ、さすがというか何というか……」
苦笑いを浮かべるみのり。
瀬戸はにこりともしない。
阿藤はしばらくそんな三者の様子をながめると、
「――では、次の問題に参りましょう」
「問題。『原作・構成「酒井七馬」、作画「手塚治虫
《ポーン》
原尾のランプが点灯する。
「新宝島」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『原作・構成「酒井七馬」、作画「手塚治虫」で1947年に発表された、亡くなった父親の書類箱から宝の地図を見つけたピート少年が知り合いの船長とその島へ行こうとする、サカナクションの楽曲のタイトルにも借用された手塚治虫の出世作は何?』
A.新宝島
原尾の正解。原尾・石須チーム4ポイント目獲得です」
「これは本当に、冗談抜きにさすがね」
「まあ、漫画研究部員の面目躍如ってところかな」
原尾は人差し指で鼻の下をこする。
「これで原尾・石須チーム4ポイント、瀬戸5ポイントとなりました」
「最初は勝てるわけないと思ってたけど、これで1ポイント差かぁ……」
「油断しちゃ駄目よ。次も私たちの得意な問題が来てくれるとは限らないんだから」
うきうきを隠せない様子で言う原尾に、みのりが釘を刺す。
「でも、この流れに乗って一気に攻めたほうがいいのはたしかね」
みのりは司会者のほうに視線を移すと、早くも戦闘態勢に入った。阿藤は問題用紙に目を落とす。
「――次の問題へ参ります」
「問題。『在原業平が主人公のモデルとされているのは『伊
《ポーン》
みのりのランプが点灯する。
彼女は数秒の猶予を使い、ギリギリまで考えた後、
「大和物語」
解答をひねり出すが、
《ブー》
不正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『在原業平が主人公のモデルとされているのは『伊勢物語』ですが、その伊勢物語をもじった江戸時代前期の擬古典作品は何?
A.仁勢物語」
「くそー、誤答かぁ……」
「いいのよ。私が誤答しても、瀬戸くんに解答権は回ってこないんだから」
「そうか、そういえばそんなルールだったね」
ぽんと手を打つ原尾。
「私はあと1回誤答できるし、原尾はあと2回誤答できる。瀬戸くんに解答権を渡さずにこのまま勝つのよ」
「よーし。それじゃ、積極的に押すぞ」
ボタンに手を置き、身構える原尾。阿藤はそれを確認し、
「――次の問題へ参ります」
「問題。『西尾維新の物語シリーズで、第1作目といえば『化
《ポーン》
原尾のランプが点灯する。
「傷物語」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『西尾維新の物語シリーズで、第1作目といえば『化物語』ですが、第2作目といえば何物語?』
A.傷物語
原尾の正解。原尾・石須チーム5ポイント目獲得です」
「前の問題の答えが〝仁勢物語(にせものがたり)〟だったから、〝偽物語(にせものがたり)〟って答えたくなるっていう問題でしょ? でも偽物語は第3作目だからね」
「すごい……クイズプレイヤーみたいな押しじゃない」
みのりは原尾の成長に本心から驚いていた。
「まあ、『ですが』の後でいきなり第3作目が聞かれることはないって、瀬戸くんに教えてもらったからね」
原尾は「いやー」と頭をかきながら瀬戸のほうを見る。瀬戸は顎に手をやり、
「なるほど……。厳密にいえば3パラの可能性もあったが、偽物語と誤答させるつもりなら、先ほどのポイントが確定ポイントになるということか」
独り言のようにつぶやいた。
「これで原尾・石須チーム5ポイント、瀬戸5ポイント、同点です」
「よーし! 同点だぞー!」
拳を天井に向かって突き上げる原尾。教室内は興奮に包まれる。
そんな中にあっても、瀬戸は相変わらず無表情だったが、その眼鏡を直す仕草には、わずかな焦燥の気配が表れていた。
「――さて、それでは次の問題へ参ります」
緊張の一瞬が訪れる。
「問題。『世界3大ブルーチーズに数えられる3種類のチーズとは、フランスのロックフォール、イ
《ポーン》
瀬戸のランプが点灯する。
チィ……!
瀬戸はボタンを押した後、「しまった」という表情を浮かべ阿藤を睨む。
「スティルトン」
瀬戸は答える。少しの間の後、
《ブー》
不正解を告げる電子音が鳴り響く。
瀬戸の二度目の誤答を意味するその音に、ギャラリーは再びどよめいた。
「では、もう一度読み上げます。『世界3大ブルーチーズに数えられる3種類のチーズとは、フランスのロックフォール、イギリスのスティルトンと、イタリアの何?』
《ポーン》
みのりのランプが点灯する。
「ゴルゴンゾーラ」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『世界3大ブルーチーズに数えられる3種類のチーズとは、フランスのロックフォール、イギリスのスティルトンと、イタリアの何?』
A.ゴルゴンゾーラ
石須の正解。原尾・石須チーム6ポイント目獲得です」
「そうか……『イ』だけじゃ、イギリスかイタリアかわからなかったのか」
得心がいったという表情で原尾がつぶやく。
「瀬戸ならスティルトンのほうを答えると思ってたよ」
にやりと笑みを浮かべる阿藤。すると――
「その手に持っている紙を見せてみろ」
瀬戸が言い、教壇に立つ阿藤のほうへズンズンと歩み寄った。
「疑り深い奴だな。まあ、問題用紙はまだあるから構わんがな」
阿藤は持っていたルーズリーフを「ほれ」と瀬戸に手渡す。そこにはたしかに、阿藤が読み上げた通りの問題文が書かれていた。紙をどこかですり替えたような様子もない。
「3大ブルーチーズのうち、イギリスのスティルトンとイタリアのゴルゴンゾーラは牛乳製で、フランスのロックフォールだけが羊乳製だ。イギリスかイタリアが最初に読み上げられていれば、ロックフォールと答えればよかったわけだが、今回はフランスのロックフォールが最初に読み上げられている。まあ、そういう細かいなんやかやが脳裏によぎっているうち、クイズプレイヤーに染み付いた習性で、瀬戸は咄嗟にボタンを押しちまったってわけだ。『フランスの』『イギリスの』『イタリアの』の部分は問題文に無いことも多いしな」
講説を述べ終わった阿藤に、瀬戸は紙を突き返し、解答席へと戻った。
「なんていうか……改めて、常人とはかけ離れた、空中戦みたいな駆け引きをやってるんだな、と二人を見ててつくづく思うよ」
原尾はぼそりと漏らした。




