二話 猶予と助言
遅くなりました。誠に申し訳ございません。
「お久しぶりです、バーバラさん」
「ジーク!久しぶりだね、げんきにしてたかい?お前も随分とオッサンになったもんさねぇ」
「えぇ、おかげさまでこの年まで生きながらえましたよ」
バーバラさんが朝ごはんの準備を珍しく放ったらかして、ジークと呼ばれてる物腰の柔らかそうな初老の男の人と居間で話をしていた。
バーバラさんもやけに上機嫌だし、ジークさんは慣れた様子でバーバラさんの毒舌をかわしている。いったいどうなってるんだ?
「朝ごはんまだ食べてないならここで食べてくかい?」
「いえ、もう近くの宿で朝食は取ってきたので。あの、失礼ですがこの黒髪の子が?」
ジークさんが椅子に座ったまま俺の方を少し見てバーバラさんに質問をしている。まさか俺がなんかしたとか?いや最近は悪戯も何もしてないはず、と思う。
「ん?コイツがこの前言ってた……あ、やっちまっただわさ!本人に伝えるの忘れてたさね」
もう何がなんだかさっぱり分からん。さっきからジークさんの隣に座ってる子がこっちをじーっと見てくるんだけど、やっぱり俺なんかしでかしたのか?
とりあえずバーバラさんに聞くしかない。
「あのー、バーバラさん?」
「うーんと、そうさね……実は言うのを忘れてたんだけど、このジークって奴がアンタの師匠兼保護者としてこの孤児院から引き取ってくれるっていう話があるんだわさ」
「へぇー、そうなんですか……え?」
ちょっと何言ってるか分からない。いや引き取り手になってくれるってのは普通の孤児院の子供からしたらありがたいと思うかもだけれど、こっちからしたらそんな唐突に言われても。という感じだ。
「あぁ、そういうことでしたら、あと3日ほど近くの宿に泊まって行くのでそれまでに決めてくだされば大丈夫ですよ」
「気が利くねジーク、じゃあ遠慮なくお言葉に甘えるとして、3日以内にはルクスについて行くのか行かないのか決めさせるだわさ」
どうやら事態を察してくれたジークさんが助け舟を出してくれたようだ。ていうかバーバラさん結構軽く言うけどこの話って俺の人生の分かれ道みたいなもんだよ!?それを三日間で決めろと?
「それではそろそろお暇するとしましょうか。行くぞナミル」
「はい、さようなら……」
そうしてジークさんとナミルという名前の子は、俺が思考停止している間に孤児院をささっと出て行ってしまった。あぁ、タダでさえ問題が色々ある俺には、ゆったりとした時間は流れないらしい。
「あのー、バーバラさん?もしかして、今さっきのは俺が頭を打って見た現実っぽい夢とかじゃないですよね?」
「あぁ、さっきのは紛れもない現実さね。ルクスに冒険者としてのことを教えてくれる人が引き取り手になると言ってるんだわさ。まぁアンタ自身がどうしたいか考えることさね」
そこでバーバラさんは他の子達を起こしに行ったので、この話は一旦終わりになった。
もちろん俺は孤児院のみんなに自分を引き取ってくれるかもしれない人が今さっきここに居たなんて言えず、普通を装って1日を過ごした。
本来この話は引き取ってもらえるばかりか、冒険者への道にも近づくというメリット盛り沢山なのだが、俺は今まで共に過ごしてきた家族の変わりともいえる人達と別れる踏ん切りがつかずに、心底悩んでいた。
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次の日の魔法訓練が終わり、今は夕暮れ時だ。あと二日足らずでついて行くのか決めなければならない。こういうときだけ時間が早く進みすぎて困るよな。
「ルクス、ちょっといいですか?」
「びっくりしたー、んでどうした?」
昨日の出来事のせいですっかり上の空状態になっていた俺は後ろから話しかけてきたスコラに驚きながらも返事をする。
ちなみにスコラは最終試験の時に、誰かの思惑で暴走させられて魔力を無理やり使ったおかげというのも変な話だが、召喚魔法や各属性の魔法の威力が前よりも強化されたらしい。あの変わり果てたスコラを見た俺としては素直に喜んでいいのか分かんないけど。
「おーーい!ルクス。俺もちょっと用事があるんだけど」
そう言いながら俺とスコラの所へ爆走してきたのは、スコラの暴走を止めた立役者である元問題児のビチルダ、もといチビルダだ。
元を辿ると、チビルダの自分勝手だった行動がスコラの暴走した最初の要因となっていたらしいので、今は深く反省しているらしい。
ちなみにその戦いの時に失った親指から中指までの指は、今まで自分がしてきたことを忘れないためとか言ってバーバラさんに指の再生まではしてもらっていないようだ。俺が言うのもおかしいかもしれないけど、なんか格好良過ぎだろチビルダ!
「えーっと、それで二人とも俺に何の用なの?」
「えーっと……俺と勝負してくれるか?」
「……僕もその、戦ってくれませんか?」
ついこの前まで壁が出来ていた二人が何故か知らないが俺に対戦を申し込んできた。これは中々珍しい光景だぞ。
「よし、やるか!」
俺はとりあえず2日後に迫る大きな選択を一度忘れて、目の前の戦いに集中することにした。なんてったって、戦うのなら負けたくないしな。
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暫くすると夕日は沈み、夜の帳が訪れた。そんな中で結構な時間を全力で戦っていた俺たち3人は魔力がすっからかんの状態で仰向けになり、今では倒れたように寝転がっている状態だ。
「はぁー、2回も負けちまったよ、お前らいつの間にそんな強くなったんだ?」
「ルクスの方が余っ程強えよ!まぁ、俺も最近は魔力操作とか色々頑張ってるからな」
「ルクスは良いとして、ビチルダに負けるのは心外ですよ。けれどこれでまだ改善すべき点が洗い出せましたね」
対戦の仕方は混戦を意識して三人同時に戦ったのだが、二人は攻め際と引き際の判断を見極めていて、俺の黒魔法はあくまでも他者の攻撃魔法を逆手に取って使う攻撃が多いことから、攻めきれずに逆にカウンターをもらってしまった場面も少なくなかった。これは改善が必要だ。
「じゃあそろそろ帰ろうか?」
あーあ、これでもう気晴らしも終わりか。今日はもう考え事で寝れなさそうだな。そんなことに少しウンザリしながら、そろそろ孤児院へ帰ろうと立ち上がった。
「な、なぁルクス?実はさぁ、お前と戦いたいっていうのもあったけど、それとは別に言うことがあったんだよ」
「君もでしたか、実は僕もそうなんですよ。ビチルダ、ちょっと耳を貸してくれませんか?」
何でか分からないけど二人はこそこそ話をしてから、畏まった様子でこちらを見てくる。おいおい、二人共どうしたんだよ?
「まずは先に謝っておきますね。ごめんなさいルクス。実は一日前の朝、君とバーバラさん、そして君を引き取ってくれるかもしれない男性との会話を聞いてしまったのです」
「別に盗み聞きしようとかそういうのじゃなかったんだけど、その、ごめんルクス!」
なんだそういうことか。間が悪かったからごまかす感じで戦いを申し込んできたのか。それでなにか違和感があったのがすっきりしたように思える。
「まぁ聞いたもんは仕方ないって。それより正直この話ですごく迷ってるんだけどさ、どうすればいいと思う?」
話を聞かれていたのには驚いたけど、せっかくなので二人の意見を聞いてみることにする。
「お前悩んでたのか?チヒヒ!俺だったらすぐに行くって言うと思うな、だって強くて格好いい冒険者になるための修行が出来ちゃうんだぜ?最高じゃんか!」
俺が質問してすぐに返答してきたチビルダの答えはすごく単純だけど、俺もこのくらい思い切りがあったらそんなに迷うことないんだろうなぁ。
「ビチルダは短絡的過ぎるんですよ、全く。でも意見自体には賛成です。理由としてはルクスの夢である冒険者は危険が常に付き纏う職ですから、今のうちに本業の方から知識を得るのが得策。というところですかね」
あの注意深いスコラもチビルダに賛成か。しかもしっかりとした理由付きかよ。
「うーん。でもなぁー」
確かに嬉しい提案ではあるけど、どうしても孤児院のみんなやバーバラさんの顔がチラついて実行に移るのには腰が重いという感じがずっと続いている感じだ。
「スコラの話は小難しいんだよ、いいかルクス?迷ってるんならもう考えるのなんて辞めちまえよ。そんでお前が今何をやりたいかだけを考えるんだ」
やりたいことだけ。か、そんな単純でいいのかとも思うけど、結局は俺の心次第だもんな。なんか二人と話したおかげで色々吹っ切れたかもしれない。
「ありがとな、二人とも。なんか掴めた気がする」
「バーカ!ありがとうございますだろ?チヒヒ!」
「こちらこそ相談に乗れてよかったです。今後も是非頼ってくださいね?」
なんだか肩が軽くなったような感覚になりながら、今度こそ孤児院へ帰り出した俺達。
「あーあ、腹減ったよなルクス」
「そうだな。ペコペコだよ」
これからまた忙しくなりそうだな。まだ10歳になりたての俺は、無邪気に空を見て笑っていた。




