表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
康太の異世界ごはん リージョンc  作者: 6k7g/中野在太
メアリー・アンド・カーディガンズ・アドベンチャー
7/9

ローズ・バッドの謎

こちらは『康太の異世界ごはん4』発売時にTwitter上で実施した宣伝プログラム短編です。

ハロー・ワールド。私はメアリー。ジャーナリスト? セレブ? 今の私はまるで恋するハイティーン。あの人がプロムに誘ってくれるのを、ずっと待ってるの。とっくに踊りは始まっているのに。


ええ、そうよ。ドクター・カーディガンは死神と踊りに行ったわ。『ばらのつぼみ』を私に残して。




メアリー&カーディガンズ・アドベンチャー ―ローズ・バッドの謎―





深い森の奥、崩れかけた廃寺院の屋根に止まったコノハズクが夜のしじまを鳴き声で引き裂く。メアリーは腐った畳の上で幾度も寝返りを打った。中世風ドレスを纏った彼女のデコルテが破れ屋根から差し込む星灯りに映える。


「あのねえ、ドクター・カーディガン。あなたは女に対して秘密を持つのがタフな男の証だって勘違いしているんじゃないのかしら?」メアリーはA6サイズ箱を撫でた。箱の側面には『rose bud』。ばらのつぼみ。鍵穴に合う鍵を、メアリーは持っていない。


セレブを集めた出版記念パーティ。突然の襲撃。飛び交う銃弾。噴き出す血潮。ドクター・カーディガンはこのA6サイズ箱をメアリーに残し、滝壺に落下した。メアリーは追手を振り切り、この廃寺院に逃げ込んだ。


A6サイズ箱は何を封じたものなのか? 『ばらのつぼみ』は何を意味するのか? 夜の眩しさが、メアリーの心をかき乱す。中世風ドレスを纏った彼女のデコルテが破れ屋根から差し込む星灯りに映える。


ブッポーソ! コノハズクが一声鳴いて屋根から飛び立つ。跳ね起きたメアリーはガーターベルトからコルトディフェンダーを抜き、銃口を扉に向けた。この夜ばかりはスチールの銃身に頼もしさを感じない。「妖精のお誘いかしら? 月明かりの下でダンスするにはうってつけの夜だものね」


「俺が思うに、イギリス人が生みだした真に生産的なものは三つだけだ」扉が軋みながら開いた。逆光に黒い塊となった人影は、身の丈6フィートほどの大男だ。「一つはクリケット、もう一つは議会制民主主義、そして最後に皮肉だよ、メアリー」


「あなたは……ドクター・カーディガンを殺した男!」「それは違う。あの男は、ばらのつぼみを俺に渡さなかった。つまり自殺だ」「イーティッ!」メアリーはトリガーを引き絞った。放たれた九ミリ弾が男の髪を円形に消し飛ばした。


「聞いていた通り、性急な女だ」男は首に手を当てた。「俺が思うに、イギリス人は二つの非生産的な遊戯に耽っている。一つはクリケット、もう一つは自己嫌悪だ。おまえはばらのつぼみを俺に渡し、全て忘れればいい」「私の父はマサイよ」メアリーは気丈に反論した。男は嗤った。


「ジャンボ、メアリー」男が銃を抜き打ちした。銃弾は狙い過たず、メアリーの胸に吸い込まれた。メアリーの肉体が空中きりもみ回転し、うつぶせに落ちる。男は銃口をメアリーに向けたまま、すり足で歩み寄った。「あっけない最後だ」


爪先でメアリーの体を蹴り上げた男の表情が、侮蔑から驚愕にスライドする。「なんだと!?」仰向けになったメアリーが、銃口を男に向けている……!「サッチャイーティッ!」コルトディフェンダーから銃弾が放たれる。マズルフラッシュの光が驚愕の表情を夜に焼き付ける。


銃弾に額を貫かれた男がくずおれた。「あなた、ふたつ間違えてるわ。ジャンボは『こんにちは』だし、それにスワヒリ語よ」立ち上がったメアリーは死体に銃口を向けた。「オレセリ」ありったけの銃弾を浴びた男の体が電流カエルめいて痙攣した。


メアリーは胸元からA6サイズ箱を取り出した。銃弾を受けて鍵が壊れ、蓋が開いている。月明かりが箱に封じられていたものをまばゆく照らす。「ああ、なんてこと」メアリーは涙を流した。「ドクター・カーディガン。あなたは、これを守るために」。箱の中に封じられていたものは……



康太の異世界ごはん 4 9/28(金)発売



「そういうことさ」「ドクター・カーディガン!?」ぼろぼろの燕尾服を纏ったドクター・カーディガンが、足を引きずりながら廃寺院に現れた。「生きていたの!?」「天国のマティーニが、私にはすこし甘すぎてね」メアリーは笑った。「サケとジンの組み合わせなんて、神のお気に召すはずがないわ」


「でも、ばらのつぼみの意味は分からずじまいよ。襲撃も」「刷り上がったばかりの小説は、ただのつぼみに過ぎない」「OMG!」メアリーは飛び上がらんばかりに驚愕し、文庫本を手に取った。「読まれることで花が咲くのね……だから、つぼみ」ドクター・カーディガンは頷いた。


「昨今の出版事情そのものが概念と化して、私たちを襲ったのね」メアリーは『康太の異世界ごはん 4』を抱きしめた。綿密な加筆修正が施された文庫本は厚みがすごく、銃弾を受け止めてメアリーの命を守ったという次第だ。「花咲くはずだった多くの本が、蕾のまま摘まれてしまう」「哀しい時代ね……」


「そんなことはないさ、メアリー。私たちには庭師ができるんだ」「庭師ですって?」「amazonレビュー、読書メーター、SNS。そういったものが、ばらをより美しく、数多く咲かせる。それもまた、今の時代だ」「ばらの美しさを、私たちは語っていかなくてはいけない……この地球の未来のために……」


ドクター・カーディガンはメアリーの手を取った。「出版記念パーティの続きをしようか、メアリー。妖精が躍るにはうってつけの夜だ」「よろこんで」二人は月夜に躍った。中世風ドレスを纏った彼女のデコルテが月明かりに映えた。

メアリー&カーディガンズ・アドベンチャー ―ローズ・バッドの謎― おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ