痴人の愛
タイトル『痴人の愛』
『ナオミは学校の外で知らない男と会い、金をもらった。ナオミはそのことを周囲に隠していた。ある日、学校にそのことがバレてしまい、大騒ぎになった。だが、ナオミが退学になったり、停学になったりすることはなかった。一体、どういうことか?』
「タイトルが痴人の愛で、登場人物の名前もナオミだけど、谷崎潤一郎の小説とは関係ある?」
「いいえ」
「ま、そうよね。ナオミは子供?」
「いいえ」
「ナオミは老人?」
「いいえ」
「ナオミは教師?」
「いいえ」
「アルバイト関係ある?」
「いいえ」
「学校っていうのは、小学校?」
「いいえ」
「中学校?」
「いいえ」
「高校?」
「いいえ」
「大学?」
「はい」
「ナオミは大学生?」
「はい」
「ナオミは女?」
「はい」
「一応聞いておかないとね。植村直己みたいに、男の人でもナオミって名前の人いるし」
「いい心がけだな」
阿藤はうなずく。
「〝知らない男と会い〟ってあるけど、それはただ顔を合わせただけ?」
「いいえ」
「ナオミは男に何か利益を与えて、その対価にお金をもらった?」
「いいえ」
「ナオミがお金を落として、そのお金を男に拾ってもらった?」
「いいえ」
「男と会った場所は重要?」
「はい」
「男と会った場所は日本?」
「はい」
「日本のどこか特定の場所?」
「うーん……一応限定されてはいる」
「東日本?」
「東日本でも西日本でも問題は成立する」
「どの都道府県でも問題は成立する?」
「はい」
「どの市町村でも問題は成立する?」
「いいえ」
「人口の少ないところだと成立しない?」
「うーん……おおむねそういう傾向はある」
「ナオミが知らない男と会ったのは屋内?」
「はい」
「屋内のどこかの部屋?」
「はい」
「その部屋には何人くらい入れる?」
「うーん……30人から……大体40人とか、50人くらいか?」
「かなり大きい部屋ね。そこって、みんなよく行く場所?」
「いいえ」
「ナオミは知らない男とそこで一緒に何かをした?」
「はい」
「知らない男っていうのは一人だけ?」
「いいえ」
「数は決まってる?」
「うーん……これはかなり微妙なんだが、ナオミと一緒にあることをした男に限定するなら、はいだな」
「十人以上?」
「いいえ」
「九人?」
「いいえ」
「八人?」
「いいえ」
「七人?」
「いいえ」
「六人?」
「いいえ」
「五人?」
「はい」
「ナオミを含めて六人ってことね。絶対にその人数じゃないとできない?」
「はい」
「スポーツ関係ある?」
「いいえ」
「ゲーム関係ある?」
「いいえ」
「音楽関係ある?」
「いいえ」
「遊び関係ある?」
「いいえ」
「仕事関係ある?」
「はい」
「うーん……でも、ナオミは大学生なのよね? 最初のほうにアルバイトが関係あるかどうか聞いたとき、関係ないって答えてなかった?」
「アルバイトは関係ない」
「そう……」
みのりは右の頬に手を当て、首をかしげる。
「ナオミは知らない男とそこで一緒に何かをしたことで、お金をもらったのよね?」
「はい」
「ギャンブル関係ある?」
「いいえ」
「借金関係ある?」
「いいえ」
「スパイ関係ある?」
「いいえ」
「犯罪関係ある?」
「はい」
「あるんだ……」
みのりは頬から手を離す。
「犯罪っていうのは、誘拐?」
「いいえ」
「詐欺?」
「いいえ」
「窃盗?」
「いいえ」
「殺人?」
「はい」
「ナオミが殺人を犯した?」
「いいえ」
「ナオミと一緒に何かをした男たちのうち、誰かが殺人を犯した?」
「いいえ」
「殺人の犯人とナオミは関係ある?」
「この問題文の中で起こった出来事で、ナオミは犯人らしき人間と会うわけだが、それまでは何の関係もない赤の他人だった」
「ナオミと一緒に何かをした男たちと、犯人は関係ある?」
「ナオミと同じだな。この問題文の中で起こった出来事で会うまでは、何の関係もない赤の他人だった」
「殺人の被害者とナオミは関係ある?」
「いいえ」
「被害者と男たちは関係ある?」
「いいえ」
「関係があると、不都合なことがある?」
「はい」
「その殺人の犯人は世間にかなり注目されてる?」
「はい」
「……わかったかも」
みのりは静かに言って、阿藤の目を見る。阿藤も彼女の目を見返す。
「ナオミは裁判員に選ばれた。その裁判は世間にかなり注目されていたから、ナオミが裁判員だったことを知った大学は驚いた」
阿藤は長い、とても長い間の後、
「正解だ」
小さく拍手し、答えの解説を読み上げた。
『大学生のナオミは成人していたため、裁判員の候補者となり、くじ引きで六人の裁判員の一人に選ばれた。裁判の内容は、今世間でかなり話題になっている、男女の痴情のもつれによる連続殺人であった。ナオミは手続きで顔を合わせただけの、ほぼ初対面の五人の男性たちと、法廷で裁判員として裁判に参加し、正義感と責任感をもってその役目を全うした。また、そのことにより、ナオミの預貯金口座には裁判所から日当が支払われた。
裁判員には守秘義務があり、それは裁判終了後も続くが、自身が裁判員に選ばれたことは、ごく近しい人間になら話してもよい。ナオミが通っていた大学は、人づてに彼女が今話題の事件の裁判員をしていたことを知り、騒然となったのであった』
「ナオミは知らない男たちと一緒にあることをしたっていうのは、一緒に裁判員をしたっていう意味だったわけね」
「ああ。裁判長と二人の陪席裁判官とか、裁判所書記官とか、検察官と弁護士とかもいるから、一緒に裁判をした人間と解釈すれば六人じゃなくなるし、知らない男が何人なのかっていう質問にはかなり答えづらかった」
「なるほどね」
みのりはうなずく。
――昼休みも終わりに近づき、教室には多くの生徒たちが帰ってきていた。
「この問題も解かれちまったか。これで、俺の問題のストックもおしまいだ」
「そう……なんだかちょっと残念ね」
「まあ、あと一問、ないこともないんだが――」
ここで阿藤の言葉を遮るように、予鈴が鳴った。
「さすがにもう時間切れか」
「待ちなさいよ。まだ予鈴でしょ? 次は現代文だし、あの先生時間ぴったりにならないとどうせ来ないわよ」
みのりは阿藤の制服の袖をつかみ、引き止める。
「私なら、どんな問題だろうとすぐ解いてやるわよ」
「……それもそうだな」
阿藤は「ふっ」と笑うと、
「それじゃ、正真正銘これで最後だ。第十二問目、いくぞ」
みのりの目を見ながら、問題文を述べた。




