鳥の声
タイトル『鳥の声』
『男は山で鳥が鳴いたことによって助かり、都会で鳥が鳴いたことによっても助かったという。一体、どういうことか?』
「男は鳥の鳴き声を聞いたことで助かった?」
「いいえ」
「鳥はどんな鳥でもいい?」
「いいえ」
「鳥の種類は重要?」
「はい」
「山で鳴いた鳥は一羽だけ?」
「まあ、何羽でもいいかな」
「都会で鳴いた鳥は?」
「これも何羽でもいい」
「山で鳴いた鳥と都会で鳴いた鳥は同じ種類?」
「いいえ」
「両方とも、みんなが知ってる種類の鳥?」
「はい」
「山で鳴いた鳥は、大きい鳥?」
「はい」
「派手めの色?」
「うーん……実際はそうでもないらしいけど、派手な色のイメージはある」
「鳴き声はみんな知ってる?」
「うーん……答えづらいな。でもまあ、一応〝はい〟としておく」
「その鳥は日本の鳥?」
「いいえ」
「渡り鳥?」
「いいえ」
「鳥が鳴いてる山は海外?」
「いいえ」
「えっ?」
虚を突かれるみのり。
「じゃあ、鳥が鳴いてる山は日本の山?」
「はい」
「鳥は外来種?」
「外来種だから日本の山で鳴いてるわけではないな」
「外来種じゃない……? でも渡り鳥でもないんでしょ?」
「はい」
「史前帰化生物っていうんだっけ? 大昔にもともと海外にいた生物が、日本で野生化した?」
「いいえ」
「だったらなんで海外の鳥が日本の山で鳴いてるのよ?」
「…………」
だんまりを決め込む阿藤。
「……この鳥、実在する?」
「まあ、この種類の鳥は実在するな。山で鳴いてるほうも都会で鳴いてるほうも」
「男は山で鳥が鳴いたのを実際に聞いた?」
「いいえ」
「都会で鳥が鳴いたのを実際に聞いた?」
「いいえ」
「鳥は実際に山と都会で鳴いた?」
「いいえ」
「鳥が鳴いたのはフィクション?」
「はい」
「なるほど、そういうことね。それじゃ、ここを徹底的に詰めていきましょうか。鳥が鳴いたのはゲームの中?」
「いいえ」
「小説の中?」
「いいえ」
「漫画?」
「いいえ」
「アニメ?」
「いいえ」
「映画?」
「いいえ」
「ドラマ?」
「いいえ」
「絵画?」
「いいえ」
「音楽?」
「いいえ」
「演劇?」
「いいえ」
「物語?」
「いいえ」
「創作物?」
「いいえ」
「夢?」
「いいえ」
「幻覚?」
「いいえ」
「男の妄想とか想像?」
「うーん……どうだろう? 鳥が鳴いてる声や光景を、男が実際に頭に思い浮かべているケースもあり得るし、思い浮かべていないケースもあり得る」
みのりはしばらく黙り込んだ後、
「……こりゃ、こっちの方向から特定するのは無理ね」
眉間にシワを寄せ、腕を組んだ。
「違う切り口からいきましょう。男が誰かは重要?」
「重要じゃないこともない」
「男は大人?」
「厳密にいうと大人でも子供でもいいんだが、子供のほうが自然かな」
「赤ちゃん?」
「いいえ」
「幼稚園児か保育園児?」
「いいえ」
「小学生?」
「微妙だがいいえ」
「中学生?」
「まあ、中学生が一番妥当だな」
「なるほどね……。鳥が鳴いた山が何なのかは重要?」
「はい」
「現実にも存在する?」
「はい」
「砂山とかそういうのじゃなくて、山登りできる山?」
「はい」
「たしか、日本の山だったわね。その山は有名?」
「はい」
「東日本にある?」
「はい」
「富士山?」
「はい」
「意外とあっさり特定できたわね」
みのりは顎に手をやる。
「……じゃあ、今度は都会で鳴いた鳥のほうを特定していきましょうか。都会で鳴いた鳥は、日本の鳥?」
「はい」
「大きい鳥?」
「いいえ」
「派手めの色?」
「うーん……これまた実際はそうでもないらしいけど、少し派手めな色のイメージはある」
「鳴き声はみんな知ってる?」
「はい」
「人間が飼ってるイメージある?」
「いいえ」
「季節のイメージある?」
「はい」
「春?」
「はい」
「春の鳥……鳴き声をみんな知ってる……もしかしてウグイス?」
「はい」
「なるほどね。ウグイスって綺麗な緑色のイメージあるけど、あれってメジロの色なのよね」
みのりは満足げにうなずく。
「ウグイスが鳴いた都会がどこなのかは重要?」
「はい」
「実在する特定の場所?」
「はい」
「日本?」
「はい」
「東日本?」
「いいえ」
「西日本?」
「はい」
「近畿?」
「はい」
「大阪?」
「いいえ」
「兵庫?」
「いいえ」
「京都?」
「はい」
海外の鳥が富士山で鳴いて、ウグイスが京都で鳴いた……。そして、男は中学生……あっ!
「もしかしたら……わかったかも」
みのりは机に手を乗せ、ゆっくりと阿藤のほうに身を乗り出す。
「富士山で鳴いてた海外の鳥って、人間に飼われてるイメージある?」
「はい」
「南国の鳥?」
「はい」
「オウム?」
「はい」
「やっぱり、そういうことか……」
みのりは身体を後ろに倒し、椅子の背もたれに体重を預ける。
「富士山麓オウム鳴く。鳴くよウグイス平安京」
「正解!」
阿藤はパチパチと拍手すると、答えの解説を読み上げ始めた。
『中学生のタカシは、〝富士山麓オウム鳴く〟という語呂合わせによって、√5が2.2360679……と続くことを覚えることができ、〝鳴くよウグイス平安京〟という語呂合わせによって、794年に平安京への遷都が行なわれたことを覚えることができた』
「そりゃ、外来種うんぬんは関係ないわよね」
阿藤はうなずく。
「最初のほうに、山で鳴いた鳥の色が派手かどうか質問があったな。オウムと聞くとカラフルな鳥を思い浮かべがちだが、それは実際にはコンゴウインコだ。本当のオウムの色は地味めなものが多い」
「なるほどね」
「あと、鳴き声をみんな知ってるか聞かれて返答を迷ったのは、オウムが周囲の音を真似るからだ。ウグイスはみんな大体同じ声を想像するが、オウムの鳴き声でみんながみんな同じ声を想像するわけじゃない」
「たしかに……」
みのりはゆっくりうなずく。
「この問題は結構面白かったわね」
「そりゃ何よりだ。まあ俺としては、もっと解くのにてこずってほしかったがな」
阿藤は「はは」と笑う。
「――さて、予告しておいた通り、次も難問だ。昼休みは残り少ない。タイムリミット以内に解けるかどうか、限界に挑戦してもらうぜ」
「のぞむところよ」
みのりは真っ直ぐに阿藤の目を見据える。
「第十一問目、いくぞ」
阿藤は問題文を読み上げ始めた。




