羅刹の女 二つの名前を持つ男
❶
しかし時間が無い。だから終日クエン・ヤンを追求する事にした。
クエンは二人の日本人はデッキに出て言い争っていた。そしてつかみ合いに成っていたが、でも船乗りたちは構わない様にして、その場から去って見て見ぬ振りをしていた。だから何も判らない。それに二人の日本人は船から降りたのか降りなかったのか、それも判らない。ベールで包まれたような話であったがこれが結論であった。
権藤たちは何を疑って良いのやらそれさえも判らなかったが、一応に彼は同じ事を繰り返す事が異常にも思えた。
それでも帰らなければならない日が来て、結論を得た訳では無かったので心は重たかった。
「一体どう成っているのか?」
権藤は独り言を言うように重苦しい気持ちのまま日本へと向かっていた。
「二人の日本人は誰かな?マスクをしていたようだが・・・」
「一人は結城でしょう。それは間違いないと思いますもう一人は?」
「でもこの流れだと彼らはみんながグルになっている事も考えないとな。他の船員に聞いても同じ事を聞かされそうだし私たちは騙されているかも知れないな。
もし日本人が乗っていて何処かに隠れていて、それで乗組員が降りて誰も居なく成ってから降りたなら誰にも分からないからな。船長の許可を得ていれば問題無いと思うな。もしそうなら二人の日本人が争っていたと言うのも演技で、二人とも仲良く船から下りたのかも知れないな。」
「でも結城と揉めていたと言う男は誰でしょう?本当に揉めていたのでしょうかってことでしょうね」
「判らんな?失敗したな。船長に聞くべきだったよ。船長は何もかもを知っているかも知れないな。おそらくパイプ役だと思うから」
「それにしても結城はフィリピンの出入国管理事務所の入り口や空港とかで手配されていたなら簡単には外へ出られないでしょうね。もし入国していたとしても」
「そうだなぁ」
「フィリピン警察に船長が何も知らないか聞いて貰いましょう。船長は船員を言わば首にしたのですから、何かを知っていると思いますよ。」
「もう一度行ってみようか・・・船長にターゲットを絞って。あのクエン君の生活では嘘が有っても当たり前だろうな。生きる為には無理は言えないな。」
たいした成果の無いまま関空へ付いた三人は、現地警察のお世話を掛けたカワレイ刑事に『船長に強く言って下さい。』と付け加えてフィリピンを後にしたが、何はともあれ時間が少な過ぎた事に敗因があった様に思えた。
帰国してそれから暫くして権藤たちは理沙のマンションを訪ねる事にしたが、田之倉の逮捕によって動きがある事に気が付いた。
理沙が引越しの片付けをしていたからである。
「理沙さんどうされたのですか?」
「ええ、田之倉さんが逮捕され調度良い機会だと思い引越しする事に致しました。
行き先は大正区で小さなスナックでママをして貰いたいと言われまして、その店に行って来まして、気に入りましたので即決致しました。
ママは既に七十近くのお歳で引退したいと言われ、その後釜に入らないかと成りまして、見る限りお客さんは可成馴染みさんが居られ、アットホームな感じでしたから、とても入りやすいお店でした事もあり、折角の話だったから即決致しました。
田野倉さんには何もまだ言っておりませんが、例の暴力がありました時から私なりに結論を出していました。」
「そうでしたか。それは良かった。
田之倉から離れるだけでも貴方にとって幸せかも知れないですから、いい選択をされたと思いますよ。
田之倉は貴方が傷害罪で訴えなかっただけでも感謝しなければならない立場、豚箱から出て来て何かいちゃもんでも付けようものなら私に相談して下さい。」
「刑事さんありがとう御座います。天王寺から少し離れますが、これからも懲りずに今度勤めるお店にお越し下さいね。
刑事さんが再三来られて居れば田之倉だって変な事はしないと思いますから」
「そうだね。実は私の住居は寧ろ大正区に来るほど早いですから、機会があれば覗きに来させて頂きます。理沙さんがママに成ればまた新しいお客が付くと思いますよ。
七十近くのママがやっている店に貴方が入ってママに成れば、それはそれは大変な事、鼻の下を伸ばして男たちが大勢やって来ますよ。」
「それなら良いのですが、今のママさんは人柄が良くって皆から好かれていますから、一人でもお客さんを減らしてはいけないと思っています。
其れにママさんは「貴方に全てを譲っても良いのですよ」とまで言って下さっています。」
「なら頑張りなさい。貴方は客にとって何一つ不足など無いのだから・・・理沙さんは綺麗だから、貴方なら間違いなく成功しますよ。其れで田之倉の様な男と係わらなかったら」
「ありがとう御座います。権藤さんこれからも宜しくご贔屓に」
「ええ、其れで良く資金を用意出来ましたね。」
「でもお店のママさんはあまりお金の事を言わない方で、つまり仕事に疲れて来ていたのだと思います。
お歳を考えた時深夜まで辛いと思います。だからお店を継いでくれる人を捜していたのだと聞いています」
「其れで何方がその店を見つけたのですか?」
「碇谷さんから聞かせて貰いました。田之倉さんも知っておられると思います。」
「碇谷さんが?」
「ええ、碇谷さんのお得意先で何度か田之倉金融から融資をしたと言っておられました。」
「でも理沙さんはここで住まれてもそんなに遠くないのに引越しするのですね?」
「はい、ここは田野倉さんの息の掛かった場所、田之倉さんの思い通りに行かなかったらこの前の様に成るでしょう。だからこの際田之倉さんも当分出て来られないし、良い機会だと思います。」
「そうですか。判りました。田之倉が出て来て貴方に危害を加えたりするものなら直ぐにとっちめますから、こんどは遠慮なく被害届を。其れでお住まいは何処に?」
「ええ大正区の千島団地に成ります。お店は泉尾商店街で、お店から五分くらいですから大変便利に成ります。」
「そうですか、まぁ頑張って下さい。田之倉はおそらく二、三年は出て来られないと思います。其れに碇谷さんが田野倉金融を守って行く様ですね。真面目にやっていればみんな旨く行くと思いますよ。」
「ありがとう御座います。」
「ところで結城は一体どうなったのでしょうね?」
「ええ私にもさっぱり判りません。」
「結城はねぇ保険金をその儘にして何処へ行ったのでしょうね。」
「その儘なのですか?」
「ええ、何処かでお金に困って居るだろうに・・・」
「・・・」
「貴方にも全く連絡無いのですね?」
「ええ全く、其れで何か結城さんの事で判った事はないのですか?」
「何かって?思い当たる事があるのでしょうか?」 「在ると言えばあるかも知れません。田之倉は結城さんの事でも私に強く言った事があり、あの時の様に激しくありませんでしたが、恐い位の剣幕で罵声を浴びせられました。」
「それは何時の事でどのような内容で?」
「一年も前の事だったと思います。田之倉は結城さんと私の関係を疑うと言うか焼餅を焼いていて、私があんなにきつく殴られたのも結城さんの事を根に持っているのか、兎に角田之倉さんは荒っぽく成る事が何度かありました。
だから私正直田舎へ帰る事も考えましたが、そうも出来ず今に至ってこの様な手段を選んだ次第です。」
「理沙さん、もし結城から連絡が入れば必ず言って下さい。この男にも元の奥さんや子供さんを殺した容疑が掛かっていますので、これ以上罪を重ねてはいけないのです。お願いしておきます。」
「解かりました。私にとっては過去の人、でも出て来てほしいですね。私も変に疑いが掛けられているよりスッキリしたいですからね。」
「良くお解りで、ではこれで失礼致します。」
「お気をつけて」
権藤たちは理沙から何かを聞きだそうとしたが、変に余計な事を教える事にも繋がり、それは捜査上良くない事であったから言葉を控えた。
本当は理沙にフィリピンまで行って結城を捜していた事を言いたかったが、理沙はそれどころではないと言わんばかりに体を動かせて、荷物の整理で忙しそうであった。
「どうも碇谷が何かを知っていそうですね?」
清水刑事がそう言った。
「碇谷がなぁどうだろ?」
❷
「理沙がエデンを辞めた事も、其れに大正で店を継ぐ事も知っているのでしょうね当然?」
「誰が?田之倉が?」
「ええ、万が一全く知らなかったら揉める事に成りはしませんか?つまり碇谷の謀反と言うのか、理沙が碇谷を動かせているのかはっきりしたいですね。
何かお互い蟠りがあれば良いのですけどね。三人の間で火花が散れば、また何かを摑めるかも知れないですからね。どうもフィリピンの船員も正直に答え様としない。その様に思うと果たして田之倉がどの様な言い方をするのか面白く成って来ましたね。」
「行こうか拘置所へ」
「それとも地検へ呼び出して貰って聞き出しましょうか?検事さんに相談してベストな方法を選びましょうよ。」
「そうだな、田之倉が弁護士とか言い出したら面倒だから検事さんにこの際お願いしようか。」
其れで田之倉を地検に呼びつけ取り調べる事にした。
「田之倉さん所轄の刑事が言って居ますが、貴方が今まで可愛がって来ていた理沙と言う女性は、今どの様に成っているのですか?」
「どの様にって?俺そんな事判らんよ。今迄と変わりないのと違うのか?そうそう運転手の碇谷が理沙を何処か大正区のスナックで責任者として働く事にしましたと聞かされていることはいるが」
「それだけ」
「では碇谷さんは貴方に取ってこれからどの様な立場で?」
「検事さんも聞かれていると思いますが、俺が刑務所を出るまであの男に頼もうと思っている。ここから指図すれば何てことないから」
「碇谷さんは忠実なのですね」
「そうだよ。あいつは信じているから。」
「でも理沙さんが店を替わられても貴方は文句など無いのですか?また裏切られたと思われて理沙さんに暴力を振るうって事ないですか?」
「そんな事はしないよ。第一理沙が店を替わるのは碇谷が進めたからで、俺あの男のする事は目を瞑ってあげる積りだから」
「理沙さんの事でも?」
「そうだよ。」
「そんな事言って腹は煮えくり返っているのではありませんか?」
「そんな事ないって」
「では今の考えをしっかりご自分でも覚えて置いて下さいね。本当は違ったなど駄目ですから」
「間違いないって」
「それでは次の質問をさせて頂きます。
先日所轄の刑事がフィリピンまで行って来ました。其れで当時結城が乗り込んでいた船の船員に会って来ましたが、誰も相手にして貰えなかった様です。
口裏を合わせた様な、初めに会った男が他の船員に連絡を入れて警戒する様にした様です。
だからたった一人の船員としか話せ無かったようです。只気に成ったのは、貴方が佐川隆一を使って、結城を乗せた船に乗っていた船員は、今は全て解雇に成っている様です。それも船の中でトラブルが起こった事が原因で。
船の中で一体何が起こったのでしょうか?田之倉さん本当に何も知らないですか?」
「だから結城をフィリピンに運んで蜜入国する様に言っただけで、それ以後の事は何も聞かされて居ないです。
今結城が何処で暮らしているのかなど全く関心も無く興味もありません。兎に角あいつは俺の前に現れないでほしいと思うばかりです。」
「では後一人の日本人とは誰の事でしょうか?」
「あと一人の日本人?初耳だなぁ、そんな話俺には判りませんが。」
「可笑しいですね。船員は二人日本人が乗っていて、二人で何か揉めていて喧嘩に成ったとも言って居ます。
一人は目指し帽を被って顔を隠していた様ですよ。日本人同士で争っていたので、誰も係わり合いに成りたくなかったので、二人がデッキで争っている所を見て見ぬ振りをしてその場から去り、それから二人がどの様に成ったのか判らない様です。」
「その話は何?二人居たなんて、それは佐川に聞いて貰える?俺はあくまで結城を外国へ連れ出す事だけを頼んだから、と言う事は佐川が一緒に乗って行ったのかな?俺には判らん。もしそうなら佐川が俺に言うだろうし、不法入国で問題に成っていたかも知れないし、それに佐川に金をやったのはずっと後だったからな」
「では貴方はもう一人の人の事は全く判らないのですね?」
「ええ、全く判らないよ。」
「では佐川さんにお聞きします。」
「そうして下さい」
翌日佐川を呼び
「佐川さん貴方は結城信をどの様にして船に乗せられたのかもう一度お話願えますか?」
「だから前にも言った様に、遊び仲間二人と協力して佐川が眠っている間に岸和田当たりの海から小型の船で貨物船まで運んで、其れで俺たちも船に乗る積りだったけど、突然強面の船員が船には乗らない様に言われ、門前払いの様に成り結城だけが船に乗せられて、其れで俺たちは小型で引き返したわけ、それから皆で食事をして解散してそれで終了。」
「貴方が船に乗り込んで、結城さんと喧嘩と言うか揉めていたと言う証言もあるのですが、そんな事ありませんでしたか?」
「それは可笑しいです。我々みんなで船に乗れず戻りましたから」
「誰かその事を証明出来る方が居られますか?」
「おそらく高速に登ったから写真に写っているかも知れないし、食事をした所でも証人が居ると思う。だってみんなでガヤガヤ長い間やっていたから、店の彼らに聞けばわかるから。」
「そのお店判りますか?」
「俺連れて行って貰ったから直ぐには判らないけど、金は俺が払ったから何処かに領収書在ると思う。勝手に見てくれても良いから、其れに仲間にもこの話をしてくれて良いから。」
「そうですね」
「俺が言った事が間違っていない筈。二人の証人が居るのだから」
「判りました。」
田之倉からも佐川からも、船の中で居たと言うもう一人の日本人の事で何も得る事は出来なかった。
権藤と清水刑事は検察から報告を受け詳細を話し合った。
「検事さんご面倒をおかけ致しました。しかしその船に日本人が居た事は間違いない様ですね。それも田之倉や佐川に知らせずに乗り込んだ人物が居たと言う事でしょうね。
彼らは全く知らなかったと考えても、向こうの乗組員はもう一人の日本人について知っていた、揉めて喧嘩までしていた。だから間違いなくもう一人乗っていて、顔は目指し帽で隠していた様で、用意周到な人物と言うのか、それともその話自体が出鱈目で乗組員たちの作り話なのか、みんなで擦り合わせていると思うとその可能性も無きにしも非ずでしょうね。
其れにまだ船長にも聞きたい事がある訳で、誰かが何処かで嘘を言っているかも知れないと言う事でしょうね。」
「つまりもう一人の日本人が乗っていたか、或は何か目的があってその様な話を作り出したか、盤根錯節とはこの事でしょうね」
「もしですよ、もう一人日本人が乗っていて、彼が言った様に目指し帽を被っていたなら、あの中東の騒ぎと同じで全く誰であるかなど判らないわけで、ただそれが田之倉では無く佐川でも無くと成った時、誰もが浮かんで来るのは碇谷哲夫かも知れないと成るのではないでしょうか?」
「碇谷がね~田之倉に黙ってそんな事出来るだろうか?」
「それは判りませんが可能性が在るのは、碇谷なら出来ると思いません?」
「何の為に?」
「もしもですよ、結城が保険金を摑んだ事を知って、其れでその金を狙っていたならと考えた時、可能性はありますよね」
「つまり理沙にそのお金を渡して店を持たせる事も可能だから」
「つまり理沙と同郷の碇谷は同じ四国同士で糸の様なもので繋がれているとお互い思っていたが、それが・・・そうそう、理沙のマンションからごみ袋を提げて出て来る碇谷を見た事がありましたねえ。
確か奈良の沢村さんも我々と同じ様に理沙を見張っていた時に、つまり理沙は田之倉と付き合いながら、更に結城とも関係を持ち、それでも心まで売らなかった。
心の底から思っていたのは碇谷だけだったのかも知れないですね。心は碇谷哲夫だけを向いていたと言う事です。」
「其れで田之倉に判らない様にして再三出逢っていたのかも知れないね。理沙は結城から内情を聞いていて、保険金が誰に掛けられていて、誰が亡くなれば誰が受け取る事が出来るなど、二人で調べ上げていたのかも知れないね。」
「恐い話ですね、それが現実なら」
「いやぁ、言うか言わないかで誰だって同じだと思うよ。暗黙の内にお互い当てにしていると思うよ。それが現実」
「いやだなぁ僕嫁さんを貰ってもそんな風に思われていたと思うと」
「でもこの事件を追求していけばそんな人間の表裏が見えてくると思うよ。醜いものが」
「つまり結城の元嫁の猪村加奈子も誰かに殺されたと言う事に成るのでしょうね。 猪村加奈子が死んで結城に大金が入ったにも拘わらず、そのお金は誰が使う事も無くその儘で眠っている。
これって結城が間違いなく殺されたと言う事だと思われますが、でも碇谷は理沙に聞いていると考えたら、虎視眈々と狙っている事が考えられますね。」
「ありうるな、しかし理沙が店を持ち形だけでも経営者、おそらく店がオープンする頃に業者に支払いをする事が考えられ、大きなお金が動くだろうな」「その時にもし結城の預金が動いたら、理沙が関係している事が考えられますね。三千万円だから一千万円ほど動くでしょうね。」
「つまり結城が何処かで生きていて、決して表に出る事無く理沙にお金の在り処を告げ渡すのかも知れないね。
理沙もまた結城のお金を心の何処かで頼りにして居て狙っているから、旨く結城に助けを求める様にして、お金を出させてと考えても不思議ではないと思うな。」
「でも結城がどんなに努力しても、碇谷の事を思っている理沙とは、結城にとって狡猾な女なのかも知れないですね。権藤さん、もし理沙の関係者が結城のお金に手を付けたなら、結城は既に殺されていると考えるべきですね。」
「大なり小なり考えられるね。検事さんはどの様に思われます。」
❸
「どんな人間でも一年もの間地下に潜伏していると言う事は異常で、結城信が生きていては都合が悪いと思う者が居たなら、その人間に消される事が考えられますね。
そしてもし殺されているとしたなら、それは佐川でも田之倉でも無かったなら犯人は絞られて来るでしょう。」
「ですから検事はその人物が碇谷か理沙の関係者と成るとお考えなのでしょう?」
「ええ、その様に私も思います。ただフィリピン籍の船で起こった事だとすれば、その船の全ての乗組員に嫌疑が掛けられる事に成るでしょうね」
「検事私またフィリピンへ行って来ます。船長にも乗組員にも話をもっと聞かないと埒が開かなく成って来ました」
「今度は部外の横田さんに同行して貰っては如何でしょうか?横田さんは英語が堪能だから、只の通訳の彼女より刑事として鋭く追及して貰えると思いますよ。お願い致しましょうよ。」
「そうだね。我々でははぐらかされそうだから、再度行っても二番煎じに成っても困るからなぁ、お願いしてみるか」
「ええ、そう致しましょう。」
それから二日が過ぎて権藤は事情を話し横田刑事にフィリピン行きをお願いしていた。
事件の流れを横田刑事に全て把握して貰って、三人は意気揚々とフィリピンへ向かった。
横田が、
「それでやはり船長と田之倉の関係がどの程度の親密であるのか、それとも同乗していたと言う日本人と関係があるのか、本当はそんな人物など居なかったのか、或は尼崎の商社東和貿易とどの様な関係であり、社長と密約など無いのか、その当時の船乗り達を全員解雇したのは何故なのか・・・こんな事を調べれば良いのですね。その船員たちが結託して日本人を殺害したことも考えられますね.何しろ結城は保険金の大金を持っているようだから」
「さすが横田さん辣腕な方だとお聞きしていますがまさにその通りの様で」
「いえ、若い時の海外生活で父が厳粛な人で自然と身に付いた様です。」
「お父さんは何を?」
「外交官でした。」
「成程ね。では貴方もその内この様にしてお話さえ出来ないお立場に成られるのでしょうね。」
「いやぁとんでもない。私は今の状態が一番好きです他を知らないと言いますか、今までが箱の中で生きていた様なものですから、この自由な所が何よりです。」
「そうなのですか?親子でも考え方は色々あるものですね」
「全く、少なくとも以前の生活よりずっとまともな事だけは確かです。」
「ではこれからも刑事で?」
「ええ辞めさされるまで」
「そうですか、またご一緒する機会がありましたらその時は宜しくお願い致します。」
「はい此方こそ」
和やかに話しながら三人は船会社の事務所へ向かっていた。船長は三人を待っていて現地警察のカワソイ刑事も同席していた。
横田刑事は打ち合わせをしてあった様に自らの口で船長のタルペリア・フレジと言う男に声をかけた。
「貴方は当時リーガルライン号の船長であった訳ですが、それは今も同じなのでしょうか?」
「ええ」
「それではお聞き致しますが、当時船員だったクエン・ヤムさん初め数人の方が解雇に成っていますね。あの航海から後誰も雇っていない様だと聞いていますが、それはどうしてでしょうか?」
「ええ奴らはトラブルを起こしたので避けています。我々は誰を雇うかは自由ですから、問題の起こす者は正直雇えないのです。長い航海ですから」
「ではどの様なトラブルを」
「はっきり判りませんが、何かをしていた事は確かです。私の知らない内に何かを」
「それは何をしたのでしょうか?」
「判りませんが、過去にも麻薬の密売をしていた者が居りましたし、人身売買とかも在りました。でも今その様な事をして発覚すると、私も責任を追及されますし免許だって取り消しになるのです。
だからくれぐれも慎重でなければ成らないのですが、彼らの素性も判っていない事が多く、船に乗って来る迄に企みを図られていて、その舞台が船なら防ぎ様が無いのです。
彼らにはその疑いが掛かる様な行動が見られ、幾ら船長でも彼らが丘の上で企んだ計画は出来上がっていて止める事など出来ないのです。
貴方方が真実を追究するのも同じで、犯人は見付からない様に努力します。それが為に隠したり嘘を平気で言ったり掏り合わしたりするのと同じで、それでも私は彼らの事が気に成りましたからあれ以来採用を控えているのです。」
「でも彼らが何をしたのか心当たりが御座いませんか?」
「大量の血を見つけたのです。」
「どこで?」
「倉庫で、でも船長は普通乗船時と下船時しかあの場所へは行かないのですが、たまたま用事があり行きますと大量の血痕が」
「其れで警察へ?」
「いえ、変に騒ぎ立て私が狙われてもいけませんから見て見ぬ振りをしていました。まだ日本の領域でしたから」
「其れで船から降りてからその事を警察に話されたのですね?」
「いえ話していません。それは彼らがスラム街で暮らしている人も居るので正直面倒だからです。船の上なら数人ですが、此方へ帰れば彼らの仲間の数はどれだけに成るのか判りません。
変に疑って彼らから睨まれたなら命に関わる事に成るかも知れません。だから今でも黙っています。」「そうですか。」
横田は船長が言っている事が良く解かるだけに、それからの質問に言葉を失くしていた。
船長との会話は英語だったので権藤に内容を伝える事にした。
「権藤さんこれまでにお聞きした事で判った事は、あの日船の倉庫で大量の血痕が見付かったらしいです。 でも船長は解かりつつ黙っていて、それは今でも誰にも言っていない様です。何故なら船で騒ぐと船員たちがぐるに成っていたと考えたなら、船長の命に係わるかも知れないとそれは今も同じで黙っている様です。」
「そんな事があったのですか?それでは下船時に誰が居なくなったとか気が付かなかったでしょうか?」
「ええ聞いてみます。結城の事もですね?」
「ところで船長さん、血痕が見付かったから何かが起こった事が判った。それは殺人かも知れないかと思えたのですね?」
「ええ、誰かが酷い目に遭わされた事は明白です。凄い血がありましたから
でも船がフィリピンに戻って来た時は人数的には全く替わらなかったので、それ以後はあまり関わらない様にして来ました。何でも無かったのだと」
「では貴方は貴方の船で日本人が乗っていた事も知らないと言われるのですか?追って乗り込んで来たでしょう?」
「日本人が?それは荷物があるから持って行くからと東和貿易の生田さんに言われていましたが・・・だから停泊中に彼の使いの者が小型で来た事は判っています。それは荷物です。」
「いえ、それは人間だった筈ですが、生田さんが貴方にどの様に言われてその荷物をお受けしたのでしょか?」
「積み忘れた物があり、これから追いかけて船まで行かせて貰いますからって」
「間違いなく生田さんでしたか?」
「いえそれは判りません。彼は英語はあまり出来ないから」
「生田さんだと思った?」
「ええ、その様に思い込んでいたから船員に任せていました。」
❹
「でも貴方は倉庫で血痕を見つけられ、事件が起こった事を想像されたと思われますが」
「ええ思いましたよ。殺気立ったものを感じて神様に祈りながら此方へ帰りました。でも人数的には問題なかったから一安心した事も確かです。
ただあれだけの血が出ていましたから只事ではないとも思いながら、日本人は言うでしょう『触らぬ神に祟り無し』ってまさにそれです。」
「船長ありがとう。こう成ればあの時乗っていた船員を是が非でも徹底的に調べないとね。
権藤さん貴方から何かを聞かれませんか?船長はどうも何も知らない様です。全て船員が起こした事の様で、其れに東和貿易の生田さんから積み残した荷があり船まで持って行くからと言われて荷物を載せた様です。」
「あっ船長その荷物を受け取る時に貴方は居られたのですか?」
「船が停泊していた時だったから私は眠っていたと思います。」
「成程ね」
「権藤さん、とにかく船長から聞きだす事は無い様ですね。全て乗組員が知っていそうです。」
「ありがとう船長」
それから四人は元乗り組員を片っ端から追いかけて真相を突き止める覚悟で、スラム街に住むクエン・ヤムを尋ねる事にした。
クエンは直ぐに見つかりあの時の様に思わぬ客に驚く様子で生唾を飲んだ。
「クエン、船長に聞いたよ。君が船長に黙って誰を船に積んだのだ?誰って言ってはいけなかったら、どんな荷物を積んだのだ?まだ日本で停泊している時に、東和貿易の生田さんから荷物を受けとった事判っているね。それは日本人の佐川も言って居たし船長も同じ事を」
「受け取ったよ。でも何も言えないよ」
「誰かに頼まれたのだな?それは東和貿易なのか?」
「そう、でも言えないよ約束だから」
「誰と?」
「だから東和貿易の人と」
「そうなのか。どんな約束をした?」
「だからお金をあげるから仕事を引き受けてくれと」
「お金?」
「だからそれはやばい仕事だと思ったけど良くある話だから」
「其れで引き受けたのだね?生田社長と話し合って」
「でも東和貿易と言ったけど生田社長だったのか、誰だか判らない。只東和貿易だって言われた。」
「其れでどんな事だった仕事の内容は?」
「だから報酬は航海で貰う額と同じだけ払うからと言われ仲間たちでお金を受け取った。」
「其れで荷物はどうした?」
「だから言えないよ。約束だから」
「でもそれは犯罪なら君は話さないといけないよ。この様にして此方の警察も来ているのだから」
「だから話せないよ。俺新婚だし仕事に溢れているから尚更。俺に何かがあればみんな困るから」
「・・・どうします権藤さん、クエンは言わば生活があるから話せないと言い切ります。当然法律に触れる事が起こったのでしょう。」
「それなら横田さん、他の乗組員に当たってみましょうか。其れでじわじわと固める事も決して遠回りではない様に思えます。一旦引きあげて」
「そうしましょうか」
四人はクエンの元を後にして車を走らせた。そして前回おばあさんが何かと話してくれた乗組員の所へ行く事にした。
今度はクエンも連絡をしていなかった様で自宅で合える事と成った。
クエンも警察のカワレイさんから強く法律に触れる事をしてはいけないと釘を刺されていたので、仲間に連絡を入れて警戒させる様な事は今回は無かった様である。 観念したように訪ねた男の口から思いがけない言葉が飛び出す事となった。クエンの仲間で名前はリム・ニジルと言う三十半ばの男であった。
「リム君一体何があったのか教えて、今なら話せるだろう。」
「でも警察が・・・」
「警察?私たちも警察だよ。」
「でも貴方たちは日本の警察」
「わかった。カワレイさんを外せばいいのだね」
「ええ」
「カワレイさん、ここは私たちが出来るだけ早く知りたいですから外して下さい。帰って下さっても良いですから」
カワレイは躊躇無くその場から立ち去った。
「これなら良い?私たちはここで聞いた事は絶対此方の警察には言わないから、それは約束するから」
「それなら話しても良い。何故かって言うとクエンが可哀相だから、あいつあんな所で暮らしているから、普通じゃないから、警察だって同じであいつを見る目が違うから」
「優しいのだね。リム君は」
「当たり前だよ。だからあいつが追い詰められても可哀相だから、この話は元々俺が始めた話だから、俺が皆に話し掛けてあの様に成ったから、クエンもどうする事も出来ず俺に相談してきて」
「それで前回は私たちを避けたのだね。」
「そう、」
「其れで一体何が在ったわけ?それを話して貰わないと」
「・・・そうだね」
「リム君今も仕事に溢れているのかい?」
「いや俺は今は仕事を探したよ。船ではないけど、でも働き始めた時だからまた船に乗りたいと思っているけど」
「じゃぁこれでも貰ってくれないかなぁ邪魔にはならないと思うよ」
横田は前もって包んでいた一万円札をそっと手渡してにこっと笑いながらリムの目を見た。
二枚重なっていた事で、リムは興奮する様に顔をほころばせて深く頭を下げた。
「判った、話させて貰う。俺たちの所へ荷物が来たのはまだ船が日本で停泊していて一夜を過ごす時だった。船長は前もって受けていたらしく出て来もしなかったが、俺たちで荷物を受け取る事に成った。 調度ポーカーをしている時だったので面倒だったから、船に彼らを乗せたら時間が掛かるから、荷物だけ受け取って彼らを帰らせた。
でもメッセージが入っていて電話番号が書かれていて、そこへ電話する様に言われ電話を入れると男が出て、そこでとんでもない話を聞かされた。
直ぐに一人行くから乗せて貰いたいと言う内容であった。それも船長には言わないでほしいと言われ、また報酬として今回の航海で貰う分と同じだけ払うからと言われ、俺たちは調度ポーカーをしていた時で気が高ぶっていたからその話に乗る事にした。」「其れでその男が船まで遣って来て乗り込んで来たのだね」
「そう、荷物を持ってきた船で居たのか案外早くやって来て、俺が電話に出てまた俺は年上でみんなを常に取り締まっていたから有無もなくその男を船に乗せたわけ。
顔を見られては困るからと言って、男は目指し帽を被っていて怪しかったが、何はともあれ報酬として『あげるから』とお金を見せ、それから俺たちに話した事は、『このトランクに入っている物は人間だ』と言い、生きているとも言い、其れでこの者に用事があると言われ倉庫に俺たちでコンテナーを運んだ。
船長に秘密だったけど船長が来る事など滅多に無いから安心してトランクの前に行くと、トランクが何かで叩くような音がして、其れで目指し帽の男が開けると男が入っていて、俺たちはびっくりして顔を見合わせていたら、目指し帽をした男が日本語で猿轡をされた男に何かを話しかけていたな、
其れから我々は外すように言われ、彼らだけを残して倉庫からみんな出て、別の部屋へ行きポーカーの続きをし始めた訳。思いがけない金をたっぷり貰ったからみんな上機嫌で彼らの事も忘れていた位だった。
それから彼らがどう成ったのかと成るのだけど、めざし帽を被った男がトランクに入って居た男をどうにかしたのだと思った。
俺たちが行った時には血が塊の様に出て床が濡れていた。近くで目指し帽の男が隠れて居て声を掛けられ、死んでいた男を捨ててくれと言われた。
❺
それを俺たちで見張りを立て海に棄てた。其れで俺たちは高額の報酬を貰っていたから誰にも言わない事を約束させられた。」
「死んでいたんだね。」
「そう、相当殴られていた様だった。血が服の上まで溢れるように出ていたから、息もしていなかった。」
「でも警察とか船長に言おうと思わなかった?」
「思ったよ。でもこの話は船長から出た話。何故なら船長は事前にこの話を知っていたから、それと目指し帽の男は電話で言って居た様にお金を直ぐにくれたから何も言えなかった。
ただ『誰にも言わない事を信じたいから、みんなでこの男を海に棄てて貰いたい。もしバレたらみんなにも責任を取って貰うから』と条件を付けて倉庫からデッキまで俺達で運んで海に捨てた。
それを確認してめざし帽は迎えに来た小船に降りて行った。」
「貴方はその男が誰であったのか全く判らなかったですか?以前に見たこととか?」
「判りません。電話で顔は見せれないけどびっくりしないで貰いたいって言われていたから。それに俺たちは船から降りたりしないから。」
「海に落としたのはこの男だった?」
「ええ、そうだと思います。でも血が凄かったから。でもこの人に良く似ています。」
「しっかり見て、間違いない?」
「ええ、間違いありません。」
「ありがとう。其れで他に何か思いついた事無いですか?例えば迎えに来た船の名前とか」
「そんな事判りません。だって船を見送ったりしないでほしいと言われ、更に船長には絶対判らないようにと強く言われましたから」
「でも船長がその荷物、つまりこの男は結城と言うのだけど、船長は結城が船に乗る事は事前に知っていたのだろう?どうして船長に見つからない様にと、その男が言って船から去って行ったのだろうね。」 「判りませんが、当然船長は只の荷物と言われていたからでしょう。まさか人間が入っているとは知らずに、船長そのように言っていましたから」
「ではこの目指し帽の男は一体誰なのか東和貿易とも違うようだな。判らないね?」
「はい東和貿易の生田さんの関係の者だと俺たちは思っていますが、しかし報酬があまりにも多いから」
「判りました。
権藤さん彼らは結城が船に乗って来た事は何も聞いて居なかった様で、寧ろ船長なら知っているかも知れないと、それもただの荷物と思っていたかも知れないと、其れに結城が殺されたからそれを海に棄てる様に言われた様です。連帯責任で口封じに。それで可成高額な報酬を貰い何もかも黙っていたと」
「でも船長は乗組員を解雇したのはどうしてでしょうね?結城が乗って来た事も知らなかった筈?」
「聞いてみます。リムさん、もう一度お聞きします。船長は殺された結城が乗っていた事を知っていたのですか?」
「それは判りませんが、荷物を積み忘れたから持って行くからと言われ、それを聞いたのが船長だったから、繰り返しますが船長から単なる荷物と聞かされていました。」
「それは東和貿易からですか?」
「そうだと思います。でも後で掛かってきた電話は誰だか判りません。何しろ目指し帽を被っていたから」
「それはもしかして他の誰かかも知れませんね」
「それはわかりません。
「権藤さんもう一度船長に会う必要がある様ですね」
「ええ、そうしましょう。どうも東和貿易と船長がまともなやり取りをしていた筈が、誰かが入り込んでいるようですね。何かちぐはぐですからね。」
「そうですね。其れで権藤さん、結城は間違いなく殺された様ですね。この写真で確認したから」
「その様ですね」
それから三人で港へ戻り船長に出会う事にした。
「船長、先ほどから当時貴方の船の船員だったリム・ニジルと言う男に会って来ました。
其れで当時大変な事が起こって居た事を知りました貴方が荷物で受けた中に人が入っていて、その人が殺され、そしてその男を海に捨てた事を聞かされました。」
「えっ何ですって?殺された?やっぱり?」
「結城と言う男です。日本人です。貴方が受けた荷物は結城だった事を貴方は知っていませんでしたか?」
「実は知っていたのです。田之倉さんと言う方に頼まれたからと、でも東和貿易の社長は単なる荷物だと思って何も知らない様でしたが、田之倉さんが荷物の事を東和さん抜きで詳しく言っていましたから、私も特別輸送料が高額だったので引き受けました。
其れで結城と言う男は倉庫から出してフィリピンに密入国させる予定でありましたが、船が港に着いても出て来なかったから、私倉庫へ見に行き、そこで大量の血痕を見つけたので何かが起こったものだと思いました。
しかし私から騒いでみてもそれは警察が乗り込んで来る事であり黙っていましたが、その時二度と彼らを今後は雇わない事を誓っていました。 おそらく彼らがその結城と言う男を殺したのだと思われました。何しろ船には彼らしか居ないのですから」
「では貴方は船に誰かが乗り込んで来た事もご存知ではないのですか?」
「誰かが乗り込んで来た?判りません。翌日の事を考えてぐっすり眠っていましたから」
「でもその後田之倉や東和貿易から何か言って来ませんでしたか?」
「ええ、少なくとも田野倉さんは男が旨く密入国したものだと思っていたのでしょう。此方から余計な事を話す必要は何も無かったですから。密入国をするような男にはそれなりの事情がありますから。」
「其れで何となく問題にも成らず一年近くが流れたのですね」
「そうですね。あれから何度も日本へ行きましたが、東和さんとも何度か荷物があり普通にこなしていますよ。只乗組員は他の者ですが」
「判りました船長、今の話はここだけの話で・・・なぜなら貴方にも乗組員のリムさんたちにも決して良い話ではないので、封印させて貰います。」
権藤と清水は横田から詳しく説明を聞きジエットの中で深く頷いていた。
「これで何か見えて来た様な気がするね」
「ええ、今回横田さんにお願いして正解でしたね。」
「そうだな、我々だけでは埒が明かないからね。ちんぷんかんぷんで」
「それは言えますね。幾らスラムで住んでいても言葉を話せない者には決して甘くないですね。警戒して見下げる事だけしか出来ないと思いますよ。彼らにだってプライドがあるから。だからお金を掴ませれば簡単に落ちる事もあると言う事ですね。」
「日本の戦後間近と同じですね。破れかぶれって言うのか・・・」
「ところでお二人はこれから・・・」
「ええ、田之倉も東和貿易もこの話は関係ないのかも知れませんね、田野倉はあくまで結城を密出国させる事が目的であり、東和貿易も田之倉から言われて無理を聞いただけで、まさか荷物が人間であったとは知らなかったのでしょうね。
もし人間であり密出国させる事を知っていたなら、東和貿易の社長の生田は断ったでしょうね。
その様に考えるとやはりこの裏工作を企てた者は、田之倉と関係の深い碇谷の関係者等と成るのでしょうね。或は我々では未だ知っていない誰かが存在しているとか」
「私も同じです。碇谷と理沙に関係ある人物で、結城の事を嫌っているとか、結城の保険金を狙っているとか極身近な人物でしょうね。」
「そうなると碇谷に成ってくるな」
「権藤さん私は部署が違うから係わらないほど良いのですが、その碇谷ってどの様な人物で?」
「ええ四国から出て来ている男で、いつも田之倉の付き人の様な存在で、運転手もこなしている男です。
❻
田之倉には信頼されている様で、この度田之倉がやっている田野倉金融を任されている様です。」 「そうですか。でも人間ておかしげな生き物で、何故こんなに幸せで安定しているのに、余計な事をしてと言う話は幾らでもありますね。
高学歴にも拘らず稚拙な犯罪を起こす者も居ますね。有識者の買春や痴漢などは最たる例で、それは人間とは弱い心の持ち主と言えるのでしょうね。
そこでですが、その碇谷って男は四国から出てきて今田之倉金融を任されて、どれだけ信用を得ているかと言う事なのでしょうが、でも今だからこそ碇谷は田之倉を裏切る事も出来るでしょうね。」
「それは一体どう言う事でしょうか横田さん?」
「ですからこんな事もありうると思うのは、碇谷と言う男はカバン持ちをして田之倉に使えて来て、でも碇谷の心には田之倉に対して恨みとか妬みとか悔しさとか無いのでしょうか?忠実であれば忠実であるほど押さえつけられていた毎日だったから」
「ええ在ると思いますよ。それを東和貿易の社長に話されていたようで」
「やはり、ではこんな時だから策を講じて、田之倉が転覆する事を考えているのかも知れませんね。敵討ちとか言う話と思って頂いても良いかと」
「つまり碇谷は田之倉が豚箱に入っている間に、何もかもを塗り替える積りかも知れないと・・・今までの様に田之倉は興信所を頼んで理沙を調べた様に調べる事も出来ませんからね。」
「チャンスかも知れませんよ」
「成程ね。貴重なご意見ありがとうございました。
横田さんこの度は大変お世話に成りました。ありがとう御座います。これから碇谷を徹底的に見張る事に致します。それと問題は結城が別れた嫁が死んで残してくれた保険金を未だ誰も手を付ける事無く眠っている事です。
確かに今回結城が殺されていた事を知って、その意味が解かりましたが、これからもし誰かが結城の預金を出しに来る者がいたなら、その人物が結城の命を奪ったと言う事に成るのでしょうね」
「ええ」
関空に付いた時事件は大洲目を迎えつつある様に権藤には思えて来ていた。当然清水はその思いで一色に成っていた。
この事件は結城のお金を引き出す人物が、何もかもを解決に向かわせるものであると確信した。
署に戻ってから固唾を呑んで銀行に現れる人物を天王寺署と銀行が意を合わせて待ち続けた。一ヶ月が過ぎ二ヶ月が過ぎ、理沙は既に新しい店に移り雇われママとして張り切って頑張っていた。
当然新しい客が理沙の美貌を求めて人目拝みたいと連日詰め掛ける新たな常連も生まれ始めていた。
引退したママも盛況振りに気を良くして時には懐かしく店を覗いたりしていた。
碇谷もまた田之倉金融を任された事もあり、他の子分たちの言わば管理もあるので、今までに無い緊張の中で毎日を重ねていた。 鞄持ちが今は店長である事に対して他の子分たちから憎まれそうであったが、それは田野倉が刑務所から睨みを利かせていたので誰も逆らう事無く従がっていた。
理沙が職場を変わった事に関しても田之倉は何一つ口出しせず、権藤らに被害届を出す事を何度も薦められた経緯があった事で、田之倉も理沙の行動に関しては黙っていたのであった。
権藤刑事は結城が殺されたのは碇谷の取り巻きの犯行であると思いながらも、物証など一切無い事に焦りさえ感じる毎日であった。
あの日目指し帽を被って船に乗り込み英語で船乗りと話しこんだ男はと想像した時、果たして碇谷は英語が堪能かと考えれば答えを出せなかった。
それは四国から出て来た高卒の男だったから、可能性として限りなく不可能に思えていた事であった。
その点でこの男が船に乗り込んで船員たちと難しいデリケートな会話を交わし、さっと消える様に船から放れて・・・そんな事碇谷には出来そうに無いと権藤は田之倉の運転手程度の男と思う気持ちが強かったので、はなから犯人で無いと思い込む有様であった。
だから一番犯人に近い人物でありながら一番遠い人物に思え、正直権藤の頭の中は八方塞がりに成っていて重苦しい毎日が続いていた。
事実フィリピンまで同行させた通訳の篠村奈美に、碇谷に近づかせて出会いがしらに碇谷が英語を話せるかを試した事もあった。
篠村が軽く碇谷にぶつかる様に成って英語で話しかけた時、碇谷は目を白黒させて照れくさそうにしていた事を考えると、外国人ばかり乗っている船に乗り込んでパーフェクトに目的を果すなんて事は出きる訳が無いと、権藤にはその思いが増幅するばかりであった。
そこで意味も無く自宅に帰った権藤は成果の無い一日を過ごしている事に心は荒む一方であったが、ふとあの奈良橿原市の沢村準一を思い出していた。
沢村は権藤と同じで探偵家業をしても良い位推理が好きに成っている。
だからこんな時はあの人と無駄話を・・・と思ったのである。
「こんばんはご無沙汰しています。」
「良い所に電話頂きました。私実は痺れを切らして我慢の限界に成っております。毎日毎日新聞の隅から隅まで読み、それから違う新聞も目を通したく成って図書館まで足を運び、とうとうこの頃それが日課に成っている様です。」
「其れは事件の事が気に成っていると言う事でしょうか?」
「ええ、でももう最近に成って疲れて来て忘れ掛けて来ている事も確かです。山根さんはもう灰に成って天国へ逝ったのだからと、自分で自分を慰めている次第です。
迷宮入りに成るのでしょうか?それとも既に被疑者死亡で解決されたのでしょうか?」
「いいえ、沢村さん、そんな事ありません。実は貴方の言う山根さん、つまり岩下の妻が殺された訳ですが、その元夫の結城信がフィリピン行きの船の中で殺された事が判ったのです。
其れで結城を殺したのは、その船に乗り込んで来た日本人と言う事が判りました。」
「そんな事を貴方と話し合った事が過去にありましたが、現実に成ったと成ると、まさかですね。」
「其れで犯人として思い当たる人物は、田之倉の関係者と成り、田之倉は今豚箱で刑に服していますが突き詰めた範囲ではどうも白で、また難波の佐川も同じ様に刑務所で服役していますが、これも白である事が判っていて、だから浮かんでくる人物となると内部事情に余程詳しい人物と成り、運転手の碇谷が浮かんでいます。
しかし問題があり船に乗って外国の船員と共謀して結城を殺したと成ると、英語が話せるかとか、其れに言わば田之倉に対して裏切り行為かも知れないし、それで・・・」
「権藤さん私は何もかも解かりませんが、でも碇谷が船に乗り込んで結城を殺したのなら、その船の船員が吐くでしょう。向こうの警察が厳しく取り調べ此方から写真を持って行けば簡単ではないのですか?」
「そうですね。でも犯人は目指し帽を被っていて顔は誰にも判らなかった様です。船で迎えに来た船頭も帽子を着て更にマスクをしていて、其れに船員たちは目指し帽の男に、航海で貰う報酬と同じだけあげるからと言われて大人しくしていた様です。背格好だけは聞けましたが、それ以外は全く。」
「それでは権藤さんはフィリピンまで行かれたのですか?」
「はい、だから他にも判った事が幾らかありますが肝心の結城を殺した犯人が」
「でもそれって貴方の言うように田之倉の関係者に違いないのではと私は思いますが」
「勿論そうですよ。実は結城は多額の保険金を受け取っていて、それを狙っている誰かが結城を拉致して其れでお金のありかを白状させたと思われます。船頭の話では船の倉庫に大量の血痕が残っていた様で、それは痛めつけてリンチに架けたと言う事だと思います。
殺すだけなら何もそんな事をしなくっても海に放り込めば済む話で、痛めつけて痛めつけてお金の在り処を吐かせた事が考えられます。それはおそらく田之倉の知らない所で起こった事と思われます。
三千万円だったのですが、あの男にはその程度の金で危険を冒す事など在り得ないと物理的に成るのです。」
「保険金が三千万円だったのですか?」
「そうです。」
「その金は貴方方警察が監視しているのですね?遠くから」
「ええ銀行に協力させています。誰か出しに来る者が居たなら至急知らせて貰いたいと。だから今と成ってはお金を引き出しに来る人物が犯人か若しくはその関係者と言えると思いますよ。」
「其れでその兆候はありますか?」
「いえ、誰も記帳にも来ていないです。」
「でもお金も印鑑も誰かが持っているのでしょうね。それでその金を触れば危険である事も重々知っているのでしょうね。」
「ええこれまで全くその気配が無い事を思うとその通りだと思われます。」
「権藤さん貴方がお気に入りだった理沙さんて女性はどうなのです?」
「どうって?」
「だから結城殺しの犯人では?」
「いえ彼女はアリバイがあり問題ないと思っています。其れに碇谷もまたアリバイがあり、それと航海日誌に狂いが無いかそれもはっきりしません。
日をずらして書かれていたなら何もかもが判らなく成るでしょう。」
「そんなものですか?」
「ええ場所が日本なら追求出来ると思いますが、中々難しいと言うのが現実で」
「権藤さん今お聞きしただけで私の様な者には判断など出来ませんが、現役だった頃外人が毎日の様に尋ねて来て、こんな私でも片言の英語でお相手した事があります。その事を思えば例えば理沙さんだって場所柄外人さんなど常に来ているのではないでしょうか?
それと外国の彼らは結構節約家が多く、ホステスのアルバイトを進めればするかも知れませんよ。日本語も流暢にしゃべり当然英語もしゃべれるそんな人が客に来ていませんかな?」
❼
「それは気が付きませんが確かに前の店には駅も近くにあったので、良く外人も見かけた事あります。」「それでは結城の様に理沙さんに入れあげていた外人も居たかも知れませんよ。」
「でも彼女は店を辞め今は他の店で働いていますよ。」
「私は素人だから遠回りでも平気でする正確です。それは其れで納得出来るからです。
刑事さんの様に専門ではありませんから一歩一歩コツコツと言う奴です。だから私なら理沙の関係を当たってみるかも知れませんね。理沙の顔で碇谷が外人に仕事を依頼したと言う事は考えられないでしょうか?」
「それなら在り得る事かも知れないですね。」
「私現役の頃に外人から矢継ぎ早にしゃべられ、冷や汗が出て困った事が幾らでもあり、その内適当でも良いと開き直った事が在りまして、だから権藤さんも英語をしゃべれないなら向こうへ行っても中々大変だったでしょう?」
「おっしゃる通りでなめて掛かられた様に思います。だから二回目は英語の堪能な刑事にお願いして同行して頂きました。それでも一番事情を解かっていない刑事が追求するのですから問題がある事は確かです。」
「理沙さんは新しい店で働いていると言われましたがやはりスナックで?」
「ええ、雇われママの待遇で、其れで行く末は自分の店にする様で」
「ではそれまでの辛抱ですな。お金が動くのは」
「まさか・・・理沙さんが・・・私は定年を迎えますよ。」
「それでは前の店にも今の店にも再三出入りする外人が居ないか、あるいは日本人でも英語が堪能な人物が居ないか調べても良いかも知れませんね。これは素人の考えですが」
「前の店の女の子に聞けば直ぐ判るでしょう。これまで再三来ていた人が、理沙が居なくなってから全く来なくなった人。これで判りますよ。更に理沙が今働いている店に行けば必ず来るでしょう。私は面が割れているから他の刑事に頼んでみます。」
「すみません。生意気な事を言って」
「沢村さん他に何か思い付く事御座いませんか?」
「そうですね。私も現場をこの足で歩き、それなら・・・」
「いやいや止めて下さい。うっかりその言葉に乗る所でした。貴方は謹慎者ですから、探偵ごっこは駄目ですから。」
「ではその様に致します。頑張って下さい。」
「ありがとう御座いました。お役にたちます。」
「お電話ありがとう御座いました。嬉しいです。何しろ退屈で」
「沢村さんこの事件目処がたったならまたご飯でも」「ええ楽しみにしています。それと何かお役に立つ事があれば言って下さい。」
「そうですね。またお電話します。」
沢村は久し振りに権藤から電話を貰いご機嫌であった。でも冷静に考えてみれば、山根弘道の罪状は変わらぬ儘で何ら進歩も後退もしていない訳で、殺人犯と言う立場は微動ともしていないのであった。
「私は殺していない」と遺書を残して死んで逝った山根弘道を久しくして思い出すことと成った沢村は目に熱いものを感じていた。
「母さん大阪の権藤さんがねぇ、事件が解決したら一緒にご飯でもと言ってくれたよ。」
「そうですか。早く解決してくれれば良いのですがねぇ。貴方の言う山根さんも晴れて無実になり成仏出来るでしょうに・・・お可哀相に」
「運命って残酷だね。命に替えて訴えても解かって貰えないから山根さん無念だったろうに、残酷だよ全く。」
「・・・」
「戦争をしていた頃は冤罪で殺された人がどれだけ居たのか計り知れなかったようだから、事実無根で殺されて逝った人は辛かっただろうな。
せめて今の時代はそんな事は在ってはいけないと私は思う。だからこれは私の天命かも知れないけど、これからの私の人生は、先ず山根弘道の冤罪を取り除いてあげる事だと思っている。
彼への思いこそ私の人生を問われるもので、集大成だと言っても過言ではないと思っている。
これをこなしたら今度は熊野から橿原までの復路を踏破したいと思っている。それが私の考え方なんだ」
「では一日も早く事件が解決されますように祈りましょう。年齢を考えると一日でも早く解決しないと、お体が苛酷な旅に耐えられるか心配ですから」
「そうだね。山根さんを信じてやろうよこれからも」
権藤は沢村の言った言葉が気に成っていて、その所に突破口があるのではないかとさえ思えていた。
それだけ英語が苦手だったから外人と言う言葉に翻弄されていた。
久し振りに天王寺駅近くのスナックエデンに立ち寄り、理沙の居なくなった現実が妙に辛いものさえあった。それでもいつも愛想良かった理沙の友達のゆかちゃんを側に座らせて何かを探る積りであった。
マスターが直ぐやって来て
「権藤さん、久し振りで」と軽く挨拶をしてから背を向けたので権藤はその背に 「田之倉が居なくなったけど頑張っているのだね」と声を掛けると、笑顔で振り向きながら「あの人が刑務所に入ったから逆に責任重いです。」と早口で言って去って行った。
一年近く前、結城がこの店が舞台となって誰かに何かを飲まされ、そして朦朧とした状態で船に乗せられ、その後目指し帽をかぶった男によって殺された事など知る由もない権藤は、マスターの笑顔に釣られてニコッと笑い頭を下げた。
「ゆかちゃん、ゆかちゃんねぇ聞きたいのだけど、理沙ちゃんがここで働いていた時彼女目当てで外人さん来ていなかった?」
「外人さん?判らないわ。もし来ていたとしても一度きりでしょう。顔を覚える所まで来ていたお客さんは居なかったと思うわ。だって外人さんは大きいし格好もいいし目立つでしょう。だから誰のお客さんでもみんな覚えていると思うわ。」
「そうなんだ。覚えるほどの馴染みの外人は居なかったんだね?」
「ええ、でもそんな事どうして聞くの?」
「ゆかちゃんは英語話せる?」
「いえ、全く」
「だから外人さんでないと話せないから、殆どの日本人は、私もそうなんだけど」
「そうねぇそれって外人の話でなく英語の話?英語を話せるかって事?」
「まぁそうだね。」
「では外人で無くっても英語話せれば良いのね。そんなお客さんが居ないかって事ね?理沙ちゃんにそんなお客さん居たかなぁ・・・」
「思い出せない?」
「でもそれなら寧ろマスターのお客さんなら居るけどなぁ時々来るから」
「マスターの?」
「でも外人とは限らないわよ。勿論外人だけど顔形は私たちと同じだから」
「それはどうして?」
「だからなんで日本語より英語が旨いと思う様な人が居るわ。」
「そう香港とか台湾とか」
「つまり東洋人?」
「マスターにその様な友達居てるんだ?」
「ええ居るわ、お店に来た事も何回もあるわよ。」
「成程ね。ゆかちゃん良い話聞かせて貰ったよ。其れで理沙ちゃんにもその様な人が居なかった?」
「だから顔は日本人の様でも英語を話せる人ね」
「そう」
「居たかも知れないけど私は思いつかないわ。」
「では碇谷さんは良く来る?」
「田之倉さんに付き添って来た事はあるけどあまり来なかったわ。理沙の元彼だから辛かったかも知れないと思うわ」
「碇谷さんが外人と来た事なかった?」
「彼自身が時たま来るだけだから全く覚えていないわ。」
「ありがとう。」
権藤は店を出るなり頭の中をある事が過ぎっていた。
『まさかマスターが、マスターが結城のお金を狙って佐川に結城を運ばせておいて、その後から別の船で近づき、誰も知らないが英語を話す事が出来、其れで船乗りを買収して・・・マスターなら可能であるかも知れないな・・・』
思いがけないホステスゆかの言葉で目が覚める様に成って、権藤は初心に帰った積りで先を読んでいた。権藤は僅か三日間しかフィリピンに居なかったが、それでも何となく英語がニュアンス的に解かる様な気もした時があった。
もし英語圏で暮らせば知らぬ間に覚えるだろうなと思う事もあった。僅か三日間の間の出来事であったが、しかしマスターが英語を話す人物と友達であったなら、片言位は話せる事は間違いない。
寧ろペラペラなのかも知れない。更に深く考えたなら、そんなマスターが英語を話せる者を雇う事など簡単である。現にそんな人物もいるようである。
そこに保険金の強奪を絡めれば話が纏まる可能性が十分ありえる。
署へ戻って上司にその事を伝えて事件が複雑に成って行きながらも、それでも少しは前進しているようにも感じた。『早く生命保険に手を出せ誰か、犯人よ』そう祈っていた。
ところがそれから三ヶ月が過ぎ半年が過ぎ一年が過ぎたが結城の預金に手を出す者は居なかった。記帳に来る者も居なかった。結城の預金は誰も係わる事無く死んでいるのかと権藤は思わされる事と成った。
そして実際結城の骨を拾った訳でもなく、事件そのものが消え失せ様としている時であった。
大正区で火事が起こりそこは泉尾商店街であった。そしてその中に理沙がママをしているスナック「千寿」が巻き込まれて類焼していた。
まだ運が良く千寿は小火程度で全焼を逃れたが、それでも水浸しに成ってその事で先代のママがショックで入院してしまい、理沙は窮地に立たされる事に成った。
火災保険に入って居たが中途半な被害であったので、保険金が旨く下りなかったからである。
また火事の原因は既に絶えている空き家からの出火だったので、放火の疑いもあり警察は空き家の親族を捜す始末であった。
理沙は碇谷を通じて豚箱の田之倉に資金をお願いする事も考えたが、それをしてしまえば何もかもが元の黙阿弥と、目に黒痣を作る位殴られた事を瞬時に思い出していた。
「碇谷さん助けて、折角付いてくれているお客さんを逃がしたくないわ」
「でも俺も田之倉から見張られている立場、毎月二度も税理士が来てガラス張りだから、其れに理沙ちゃんに金を貸すとなると、理沙ちゃんも田之倉の見舞いに再三行かなければ成らなくなると思うから、俺今更理沙ちゃんにそんな事をして貰いたくないな」
苦しそうに碇谷哲夫は言い訳を並べた。
「無理?ところで田之倉さん後どれ位刑務所に入っているの?」
「二年と少し」
「じゃぁそれ迄に切らないとね」
「理沙ちゃん回り道だったけど、俺たちはこれからも助け合って幸せに成らないとね。その内家族が出来たら四国へ帰ってのんびり暮らそうよ。」
「ええ」
半焦げに成ったスナック千寿を見つめながら碇谷の手は理沙の肩を包んでいた。
❽
それから一ヶ月、とうとう結城の預金に手を出す人物が現れたと銀行から電話が入り、至急吉田刑事たちが銀行へ向かい、権藤たち天王寺署の捜査本部の全員が固唾を呑んで目を見あった。
結城のお金に手を出し銀行のビデオカメラに写っているその人物は、背丈で言うなら百七十五ほどある女であった。 東洋銀行上町支店に遠慮する事も無く現れ、窓口で千五百万円を引き出そうと手続きをしている最中であった。結城はカードを作っていなかったので、端末機から出す事が出来ない事は権藤たちには判っていたので、この様な光景を想像出来ていたのであった。
「何者?」
「さあ判りません。」
「女だから・・・まさか女装?それにしてもでかい女だな」
「百七十以上ありますね。」
「どう言うことだろう?」
「何者?」
「待って下さい。私・・・いつどや何処かで・・・」
「見かけたのかな?」
「見覚えがあるのか?」
「吉田さんは見てないですか?」
「さぁな?」
「私ねぇもしかして上本町の理沙のマンションの前で、違ったかなぁ・・・」
「判らんな?」
「あっこれです。手帳に書いてあります。その時に奈良のおじさんも居ました。隠れて」
「それって二年以上前の事だろう?自分は上本町には行かなかったから・・・」
「そうでしたね。難波の麻雀屋とか張っていましたからね。
確かに、ええ一昨年の事ですね。六月です。六月の八日ですね。上五の理沙のマンション前で張っていたのは」
「つまりその女性は理沙の友達とか仲間って事となるね」
「その様に思います。」
女はお金を引き下ろしさっさと銀行を後にした。
「銀行を出ました」
「吉田、女の尾行をしっかりしろよ。逃がすなよ。それと絶対に感づかれる事が無い様に、誰に金を渡すのか知りたいね。理沙なのかそれとも誰なのか?」
「女は理沙の友達だとしたら、今理沙はお金が要るからな、あんな風に店が焼けたから、それでも流行っていない店なら兎も角盛況だったからな。だから一日でも早くお金が要った、其れでほとぼりが冷めたと思い今日墓穴を掘ったと言う事だろうな」
「これで結城を殺した犯人も判るでしょうね。」
「そう在りたいね」
しばらく尾行を続けていた吉野刑事達から連絡が入って、
「権藤さん女はタクシーで梅田に向かっています。」
「梅田?」
「はい。もう少しで降りそうです。」
「・・・今降りました。応援は?」
「間に合わないから君らでやってくれ」
「はい。駅に入りました。吉田刑事が後を追います。」
「新幹線の切符売り場へ向かっています。・・・・今買いました。職質して身柄確保しましょうか?」
「駄目だ。後ろに誰が居るか判らなくなる」
「そうですね。神戸方面に行く様です。ホームは九州方面行きですから
新幹線に乗る様です。・・・・電車が来ました。・・・乗りましたから私も乗ります。吉田刑事も何処かの車両に乗れたと思います。・・・走ります。女から十五列ほど後ろの自由席に乗りました。吉田にも連絡入れます。
女はお金を棚には置かずお腹に抱き抱えていると思われます。千五百万円なら相当重いと思われますが、その様にしている様です。
橙色の紙袋ですから結構目立ちますが、しかしコンパクトに包んでいるので、まさかお金とは誰も思わないでしょう。暫くすると今井も来ますから、これから付け続け変化があればご連絡致します。周りの方に迷惑に成りますので・・・」
それから二人の刑事は五分おきにラインで状況を送り続けた。そして一時間が過ぎ二時間近く成って新幹線は福岡に到着していた。
「こんな所まで来ました。女はどうもここで降りて何処かを目指す様です。付けます・・・・向こうのデパートに向かっています。・・・デパートに着きました。入る様です。・・・入りました。私たちも入ります。
権藤さん今気付きましたが女が持っているお金の入った袋はこのデパートの袋の様です。
みんな同じ袋を持っています。大変な事に成って来ました。みんな一緒です。二階に上って行きますから後を付けます。
うわー女は下着売り場に行きました。入れません。ここで待ちます。ここで待ち続けます。
出口をしっかり押さえていますが女は出て来ません。
何処かの試着室に入ったのかも知れませんが、でもここは女性ばかりだから売り場に我々が入って行ける雰囲気では無い様です。入っては行けないです。変に思われます。
待ち続けます。間違いなく出て来ると思います。あの背丈ですから簡単には逃げる事など出来ない筈です。其れに付けられている事等全く気が付いていないと思われます。
出入りする女性を全てとは行きませんが、覚える様にしています。・・・・・まだ出て来ません。試着したならそろそろと思われますが」
・・・・・」
「今出て来ました。良かった。後を付けます。同じ格好をして同じ袋を持っています。今度はバスに乗る様です。
どうもどこかへに向かう様です。付けます。私たちもバスに乗ります。」
「まさか?」
「どうした?」
「ええ、このバスは港へ向かっています。それは韓国の釜山へ行くジェットフェリーの乗り場のようです。
バスが付きました。思った通り彼女はフェリーの切符を買った様です。どうされますか?我々は出国出来ないでしょう?」
「出来ないな。残念ながら、だったら現地の警察に協力をお願いして身柄確保しようか?」
「ご支持下さい。お任せします。でもあと十七分足らずでフェリーは出る様です。急いで下さい。」
「解かった。千五百万円もの高額を持ち出す事が出来るのか、申告しないといけないのでは、兎に角調べて引っ掛るもので身柄を確保しないとな」
「早く!女は手続きを済ませもう見えない所に乗り込んで行きました。」
「判った。出来るだけの事はする。現地警察にも話してあるから緊急で身柄確保をして貰うから、派出所から応援が行くと思う。」
そして汽笛が鳴り響き、いよいよフェリーがエンジンの音を高めてロープを外し始めだしたが、権藤からは指図に至らず打つ手が無かった。
吉田ら両刑事は呆然とジェットフェリーを見つめながら地団太を繰り返していた。
顛末の報告を受けた権藤は力の無い事に全身に悔しさが滲ませた。
思いもしなかった展開に打つ術を知らなかった。即刻パスポートを用意して午後のフェリーで後を追ったがしかし女が何処へ行ってしまったのか等何も判らなかった。ただ一つ救いは女の格好に特徴が有った事であった。
百七十五もの女はそうざらには居ない事は韓国も同じで、行き先が釜山である事は判っているのであるから、決して真っ暗では無かったのである。
フェリーが釜山に着いて、何とか日本語の出来る警察官に協力要請をして動き始めた訳であるが、簡単には見つける事など出来ないと思いながらの作業であった。
女はどこかへ消えてしまった。そしてお金は?
権藤は清水刑事が言って居た様に、その背の高い女が上本町の理沙のマンションに出入りしていたと言う記憶を信じて、その時奈良の沢村準一も同じ様に彼女を見ていたと言ったので、沢村に電話を入れる事にした。
「沢村さん貴方昔上本町の理沙のマンションへ行って、理沙を監視されていたでしょう?」
「ええ貴方に叱られましたね」
「其れでその時理沙の所ででかい女を見かけられた事を覚えておられますか?」
「ええ」
❾
「それって詳しく判りますか?」
「何を言っているのです。貴方に名前をお聞きしたのですよ。皮肉たっぷりに」
「私が・・・」
「そうですよ。貴方の口から」
「まさか。そんな事在りましたかなぁ」
「良いですか、言いますよ、
その女性は野々村いづみと貴方は言われました。それにちょっと小太りの女性は棚井亜紀と言われました。」
「私がそんな事を」
「駄目ですね。お忘れでは?お疲れなのですか?」
「実は今、いや止めておきます。重大な事が起こりまして、すみません。もう一度調べます。お世話お掛け致しました。失礼します。」
権藤は沢村ほど暇でなく、いつの間にかあの天王寺母子絞殺事件で自分がとった当初の行動など忘れ始めるほど、二年の歳月は事件を風化させていた。
逆に沢村は権藤の電話を切ってから燃えていた当時を思い出すことになった。当時痺れを切らしたのは権藤でも清水でもなく奈良の沢村準一であった。
折り返し目が覚めたように沢村は大阪の天王寺署の権藤に電話を入れていた。
「権藤さん私長らくお待ちして居りましたが、一向に音沙汰が無いから、とうとう痺れを切らして御取込み中とは存じますが、陣中見舞方々リダイヤさせて頂いた次第です。」
「先ほどはどうも・・・そうでしたか・・・面目ないことで、しかしながら捜査は継続しておりますが、結城が殺されていた事が判ってから、あの男が残した保険金を受け取る人物が真犯人であると思われ、あれからずっと注視していますが、一向に誰も姿を見せないので困っておりました。」
「それではやはり岩下さんが母子を殺した犯人として今でも疑われていると言う事でしょうね。」 「そう言う事に成りますね。沢村さんの思いをと常に思って来ましたが、何ら変わる事無く歳月が過ぎました。」
「事件は歳月と共に風化して行き色褪せた活字だけが残る事に成るのでしょうね。」
「そうですね。どれだけ憎い犯罪であっても、憎い人間であっても時間は何もかもを穏やかにして行きます。でもそんな現実があるから、我々の様な人間でもまた生き続ける事が出来る様に思います。
刑事の中には家族が犠牲に成った方も居られ、刑事を続ける事など困難に成る時もありますが、さっき言った様に時間が和らいでくれるから、また立ち直りエネルギーを注げる訳です。
沢村さんは岩下の事で随分気を痛めておられるのは判りますが、実は岩下の様に不運な人生を送る人も沢山居ます。
だから貴方も岩下の事など忘れてしまう事も人生かも知れません。私は刑事として満遍なく捜査に当たっています。誰かに言われたから頑張るのではなく、言われた事を全力で突き向かっている一人の刑事です。
私は事件の事を忘れる事は出来ません。しかしながら毎日の様に事件が起こり誰かが殺される訳です。こんな理不尽な世界だからと諦めるのではなく、また妥協する事など許される訳が無く、必ずや犯人は逮捕されるものであると信じていますが、何しろ未解決のままの事件が多く成って来ている事も確かです。言い訳がましい事を言いますが」
「そうですか、良くわかりました。」
「実はこの事件は結城が殺されていた事が判り、真犯人が誰であるか誰もが想像出来たのです。貴方が知っておられる田之倉の子分の碇谷と言う男ではないかと照準を絞りましたが、物的証拠が無く地団駄を踏んで今に至っているのです。」
沢村は電話を切って権藤と過ぎし日に話し合った事を思い出していた。 権藤もまた今沢村に結城のお金が動いたことは口にするべきではないと思った。それは周りに部下達が居り耳を立てている事が考えられたからであった。
『背の高い女は野々村いづみ、そして小太りの女は棚井亜紀』引き出しの中の古い手帳からその名前を見つけて何もかもを思い出し権藤は溜息をついていた。
まるで年貢の納め時であるかのように。権藤はその時気が付いた。それは福岡のデパートへ入った女野々村いずみの行動に疑問を感じた事であった。みんな同じ袋を提げている事にヒントがあった。
野々村いづみを尾行して韓国まで行った吉田刑事らに権藤は、
「なぁ君ら、福岡のデパートに入って行き女性の下着売り場へ女を付けて行ったね。
其れで男が入れなかったから入り口で待っていたのだったね。良く聞いて、その女は野々村いずみって言うんだけど、その背の高い野々村いづみが出て来るまで可成時間が掛かっていたね。」
「はい」
「でも良く思い出して貰いたいのだけど、野々村いづみが出て来る迄に、これから送る写真の女が出て来なかったか良く思い出して貰いたいんだ。では送るよ」
「・・・・・着きました。二人で話し合った結果、二人ともこの女を見た気がすると結論が出ました。それは結構太っているから印象に残っていたのです。上六で見た気がします。吉田さんは知らないようですが」
「やっぱりな。棚井亜紀だその女は」
「どう言う事でしょうか?」
「私が思うに野々村いづみはその小太りの女棚井亜紀に、試着室でお金を渡した事が考えられるな。
何故なら釜山へお金を持って行けるか問題で、万が一法律に触れたり没収され強制保管されたりすれば、何もかもが判ってしまうからだと思う。
だからあの様な事をして、小太りの女がお金を持ってデパートを出ている事が考えられるな。
だから野々村いずみは大役をこなし、小遣いを貰ってその後釜山で焼肉でも食っているか、女性だからプチ整形でもしているか、エステか垢すりでもして居るだろうな。
若しくは観光を、だから銀行から引き出したお金は多分持っていないと思う。」
「ではどうしましょうか?」
「福岡に戻って棚井亜紀の足跡を当たってくれないかな。この女は九州の出だから何かを摑めると思うよ。其れで銀行へ行って福岡付近で振込みをしていないかも調べて貰いたいのだが、まさかと思うが理沙の口座にとか碇谷の口座にとか、それともエデンのマスターの口座にも、兎に角調べられるだけ調べて貰える。」
「判りました。エデンのマスターのお名前は?」
「野際亮と言うな」
「判りました。女に土地勘が在るのなら此方で処理するでしょうね。」
「そう人間は悪い事をする時は安全に逃げられる所を選ぶからな」
「判りました。直ぐに当たります。」
「ご苦労です。」
その日の夕方に成って九州の吉田刑事らから権藤に電話が入った。
「やはり権藤さんがおっしゃった様に振り込んでいますね。振り込んだ相手は野際亮です。」
「野際亮ってスナックエデンのマスターか」
「そう言われましたね」
「棚井亜紀の名前で振り込んでいるのだな」
「ええ、此方の銀行の窓口から」
「そう、ありがとう。大成功かも知れないな」
「さすが権藤さんの勘冴えていますね。」
「長年やっているからな、こんな事もあるって」
「では一気に動きましょうか?」
その言葉に、一呼吸して権藤は捜査に当たっている刑事全員を見渡してから
「皆さんご苦労さんです。聞いて下さい。何とか犯人が動き出して光明が差し込んで来たように思われます。今日まさに大きく山が動き始めたようです。一気に潰す日が来ました。もう一度容疑者を分析して一網打尽に」
「はい」
「先ずエデンのマスター野際亮を任意同行して引っ張ります。それから次に野際がお金を受け取った理由を問い詰めます。更に理沙の友達の野々村いづみと棚井亜紀を重要参考人として指名手配をして下さい。また理沙こと皆川忍を任意同行で連行して、二人の女性に現金を運ばせた理由を追求して下さい。
❿
更に何よりも大事な事は結城の消息を聞きだす事です。マスターの野際亮は何もかもを知っていると思われるから徹底的に絞り上げて下さい。
更にこの事件は先の母子絞殺事件も関係しているので、その犯人も見つけ出して下さい。
岩下庄一が犯人であると思われていますが、岩下は『自分では無い』と遺書を書き残して自殺して居ります事から、真犯人が居る可能性を忘れるわけには行きません。
よって真犯人が居るものと思って挑む事が大事かと思われます。それでは先ず野際亮の逮捕状を取る手続きをして下さい。 更に三人の手配も」
その日の夕方に成って野際亮は天王寺署に連行される事と成った。
「野際さん貴方をここへ来て頂いたのは解かっていますね。」
「すみません。」
「どうしてこんな事を」
「理沙さんに頼まれて其れでどうしても断れなくって」
「ホステスの理沙さんですね?」
「ええ」
「ではそのお金は理沙に渡すのですか?貰えたりはしないでしょう?」
「お金って?」
「貴方が振り込ませたお金ですよ」
「何の話です?」
「野際いい加減にしろ。先日福岡から棚井亜紀に千五百万円振り込ませた事判っているのだ。はぶらかしても駄目だからな」
「それは何です?千五百万円ですか?まさか凄い金ですね。何かの間違いですよ、そんな話」 「では初めに理沙さんに頼まれたと言ったのは何なのだ?」 「それは・・・俺、それかと思って」
「だからそれは何なのだ?」
「弱ったなぁ俺金の事は知らないから」
「だったら理沙に頼まれた事を言ってみろ」
「だから理沙が・・・理沙が結城を・・・・まいったなぁ」
「結城をどうしたのだ?」
「だから理沙が、結城を睡眠薬で眠らせて、其れで田野倉さんの言う人に渡して貰いたいって、田之倉さんに頼まれたから仕方ないって、だから俺言われる様にしただけ。其れで俺やばい事に成ったと思って」
「その話は後で聞く、ではお金の事は全く知らないと言うのか?」
「知らないよ。そんな大金。」
「野際、あんた名前を貸したとか、誰かにあげたとかやっていないだろうな?盗まれた事もなかったかも考えてみなさい?住民票を誰かに見せたとか役所が発行しているカードを貸してあげたとか」
「判らないけどあるかも知れない。俺は問題ないと思っていても何処かに落ち度があり、この様に利用されたのかも知れない。何も俺は分からないな」
「全く知らないというのだな?」
「ああ」
「其れで結城の事なのだけど、あんたが結城に睡眠薬を飲ませて眠らせてそれからどうした?」
「どうって、店の横の空き地から三人ほどの男が乗った車に乗せて走り去ったから、それから結城がどうなったのかは知らないよ。」
「野際、結城はな、その後殺されたぞ。あんたは殺人扶助罪だな」
「結城がまさか、だれが?まさか田之倉さんが?」
「かも知れんな。」
「まさか結城が可哀相に」
「可哀相に?そんなに思うのか?」
「思うよ。店にも毎日の様に来てくれていたから」
「だったら何故薬を飲ませたのだ?」
「でもあれは田之倉さんの命令だって理沙さんに言われたから。殺すなんて思って居ないし」
「ところであんたは英語を話せる友達が居るな?」
「居るよ。俺も少しは話せる。話せるって言うか聞ける。でも殆ど解からないけど」
「その友達ってどんな人物?」
「東南アジア系だね。正式には香港かな。だから金髪とかではなく日本人とまるっきり変わらないよ。」
「その友達で、例えば理沙さんとか碇谷さんとかとも付き合っている人はいる?」
「さあねぇ居るかな?」
「しっかり考えて、殺人事件だから」
「わかった。理沙さんとは食事をした事が何回かあったけど、でも理沙さんも英語話せないからな。」
「でもその友達は日本語をしゃべれるのではないのか?」
「話せるよ。俺と話す時は日本語だから」
「野際もう一度聞くが、お金の事は知らないんだな?」
「ああ全く知れない。そんなお金あれば苦労しませんよ」
「そうか」
一方大正区の千島団地で住む、理紗こと皆川忍の住まいを訪ねて警察に同行を求めた。
理沙は火事で燃えてしまった店を一年近く経っているにも拘らず再開する目処が立たなくてどうするか迷っていた様であった。
目を真っ赤にして仏さんの前に座って泣いていたのか、出て来た時は線香の匂いが漂っていて其れに理沙は暗くてその眼はうつろであった。
「理沙さんもうお解りですね。我々がこうして来た理由は」
「・・・・」
「今日九州から貴方の友達の棚井亜紀さんが、結城の元妻が結城に残した保険金を奪い、スナックエデンのマスター野際亮にその金を送金しましたが、受取人の野際亮はそんな金の事は全く知らないと言いました。
其れで送ったのが貴方の友達で、そのお金を福岡の駅前デパートでもう一人の女友達と巧妙にすり替えましたね。そのすり替えた相手も大阪で結城のお金を銀行から降ろした女性で、その方も貴方の友達の野々村いづみさんです。
韓国へお金を持ち出した様に見せかけて、貴方たちは大阪にお金を戻したのですね。更にそのお金は更なる警戒をしているのか、野際亮の名義の通帳に振り込んでいますね。
名前を利用して他人に罪を擦り付け随分巧妙な事をされるものですね。全て貴方が仕組んだ事なのですか?」
⓫
「・・・・」
「貴方が考えた事なのですか?理沙さん、貴方は二人の友達を巻き添えにしたのですよ。
今頃野々村いづみは釜山で遊びほうけているかも知れませんが、福岡まで帰れば即逮捕されるのですよ。貴方は二人のお友達を失うのですよ。
憎まれて恨まれて、違いますか?其れは貴方の店が焼けてしまいお金が必要であった、田之倉から借りればまた腐れ縁が続くから嫌だった。
だから危険であったが結城のお金が熱が冷めた頃に手を付ける事を考えた・・・そうではありませんか?碇谷が考えたのではありませんか?」
「・・・・」
「理沙さん何か言って下さい。黙っていると我々も拘留手続きを取りますから。
田之倉も佐川もみんな始めは否定しているのですが、でも真実は一つ、隠せないのです。だから人間は悪い事をして暮らす事は容易では無いのです。理沙さん何もかもを言って下さい。貴方は結城が死んでいる事は知っておりますね?」
「・・・・」
「間違いなく知っているから結城のお金に手を出したく成ったのでしょう?正しく貴方はとんでもない事を考えているのでは?
もしや碇谷ですか?碇谷が仕切っているのですか?それとも貴方が仕切っているのですか?
話して下さい。結城が誰に殺されたのか貴方は知っている筈」
「・・・・」
「理沙さん黙っていても何もかもが浮き彫りに成って来てあからさまに成って来ているのですよ。貴方が野々村いづみの事や棚井亜紀の事を知らないと言っても、二人が上本町の貴方の部屋で過ごしていた事は判っているのですよ。楽しくされていた事も。
結城のお金を今一番必要としているのは理沙さんでしょう。お店の建て直しに必要なのでしょう?話して下さい。貴方はお店が大事で頑張りたいでしょうが、新聞に貴方が載って、事実を書かれた時の事を考えてみて下さい。
今来ているお客さんは全部居なく成るのですよ。良いお客さんとはその様なものなのです。晩節を守る人達なのです。お店にお金を掛けてやり直しても閑古鳥が鳴くだけでしょうねぇ。
貴方の心の中に何が詰まっているのですか?
結城が死んでその元嫁も死んで、更にその子も死んでいるのですよ。貴方はその保険金を狙って友達を利用して、店のマスターまで利用して、何処にその様な事をする知恵があるのですか?」
「・・・・」
「貴方が結城のお金を狙う事を考えたのですか?」
「・・・・」
「答えなさい。」
「・・・・」
「貴方の友達をここへ連れて来ますから」
「棚井亜紀は今九州の博多から大阪に向かっているでしょう。それとも実家でくつろいで居るかも知れませんね。大役をこなして、でも時間の問題です。
みんな残らず逮捕します。共犯ですから。単なるお金の窃盗ではありませんよ、殺人事件なのですよ、貴方が絡んでいる話は」
「刑事さん女って損ですね。殴られて傷ついて、其れでこんな風に苦しまなければならないなんて」
「それは違うだろう。理沙さんほどの器量でそんな悲しい人生では無かった筈。田之倉にさえ出会わなかったなら、だから私が言ったでしょう。あんな男と係わっていてはいけないと。でももう遅い様だね。結城の命を奪ってしまうなんて、理沙さんあんたが結城をやったんだろう?誰に頼んだ?」
「・・・」
「マスターの友達を利用したのではないのか?」
「・・・」
「待ってやるからよく考えて心を整理しなさい。」
「今井刑事緊急だ。」
「はい何でしょうか?」
「直ぐに野際亮の交友仲間で英語に堪能な男を調べて至急引っ張るように、野際が逮捕された事を知れば逃走するかあるいは海外逃亡する可能性があるからな、おそらく野際の知らない所で起こった事と思われるが、理沙とは繋がって居るだろうから一刻も早く身柄を確保してくれないか」
「解かりました。直ぐに野際に吐かせます。」
「理沙さん貴方が黙っていても、今聴いていたと思うが野際の友達を調べ上げる。あんたがその人物に結城殺しを依頼したと思われるから」
「私そんな事はしていません。そんな事絶対していません。」
「では誰がやった。誰かがやって結城の預金通帳を奪ったから、今回の事が起こった事は解かるな。
結城が自分で通帳を持っていたならこんな事起こらないだろう。理沙さんが誰かに頼んで結城から通帳を取り上げた事は誰でも判る。
あんたの二人の女友達がこの犯罪に加担している事からも、違うか?」
「でも私ではありません。」
「では誰なのだ?碇谷か?」
「・・・」
「碇谷が仕組んだのか?」
「・・・」
「もう一度聞く碇谷か?碇谷が考えたのか?」
「だと思います。私ではありません。」
「マスターの野際の通帳は誰が持っている?お金が振り込まれている通帳は?」
「私は分かりません。」
「碇谷だろうな。誰か、碇谷の身柄を」
権藤は声を張り上げてそう叫んだ。
「理沙さん、碇谷が結城を殺したのだね?」
「知りません。そんな事はしていないと思っています。だって私と碇谷さんは将来を誓い合った仲ですから」
「誓い合った?」
「ええ、将来は田舎へ二人で帰る積りですから、人を殺すなんて・・・」
「でも実際は殺した訳だ。だから結城の通帳を持っている訳だ。違うか?」
「さぁ分かりません。」
「其れで貴方は碇谷が手にしたお金を貰って、店の修繕費に当てる積りだったのだな?」
「分からないです。私が困っている事は話しましたが、でもそんな法律に触れる事をしてまで私が困ります。
「あんた、あんたは碇谷の事を本当に好きか?愛していると言えるのか?もし言えるのなら何故友達まで利用して人様のお金に手を出した。
そんな事をしたらあんたの将来なんか無いじゃないか?馬鹿な事を、友達も失くすし碇谷も捕まるし、あんただって・・・どうして友達まで巻き込んだのだ?」
「野々村さんは私の友だちだけど碇谷さんが手を出しているわ。二人は男女の関係だから」
「しかしあんたは将来碇谷と?その碇谷があんたの友達と深い関係に成っていると言うのか?」
「それは仕方ないわ。私から何も言えないわ。言う資格なんか無いわ。」
「お互い様って事か?」
「そうかも」
「つまり碇谷の指図で野々村いづみが動き、棚井亜紀も加担したって事なのか?」
「だから私は何も知らないわ。それなりの話さえ聞いた事無かったから、だからいずみや亜紀が本当に逮捕されたのならとてもショックだわ。」
「でも結論的にはあんたは店の修繕費が大変でお金が必要だった事は事実だな」
「ええ、でもだからと言って」
「殺すとは思わなかった?」
それから間もなく碇谷哲夫が捜査員に同行され天王寺警察に出頭して来た。
「碇谷哲夫、今日スナックエデンのマスター野際亮名義の通帳にお金が振り込まれて来た事を知っているな。明日にでも使う積りであった事は分かっている。理沙の店の修理代になる事も。」
「待って下さいよ、刑事さん。何を言っているのですか?さっぱり意味が分かりません。」
「理沙さんがしゃべったのだよ。」
「理沙が?理沙も警察に?」
「そうだよ。其れであんたが仕切っている事も分かっているから」
「まさか馬鹿な奴だな、理沙は」
「どうしてだ?」
「俺理沙の為にしてやっているのに」
「其れであんたはマスターの野際の通帳を勝手に作ったのだな?」
「理沙は何て言っています?」
「何もかもを話している。」
「だから何て言った?」
「あんたが何もかもを仕切っていると言っている。碇谷さんに任せてあるからと」
「任せてあるって、参ったな」
「で、どうして通帳を作った?」
「・・・」
「これから家宅捜査をして蚤の糞まで調べるから」
「家宅捜査?」
「そうだ。徹底的にやるからな。万が一他に何か法律に触れる物があれば、それも罪を問うからな。」
「解かったよ。以前に通帳は理沙がマスターの住民票と印鑑証明を替わりに役所へ行かされ取った時に、二度カードを刺して其れで二枚作り、その一枚を利用して通帳を作った。」
「しかし何故そんな事をした?」
「まぁーその時は面白半分で」
⓬
「まぁ、じゃ無いだろう。詳しく話しなさい。話さないとあんたはこれから家に帰れないからな。これから三人の人物が何故亡くなったのか聞かせて貰うからな。意味解かって居るだろう?」
「でも俺はやってないから」
「違うだろう?つまり他人名義の通帳を作ったのは、結城の保険金の横取りが目当てだったのだろう?」
「違うよ。たまたま以前に作っただけだよ」
「どうしてそんな事をするのだ。法律に触れる様な事を」
「だからまた何か役に立つと思って」
「そんな馬鹿な言い訳在るか?あんたまさか俺俺詐欺をしているのではないのか?」
「違うよ。俺理沙が喜ぶと思って」
「そんな馬鹿な!何か悪いことを企んだんだな。それでもう一つ、どうして結城の通帳を手に入れた?」
「どうしてって?理沙が持っていた」
「理沙が?よし聞いてみるから」
権藤は部屋を抜け出し理沙の元へ行き
「理沙さん結城信の通帳を誰から手に入れた?」
「誰って碇谷さんが持っていたわ。何も分からないわ私は、預かっていてほしいと言われ受け取ったけど」
「間違いないな?碇谷から受け取ったのだな」
「ええ」
「碇谷は誰から受け取ったのか判るな?」
「判るわ。おそらくマスターの友達の香港の人だと思うわ。その人のことは私も知っていて私が二人を引き合わせたから、碇谷さんがその人に頼んだと思うわ。結城の通帳を取り上げて貰いたいと」
「その人ってマスターの友達だろう。マスターがストップを掛けなかったのかな?」
「それは私がマスターに内緒で仕事をして貰えないかと言ったから、其れで碇谷と出合って打ち合わせをしたと思うわ。」
「それははっきり言って結城を殺すことだったのか?」
「まさか、結城はね。田之倉さんが外国へ飛ばしてしまう事を考えていたから、其れにパスポートも持っていなかったから簡単には帰れないって、だから船に乗り込んで結城から通帳を奪ってしまう事を考えたようよ。」
「それは碇谷が」
「ええ、それらしい事を言って居たわ。上手く行くか心配だって」
「分かった。実は碇谷も他の取調べ室に着て貰っている。だからあんたが嘘を言うと、碇谷が怒り出し、田之倉にやられた様に成るかも知れなから嘘は駄目だぞ。自分の為に成らないから、もう一度言う碇谷が何もかもを仕切っている事に間違いないな。あんたは言われる儘であったと」
「ええ」
権藤は直ぐに碇谷哲夫の元へ小走りで行った。
「話がバラバラだな。碇谷本当の事を言いなさい。」
「理沙は俺が何もかもをやったと」
「そうではないのか?あんたは理沙に引き合わせて貰った男と相談して計画を立て、結城の乗る船に乗り込んで、船員たちにお金を掴ませて黙らせ巧みに結城の通帳を奪ったのだな?」
「でも俺が奪った訳じゃないから。」
「その男は明日にでも検挙するが、あんたに頼まれて結城信から通帳を取り上げ、結城を殺した男だな?名前は?」
「・・・・・」
「名前は?」
「龍林来」
「龍林来だな」
「でも殺してほしいなんか言っていない。通帳を持って帰る事を言っただけだから」
「本当か?お前は結城に恨みが在ったのではないのか?恋人の理沙さんをお前は客の結城に譲った事が在ったな、でも心の中では悔しく情けなかった筈。だから結城の事や田野倉の事が憎かった筈、東和貿易の生田さんが言っていたぞ、おまえが辛そうにそんな事を言っていた事を」
「でも俺は憎かったけど、そこまでする積りはなかった」
「殺す所までか?」
「・・・・」
「でもお前は龍林来が結城を殺した事も知り、通帳も受け取って其れで心が晴れたのではないのか?其れに田之倉も豚箱で後何年も入っていなければならないから思う壺ではないのか。」
「・・・・」
「いいか碇谷、明日にも龍林来が捕まり何もかもが判る事に成ると思う。居所もわかっている。
マスターに連絡を取らせて龍の身柄を確保する予定だから、船で何が起こったのか、誰が何をしてどうなったのかはっきりすると思う。碇谷もう逃げられないと覚悟をしておけ、お前たちのゲームは時間切れだからな」
「・・・」
「明日になれば何もかも判るから」
そして翌日龍林来は住居の神戸元町で身柄を拘束される事と成った。
素直に警察に応じた事からプロの風格であった。
犯罪組織の中で身を汚しきっているような男で、冷淡な性格を感じさせる男であった。
流暢な日本語と更に英語、更に中国語と英明な男に権藤には思えた。
「龍林来さんこれからお聞きする事は、貴方の人生が掛かっている事ですから良く考えて話されますように。
貴方はスナックエデンのホステス理沙さんを介し碇谷哲夫から依頼を受けて、結城信の預金通帳を奪いましたね?」
「はい」
「その時貴方はどの様にして奪ったのですか?」
「リンチに掛けて奪いました。何故ならあの男通帳を持っていなくって隠し場所を聞きたかったから。それでリンチに掛ければ吐くと思い、其れで南海モールのコインロッカーに入れてある事を聞き出しました。」
「リンチとはどの様な方法で」
「倉庫だったので鉄の棒が転がっていて其れで痛めつけました。だから有無も言わず直ぐに吐きました。」
「相当殴ったのかな?」
「ええ、血が滲んで来て気を失いかけていました。だから早く吐いたのでしょう。」
「其れで結城をどうしたのか?」
「紐で括って体にナイフで傷を入れ、気を失わせて錘を括りつけて海に落としました」
「なんて惨い事を」
「でもその話をして碇谷さんに言ったら碇谷さんは喜んでいましたよ。スカッとしたって言っていました。」
「其れで通帳を碇谷に渡したのだな?」
「そう理沙さんだったかな。どっちかに、お金を貰って、私目指し帽をして船に乗り込んだから誰も顔を見ていないし、船員たちも私がお金を渡して買収したから誰も口にしないと思う。完全犯罪だったと思っていたけど」
「警察を舐めるなよ。そんな甘い所じゃないから・・・こんな野郎を相手にしていると腹が立って来たな。それで船乗りたちもあんたがした事を見ていたのだな?」
「始めは見ていたが先に金を渡したから、いつの間にか居なく成っていた。だから知らない。でも彼らに男を海に落とさせた。其れで共犯にして黙らせた。」
「そうか、そうだったのか、惨いことをするんだなあんたらは。それで碇谷はあんたに結城を殺してくれと言ったのか?
⓭
「三回ほど会って打ち合わせをしている時飲んでいて、その時そんな事を言ったのを覚えている。殺しても良いからと。碇谷さんはこれ迄の何もかもを話してくれた。」
「そうか。わかった。それと理沙さんに通帳を渡した時に今言ったことを言ったのか?」
「それは全く言わなかった。碇谷さんに止められていたから、其れとこの話は碇谷さんは田野倉さんが考えたことだと結城に言えと言っていた。だから俺は結城に田野倉さんを恨めよと口にしたが実際は知らない。」
権藤はまた碇谷の元にやって来て
「聞いたぞ、何もかも。
龍林来に。お前が殺してくれても良いからって言った事もはっきり言っているからな」
「そんな事言わないよ。頼んではいないよ。」
「いや言ったと言っている。あんたと打ち合わせをしてその時酒を飲んでいて何度か聞かされたと言っている。それに結城を殺した事を言ったら、『スカッとした』って言ってあんたは嬉しそうだったとも聞いている。」
「・・・・・」
「いいか、あんたは結城を殺して貰いたいと何度か言ったのだな?龍林来が言っているように」
「いや言ってない」
「言ったから龍はその様にした事は判っている。誰も頼まれもしないことをする事は考えられない。それが殺人なら尚更だ」
「言ってないよ」
「いやお前は龍と何度も打ち合わせをしていて過去の事も何もかもをしゃべり、結城を殺して貰いたいと何度も言った筈だ。
だから龍はお前の気持ちを汲んで結城の命を奪ったと思う、違うか?お前が今どれだけ否定しょうが龍がはっきり供述している事が事実として記録される事を判っているな。
龍は結城とは初対面だった事も判っている。そんな相手をいきなり殺すと言う事は、誰かに依頼された意外に考えられない事はお前も判っている筈、素直に言ってみろ」
「勝手にそんな風に解釈されても俺は困るな。出鱈目な」
「兎に角結城信の現金三千万円を略奪した事は確かだから供述署にサインしなさい」
日が替わり理沙も権藤に更に取り調べられる事になった。
「理沙さん夕べは眠れたかな?一晩しっかり考えてくれたかな?貴方の足跡に係わっているいる男が多すぎるなぁ
その美貌が貴方の周りの男たちを狂わせているのだろうな、結城、エデンのマスター田之倉、そして碇谷、みんな狂っているから命に係わる人生に成っている様な気がするな。殺されていない者は豚箱に入っている、みんな不幸な人生だな。」
「そんな事言われましても私は迷惑です。」
「そうあんたはまるで関係無いと言いたいのか?生まれつきその顔だったから、でもな刑事の私でさえあんたを見ていると心が奪われそうに成るよ。
ここが取調室で無かったら私は結城と同じ様に狂って仕舞うかも知れんな。」
「まさか刑事さんご冗談をおっしゃって」
「では本題に入るからな。一晩眠って気持ちが整理出来たかな。鉄格子の部屋は中々静かで眠り易いだろう?そうでもないか?前途多難だからな?其れで結城を殺したのは誰の指図?今なら言って貰えるな?」
「・・・・・」
「理沙さん何れ誰でも観念して口にするだろうと思うから、出来るだけ早く言う事だと私は思うな」
「・・・」
「それほど楽に成れる事は間違いなから」
「・・・」
「理沙さん考えてみなさい結城と言う男の事を。結城はあんたにどれだけ尽くしたか。元嫁を騙して母子手当てまで毟り取り、その元嫁の旦那の給料まで手を付けて、更に殺す事まで考えていた。
それはみんなあんたに貢いで二人の仲を繋ぎ続ける為であった。
健気な話だな。あんたとさえ出会わなかったら殺される事も無かった。離婚する事も無かったかも知れない。
田之倉も同じで豚箱に入る事も無かったかも知れない。第一結城を外国へ飛ばす気も起こら無かった筈。佐川も同じで田之倉から変な事を言われ無かったなら、犯罪に手を染める事も無かったと思う。
エデンのマスターや龍林来も同じで、あんたが居なかったならこんな事には成って居なかったかも知れないな。」
「待って下さい刑事さん。何か私が何もかもに係わって彼らを貶めた様な言い方をしてとんでもないです。」
「そう言うだろうと思ったが、でも理沙さん貴方は自分の美貌を目一杯利用しているではありませんか?
それがあるから男が心を動かし、貴方の方を見る事など全て謀っている様な気がします。そんな事百も承知でしょう。
それでは本題に入ります。同じ事を聞くかも知れませんがお答え下さい。はっきり答えて下さい。貴方は結城の通帳を持っていたのでしょう?」
「ええでもそれは渡されただけで。こんな事になるなんて、ただ結城さんに保険が入った事は聞いていましたが」
「誰に聞いた?」
「本人から」
「結城に?」
「ええ」
「それでどう言って居た?保険が入ったから何かを言ったでしょう?」
「ええ、バッグを買ってあげるからとか言って居たわ。でも私田之倉の顔があったから遠慮していたの、だってそんな事ばれたら田之倉さん承知しないから、揉めると恐いから、田之倉さんは一夜成金なんか糞食らえと思っているから」
「では通帳には興味がなかったと思っていて良いのだね」
「ええ、関わり合いになりたくなかった。」
「でも二年が経ち火事になりお店の修繕にお金が要る事はしっかり碇谷に言って居たね、そうだな?」
「確かに困っている事は間違いないから」
「では女友達の事もあんたは関係ないと言う気なのか?」
「ええ、だって彼女たちも碇谷さんが手を回したと思うわ。それは私の為であったのかは知らないけど、でも私には分からないわ。私には全てを言えない関係に成っている事も確かだから」
「それは前にも言って居たように碇谷と彼女たちが不順な関係に成っていると言う事だな。」
「不順かどうかは知らないけど男女の関係である事は間違いないから」
「だから碇谷は彼女たちに協力をして貰ったと言う事だな?でもそれって理沙さんの為にではないのか?理沙さんがお店を直す為のお金を都合しようとしたからではないのか?」
「それは判らないわ。後にその様に成っていたかも知れないけど、でも私は何も聞いていないから。」
「其れで本題なのだけど、結城は船の中で殺された様だが、貴方は全く知らない内に起こった事と言うのだね?」
「ええ、全く結城さんの事は田野倉から胡散臭いとは聞いていましたがそれ以上は」
「ではこれから全員を取り調べるが矛盾点があれば突き詰めるからその積りで、貴方に非が在る事が裏付けされれば逮捕するから」
「何も無いと思います。」
「その様だね。では今日は帰ってくれて良いから、でも遠くへは行かない様に、出来れば毎日自宅へ帰って寝て貰いたいな。」
「判りました。」
「ご苦労さん」
「失礼します。」
「理沙さん、ところであんた結城のどの様な事を聞いている?」
「何をでしょうか?」
⓮
「だから元の奥さんが死んで其れでお金が入った事とか、奥さんが生きていた時の事とか」
「結城さんはお店に来て色々しゃべっていました。奥さんが生きている時から、其れで奥さんの旦那さんに保険が掛かっていて、その旦那がもし死んだりしたら俺にも金が入るって、それでどうして貴方に入るのって聞いたら、俺たち詰まり元嫁と筒抜けだからって笑っていました。
つまり旦那とは政略結婚で、別れた奥さんの事を今でも嫌いではないと言っていたわ。だから時々抱いて子供を可愛がり、それで奥さんが貰う手当てを横取りして、奥さんには今の旦那から出来るだけお金を毟り取る様に言っていた様です。
その涙の出る様なお金を持って来ていたようです。何時の日か聞かされて・・・だから可哀想って言うかお気の毒に成って、でも馬鹿みたいで・・・」
「それってあんたの自惚れに聞こえるな。そこ迄して尽くし続けて殺されたのだから気の毒な男だな。その話を碇谷にしたのか?」
「ええ何度も」
「では碇谷も結城の懐の事や元奥さんの現状もみんな知っていたと言う事だな?」
「ええ、」
「実は龍が結城に聞いたと言っている様に、結城が元奥さんと組んで岩下を殺す事を考えていた事も知っているのかな?」
「ええそうなの。結城さんそんな事を話したので、気に成って私碇谷さんに相談した事を覚えているわ。」
「では碇谷はあんたが知っている事は殆ど知っていると思って良いのかな?」
「ええ、あの人には結城さんに聞いた事は何もかもを話しているから」
「つまりあんたは結城や田野倉と関係を持ったが、碇谷以外に心まで売っていないと言う事かな?」
「ええ、私はその積りだったわ。おっしゃるように田之倉さんに対しても」
「勝手なもんだね。」
「でも生きて行くってそう言う事ではないかしら、だから生き続けられると私は思っているわ。
碇谷さんも子供でも出来て落ち着けば田舎に帰ろうって言ってくれているのも、何もかも承知の上での話だから」
「そんなものかねぇあんたたちは」
「今はそんな時代だと思うわ。刑事さんは私に貞操を守れと言いたい訳?笑われると思うわ、今時」
「そうは言わないけど晩節と言う言葉があるからなぁ」
「もう良いです刑事さん、これで帰っても良いのですね?」
「でも帰っても何処へも行かないでくれよな。他の者であんたの事で非が出たら直ぐに迎えに行くからな」
「お好きにして下さい。逃げも隠れもしませんから」
理沙は自宅へ帰った。
それからムシャクシャしながら権藤は碇谷の取調べを再開した。
「碇谷お前は大した男だな?」
「どうしてですか?」
「あんな理沙の様な美人を虜にさせて、更に理沙の友達の野々村いづみにも手を出して大した男だ。」
「それは褒めてくれているのですか?それとも嫌味ですか?」
「どっちでも良いが私は男として悔しいよ。理沙さんが田之倉に殴られて目の淵を真っ黒にしていた時もあんたは理沙さんの見方に成って助けてあげる事もしないで、それでも理沙さんの様な綺麗な女性に恋焦がれて貰って全く大したもんだよ」
「刑事さんあんた理沙が殴られた事で随分気を使っていたようだけど、更に理沙に何回もしつこく被害届を出す様に迫った様だけど、理沙あんたを騙していた事を判っていないようだね。」
「理沙さんが私を騙した?まさかそれは一体どんな事で?」
「だからあの痣だよ。理沙はね、大して酷くないのにわざと青痣を化粧でしていた事を知らないんだね。だから夜に成って化粧を落とせば痣なんかまったく無かったから、綺麗なものだったよ」
「どうしてそんな事を?」
「だから田之倉が嫌だったんだよ。強引に抱きに来る事が。カモフラージュして田之倉を遠ざけていたのかな。うんざりで、だからあんたが心配していた様だが全部嘘、理沙はそんな女それさえあんたは解かっていないのかな?」
「そうだったのか心配してあげたのに」
「馬鹿だなぁあんたも結城と同じだな」
「何が?」
「だから理沙の様な女に掛かれば一ころって所かな」
「バカ言うなよ。」
「いや馬鹿じゃない。みんな狂わされるんだよあの女には」
「結城と同じにされては困るが、まぁそれは良い。ところであんたが龍に結城を殺す様に言った事は判ったが、結城が殺される前に言った事を詳しく言って貰えるかな、全部聞いているんだろう?嫁と子供を殺したのは誰かとか」
「待ってくれよ俺殺せなんて言っていないから・・・
それで元嫁は岩下って男が殺したと思うと、結城が元嫁を尋ねて行った時岩下が居り、其れで元嫁の様子が普通じゃ無かったから側へ行ってみると死んでいて、其れで子供の事が気に成って、子供部屋に行くと色が変わるくらいに成って死んでいたから、結城は腹が立って岩下の胸倉を摑んで怒ると、岩下が『あんたに保険が入るから警察には言わないほど良い』と言われ追い返されたと言って居た」
「其れで岩下に嫁を殺したのかと聞いたのか?」
「いや動転していて聞かなかったかも知れない。只岩下が殺したものだと感じた様だ。状況から見て極当たり前だと思うな俺も」
「でもはっきり聞いた訳ではないのだな」
「かも知れない。はっきりしない。」
「つまり結城の元妻子を誰が殺したのかはっきりしない訳だ。」
「でも岩下って男だろう。新聞にも載っていたじゃないか?」
「ところが岩下は絶対やっていないと書置きを残して死んで逝った。自分がやったものならそんな文字を残したりしないと私は思う。 せめて人間の世界は死ぬ時位は神聖であると思う。だからそこに迄嘘は無いと思っている。あんたもそうだろう?死ぬ前に大嘘ついて死にたいか?全うな心で死にたいのと違うか?どうだ、碇谷」
「わからんよ。俺には」
「今私が何を言いたいのかと言えば、結城の元妻子を殺した犯人は誰も判らない。誰もが岩下が殺したと思っているが、そこに間違いが在ったのなら他に犯人が居ると言う事に成る。判るな?」
「判らん事は無いけど」
「それは岩下の家族の事を良く知っている人物と言う事だな?」
「・・・」
「それは理沙であり、あんたであると言う事だな。あまりにも結城の事情を知り過ぎている事と、岩下が死んでも内縁の妻が死んでも何れ結城に保険金が入ってくる事を知っているのは、あんたと理沙さんだけだから、エデンのマスターは自分の名前を利用された事だけでも怒っていたから、其れに理沙の友達の女たちは、今回お金を引き出す役目をしただけだと供述しているから、何もかもを把握しているのはあんたと理沙さんだけ、天王寺母子絞殺事件を今一度見直す必要がありそうだな。岩下庄一の名誉の為にも」
「・・・」
「結城の元嫁つまり猪村加奈子さんとその子達也さんが、殺されていた日のあんたのアリバイを調べる必要がありそうだな。其れに理沙さんのアリバイも、良く思い出して置きなさい。変な小細工をすると余計苦しく成るからな。
あんたはこれから刑務所で長年暮らす事に成る事は明白だからな。殺人教唆の罪は間違いないことが判っている以上、当然金品搾取の罪もあるからな」
「・・・・・」
翌日権藤と清水は早速理紗こと皆川忍を尋ねていた。
「理沙さんこの度の結城信殺しに関して碇谷哲夫の取調べをしてきたが、結城信の妻子殺しの犯人は、今日まで岩下庄一の犯行と捕らえていたが、今一度捜査をやり直す必要があるのではないかと捜査本部でこれまでを覆す事と成りました。
あの事件から二年が過ぎましたが、先ず貴方の当日のアリバイをお聞きしなければ成りません。これ迄にお聞きした他に隠されたものが無かったか調べる必要も出て来ました。
貴方と碇谷の関係をもっと詳しく知る必要をあるようです。貴方は碇谷哲夫からどの様な事を聞かれていますか?ちなみに碇谷は相当の罪を背負う事は明白で、罪状から言って数年から十数年帰れないと思います。だからこれから貴方は碇谷を頼って、または利用して生きる事は出来ませんからその積りで考えて下さい。」
「碇谷さんはそんな大きな罪を受けなければ成らないのでしょうか?」
「ええ、結城信の殺しを依頼した罪ですから、これは明白ですから、貴方も関係している事も判っていますから。それと結城のお金を強奪した罪も大きいですから、」
「そうですか・・・碇谷さんどうしてそんな早まったことを」
「貴方の為でしょう。それさえ解かってやれないのですか?貴方のお店を修繕する為ですよ。」
⓯
「だから私はこちらからそんな事言っていませんから困っているとは言いましたが、でも無ければ田野倉さんにでも借りる事が出来たのですから」
「でもそれは嫌だと碇谷に言いませんでしたか?今更貴方が田野倉と係る事は碇谷も決して賛成はしないと心情として思いますが・・・」
「まぁそうですけど」
「詰まり貴方が困っていると男は何とかしたく成るのでしょう。そして虎視眈々と貴方に近づく事を企んでいるのだと思いますよ。だから田野倉に関係ない金を碇谷は考えた」
「まさかそんな事を刑事さんがおっしゃられるとは」
「そんなものです。だから刑事だって変な罪を犯す事があるのですから、だから刑事と言えども弱い人間なのですよ」
「そうでしょうか?刑事さんのおっしゃるセルフとは思いませんが・・・」
「貴方は碇谷に対して何もかもを口にした事は判りましたが、碇谷が何か変わった事とか気に成る事を口にした事が在りませんでしたか?」
「気に成る事って?」
「だから結城の保険金の事を言ったでしょうし、其れに結城の嫁の話とか岩下庄一の話とか?」
「碇下さんは田之倉さんの運転手で、露払いの様なものだと彼は何時も言っていましたが、まさに田之倉の手足に成って何もかもをこなしていたと思います。其れで当時結城の事を調べる事に成ったとも言っていました。だから相当詳しく岩下さんとその内縁の妻と息子の事も調べていた様です。
何処に勤めているとか、どれ位給料を貰っているとか、借り入れがあるとか岩下は妻以外に女が居ないかとか、元嫁は結城といつ出会っているとか」
「待って理沙さん、どうして碇谷が岩下さんの事を調べなければならないの?関係ないのではないの?結城の事なら解かるけど」
「それは結城さんが元奥さんにも保証人に成ってもらっていたらしくて。」
「其れで借りた金もまさかあんたに渡った金だったのかな?」
「それは判らないけど、結城さんが離婚した頃のことだと思うわ。碇谷さん言って居たわ。
『結城のやつ甲斐性なしで馬鹿な奴だ』って、私と寝ながらそんな事言って居たから可哀相に思えたわ結城さんが」
「其れで碇谷は岩下さんの家族の事を十分過ぎる位知った訳だね。」
「ええ、知ってたと思うわ。」
「なるほど・・・理沙さん若しかすると碇谷はとんでもない犯罪をしているのかも知れないよ。」
「何をです?」
「つまり猪村加奈子とその子達也を絞殺しているかも知れないと考えられるな。」
「まさか?結城さんの元奥さんでしょう?まさか」
「そう、あんた碇谷と二、三年前にお金が要るとか店を持ちたいとかそんな事を話さなかった?」
「ええ、話しました何度も。お店の中で一番売り上げが多い月が続いたから、ナンバーワンになったので其れで碇谷さんにこっそり打ち明けて、店を持ちたいと言った事が在りました。」
「やっぱり、其れで碇谷が何とか成らないかと考えて余計な事を思い付いたのかも知れないな?調度岩下さんの一家つまり猪倉加奈子の調査をしていた時と重なったとしたなら」
「でも憶測でそんな事言われましても」
「そうだな。でも心当たりが他にも無いかなぁ?あの男はもう帰れないからね。娑婆には」
「だから二人でお店を見に行った事も在りますよ。二人で、阿倍野から奈良の大和高田市まで近鉄で、其れで私が気に入ったお店があり話が弾んだことがありました。川沿いの桜並木があるところで」
「碇谷はそんなあんたの心の内を察して、何とかしてあげたいと思い、其れで結城に保険金を受け取る権利が有る元奥さんの殺害を考えたのかも知れないな、旦那の方でも良かったのだけど」
「でもお金が入るのは結城さんなのでしょう。」
「でも結城はお金を貢ぐように持ってくる事が貴方達には判っていて、あの事件で警察は滅多と容疑者として【碇谷】の名を浮かべるとは誰も考え無かった子ことも想像でき、約二年余り前実行に移し、結城の母子を絞殺して、その後旦那が帰って来ても既に何処かへ姿を晦ましていて、完全犯罪が成立したと思ったかも知れない。
そこへ偶々結城がやって来て、岩谷さんと出くわし話がややこしく成った訳だが、結城が来ていなかったなら、そして元嫁や子が死んでいる姿を見なかったら、こんな話に成っていたかは判らないな。
岩谷さんがすぐに警察に届けて、もっと早くに碇谷がお縄に成っていたと思うな。もし犯人なら」
「それが事実ならわたし・・・」
「理沙さんまだ判らないが今私が言った事に狂いが無かったなら、あんたは正直に何もかもを言って下さいね。
碇谷の事をどう思っているかは判りませんが、碇谷は今確実に数えられる犯行でも相当の刑罰を受けなければなりません。更に天王寺母子絞殺事件に深く係わっていれば、絞首刑に成っても不思議ではありません。この際思い切って知っている事実を述べて下さい。
碇谷が凶悪な犯罪者なら未練を持っても意味がありません。二度と娑婆には出られないのですから、だから貴方が正直に話せば碇谷は観念して供述するでしょう。そして観念してサインをするでしょう。 これから警察へ帰って碇谷を問い詰めます。母子絞殺事件の真相を」
理沙の家を後にして、事件が大洲目に差し掛かっている様に権藤には思えていた。
碇谷が犯人であれば良いのにと心の思いに念を押していた。
そして碇谷の取調べが執り行われる事と成った。「碇谷、実は今日話さなければ成らないのは、私には天王寺母子絞殺事件の後知り合いに成った方が居り、その方とは随分親しくして貰っていて、助けて貰う事も多く有意義なお付き合いをさせて貰っている。その方はある事に苦しんでいて辛い毎日を過ごされている。
どんな事で苦しんでいるかと言うと、その方は奈良で住んでいる沢村さんと言うのだけど、沢村さんとある方が電車に乗りたまたま隣同士で話が弾んで知り合いに成って、それから二人とも登山の格好をしていた事で一人はバスで、一人は歩いて同じ所へ行く筈だったが、バスが無く二人で歩く事に成って目的地へ向かったらしい。
突然の事で沢村さんはご一緒された方より一回りも上のお歳だから、随分ご一緒された方にお世話に成られて、僅か二日間のお付き合いだったが心に残るおもてなしを受けた様で、とても印象に残っているらしい。
でもその方が二ヵ月後に白骨化した遺体で発見されどうも自殺されたようで、その現場に走り書きで「私は絶対殺して居ない」と遺書が残っていて、それを書いて死んで逝ったのが貴方も聞いていると思う天王寺母子殺害容疑者の岩下庄一なのです。
つまり結城信の元奥さんの当時内縁の夫であった男なのです。ここまでの話は解かるな?」
「はい」
「何を言っているのか・・・其れで二日間同行して気心が知れた沢村さんが言われるには、岩下は絶対人を殺す様な人ではないと、一晩同じテントで星を眺めながら話し合った事を思うだけでも、そんな事が出来る人には見えないと確信を持って居られ、そして今も尚あれから二年が過ぎたが一日と忘れる事無く岩下が無実である事を祈って居られます。どうだ、この話を聞いてどう思う?」
「さぁ・・・」
「それだけか? でもあんたは理沙さんから聞けば猪村加奈子の身辺調査をされていた様だね。
田之倉金融からの貸し金があり猪村加奈子は保証人であったから、其れでありとあらゆる事を調べて、何もかもを解かっていた様だな。
更に理沙さんからも情報を掴んでいて、また理沙さんがお店を持ちたいと言ったので、工面を考えていた様だな。奈良の大和高田まで店を見に行ったこともあったようだな。
そこで思いついたのが結城から保険金を略奪する事だった、違うか?」
「二年も前の事だから忘れたよ。其れにそんな事良く考えたものだな。刑事さんは暇なのか?」
「碇谷、あんたは殺人教唆罪で起訴される事を肝に銘じておくのだな。結城信を殺した事は判っているのだから、言葉を慎めよ。もう一度聞くがなぁ、おまえは岩下さんの子供と奥さんを殺したのではないのか?正直に言え!」
「・・・・」
そんな取調べをしている時であった。
【女の身柄確保】と大きな声が木霊するように取調室に聞こえて来た。
「女って棚井亜紀か?」
「そうです。大阪へ戻って来て新幹線を降りた所で身柄を確保致しました。
それで部屋から飛び出した権藤が取り急ぎ聞きだした事は、
「結城の印鑑と通帳を碇谷から受け取り、其れで指図されたように野々村いづみと打ち合わせをして二人で実行した様です。野々村いづみは未だ韓国の釜山で居る様です。これも見張っていますので間違いなく網に掛かるでしょう。棚井の携帯の電源を入れて話を合わさせますから、疑われる事は無いと思われます。」
「ご苦労さん。それだけ判れば碇谷を追い詰められるな、ありがとう。」
権藤は部屋に戻り早速碇谷に
「聞こえただろう?棚井亜紀が何も知らずに大阪に帰って来たようだぞ。其れで今身柄を確保したらしい。
そこで言っているのは核心に触れる話だが、あんたが棚井亜紀に通帳と印鑑を渡したそうだな、其れで打ち合わせをした事も言っている。野々村いづみも一緒にいた事も言っている。
⓰
なぁ碇谷よ。勝負が着いた事が判るだろう。お前たちは敗れたんだよ。ゲームは終わったんだよ。
何もかもを吐いて刑罰を受け、もう一度やり直せよ人生を。これからじゃないか人生は・・・」
「笑わせるな。」
「そうか、しかしあんたの身代わりに成った岩下さんは骨に成っていたのだぞ。それを想像してみないか?どれだけ辛かったか?どれだけ情けなかったか。あんただって同じ思いをして来たのではないのか?大好きな理沙さんが他の男と寝ている姿を想像して辛かったのではなかったのか?田之倉に抱かれている姿を想像しながら車のハンドルを握って待っていた事が再三あったけど、あれってどんなにか辛い思いをしていたのではなかったのか?
田之倉は理沙さんの手を握っただけではないのだから、体中を舐めまわしていたのだから、解かるだろう、私だってあんたの立場なら嫌に成ってくるな、殺したく成って来るな、貧乏って辛いよな、お金が無いって事は辛いよな。お金が無いから世の中が真っ直ぐに見られないのだよな。無理をするのだな・・・
碇谷、何もかもをぶっちゃけて仕舞えよ。
胸に詰まったものがすっきりするから。今のお前に誰も見方なんかしてくれないから、皆敵に回す事に成るから、それが世の中って言うものなんだよ。」
「煩いな、黙れ!」
「あんた田之倉に言われ、猪村加奈子の身辺を調べていて旦那に保険が掛かっている事を知り、また猪村加奈子にも結城信が受取人に成っている保険が掛けられている事を知った。
猪村加奈子に掛けられた保険が何故別れた結城が受取人に成っていたか最初は不思議であったが、それは理沙さんから色々聞かされていたので理解出来た。つまり結城と表面上は別れた事に成っているが、それは母子手当てを受け取りたいが為の策略であった事が判った。
だから猪村加奈子は相変わらず結城の事を慕っていたが、結城は理沙さんに現を抜かしていて、あくまで猪村加奈子を利用しているに過ぎなかったが、保険は加奈子の希望で結城が受取人に成っていたのを、離婚してからもその関係を崩さなかった。
だからその事実を知ったあんたは結城の元嫁が死んでも内縁の夫が死んでも、何れ結城の元にそのお金が転がりこんで来る事も知った。
そしてそのお金は泡銭である事からも、理沙の手元に吸い込まれる様に貢いで来ると間違いなく思えた。結城の心の内がなどあんたには嫌と言うほど理沙から聞かされていたので判っていた。
其れで今回あんたは理沙の友達の二人の女を利用して、結城の預金を引き出す事を考えた。
それは理沙の店の修繕する為の費用であった事は想像出来る。
理沙の女友達とあんたは理沙には判らない様に深い関係に成っていたので、女友達もあんたの頼みを断る事が出来なかったのと、多分報酬として可成のお金をあげた事も想像出来る。
それはこれから詰めて行くが何もかもが明らかに成ると思われる。 こんな所だな・・・
よってあんたをこれから拘留期間中に猪村佳代子及び達也の天王寺母子絞殺事件の犯人として起訴に持ち込む。以上。」
「・・・」
「休憩だ」
「待ってくれ刑事さん、良くもそんな嘘ばっかり並べられたもんだな。何処に証拠がある?俺がやったと言う証拠が?あんたはそんな出鱈目な物語を作ってまるで事実の様に振舞って、今まで陥れてきたのか?冤罪はこんな風にして起こるんだな。 何が国家権力だ。鉄格子に入れられ獣の様に自由を奪われ、茶番劇に俺は振り回されるのか?」 「何を言う。お前は結城の金を猫糞して、それが法律に触れないとでも思っているのか?ばか者!フィリピンの船の乗員が、つまりリーガルライン号の乗組員のクエン・ヤムが証人として日本へ来るように要請もしている。幾ら目指し帽をしていても声を分析すればお前が雇った龍林来である事が直ぐに判る。
龍と結城が言い争ったと言っている現場を再現するから何もかもが判る事に成ると思う。
碇谷警察はなぁ、あんたが思うほど甘くは無いぞ。逆らう奴は地獄まで追い詰めるからな。今嘘を言えばそれだけあんたは苦しむ事に成るからな、誤魔化せばそれだけ誤魔化した事を後悔させてやるからな。
あんたは捕らわれている事を忘れるな。留置場で死んで行く容疑者も居る事を忘れるな。正直に事実を言わなければ法律も決して味方には成らない事を知る必要が在るな。これからじっくり身に沁みる様に感じて貰うからな。判ったか?」
「・・・」
「判ったか?さっきの勢いは何処へ行った?何とか言よ」
「刑事さんよ、俺がやったと言う証拠を見せてくれ。俺が女と子供を殺したと言う証拠を見せてくれ」
「それはこれから全員から聞き込んで見つけるから、物的証拠も状況証拠も、ご心配なく、それともあんたが判っている事を吐けば済む事だから」
「なんだよ。何も判らずに俺を・・・」
「碇谷これを見ろ。結城の写真だ。これを見たら何かを感じないか?殺した事を思い出すだろう。
今頃深い深い海の底で結城は犯人を恨んで恨めしそうに水面を見て居るだろうな。今夜にも結城は霊に成って浮かんで来てお前が入る留置所へ行き、天井からお前を見下ろしながら呟くかも知れないぞ。うらめしやーうらめしやーって」
「馬鹿言うな!」
「そうあんたは思うか。しかし本当に誰かをやった奴はそんな言い方をしていても、夜に成って一人に成ると今言った事が起こるらしいぞ。
だから耐え切れなく成ってシーツを千切って紐を作り其れで首を吊る様だな。
刑務管はそこまで監視出来ないから結構死んで行く様だな。あんたもそんな事に成らない様に。殺したりしていなかったらそんな事は絶対起こらないから・・・ところが精神的に参ってしまい誰もが観念して自白する様だな真実を」
「俺にそんな事言って脅迫しても絶対乗らないからな」
「それはあんたが考えれば良い事。これからの時間はあんたの時間。どの様にして乗り切るとか誤魔化すとか考えるのは勝ってだから、しかし私が言っているのは、あんたが寝静まった頃に何が起こるかだな、神や仏は寝ないからそして夜中に降りて来るから。そう言う事だ。解かるか?」
碇谷哲夫の取調べはひとまず終了した。当然拘留期間中に起訴に持って行かなければ成らないが、管轄から地検に翌日移行され、拘留手続きは揺るぐ事無く執行された。
権藤は奈良の沢村準一の心の内を十二分に解かっていたから、碇谷に強引に食って掛かっていたが正直物的証拠の無い状態であったので、気が焦っていた事は確かであった。
だから碇谷の心の改心を望んで自白に持って行けないかと密かに企んで精神的に追い詰めた積りであった。
そして碇谷が龍林来に結城信を殺させた事をはっきり自供したのはそれから数日後の事であった。
其れでも死ねとはっきり言った事はないと言い切ったが、実行した龍林来がその様に受け取った事も何度も口にして、碇谷は殺人教唆の罪で起訴される事と成った。
⓱
それでも権藤は事件が全く解決に至っていない事を感じていたのは、やはり奈良の沢村準一と何度か交わした会話から、沢村の気持ちを察していたからであった。
「山根さんは人を殺せる人では無い」と言った言葉が心に突き刺さっていたから、この事件の大洲目はこれから始まる様に思えていたのであった。
それが為の役者も全部揃っている事も判っていた。碇谷が主人公である事も。
碇谷が猪村佳代子とその子竜也を殺したその瞬間を、状況証拠として表現しなければ成らなかったのである。更に何処に物的証拠が潜んでいるかを見つけ出さなければ成らなかったのである。
碇谷の当日のアリバイと言っても二年も前の事で、しかも結城が子供を見つけた時は既に子供の色が変わっていたと言っている事から、死亡日時など正確には全く判っていないのである。
権藤はあの事件の捜査を今更見直しても何も掴めないだろうと思っていた事もあり、碇谷の心の動きを注視していたが、結城殺しから逃げられないと感じてか心なしか碇谷は抵抗して逃れようとする覇気など感じなく成っていた。 『もう直ぐ落ちる。母子殺しの全容があの男の供述で何もかも判る』と読む日が多く成って来て、権藤は検察から聞かされる現状に固唾を呑んで頷く毎日が続いていた。
それでも碇谷は二十二日間の間に口を割る事は無く、結城殺しの殺人教唆、更に結城信の保険金略奪の罪で起訴され公判に移される事と成った。
敵は蚊帳の中、焦る事は無いと思いながらも、権藤はまさに起承転結とは行かない現実のもどかしさを感じながらの毎日と成った。
「ここらで一休み、それとも気分転換。」
権藤は久し振りに休暇を取り奈良に足を運んでいた。何も大層な事は無い、天王寺から近鉄で阿部野橋から吉野行きに乗るか、それとも天王寺から環状線で鶴橋に出て近鉄大阪線で大和八木駅まで行けば済む話である。
いとも簡単であったが、刑事生活が長かったので休む術を忘れていた事も確かであった。
近鉄の大和八木駅に着いた権藤は、笑顔で沢村に迎えられて二人で沢村宅へ向かう積りであったが、権藤のリクエストで、最近テレビで見たからと橿原神宮に詣でる事と成った。
「良いですね。こんな環境の良い所で住まれていて羨ましいです」
「そうですか。私は子供の頃からこの地で住んでいますからさっぱり判らないですが、確かに心の落ち着く場所である事は確かです。
時折天皇家の方が来られる事もあり、紀元際の時は天皇が来られてこの参道が何十万人もの人で埋まった事があった様です。そんな事を思うと厳かな気持ちに成りますね。」 「奈良はここもそうですし、近くには明日香村もある訳ですから、其れに法隆寺とか唐招提寺、薬師寺、東大寺の大仏殿とか有名な古刹が沢山ありますね。良い所だ。」 「権藤さんも刑事を辞めればこんな環境で住まれたら良いと思いますよ。毎日散歩をしてゆっくりと」 「待って下さい。沢村さんまるで別人が話されている様に思えますよ。何時もの沢村さんなのでしょう?私が知っている沢村さんは探偵の様な事をされる活発な方で、今貴方が言われた様なのんびりしたご隠居の様な方では無かった筈」
「権藤さん、苛めないで下さい。貴方に『素人は構わないで』と蚊帳の外へ放り出されましたから、私はすっかり老人に成ってしまいました。まるで覇気の無い」
「そうでしたか。」
「ええ、どんな事でも遠慮しなければならないと言う事は、詰まり現役を退くと言う事は、これが現実で、其れに私は山根さんが無実であると思い込みながらも、自分ではどうにも成らず歯がゆさを感じながら地団駄を踏んでいる始末で」
続く
次話4完結に続きます。




