意識の高い女
「水平思考クイズって知ってるか?」
教室で昼食を終えた石須みのりに対する、阿藤睦実の第一声がそれだった。
「何それ」
みのりは聞き返す。
阿藤曰く、出題者が問題文で不可解な状況を提示し、解答者はその不可解な状況を説明できる真相を答える。問題文に対する解答は複数あり得るが、出題者の意図している答えが一つだけある。解答者は「はい」か「いいえ」で答えられる質問を出題者に行ない、出題者の意図している答えを絞り込んでいく、というクイズらしい。
「ふーん」
説明を聞き、みのりは頬杖をつく。
「次から次へと、よくこれだけ色んなクイズを持ってこられるわね」
「クイズってのは色んな可能性があるものなんだよ」
阿藤は得意げな表情を浮かべた。
彼はこの須弥山高校のクイズ研究部に所属しており、幼馴染みのみのりに度々クイズを出してはそれを楽しんでいた。
「フォーマットは俺が作ったわけじゃないが、問題文に関しては俺が作った。お前に解けるかな?」
「ま、暇つぶしにはちょうどいいわ」
「よし。それじゃ第一問、いってみるか」
阿藤は早速、問題文を読み始めた。
タイトル『意識の高い女』
『女は人一倍健康に気をつかっている。だが、昼夜逆転生活をしており、インスタント食品やレトルト食品が大好きで、運動のために外出することも全くないという。一体、どういうことか?』
「さあ、これが問題の全文だ。質問の受付開始だぜ」
手のひらを上に向け、両手を広げる阿藤。
みのりは少し考えた後、彼に問いかけた。
「運動のために外出することはないって言ったけど、運動以外のために外出することはあるの?」
「いきなりいい質問だな。はい」
「外出の目的は問題を解く上で重要?」
「はい」
「買い物のために外出してる?」
「いいえ」
「夜間学校に通ってる?」
「いいえ」
「仕事のために外出してる?」
「はい」
「昼夜逆転生活には、その女性の仕事が関係してる?」
「はい」
「なるほどね。その仕事は夜勤の仕事?」
「いいえ」
「夜勤じゃない……?」
みのりは予想外の返答に、少し動揺した。
「でも、昼夜逆転生活をしてるのは、その女性の仕事が原因なんでしょ?」
「はい」
どういうこと……?
「じゃあ……その仕事は漫画家?」
「いいえ」
「クリエイター?」
「いいえ」
「うーん……じゃあ刑事とか」
「いいえ」
「刑事でもない……じゃあ、消防士?」
「いいえ」
「公務員?」
「えーっと、どうだったかな? たしか、日本ではそうじゃなかったはずだけど」
「日本ではそうじゃない? じゃあ、その職業が公務員の国もあるの?」
「はい」
「アメリカだと公務員?」
「はい」
「イギリスは?」
「さすがの俺もそこまでは知らん」
みのりはしばらく黙り込んだ。
「その職業は、仕事の時間が不規則なの?」
「いや。スケジュールは前もってカッチリ決まってるよ。残業もほぼないし」
「ならどうして昼夜逆転生活になるのよ?」
みのりは頭を抱えた。だが、数秒後にはっと顔を上げ、
「もしかして、時差関係ある?」
「いいえ。でも着眼点はかなりいいぞ」
このとき、問題文の女性はインスタント食品やレトルト食品が大好きだということが、電流のようにみのりの頭をよぎった。
「そういうことね……。わかったわ」
みのりは真っ直ぐに阿藤の目を見据えて、言った。
「女性は宇宙飛行士だった」
「正解!」
阿藤はパチパチと拍手をし、答えの解説を読み上げる。
『女は国際宇宙ステーションで生活している宇宙飛行士。国際宇宙ステーションは90分で地球を周回するため、45分ごとに昼と夜が入れ替わる。宇宙では普段通りの食事をすることが困難なため、宇宙食のインスタントラーメンやレトルトカレーが女は大好きである。船外活動以外で外出することはなく、その目的は運動ではない。』
「なるほど。そりゃ健康に気をつかうわよね」
みのりはうなずく。
「それに、〝昼夜逆転生活〟が、〝昼夜が一日のうちに何度も逆転する生活〟っていう意味だとはね」
「そう。そこが結構こだわったところなんだよ。知識があれば面白いし、別に知識が無くても、なんとなく答えにはたどり着けるしな。ちなみに、国際宇宙ステーションじゃ世界標準時が使われてるから、そういう意味では時差はゼロだ」
「なるほどね。――それにしても、外出が家から外に出るって意味じゃなくて、船外活動のことだとはね。これのせいで、正解のイメージにたどり着きづらかったわよ」
「そこは狙い通りだな」
阿藤は「はは」と笑うと、
「それじゃ、第二問目いっていみようか」
続けて問題を出題し始めた。