戸田一誠は糾弾される。
正義を振りかざすのはいいけれど、人には人の事情がある。
まずは落ち着いて、対話から始めましょう。
朝、登校したら面倒くさいのに絡まれた。
しかも昇降口の真ん前で。
「戸田一誠! 暴力を振るうなと何度も言っただろ!? 人を傷つけるなと何度も言っただろ!? なんでお前は人の話を聞かないんだ!?」
「そうだよいっくん、もう私達高校生なんだから! いつまでも子供じゃないんだから!」
昇降口の前に陣取るのは、二人の男女。
どちらも学校じゃ有名な二人だ。
男子生徒の方は神崎亘。外見は爽やか系のイケメン。運動神経抜群でほとんどの運動系部活から熱い勧誘を受けているが帰宅部という男だ。
女子生徒の方は河原崎千代美。俺とは小中高と同じ学校で、家も近所で、所謂幼馴染という間柄だ。外見は清楚だが子供っぽい部分が多々あるくせに、成績は上位に位置するというギャップの激しい奴だ。
「……朝から何なんだ」
本当に、一体全体なんなんだ?
「お前……これだけ言葉を尽くしていても、無理なのか」
「諦めないで亘! 私達が諦めたら、いっくんはもう……!」
「! ああ、そうだな。俺たちが救ってやらなきゃな!」
「そう!」
……別に、お前たちに救ってもらわなきゃいけない理由はないんだがな。
◇◇◇◇◇
俺、戸田一誠には友達は二人しかいない。
別にコミュ障だとかではない。
でも現実として、二人しかいない。
何故か?
それは、正義厨もしくは主人公症候群罹患者に付きまとわれているからだ。
河原崎千代美は小学校五年の頃に転校してきた。
父親が警官だからか、彼女は正義感が強く、イジメなどがあると積極的に介入した。
それだけなら美談となるだろう。
しかし、彼女は潔癖すぎた。
軽い小突きあいとか、小学生の男子なら日常茶飯事なのに、それをイジメだと判断して介入する。
そんなことをすれば、男子からは煙たがれる。
逆に女子たちはどうかと言うと、やはり煙たがられた。
仲の良いグループに別れて楽しく話している所に行って、一人で本を読んでいる奴を仲間にいれてあげろと言う。
うん。良いことに聞こえる。
けれど、両者がもうその関係で安定してしまっているのだ。
だからそんなことを言われても困るというもの。
他のグループだってそうだ。もうその関係で安定してしまって、納得しているのに、わざわざかき回す必要はないんだ。
転校生なんだからその辺りの事情を知らなくても、まぁしょうがないよね。
もちろん説明はした。
これでいいんだって。
河原崎千代美は納得しなかった。
彼女にとっては全員が仲良くするのが理想であって、個別のグループに別れて行動しているのはおかしい。なんでみんな仲良く出来ないの? 私が何とかしなきゃ!
そんな感じで介入しまくって、邪魔に思われた。
クラスで浮いた存在になった。
それで大人しくなったのなら、それで済んでいたのかもしれない。
結局の所、小学生の高学年とは言っても子供だ。些細な切っ掛けで友達になれる事などザラにある。
河原崎千代美の選択は、家が近所にあるという理由で俺に付きまとうものだったけど。
これが……うざい。
例えば友達と「ばか」「あほ」と言い合ったりすればすかさず介入してくる。お互いふざけていて、悪意のない、小学生男子の当たり前のじゃれあいで、だ。
イジメは駄目だ、と。
まぁ、これだけならすぐ忘れる。
俺がうざいと思うのは、俺を加害者にしたてあげようとするからだ。
相手からちょっかいかけてきたら、何故か俺が暴力を振るったような内容で説教されて、謝罪を要求されるのだ。
訳が分からない。
それからというもの、俺は無実にも関わらず、事あるごとに悪者扱いされるようになった。
誰かが教室で走って机にぶつかって痛がれば何故か俺が暴力を振るったことにされた。誰かが不注意で物を落とせば俺が叩き落としたことにされた。誰かがアクビして涙を拭っていると俺が泣かしたことになった。
いい(悪い?)タイミングで俺が側にいて、河原崎千代美がめざとく突撃してくるのだ。
別に俺が手を出した訳でもないので、周囲も否定したり、過程を説明したりしてくれてその場は収まる。
河原崎千代美は謝りはしないけどな。
それで、そんなことが延々と続くと、面倒になる。
クラスメイト達はすぐに俺に関わろうとはしなくなった。
俺、悪くないのにな。
それでも、一人だけ、本当に一人だけ俺と仲良くしてくれる奴だけが救いだった。
そんなこんなで小学校を卒業したが、中学に入学しても同様だった。
同じ小学校だった奴等は俺に関わろうとせず、別の小学校から来た奴等も河原崎千代美のうざさに離れていった。
ただ一人を除いて。
そして高校受験で必死に勉強して、なんとか合格して、願わくば平穏な学生生活を! と願ったけれど、河原崎千代美も同じ高校だったと知って思わず引きこもろうかとも思った。
けど、本当の意味で幼馴染みの奴に励ましてもらって、高校生となったんだが。
高校で、神崎亘が加わった。
お前はどこの主人公だとツッコミが入る程にこの男は、浮世離れしていた。
どうにも行動や言動がマンガやドラマのように演技じみているような違和感を覚えた。
何かあれば大声で綺麗事を主張して、リーダーシップをとろうとする。
それはいい。うん。勝手にやってくれるのならば。
どうしてそうなったのか知らないが、神崎亘と河原崎千代美が仲良くなった。
なってしまった。
理解したくもない化学反応を起こした結果、河原崎千代美の主張を神崎亘は鵜呑みにして、『素行の悪い戸田一誠を力を合わせて公正させよう!』なんて事になった。
おかげで高校に入学早々、俺も厄介者の仲間入りだ。
そんな中でも、俺と仲良くしてくれる奴が一人だけいてくれた。
幼馴染みと合わせて二人目だ。ありがたくて涙が出た。
たった二人。されど二人。
もしこの二人がいなかったら世を儚んでドロップアウトしていただろう。
そんな灰色の高校生活を送りつつ、まぁこれ以上はないだろうと思っていた。
だってそうだろう?
そう思わなきゃやってられない!
なのに、これだ。
神は俺のことが嫌いらしい。
◇◇◇◇◇
「お前、昨日の事を覚えていないのか!?」
神崎亘の大声で、現実に戻された。
「千代美から聞いたぞ! 駅で何の罪もない人に暴力を振るったって!」
……何の罪もない、ねぇ。
「私が止めなきゃ、いっくんあの人にもっと酷いことしたでしょ!? だから私、勇気を出したのに……いっくん、すぐに逃げちゃうんだもん」
いや、なんでお前が泣くよ?
「千代美から聞いた時、まさかと思ったよ。いくら素行の悪いお前でも、そこまでするなんてって。スーツ姿の大人を地面に押し倒して、脅すなんて、どうしてそんな酷いことが出来るんだ!」
最悪だ。
遠巻きに騒動を眺めていた連中が俺を批難し始める。
「……あのな」
「言い訳なんて見苦しいぞ!」
「そうよ! 男らしく罪を認めて!」
おいおい。
あ~、どうすっかなぁ。
ここまで来ると、もう悲壮感もねぇな。
むしろ笑える。
「さぁ、もう大人しくしろ!」
「いっくん、もう止めてよ!」
……言いたいこと、ツッコミ所が多過ぎて逆に言葉に出来ない。
もういいか。めんどくさい。
どうせこいつらには言葉は通じない。
何を言っても言い訳にしか聞こえず、自分達の中の正義(笑)しか信じてねぇし。
もう疲れた。
もういいよ。
ホント、もうやだ。
「なにこれ?」
「おう、いっせー。どうした?」
なげやりになった俺の耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。
「いっせー、困ってんのか?」
そう言って俺の肩を叩くのは、金堂敦。高校に入ってからの友人だ。
陸上部に所属していて、スポーツ特待生として日々汗を流している気のいい奴だ。
走ることに特化しすぎていて勉強は苦手だが、話すと素直で人を思いやってくれる。特に俺に優しい。
「一誠、また絡まれてるの?」
ため息混じりで俺に同情してくれるのは、俺の幼馴染みの桜木幸だ。
小柄で頭のてっぺんが俺の胸くらいしかないが、昔から一緒にいたおかげか、事情を知っていてくれるためにとても心強い。
幸が横に並んでいてくれるだけで、気分が軽くなった。
「君たち、そいつから離れた方がいい! そいつは、誰彼構わず暴力を振るうような奴だぞ!」
「幸ちゃん、金堂くん、二人からも言って! もう止めてって!」
ああもう、うるさい。
「ん? いっせーが暴力? なにかしたのか?」
「ひどいんだよ金堂くん。いっくんね、昨日駅でサラリーマンさんの腕を掴んで、地面に押し倒してたの! 私、見てられなくて、止めたんだ! そしたら、いっくんにげちゃって……それで」
我慢しきれないといった風情で顔を手で覆う河原崎千代美。
それを心配そうな表情で、わざわざ肩を抱いて慰める神崎亘。
ため息を吐く俺と幸。
「ん? 何か理由があったんだろ? いっせー」
「……あるには、ある」
そう、あるんだよ。
けど。
「いいよ一誠。無理しないで。ボクに任せて」
「……幸」
幸と視線があう。
ああ、これはあれだ。言っても聞かないな。
昔から覚悟と言うか、腹をくくるとこいつは止められない。
観念して、頷く。
すると幸は笑顔になって、
「大丈夫。ボクだってやるときにはやるから」
軽く言って前に出た。
「桜木、分かってくれたのか!」
「幸ちゃん……!」
「変な誤解しないでくれる? ボクはお前たちと馴れ合う気はないよ」
おおう、ばっさりいった。
幸が俺から離れたのを、自分達の味方になると受け取った二人は喜びから一転、拒絶の言葉を受けてフリーズしてしまった。
「そもそも。昨日の件で君たちは一誠を悪者だって言っているけど、事情を最初から最後まで知っているの? ねぇ神崎亘、全部理解してる?」
指名を受けてフリーズ状態から復帰した神崎亘だけど、何やらモゴモゴ言っている。
「……千代美から」
「そう。ボクは知っているか、理解しているかと聞いたんだけど。どうなの?」
「い、いや、でも!」
「うるさい。知らないのに首を軽々しく突っ込まないで。何様のつもり?」
「いや、だから! 千代美から話を聞いて、俺は」
まぁそうだよな。
実際、昨日の件には河原崎千代美しか姿を現さなかった。神崎亘がいたら、もっとややこしいことになっていただろう。
いや、十分ややこしくなったけど……。
「じゃあ、河原崎千代美。あなたは?」
「し、知ってるに決まってるでしょ!? だって、そこにいて、いっくんを止めて、サラリーマンさんを助けたんだから! 幸ちゃん、なんでそんなこというの? あと名前だってそう! 千代美って……」
「じゃあなんで一誠があの男を押さえ込んだか、理由は?」
「え……そ、それは」
自分の言葉を無視された事に衝撃を受けたのか、口ごもる。
「はぁ……ねぇ、河原崎千代美。あの男が何をしたか、教えようか?」
「な……お、大人の人を」
「あいつ、痴漢」
幸の言葉に、その場が静まり返った。
「ねぇ河原崎千代美。昨日、一誠が男を押さえ込んだのはね、あのサラリーマンの格好をした男が痴漢なんていう卑劣な犯罪行為をして、一誠がそれを止めて、駅員や警察に突き出されるのが嫌で抵抗されて、それで揉み合って倒れて、なんとか押さえ込んだのが真実」
昨日は日曜日だからって遠出するために、わざわざ電車に乗った。
そうしたらやけに挙動不審な男がいて、チラリと見たら痴漢行為をしていたので咄嗟に腕を掴んでいた。
それで次の駅で降りて警察に、と思ったら暴れられて、必死に逃がさないようにしていたらいつの間にか取り押さえる形で地面に押し付けていた。
そこから駅員や警察が来てくれれば一件落着だったんだけど……。
「そこからはあなたも知っての通り。あなたはいきなり乱入したかと思えば一誠を悪だと決めつけて突き飛ばして、痴漢に優しい言葉をかけて、逃がした」
俺を発見した河原崎千代美は全速力で突撃してきた。さすがに変な体勢で、勢いをつけての体当たりを食らえば男の俺でも弾かれる。
おかげで手首に違和感がある。
地面に倒れた俺をさんざん糾弾した挙げ句、河原崎千代美は痴漢を被害者扱いして、それを好機と痴漢は走って逃げてしまった。
ついでに言えば、俺は親切な人に助け起こされてベンチに座らせてもらっていただけで、別に逃げた訳じゃない。
あいつが見失ったイコール逃げたと決めつけただけだ。
「ねぇ河原崎千代美。あなたがしたことは犯罪者の逃亡の手助けだよ? 下手したら共犯だよ?」
いやいや、そこまでは……どうなんだ?
「え……きょう、はん?」
呆然としたまま、そう呟く河原崎千代美。
次第に、体を震わせ始めた。
「いや、待ってくれ! おかしいだろう!? その人が痴漢? その証拠はどこにあるっていうんだ!? 大体、今は痴漢の冤罪をかけられる人だっているんだ! そこの戸田一誠がその人に罪を被せようとしてもおかしくはない!」
……こいつの中で、俺はどれだけ性根の腐った人間なんだろうな。
「証拠が必要?」
「そうだろう!? 証言だけで」
「被害者、ボクなんだけど?」
再び、沈黙。
「……幸」
「いいんだよ、一誠。ボクが必要だと判断したんだから」
何もそこまで暴露する必要はないと思う。
そういう意味を込めて、桜木幸の名前を呼んだのだけれど、キッパリと断られてしまった。
……うまく喋れない自分が恨めしい。
「それで、神崎亘。ボクが被害者っていうのが信じられない? 確かに、ボクっ娘で、幼児体型で、表情筋もあまり動かないけど、ボクだってれっきとした女の子だよ? 世の中にはボクみたいな子だって需要があるんだよ?」
やめろ。
止めてくださいお願いします。
「あ、ついでに言っておくと、昨日の内に捕まったらしいよ、あの痴漢」
「「え……?」」
実はあの後、騒動を聞き付けてやってきた駅員に事情を話して、警察に行ったんだ。
男の特徴を幾つか言ったら、顔写真が出て来て驚いた。
あの男、結構な頻度で再犯しているらしく、家に事情を聞きに行った警官にすぐ自供したそうな。
「ねぇ、神崎亘、河原崎千代美。これでも一誠が加害者で、あの痴漢は暴力を振るわれた被害者だって言うの? これでもまだ一誠が悪いの? あの男に肩入れするの? だった今すぐ警察に行って、あの男の無実でも証明してきたら?」
うん。
まぁ、そんな事しないよな。
だってさ、今までも俺を糾弾するだけで、被害者と決めつけていた奴に対して何らフォローしたことがないんだぜこの二人。
というより、俺が悪いと騒ぐだけ騒いで、被害者扱いされた奴が実はこうだから、なんて説明しても信じようとしないで騒ぐだけ。
それで授業が始まったり、幸や敦たちが介入してくれたりで有耶無耶になるのがいつものパターンだった。
「ねぇ、河原崎千代美。本当にあのサラリーマンが悪くないと言うのなら。被害者だと言うのなら。こんな所で騒いでないで、早く警察に行って来なさい。警察に対して客観的な見地から無実であることを証明して来なさい。それをしてから警察に被害届を出して、きちんと手続きして、それから一誠を糾弾してくれない?」
幸はそこで一旦大きく息を吸うと。
「できるものならね!」
叫んだ。
うまく喋れない俺の分も含まれているだろう、怒りの声。
「あなたたちのやっていることは、何も悪くない一誠を悪者に仕立てあげてるだけ! ただのこじつけ、冤罪を擦り付けて、ストレス発散の捌け口にしているだけ! 分からない? 言葉の暴力で、あなたたちは一誠を苛めているだけ!」
幸の、ほとんど出さない大声で糾弾された二人は、呼吸を荒くして、目を見開いている。
幸はそれを無視して、俺を振り返る。
「一誠、いい機会だから、言っていい? 嫌なら、いいけど」
幸の問いに、一瞬だけ悩んだが、頷く。
本当なら俺が言わなければいけない。
でも俺じゃ上手く言えないし、幸は俺のことを想ってくれて、この事はずいぶん前に話し合って決めていた事だ。
まさかこんば大勢の前で暴露することになるなんて思わなかったけど。
あとで礼をしないと。
「ねぇ河原崎千代美。ここ最近、一誠ときちんと会話したことある?」
いきなりの話題転換に、河原崎千代美は激しく瞬きをしつつも、え、だのあ、だとのと呻いている。
「ねぇ河原崎千代美。一誠はね、うまく喋れないの。なんでか分かる? 分かるわけないよね? だって自分のいいたいことだけを言って、相手の都合なんか聞かないんだから!」
「一誠はね、小学校からずっと、中学校のときも、高校に入学してからも、何もしなくてもあんたに悪者に仕立てあげられてきた。何もしてないのに! おかげで、一誠の周りから皆離れていった! 一誠の側にいれば、あんたに被害者にされた挙げ句に一誠を苦しめることに加担させられるから!」
「一誠はそのせいで苦しんだの。あんたが口を開けば一誠を悪だと決めつける。しつこく、何度も何度も、五年以上も! 飽きもせずに付きまとって!」
「そんな事されたせいで、一誠は上手く喋れなくなってしまった。精神的なものだって。それはそうよね、ただ生きているだけで悪だと言われ続けたんだから」
「ただね、その程度で済んでいれば、どれだけ良かったか」
「ねぇ河原崎千代美。知ってる? 一誠はね、一度自殺しようとしたの」
瞬間、周囲の野次馬がざわつく。
神崎亘は心底驚いた表情で俺を見る。
河原崎千代美も、信じられないといった表情でこっちを見る。
「私は必死に止めた。それこそあらゆる手段をもってね。だから一誠はまだ生きてくれている。私の隣にいてくれる」
幸が、俺の隣に戻って来た。
「ねえ河原崎千代美。どんな気持ち? 他人に冤罪を擦り付けて、自分を正義だと決めつけて、無実の人を糾弾し続けて、精神的に追い詰めて、自殺未遂まで追い込んだ感想は?」
河原崎千代美は、口を両手で押さえて、何事かブツブツと言っている。
神崎亘は、二歩ほど離れた。
「ねえ神崎亘」
幸はまだ容赦しない。
名を呼ばれた神崎亘は盛大に震えてこちらを見る。
「あなたにも聞きたい。どんな気持ち? 河原崎千代美の言葉を鵜呑みにして、事情も何も調べもせずに、何も悪いことをしていない人間を糾弾した感想は? 正義面して、他人を追い詰めるのは?」
「ち、ちが……」
「違わない。あなたたちにボクは何度も言葉で伝えた。一誠は何もしていない。話を聞いて、事情を聞いて、どうしてそうなったのか調べてって。でもあなたたちは聞かなかった。最初から一誠を悪だと決めつけて、それ以外のことは必要ないと決めつけて、自分達の妄想だけを信じきっていた」
「……ほんと、殺してやりたかった」
小さく、幸が呟く。
「ちがう、ちがう、ちがう」
「わ……わたしは、いっくんの……いっくんの……」
「ああそうそう、河原崎千代美。一誠のことを馴れ馴れしく呼ばないで。不愉快だから」
「え……だって、いっくんは……」
「だからそう呼ぶなって言ってるの。私の恋人に対して、本当に何様?」
河原崎千代美は床にペタりと座り込んだ。
「ボクの彼氏にもう付きまとわないで」
その言葉に、河原崎千代美は今までよりも深くダメージを負ったようで、ついに泣き出してしまった。
そこでチャイムが鳴り響いた。
職員室から出てきた教師たちがこの騒動に気付き、緊急の職員会議が開かれることになった。
生徒は自宅待機を申し付けられて、俺たちは帰宅することになった。
◇◇◇◇◇
「……ありがとう」
「いいよ。ボクがやりたかっただけだから」
俺と幸がいるのは俺の部屋だ。
自宅待機と言われても、それを律儀に守る必要もないけれど、俺たちは一直線に帰って来た。
教師たちに事情を説明するのは傍観していた生徒会に面々に丸投げだ。
「……言ってやったらもっとすっきりすると思っていたけど、まだ足りない気がする」
「……十分だ」
ああ。十分だよ。
何もしてなくても俺のせいだと詰られ続けて、俺は人と関わるのが怖くて、次第に声が上手く出せなくなった。一時期は本当に声がでなくて、引きこもった。
学校に行くのが怖くて、外に出るのが怖くて、河原崎千代美が怖かった。
追い詰められて、首を吊ろうとして、幸が止めてくれた。
幸が俺を必要としてくれた。こんな情けなくて、どうしようもない俺を好きだと言ってくれた。
救われたんだ。
それだけでもありがたくて、返せないくらいの恩があるのに、言いたいことをはっきり言ってくれた。
俺のために怒ってくれた。
「ありがとう」
「ふふ」
抱き締めれば、嬉しそうに笑う。
「ねえ、一誠」
「ん?」
「昨日、ボクは痴漢被害にあったよね?」
「ああ」
モソモソと動いた幸は俺を見上げると、
「恋人以外に触られるのって、気持ち悪いんだ……だから、上書き、して? 昨日の夜みたいに」
「喜んで」
幸のためなら、なんだって。
・戸田一誠
小学校時代から延々と無実の罪を着せられてきたことで追い詰められた。今は恋人の尽力によってある程度回復はしたが、予断は許されない。
うまく喋れないのが目下の悩み。
幸ちゃん大好き。
・桜木幸
ロリ体型のクール系少女。一誠大好き。
小学校時代から一誠が好きで、中学校も高校も同じになるようにした。ちょい病んでる?
自殺しようとした一誠を救い、想いを告白して全身全霊を持って思い止まらせた。
河原崎千代美が心底嫌い。描写はないが過去何度もわらないように激しい口論をしている。それでも変わらないのでいっそ……と思っていたりする。
・河原崎千代美
脳内花畑。一誠を執拗に悪人に仕立てあげようとした張本人。学力優秀で美人だが、変質的なその行動を気味悪がって友人は皆無。
小学校時代にハブられた際、普通に話しかけると無視されたが廊下を走った生徒を注意したら無視されなかった=注意するのなら無視されない=じゃあ注意しようみたいな謎理論が組み上がり、注意するのなら悪いことをしなければ注意できない→なら悪いことを作ればいいという超飛躍解答の結果、一誠を追い詰める。けど本人は知らない。
高校にて同士ができたから三倍酷くなった。
この後、事情を初めて知った両親が一誠へ謝罪して高校を辞めて親の監視下で生活することに。矯正されるかは不明。
・神崎亘
正義厨の勘違い系主人公モドキ。
自分に都合のいい独善的な思考で行動するせいで過去多くの人間と衝突したが、自分は悪くないの一点張りで生きてきた。両親も困惑。
河原崎千代美とはウマがあったらしく、一緒に一誠を悪に仕立てあげようとした。特に一誠が嫌いという訳でもなく、ただ自分が正義の側にいるためにちょうどいいから。
今回の件で両親が激怒し、河原崎千代美と同じく中退してかなり厳しい親方のいる土建屋に就職することに。昔カタギで拳骨上等な親方に日々怒られながら雑用の日々。
・金堂敦
一誠の友人。途中から影薄い。
走ることが大好きなスポーツ特待生。走ること以外のスペックは並で、勉強はできない。
陸上競技以外の専門用語に弱く、あまり長い説明だと理解できない。それで困っていたら一誠が分かりやすく説明してくれたことが切っ掛けで仲良くなった。
河原崎千代美の言葉は長くてよく分からないから聞き流して一誠と駄弁るのが多く、それが一誠にとって救いだった。
いい脳筋。