デスパレートフル・ハウス
こちらは『康太の異世界ごはん5』発売時にTwitter上で実施した宣伝プログラム短編です。
(オープンカーに乗っている家族が典型的なアメリカ郊外を走っている)(コーラス)(ギターリフ)(典型的なアメリカ郊外の空撮)(キャラクター紹介)
(タイトルコール)
デスパレートフル・ハウス
THE DESPERATEFUL HOUSE
(典型的なアメリカ郊外で一同がピクニック)(コーラス)(ギターリフ)(ドゥビドゥバッバラー)
典型的なアメリカ郊外の一軒家――「ハローワールド。私はメアリー。典型的なアメリカ郊外の一軒家に暮らすアッパーミドルの元キャリアウーマンよ。今は主婦だけど、いい加減ネットフリックスとマカロニチーズの生活にも飽きてきた(ワハハハ)。かつて働いていた広告業界が恋しいわ」
「ただいま、メアリー!」夫のカーディガンが帰宅した。彼は銀行員で年収10万ドルだ。「お帰り。早かったじゃないの」「ウォール街でデモがあってね」「大変! 大丈夫だった?」「もちろんさ。上司をぶん殴ってきたよ。あいつは年収上位1パーセントだから」(ワハハハハ!)
「ウィーアーザ99%! 良いスローガンだ。僕の年収でも、気にくわないやつを殴っていいってことになるからね!」(ハハハハハハ!)「ああカーディガン、いきなりどうしちゃったの? 何に不満があったらウォール街占拠運動に加わろうなんて思えるの?」
「大統領に不満があるね。とんでもない差別主義者だ。リベラルな僕から言わせてもらえば、ヤツはメキシコにでも送るべきだよ」(ワハハハハ!)「ウェイトゥーゴーよ、カーディガン」(ワハハハ)「なんてことなの。夫が残業とパワハラでデスパレートになってしまったわ」
「さあ、メアリー! 一緒にオキュパイウォールストリートだ! 最高だよ! むかつくやつをいくらでも蹴とばしていいんだ!」(ワーハハハハ! ヒュー!)ダン! カーディガンがリビングの椅子をサッカーボールキックした瞬間、メアリーの視界は暗転した。
ザ……ザザザ……「メアリー……キックだ」ザザザ……「ドクター・カーディガン?」……ザザザザ……「忘れないで」……ザーーー!
記憶の隅に残る声は不鮮明だった。自分が何者なのかすら、メアリーは思い出せない。「ここはウィネトカ? いいえ、あれはロングアイランド湾」口に出した単語の意味はたちまち失われ、メアリーの自我は水に落とした墨のようにぼやけていく。キックの残響だけを残して……
ダン!
原始時代、洞窟住居――「ねえメアリー! あなた、起きて! 狩りにいかないと子供が飢え死にしちゃうわ!」「ウウーン、今何人いるんだい、カーディガン?」「五十八人よ」(ハハハハ)「そうか、そんならあと五時間は眠れるな」(ワハハハハハ! ハーッハハハハハ! ヒュー!)「いい加減にして!」ダン!
未来、漂流宇宙船――「やあメアリー、機嫌が悪そうだね!」「私は高性能のアンドロイドですよ、カーディガン。人と違って無為な時間には耐えられない」(ワハハハ)「だからこそ、笑って過ごさなきゃ!」「私の頭を工場に持って行って笑顔に加工してください」(ワハハハハ!)「ナイスジョークだ!」ダン!
深夜、ナースステーション――「メーアーリーイー!」先輩ナースの怒鳴り声。ドジな新米ナースのメアリーは今日も怒られている。採血の失敗だ。「もう良いわ。ラウンド行ってくる」「カーディガン先輩、一人にしないでくださいよ~! 新人なので急な夜勤は不安が強い」「命を預かる自覚を持ちなさい!」ダン!
ダン! ダン! ダン! ダン!
ダン! ダン! ダン! ダン!
ダン! ダン! ダン! ダン!
ダン! ダン! ダン! ダン!
ドクター・カーディガンの秘密研究所――「戻ってきたね、メアリー」「ドクター・カーディガン? あなたはたしか、猫が進化した……」「マルチバース失見当識を起こしているな。ゆっくり呼吸をするんだ」「思い出してきたわ。もう大丈夫よ」
メアリーは医療ベッドから身を起こした。無影灯が冷たい光を落とし、白衣越しに彼女のバストが映える。「ドラム式洗濯機に放り込まれたぬいぐるみの気分」「愉快な洗い上がりではなさそうだ」「見て。右腕の綿が全部お腹に移っちゃった」「調子を取り戻してきたようだね」
ドクター・カーディガンの事象渦絶対透視機が、異常な数値を検出した。調査の結果、マルチバースの大量出現を確認。原因を突き止めるため、メアリーはプローブとしていくつもの世界に身を投じた……起きていたのは、あらましこういうことである。
「ユニバース間の遷移をキックに紐づけたのだが……君はすっかり忘れてしまっていたようだね」メアリーは皮肉をため息で受け流した。「あなたも一度、鬱病のアンドロイドになって宇宙を漂流すれば分かるわ」「興味深くはある」
「それで、どうしてこんなことになったのか、もう分かったのかしら?」「君の働きのおかげでね。まずは、これを確認してほしい」。ドクター・カーディガンがメアリーに差し出したものは――
康太の異世界ごはん5 2/28 発売決定!
「OMG!」一読したメアリーは飛び上がらんばかりに叫んだ。「美麗な装画とカラー口絵に登場しているのは、間違いなく読者の知っているあのキャラ! それなのに、これは……舞台がヘカトンケイルだというの!?」ドクター・カーディガンは静かに頷いた。
「400ページに及ぶ書き下ろしと完全オリジナル展開。WEB版既存キャラの登場……その凄まじい改稿力が無数のマルチバースを誕生させていたのね」「その通りだ。別の場所、別の時間軸……書籍バースで、彼らは再び出会う」
「でも、それは素晴らしいことなのかしら?」メアリーはおずおずと疑念を口にした。「無数のマルチバースを旅した君だ。もっともな疑念と言える」ドクター・カーディガンは否定しなかった。「いずれにせよ、世界は生まれた。私に言えるのはそれだけだ」
「愛するかどうかは、私たち次第……そう言いたいのね、ドクター・カーディガン」「漂流宇宙船での、洞窟住居での日々は、君にとって退屈なものだったかい?」ドクター・カーディガンは謎めいた問い返しに留め、「さあ、行こう。ロンドンが私たちを待っている」、処置室を後にした。
「……まあ、それなりにはね」メアリーは肩をすくめるとベッドから降りた。歩き出そうとして、ふと思いとどまり、医療ベッドを目いっぱい蹴とばした。
ダン!
「なんてね」メアリーは苦笑を浮かべると、ドクター・カーディガンの後を追った。
(ワーハハハハ! ヒューー! パチパチパチパチパチ!)
デスパレートフル・ハウス おわり