迫りくるもの
「問題。『アイヌ語で「柳の葉
《ポーン》
瀬戸のランプが点灯する。
「ししゃも」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『アイヌ語で「柳の葉」という意味の言葉に由来する、北海道の太平洋沿岸の一部でしか獲ることができないため、ほとんどはカペリンで代用されている魚の名前は何?』
A.ししゃも
瀬戸の正解、5ポイント目獲得です」
「えーっと……これは単純に知ってたってこと?」
原尾が苦笑いしながら瀬戸に問う。
「語源はクイズによく出題される。ベタ問でいえば、
『フランス語で「稲妻」という意味がある、細長いシュークリームの上にチョコレートをかけた洋菓子は何?』
A.エクレア
この問題が有名だ。ししゃもの問題も語源クイズの中ではよく見る部類だ」
「ふーん……でも、なんでそういうのをいちいち全部覚えていられるの?」
「反復だな。クイズをやっていれば自然に覚える。あとは月並みだが、自分の頭の中に映像が浮かぶような語呂合わせを作ったり、他のものに関連づけてセットで覚えたりもする。
例えば、ししゃもがアイヌ語で〝柳の葉〟に由来することは覚えやすい。ししゃもは漢字でも〝柳〟の〝葉〟の〝魚〟と書く」
「なるほど」
「他には、アイヌ語で水は〝ワッカ〟だ。知床八景の1つであるカムイワッカの滝の〝カムイワッカ〟は、アイヌ語で〝神の水〟という意味があるし、稚内市の市名はアイヌ語の〝ヤムワッカナイ〟――〝冷たい水の川〟が語源とされる。
稚内市は日本最北端に位置していることから、語源を含めてクイズで取り上げられることが非常に多い」
「へぇ……。そういえば、FFXにワッカっていうキャラクターがいるけど、あのキャラクターの名前の由来もアイヌ語の水だってどこかで聞いたなぁ」
原尾が感慨深げに言う。
瀬戸はさらに、ギリシャ語で「全ての」という意味の「パン」はクイズで頻出であると述べ、答えに「パン」が付く問題を列挙し始めた。
『ギリシャ語の「全ての神々」という言葉に由来し、ある特定の宗教や神話における全ての神々を祀った、古代ギリシャや古代ローマなどに見られる神殿を何という?』
A.パンテオン(万神殿)
『ギリシャ語で「デーモンの全て」という意味の、ミルトンの『失楽園』でルシファーの築いた地獄の都市として描かれている伏魔殿は何?』
A.パンデモニウム
『ギリシャ語で「神から全ての賜物を与えられた女」という意味を持つ、ギリシャ神話に登場する地上最初の女性は誰?』
A.パンドラ
『ギリシャ語で「全ての人々」という意味の言葉に由来する、14世紀のヨーロッパにおけるペスト、19世紀以降7回に渡って発生したコレラ、20世紀初頭に全世界で流行したスペイン風邪が代表的な、「感染爆発」と訳される感染症や伝染病が世界で爆発的に流行することを何という?』
A.パンデミック
『ギリシャ語で「全てを真似る」という意味がある、言葉を用いず、身振り・表情によって表現を行なう無言劇は何?』
A.パントマイム
『ギリシャ語で「全ての力」という意味の、ルールは目潰しと噛み付き禁止の2つのみである、古代ギリシャの総合格闘技は何?』
A.パンクラチオン
『ギリシャ語で「全ての大陸」という意味の、アルフレッド・ウェゲナーの大陸移動説で古生代の後期から中生代の前期に存在したと言われる超大陸は何?』
A.パンゲア
『ギリシャ語で「全ての海」という意味の、アルフレッド・ウェゲナーの大陸移動説で古生代の後期から中生代の前期に存在したと言われる、超大陸パンゲアを取り囲んでいた唯一の広大な大洋を何という?』
A.パンサラッサ
『ギリシャ語で「全ての文字」という意味で、いろは歌もこの一種である、Qの使い道から「My faxed joke won a pager in the cable TV quiz show」などQuizという語が含まれることも多い、なるべく重複を避けつつ全ての文字を使って文を作る言葉遊びを何という?』
A.パングラム
『ギリシャ語で「全てを見る」という意味がある、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムが弟サミュエルに示唆を受け提唱した、刑務所などにおいて最小限の労力で全ての囚人を監視出来る、全展望監視システムのことを何という?』
A.パノプティコン
「――主要なものはこんなところだろう」
一気に言い終え、瀬戸は結んだ。
「ひゃー、ほんと、よく問題文まで含めて全部覚えてられるね」
「瀬戸の記憶力は折り紙付きだからな」
重ねて驚く原尾を見て、阿藤はにやりと笑う。
曰く、瀬戸はクイズで出題されることもある、日本一長い駅名や、植物名としては日本一長いアマモの別名、ウェブサイトのアドレスでもよく目にする「HTTP」の省略しない言い方、『プロ倫』と略されるマックス・ヴェーバーの論文の正式名称、メリーポピンズの劇中歌の長いタイトル、ウェールズ北部のアングルシー島にある長い地名、タイの首都バンコクの正式名称、パブロピカソの本名、落語の寿限無の主人公の名前などを全て暗記しているという。
「瀬戸は語源関係も広く押さえてるから、さっきのししゃもの問題みたいに、問題文冒頭の『◯◯語で◯◯』の時点で、主要な問題は全部押せる。まあ、中には一部例外的なものもあるが」
「ん? 何その例外って?」
原尾が問うと、
「『ロシア語で「結合」という意味がある、原料の貯蔵施設や機械の製造工場などを計画的に接近させた集まりのことを何という?』
A.コンビナート
こういう有名な問題がある。だが、
『ロシア語で「結合」という意味がある、現在は国際宇宙ステーションへの移動手段として用いられているロシアの有人往復宇宙船は何?』
A.ソユーズ
こういう問題もある。『ロシア語で結合』の段階じゃ、まだどっちなのかは絞り込めない」
「あー、なるほど。そういうことか」
「他にも、
『フランス語で「思想」という意味のタイトルが付けられた、「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史の局面は変わっていただろう」や「人間は考える葦である」などの有名な言葉が登場する、パスカルの死後に遺族らが編纂し刊行した遺著は何?』
A.パンセ
『フランス語で「思想」という意味の「パンセ」に由来する、その形が物思いにふける少女の顔に見えることから名が付いた春の花は何?』
A.パンジー
こんなのもある。当然、パンセが答えの問題でパンジーと答えても誤答だし、パンジーが答えの問題でパンセと答えても誤答だ」
「へぇー、面白いね」
「そうか、わかってもらえて何よりだ」
意味ありげに微笑する阿藤。
語源問題の説明が一通り終わると、
「――さて、それでは次の問題に参りましょう」
阿藤が司会者の口調に戻り、解答者3人は身構えた。
「問題。『「オイ、
《ポーン》
瀬戸のランプが点灯する。
みのりは「やられた」という表情で彼のほうに顔を向けた。
「蟹工船」
迷いなく瀬戸は答える。少しの間の後、
《ブー》
不正解を告げる電子音が鳴り響く。
初めて聞くその音に、ギャラリーはどよめいた。みのりも驚愕している。
「ではルール通り、もう一度問題文を最初から読み上げます。『オイ、ペチュなどの種類がある、野菜を塩漬けにし、さらに多量のとうがらし・塩辛・にんにくなどを混ぜて漬け込んだ辛い漬物は何?』」
「え……? これ……」
《ポーン》
原尾が戸惑いながらもボタンを押し、答える。
「キムチ」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『オイ、ペチュなどの種類がある、野菜を塩漬けにし、さらに多量のとうがらし・塩辛・にんにくなどを混ぜて漬け込んだ辛い漬物は何?』
A.キムチ
原尾の正解。原尾・石須チーム1ポイント獲得です」
「や、やったー! ついに正解したぞー! ……っていうのはいいんだけど、今何が起こったの?」
正解した本人も訳がわからず周囲に問う。
「『「おい地獄さ行ぐんだで!」という書き出しで始まる、小林多喜二によって書かれたプロレタリア文学の代表的な作品は何でしょう?』
A.蟹工船
こういうベタ問があるのよ」
みのりが応えた。
「小説の書き出しはクイズで出題されることが多い。既存の作品の引用であるため、出題者によって問題文が変わることもなく、確定ポイントが早い――ということを説明するために、そろそろ出して来るかもしれないとヤマを張っていた」
瀬戸は出題者を真っ直ぐ見つめて言う。
「それを阿藤が読んでたってわけ?」
「みたいね」
みのりが原尾にうなずく。
「これが文字で出題される形式なら『オイ』がカタカナだからわかるけど、耳で聞いただけじゃ判別なんてできないしね。イントネーションも同じだったし」
「6問目にしてはあまりにもベタ問すぎるとは思ったが、反射的に押してしまった。あそこで押さなければ俺が石須に押し負けていただろう」
実際、みのりは瀬戸とほぼ同時にボタンを押していた。
「……そうか、なるほど。この場をセッティングしたお前の意図はわかった」
瀬戸は射るような視線を阿藤に向け続けながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
だが、阿藤はそんな視線を全く気に留めず、
「――さて、それではそろそろ、次の問題に参りましょうか」
司会者の口調でクイズを進行させる。




