変わったもの変わらないもの
何年か振りに、しばしば訪れていた客先を訪ねた。
一般的なルートであるターミナル駅からのバスは使わずに、最寄駅から懐かしい道を歩く。
古い本屋のビルの看板は変わらないが、中身は向かいのショッピングセンターに移動していた。
そのショッピングセンターはテナントが随分入れ替わっていたようだ。
焼け落ちて屋根だけ残る建物は変わらないが、一層草に埋れていた。
その隣の民家は塀こそ変わらないが、集合住宅になっていた。
寸足らずの屋根のついたガレージは変わらないが、埃に塗れたアルファロメオは消えて国産車が埃を被っていた。
工場の周りの捻くれた路地は変わらないが、中身の工場はマンション新築中と書かれた塀に囲われていた。
やくざの屋敷は変わらないが、門の前のゴルフはベンツになっていた。
ゴミ屋敷のようだった工務店は瀟洒な民家に生まれ変わっていた。
歩道の並木は変わらないように見えたが、何本かは朽ちて切り株を晒していた。
そうして辿り着いた客先で、何年か前の仕事のフォローの打ち合わせをした。
街並みは覚えていたのに、仕事の詳細はすっかり忘れていて冷や汗をかいた。とは言え、打ち合わせは無事に終了。応接室を出て当時お馴染みだった社員食堂に差し掛かった。
昼飯の時間には未だ少し早いが、大方準備は整ったのか日替わりメニューは掲示されていた。見ると、他のメニューも含めて全く変わらず、思わず微笑が漏れる。ついでに一休みも兼ねて早目だけど入ってみる。
「すみません、未だちょっと早過ぎましたかね。」
「大丈夫ですよ、何にします?」
「えーと、うどんに野菜天を。」
「はい、うどんと野菜天ね。あら、あなた久し振りじゃない?」
「えっ、覚えてくれてました? びっくりだなぁ。もう、何年振りかですよ。」
「あらもうそんなになるの? あなた前から偶にしか来なかったから気付かなかったわ。」
「そのときの仕事が終わってからは全く来てませんでしたからね。」
覚えられもするか。頑なに「うどんと野菜天」しか頼まなかったからな。
お盆に丼を受け取り適当な隅っこに陣取ると、フライング気味の社員が集まり始める。徐々に増してくる活気とざわめきを感じつつ、うどんと野菜天を食べ終わる頃には昼休みのチャイムが鳴る。
それを潮に立ち上がり、会計を済ませてお盆を戻して建屋の外に出る。
変わったもの変わらないもの、あれこれ目にした訪問だった。
何より、それを伝えたいと思う自分が一番変わったのかもしれない。
えー、皆様方毎度お世話になっております、性悪狐の清水悠と申します。
いかがでしたでしょうか。先ずはお読みいただきありがとうございます。
街と人をテーマにした作品群の第四話、新展開のターニングポイントとなる書き下ろしです。
つまり、ここから何か始まるのか、それともこのまま終わってしまうのか。
と言うわけで今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
もしよろしければ評価や感想などいただけたら幸いです。