転生
「はあ、疲れた…」
今日も残業という激務を終えた。ずっと座りっぱなしの仕事は体全体に取れることのない痛みを伴う。今の時間は深夜12時。今日はいつもより早く終わったな。と思っていると上司が大量の資料を持って俺に近づいてくる。
(頼む!俺のところには来るな!)
その願いむなしく上司は手に持った大量の資料を俺のデスクにどんっと置いた。
「この資料今日中で…あ、日またいでるな…じゃあ昨日中で」
(なんでいつも俺なんだ!そして昨日中でってなんだそれ)
「はい、任せてください」
「よろしく」
本音とは裏腹に口が社畜アピールを忘れない。俺の名前は山口亮。彼女無し才能無し貯金無し。容姿も普通…いや、普通にもなれてないかもしれない。冴えない青春時代を経てそこそこの大学に入り、ちゃんとしたブラック企業に就職した。だがこの会社を首になったらもう他の会社は何の取り柄もない俺を拾ってくれないだろう。今は耐えるしかない。そう言って3年が経っていた。睡眠時間は平均4時間、給料は暮らせてはいるけどかつかつである。今日も朝帰りだと思いながら仕事に取り掛かる。仕事が終わったころは3時をもう過ぎていた。帰ってシャワーと仮眠を取ろうと退社した。いつもそうだ。このサイクルを繰り返し毎日を送っている。帰ってもほとんど自分の趣味に回せる時間は残っていない。まあもっとも趣味なんてないのだが。高校時代からそうだ。文化祭の準備を最後まで任されたり、大学ではサークルの雑用を全部押し付けられた。社畜体質なのかもしれない…はあ。もうだめだ。これ以上この生活に耐えられる気がしない。会社辞めようかな。そう思っていると一台のトラックが突っ込んできた。
(ああ、あの人もこんな時間まで仕事してるんだ。)
眠気で正常な考えが出来なくなっていた俺はそんなことを思いながら轢かれた。
ドォン!!
トラックが人に当たる音が耳に響き渡る。気付けば地面に突っ伏しており体が動かない。視界がだんだん真っ赤に染まる。
(誰の血だろう…これ、俺のか?…なんかあったかいな)
亮はそのまま眠るように意識を手放した。
目を覚ますと亮は一面真っ白の部屋にいた。
「ここは…どこだ?」
「目が覚めましたか。亮さんで合ってますよね?」
そこにはこの世の物とは思えないようないかにも女神のような恰好をした女性がいた。後光が差し、顔やスタイル、声まで何もかもが美しい女性だった。
「はい。僕はどうなったんですか?」
「あなたはトラックにひかれ命を落とされました。しかしあなたの魂は神の手違いによって天国への道からそれてしまいました。そこで…えーっとなんだったっけ」
すると女神はポッケから一枚の紙を取り出した。
「あ、そうだった。えーっと、お詫びとしてあなたに特別な力を授け、別の世界に転生させることとなりました。」
意味が分からなかった。だがあの会社から逃れられるなら正直なんでもよかった。
「あー、じゃお願いします」
「うん…え?ほんとに?天国に行かせろーとか地球にもどせーとか言わないの?」
「ええ。別にもうどうだっていいですよ。未練も何もないし」
「そうなんだ…よかったー!あたしが居眠りしたせいであなたの魂が逸れちゃったんだけどどうにかなったし怒られずに済みそー!……あ」
喜んでいた女神は亮の水をも凍らせるような冷たい目線に気が付き、ごまかすように口笛を吹き始めた。
「あなたのミスなんですね?」
「い、いや、ち、違いますよー全く何言ってんですかー」
音になってない下手糞な口笛を続ける女神にさらに問い詰めると、女神は白状した。まあ最初から白状はしていたのだが。
「ごめんなさい!プラスで他の能力も付けるから!ね?」
「まあ、それなら許さないでもないですけど」
亮は少しワクワクしていた。何の取り柄もない自分が何らかの力を持って他の世界で新しい世界を始める。そんな夢のようなことが現実に起きようとしている。ワクワクせずにはいられなかった。
「では転生を始めます。容姿と年齢はそのままがいいですか?帰ることもできますけど」
「本当ですか!では年は18歳前後で、できるだけかっこいい顔と食べても太らない筋肉質な体をください!あと身長も少し高くしてもらえると…」
「注文が多いですね、まあお詫びですので承りましょう。今から転生する世界は魔物が蔓延っています。あとそろそろ魔神が復活する予定らしいですよ?基本的には何をやってもいいです。力を使って世界を牛耳ってもいいですし、勇者となってこの世界を救ってもいいです。そして肝心の与える能力ですが、“極運”と呼ばれるものです。あと加えてアイテムボックスと魔眼も付けときますね…ってどうしたんです?そんな呆れた顔して」
「え、力って運が良くなるだけ?そんなの何も変わらないんじゃ」
「亮さん、運を甘く見ちゃだめですよ?魔眼は様々なものを詳しく知ることが出来ます」
女神は亮を無視し何事もなかったかのように説明を続けた。
「それでは転生を始めます。転生した直後はどこに転移するか分かりませんが、亮さんなら大丈夫でしょう」
すると亮の体が光に包まれた。
「え?どこに転生するかわからない?待ってそれって…」
亮が言い終わる前に光が視界を遮り女神が見えなくなった。亮の心には、異世界に転生するというワクワクとどこに転生するかわからないという不安が共存していた。気持ちの整理がつかないうちに何か足から伝わる感覚が草のようなものに変わった気がした。目を開けるとそこは森の中のそこそこ深い場所であるようだった。そして何より、目の前ででかい鬼とでかい二足歩行の豚が傷だらけになりながら戦っていた。それはまるで怪獣映画を見ているようだった。