ザ・シティ
こちらは『康太の異世界ごはん』コミカライズ決定時にTwitter上で実施した宣伝プログラム短編です。
ザザ……ザザザ……『ハ――ワ――』ロンドン・アイの“焔の眼”が、廃墟化したウエストミンスター寺院を撫でるように照らした。ザザザ……瓦礫の影で、埃塗れのラジオが雑音混じりの声を吐き出す。『ハローワールド。わたしはメアリー』……光が去って霧が染み出し、音とラジオを呑み込んだ。
「テムズ川西岸は全滅よ、ドクター・カーディガン」メアリーは無線機のヘッドホンをかなぐり捨てた。ドクター・カーディガンは沈痛な面持ちで目を閉じた。「ハイドパークの気の毒なハイイロリスたちはどうしただろう?」恐れ知らずのタフな紳士に、中年の倦怠感がまとわりついていた。
THE CITY
シティで頻発するドッペルゲンガー出現事件調査のためロンドン入りした二人を待ち受けていたのは、当の事件など忘れてしまうような大地震だった。歴史的な建造物が次々に崩壊する中、屹立するロンドンアイが燃え上がり、その中心部に巨大な眼が生じた。
ロンドンアイの光届かぬ空間に“霧”が漂い込んだ。この不可領域は、今やシティをぐるりと取り巻いている。触れた者の姿はたちどころに消滅し、二度と還らなかった。言うなれば“霧”の内側は、焔の眼によって生み出された生権力的空間だった。
メアリーはノーザン線構内から地上に這い出した。ウォータールー駅は無残に破壊され、飛び散ったガラス片によって絶命した遺体が転がっている。焔の眼が帯びる超自然光を浴び、プレッピー風アーガイル柄セーターに包まれた彼女のバストが映える。
「あれの正体は私にも分からない」ドクター・カーディガンがメアリーの横に並んだ。「私たちを狭い区域に閉じ込め、生かしているのだ」「ロンドン入りして一週間経つというのに空腹を感じないわ」「“霧”にさえ触れなければ、私たちは生きていられる……」
その言葉は即ちシティの実態だった。緩やかな絶望と感覚鈍麻が、“霧”の保護区に一種の平穏をもたらしていた。メアリーは皮肉っぽく笑った。「考え方ひとつね。もう医療保険の掛け金に悩まなくて済むわ」
「あら、入稿期限に追われているときのアドレナリンを味わえない人生なんて退屈じゃない?」突然の声! 振り返った二人は見た! サバンナルックに押し込められたバストが映える! すわ! その姿、間違いようがない! 砂漠メアリー!
「ビバリーヒルズにある邸宅のプールサイドで、東洋人のボーイにレモンを絞ったサケを振る舞われたくはないかしら?」更にもう一人のメアリーが! タイトな忍者衣装に包まれたバストが映える! 忍者メアリー!
「マルチバースの一つでは、ウォール街を占拠したことだってあるのよ」白衣越しにバストが映える! デスパレートフルメアリー!
「マサイの血はセレンゲティ草原の風だ。ロンドンに狩るべきライオンはいない」中世風ドレスを纏ったデコルテが映える! 出版記念パーティメアリー!
「マルチバースのメアリーが集結しただと!? そうか!」ドクター・カーディガンは理解した。「焔の眼とは、複数の宇宙が存在することを許せない思いの集合体!」「OMG!」メアリーは跳び上がらんばかりに驚愕した。
「そうだったのね……マルチバースを決して認めず、焼き尽くしてしまいたいという願い。それが、ロンドンアイに宿った……だから、焔」メアリーを焔の眼が照らした。プレッピー風アーガイル柄セーターに包まれた彼女のバストが映える。
「“霧”に囲われた単一世界での管理された生を与えるのが焔の眼の目的だ。君たちは、ドッペルゲンガーの悪名を蒙りながら焔の眼と戦ってきた」ドクター・カーディガンが冴え渡る頭脳で謎を解き明かす。全ては繋がっていたのだ。
「我のユニバースも、“霧”に飲まれて消えた。セレンゲティに風が吹くことは二度とない」出版記念パーティメアリーの涙が槍の穂先に落ちた。「滅びた故郷を後にし、我らはマルチバースの垣根を超えたのだ」
「事象渦絶対透視機の力でね。ユニバースが消える際、ドクター・カーディガンが最後の力を振り絞って私を送り出してくれたの」デスパレートフルメアリーは感傷的に微笑んだ。
「今の私たちの力では、焔の眼を倒すことができないわ。マルチバースが一つ増えるごとに浄化エネルギーは指数関数的に増大するため、宇宙があと一つあればロンドンアイのリプレイスが可能となる寸法よ。でもそんな奇跡は起きない」忍者メアリーは目を伏せた。
「だから、祈るの。少しばかりクレッシェンドにね」砂漠メアリーがウインクし、マルチバースメアリー達は手を取り合って円を作った。「強く祈って! もっと強く! 想像力と多様性が新しい宇宙を生むの!」「セレンゲティを吹き渡る風のような自由を想うのだ!」
君たちは祈った。この世界が寛容で、多様性に満ちているように……! 自由な想像力の発露が妨げられることのないように……! 祈りが、そう、純粋な祈りが……新たなるユニバースを生み出す力となる――
康太の異世界ごはん コミカライズ企画進行中!
祈りが、届いた! 新世界の創造を可能としたのは君たちの祈りなのだ! 一条の光が雲を円形に突き破りロンドンアイを撃つ! 苦悶の声を上げ、たちまちかき消されていく焔の眼……浄化光に包まれた瞳は、微笑んでいた……
「アリガトウ」ロンドンアイの声がメアリー達の精神に響く。「我ハ原典以外ヲ許セズ、憎ンデサエイタ。ダガ、今ハ認メタイ、多様性ノ素晴ラシサヲ……許スコトハ出来ナクトモ、存在ハ尊イノダ……」
「あなたは、あなたの愛したいものを愛すればいいの」とメアリー。「最初から、ただそれだけだったのよ。WEB、書籍、漫画。三つに分かれたマルチバースの、どれをも私たちは愛していいの」「アルイハ、全テヲ」「もちろん、大歓迎よ」和解の瞬間だ。
“霧”が晴れ、そこには在りし日のロンドンが戻っていた。ハイドパークにはリスの姿が!「焔の眼が、最後の力で時空を巻き戻したのだな」ドクター・カーディガンの手に子リスが飛び乗った。
「マルチバースメアリーもそれぞれの時空に還ったわ。さあ、これからね」「新たに生み出された漫画バースは、まだ幼く弱い存在だ。リスのように。私たちはできる限りの愛を注ぎ、育てていこう。読むことで。そして、語ることで」
「きっと平気よ。だってこんなに愛しいんだもの」メアリーは子リスを撫でた。午後のハイドパークに注ぐ陽光は親密で柔らかく、プレッピー風アーガイル柄セーターに包まれた彼女のバストが映えていた。
ザ・シティ おわり