神の怒り
「ちょっとちょっと! なんだよ今の」
原尾が異議を申し立てる。
教室の中もざわついている。
「どの問題が出るか事前に知ってたでしょ? じゃないとあんなところで答えがわかるはずないじゃん」
原尾のこの発言に、ギャラリーの何人かも同調する。
「原尾、今のはベタ問だったのよ」
みのりが口を開いた。
「ベタ問……?」
「クイズ大会とかクイズの問題集でよく見かける頻出問題のことよ。クイズプレイヤーはベタ問の答えはもちろん、問題文も全部暗記してるから、問題文の最初のほうを聞いただけで答えがわかるのよ。よく百人一首に喩えられたりもするわね」
「なん……だと?」
漫画の登場人物のような驚き方をする原尾。
ここで阿藤も口を開く。
「典型的なベタ問に、『「なぜ山に登るのか?」と問われ、「そこに山があるから」と答えたことで知られる登山家は誰?』って問題がある。この問題に対してクイズプレイヤーは、『なぜや』と聞こえた時点でボタンを押して、ジョージ・マロリーと答えることができる。『なぜや』の『や』が、確定ポイントと呼ばれる、他の選択肢を排除して、問題文と答えを完全に絞り込めるポイントなんだ。百人一首でいうところの決まり字だな」
「おいおいうそでしょ……? じゃあさっきの問題も……?」
「ああ。『正式名称を』と読まれている時点で、ラムサール条約が答えだと瀬戸は見当をつけている。この問題の場合は『特に』の『に』が確定ポイントだから、それを待ってる状態だな。その後、瀬戸は実際に『に』が読まれたのを聞いて、ラムサール条約って答えたわけだ」
原尾は絶句する。教室も静まり返っていた。
「――さて、それでは、次の問題に参りましょう」
阿藤が司会者の口調に戻る。
解答者3人はそれを聞き、身構えた。
「問題。『俗に「世界3大瀑布」といえば、ナイアガラの滝、イ
《ポーン》
瀬戸のランプが点灯する。
「ヴィクトリアの滝」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『俗に「世界3大瀑布」といえば、ナイアガラの滝、イグアスの滝とあと一つは何?』
A.ヴィクトリアの滝
瀬戸の正解、2ポイント目獲得です」
「くっそー! そうか。今回は『イ』が、さっき言ってた確定ポイントってやつになるのか」
原尾は悔しそうな表情を浮かべる。
みのりもうなずき、
「そうね。これはいわゆる名数型っていう、答えの候補が列挙されていくタイプの問題だけど、3大瀑布なんだから、答えの候補は3つしかないわ。問題文で2つ目の候補の頭文字が読まれた瞬間、答えは残りの1つに確定するわね」
「さっき、石須さんも瀬戸とほとんど同じタイミングでボタンを押してたよね? なのにどうして、瀬戸のボタンのランプが点くんだ?」
首を傾げる原尾。
「それにはカラクリがあるのよ」
みのりはチラリと瀬戸に目をやり、
「〝押し込み〟って呼ばれる、ランプがギリギリ点灯するかしないかのところまで、ボタンを前もって押しておく技術があるの。私はそれが瀬戸くんほど上手くはできないのよ。それに、〝読ませ押し〟っていう、すごく重要な技術があるの」
「読ませ押し……?」
「一言でいうなら、確定ポイントになる文字を聞いてからボタンを押すんじゃなく、聞く直前に押す技術だ」
阿藤が口を開いた。教室にいる全員が彼に注目する。
「解答者がボタンを押そうと頭で思った後、実際に指が動いてボタンが押され、ボタンのランプが点灯し、それに反応して出題者(問読み)が問題を読むのを止めるまで、合計で0.1秒ほどのラグが発生する。このラグを計算して、確定ポイントの文字が読まれる直前でボタンを押しにかかる。それが読ませ押しだ。
さっきの問題で俺は『俗に「世界3大瀑布」といえば、ナイアガラの滝、イ』のところで問題文を読むのを止めた。だが、このとき瀬戸は『イ』が読まれたのを聞いてからボタンを押したわけじゃない。『イ』が読まれる直前で押してるんだ。
この読ませ押しは、競技クイズのプレイヤーにとっては基本的なテクニックだが、瀬戸クラスのプレイヤーになってくると、次の文字の子音だけがギリギリ聞き取れるポイントに調整して押したり、出題者の口の形まで見て、次に来る文字を予測したりもする」
「そ、そこまでやるのか……」
原尾は戦慄にも似た表情を浮かべる。
「自分がどれだけ無茶な勝負をさせられてるか、やっとわかってきたでしょ?」
みのりの投げかけに、原尾はただ黙ってうなずく。
「――さて、それでは、次の問題に参りましょう」
阿藤の言葉で教室は静まり返り、緊張に包まれる。
「問題。『七福神のうち、名前に「ことぶ
《ポーン》
瀬戸のランプが点灯する。
「恵比寿」
《ピポピポピポーン》
正解を告げる電子音が鳴り響く。
「『七福神のうち、名前に「寿」という漢字が使われるのは、寿老人、福禄寿と誰?』
A.恵比寿
瀬戸の正解、3ポイント目獲得です」
「へ……?」
原尾はしばらくポカンとした後、
「ちょっとちょっとちょっと! なんでさっきみたいに答えの候補が3つあるのに、今度は1つも聞かずに答えられるんだよ!」
再び異議を唱える。
「……まあ、気持ちはわかるわ。けど、これにもちゃんとした理由があるのよ」
原尾をなだめるみのり。
「説明していい?」
みのりが瀬戸に視線をやると、瀬戸は黙って小さくうなずく。
「原尾、気づかない? 答えの候補になってる寿老人、福禄寿、恵比寿のうち、実は恵比寿だけが、他の候補と違う特徴を備えているのよ」
「違う特徴……?」
「ええ。この中で、寿老人と福禄寿は漢字の寿を『じゅ』って読んでるけど、恵比寿だけは寿を『す』って読んでるわよね?」
「た、たしかに……」
「それに、七福神のほとんどは、インドのヒンドゥー教や仏教、中国の道教が背景の神様なんだけど、恵比寿だけは唯一、日本の神道が由来の神様なの。競技クイズだとこんな風に、答えの候補の中に1つだけ例外が混じっている場合、それが正解になることが多いのよ」
「な、なるほど……」
ここで阿藤も口を開いた。
「ベタ問でいうと、『五臓六腑の「六腑」とは、胃、小腸、大腸、胆、膀胱と何?』
A.三焦
っていう問題があるな。三焦だけは、五臓六腑の中で唯一実在する臓器じゃないんだ。
あと、『色の3原色といえば、赤、青とあと1つは何?』
A.黄
っていうのもある」
「あー、それは俺もなんとなくわかるな。光の3原色が赤、青、緑だから、黄色が聞かれるってことでしょ?」
と原尾。
「そういうことだ。答えの候補の中で、赤と青は色の3原色と光の3原色の両方に存在するが、黄だけは違うってわけだ。これと少し似たパターンで、『世界4大珍獣に数えられる4種類の動物といえば、ジャイアントパンダ、オカピ、コビトカバとあと1つは何?』
A.ボンゴ
ってのも有名だ」
「それと3原色の問題と、どこが似てるの?」
原尾の問いかけに阿藤はうなずき、
「まず前提として、ジャイアントパンダ、オカピ、コビトカバをまとめて世界3大珍獣と呼ぶ。世界4大珍獣はこれにボンゴを加えたものだ。――もし、ジャイアントパンダ、オカピ、コビトカバのどれかが答えになる問題であれば、『世界3大珍獣に数えられる』と始めるのが自然だ。わざわざ『4大珍獣』と出題している以上、ボンゴが答えである確率が高い」
「あー、そういうことか。たしかにこれも、さっきの問題の赤と青みたいに、両方のグループに属してるものが答えの候補から外れてるな」
納得の表情を浮かべる原尾。
「もし、答えの候補の中にわかりやすい仲間外れがなかった場合は、クイズという性質上、大体は1番マイナーだったり、覚えるのが面倒なものが聞かれる。
『スイスの4つの公用語といえば、ドイツ語、フランス語、イタリア語と、あと1つは何?』
A.ロマンシュ語
『世界3大貴腐ワインといえば、ソーテルヌ、トカイと、あと1つは何?』
A.トロッケンベーレンアウスレーゼ
って具合にな」
「じゃあ、2問目の滝の問題も、ヴィクトリアの滝が一番マイナーだったってこと?」
「……いや、あの問題は少し特殊だった」
ここで、今までずっと黙っていた瀬戸が口を開いた。
原尾は驚いて彼のほうを見る。
「ナイアガラの滝は世界3大瀑布の中で1番有名かもしれないが、イグアスの滝とヴィクトリアの滝には知名度の差がない。3つの滝のうち、特に目立って違う性質を持つものもない。このような場合、本来であれば、名数型における列挙には別の規則性が求められる。これはクイズ界の〝暗黙の了解〟や〝作法〟のようなものだ。
例えば、『バルト3国の構成国といえば、エストニア、ラトビアともう1つは何?』
A.リトアニア
という問題の場合、答えの候補が北から順番に並べられている。
『俗に「日本3大清流」と呼ばれる3つの川とは、四万十川、長良川とあと1つは何?』
A.柿田川
この問題であれば、3つの川が長さの順に並んでいる。
『全天88星座のうち、半濁音から始まる星座はペガスス座、ペルセウス座と、あと1つは何?』
A.ポンプ座
この問題は、50音順に星座が並んでいる。
『俗に「江戸の3大改革」と呼ばれる3つの改革とは、享保の改革、寛政の改革と、あと1つは何?』
A.天保の改革
『俗に「日本3大随筆」に数えられる3つの作品とは、枕草子、方丈記と、あと1つは何?』
A.徒然草
この2問は年代順の並びだ。
ベタ問でいうと、『ガリレオ衛星と呼ばれる木星の衛星とは、イオ・エウロパ・ガニメデと何?』
A.カリスト
というものがある。
ガリレオ衛星は、イタリアの天文学者のガリレオ・ガリレイが発見した木星の4つの衛星のことだが、これら4つには、木星に近いほうから順に番号が振られている。問題文で列挙する場合は十中八九この順番だ」
「じゃあ、『ガリレオ衛星』って聞いた瞬間、答えはカリストに確定するってことか?」
「いや。『ガリレオ衛星と呼ばれる木星の衛星のうち、直径が最も大きいものはどれ?』
A.ガニメデ
このような問題が出題される可能性も考えられる。『ガリレオ衛星と呼ばれる木星の衛星とは』――この辺りが確定ポイントだろう」
瀬戸は眼鏡のブリッジを中指で上げる。
「話が逸れてしまったので元に戻すが、2問目の世界3大瀑布の問題は、今まで述べたような規則性の通じない問題だった」
「たしかに、3つの滝に順番なんてないもんね。あの問題は、2つ目の頭文字を聞くまで答えが絞れないパターンの問題だったわけね」
みのりが話をまとめる。
「1つの問題の早押しに、こんなにいろいろ考えることがあるのか……」
原尾は深く息をつき、この場に参加した後悔をより一層感じた。だが――
「それでは、次の問題に参りましょうか」
そんなことにはお構いなしに、阿藤はクイズの進行を再び開始した。




