オークの集落
血は相当長く続いていた。あのオークの生命力は相当の物だったのだろう。
「ご主人様、この先に魔物の匂いがします。それもかなり多い」
おそらくこの先にはオークの集落があり、あのオークはそこに逃げたのだろう。俺が前に倒したオークキングの集落だとしたら、相当大きなものに違いない。となると見張りなどに特化したオークがいてもおかしくない。リアに注意しろと命令し、慎重に進む。
「あれか…大きいな。門番もいる」
「ええ。どうしましょう」
少し進むと胸辺りまでの柵に囲まれた集落を発見した。近くの木の上に登って中を見ると、原木をそのまま用いた簡易的な家がいくつも建っており、何十体ものオークが確認できた。家の中やこの集落の外にもいると考えると、まだこの群れの全貌は見えていないはずだ。様々な可能性を考えた方がいい。俺は木を降りてリアに相談する。
「なあリア、この集落を潰そうと思うんだがどう思う」
「クエストは完了したのですし帰ってもいいとは思いますが……ふふっ、ご主人様顔に出てますよ、力を試したいんでしょう?付いていけるか分かりませんが、お供しますよ」
リアは俺の鼻先を人差し指でツンとつついてそう言った。そんなに顔に出てたかな。正直、豪腕と頑強の二つが相当強いスキルだと分かってから戦いへの不安が消え、わくわくだけが残っていることは認めよう。
だがこの集落に突っ込むとなると確かにリアにはきついかもしれない。できれば待っていてほしいが、身軽スキルがあれば回避に徹することでうまくやれそうな気もする。それにレベルも上がってほしいしな。
「分かった。リアは基本的に俺から離れない事。そして回避に徹しろ、いいね?」
「はい、了解しました!」
敬礼のポーズをするだけでここまで可愛いのはリアだけかもしれない。天使…うん、天使という言葉が一番よく似合う。
「ご主人様、魔法について伝えることがあります。魔法は使用者の精神力を消費して発動します。なので使いすぎるとマインドダウンという、精神が疲れて体に力が入らなくなる状態に陥ります。使いすぎにはご注意を。そして魔法はランクが上がるにつれて威力が上がったり複雑な造形が出来たりするそうです。使ったことないので分かりませんが」
なるほど。つまり今は魔法では単純な攻撃しかできないと。
「ありがとう、参考にするよ」
純銀の剣を右手でぐっと握る。
「準備はいい?行くぞ」
先ほど使ったファイアボールを集落の密集した部分に三発放つ。その火は家から家へと移り、あっという間に大火事になった。俺とリアは火に気を取られている門番のオークを二人で交差するように切り捨て、集落へと入った。中ではオークたちが慌てて消火活動を行っていた。消火活動と言っても火事を消すほどの水があるわけでもないため、火がついた家を壊すことで火が次の家に移るのを防いでいた。
火がついてすぐなのにここまで迅速に対応できるということは火に対しての理解が深い頭のいい奴がいるのだろう。俺とリアは目に入るオークを次々に切り殺して集落の中心へ向かった。オークたちは火事に気を取られてほとんどが武器を持っておらず、ほとんど無傷で切り伏せることが出来た。
「リア、付いてきてるか!」
「はい!大丈夫です!」
リアは俺が殺し損ねたオークにとどめをさし、武器を持ったオークの攻撃を捌きながらなんとか後ろについてきていた。
この群れを率いているリーダーさえやれればあとはどうにでもなる。今はとにかくそいつをおびき出すことに専念したほうがいい。
俺はそこらにファイアボールを放ちながら集落の中を駆け抜け、火の手を広げた。
「グウオオオオオオ!!!」
中心の方へ走っていると、進行方向の先から大きな叫びが聞こえた。この声の主がリーダーに違いない。俺とリアは足を速めそこに向かった。
「あのでかいやつか…」
集落の中心には広場があり、そこでは一際デカいオークと杖を持ったオークがいた。その二体が周りのオークに指示を飛ばしているようだった。一際大きなオークは巨大な斧を担いでおり、肌の色が他より黒がかっていた。
オークジェネラル LV62
スキル 頑丈
オークマジシャン LV34
スキル 風魔法Ⅰ
ジェネラルにマジシャン。オークの上位種であり、あのキングの手下だったのだろう。まだこちらに気付いてはいないため先制攻撃を仕掛けられそうだ。
「ファイアストーム!」
火を薄く広げ、広範囲に攻撃を仕掛ける。広場にいるオークたちは火で肌を焼かれ、少なくはないダメージを負った。
「グギャアアアア!!」
火に苦しんでいたオークジェネラルは俺に気付き、斧を振りかざして走ってきた。純銀の剣をしまい、取り出したオーガの宝剣を両手に持つ。
オークジェネラルが上段から振り下ろした斧に合わせてオーガの宝剣を右斜め下から左斜め上に向かって振り上げた。さすがオークの上位種なだけあって普通のオークとは比べ物にならない力を持っていたが、わずかに俺の腕力が上回った。斧をはじかれ後ろにのけぞったオークジェネラルを剣から放した右腕で思いっきり殴る。オークジェネラルは斧を手から放し、三メートルほど吹き飛んだ。
オークマジシャンとその他のオークは状況を飲み込めておらず、オークジェネラルが吹き飛ぶ様をただ立ち尽くして見ているだけだった。
「グ、グ、グオオオオオオオオオ!!」
オークジェネラルはゆっくりと立ち上がる。そして怒りの籠った怒号が鳴り響いた。
「やはりタフだな」
拳一発で倒せるとは思っていなかったけどもう少し痛そうにしてよ。
オークジェネラルはそのまま立ち上がり、武器を持たないまま突っ込んできた。怒りからか、理性のかけらも感じられない野生に満ちた表情を浮かべながら右腕を繰り出す。俺はそれに応えるように、剣から手を放しオークジェネラルの右腕に合わせて同じく右の拳を振り抜いた。
ドゴーン!
拳がぶつかると同時に誰が聞いても拳から発せられた音とは思えないであろう衝撃音が辺り一帯に響いた。それはこの森の全ての生き物がその音に気を取られ、食物連鎖の上位に君臨するような魔物が思わず委縮してしまうような、この森には似つかわしくない異質な音だった。