閑話 今は亡き記憶
今回も孤児の誰かの過去のお話です。前回より長めとなっています。
時刻は明るい昼頃。平和な音楽が流れてきそうな良い天気の中、ある大きな建造物の1室にて、1人の人生を大きく変える出来事が起きる。
「いい?貴方のお父様から受け継いだその綺麗な赤い髪と魔法使いとしての素質は、近いうちに、この国に絶対になくてはならないものになるわ。その事を忘れてはならないのよ」
「分かりました!お母様」
「もう、周りに人が居る時はそうやって呼んじゃダメよ?」
「はぁーい、お母様!」
「はぁ……先が思いやられるわね」
これは単なる、ある仲の良い母親とそのひとり娘の会話である。
おかしい点があるとしたら、2人が話している1室というのは、城の中の高級な家具が置かれた1室であるということ。
そしてその母親というのがササエ島を五分するうちの一つ、中立平和主義の国であるヴァスティニア王国の現女王、アリス=ヴァスティニア女王であることだろう。
そして、女王である母親を持つ娘の方は、とんでもない魔法使いとしての素質を持ち合わせていた。
というのも、2歳にして無意識に魔法を発現させたことで、女王である母親自らが魔法を教えたところ、4歳にして全属性の魔法を第4階級まで無詠唱で使えることが出来たのである。
これはヴァスティニア王国が平和主義国となる為に力を尽くし、戦死した優秀な魔法使いであった父親の血を受け継いだことと、稀に見られる天才であったからこその才能だろう。
しかし、その子が成長したきっかけというのは単なる自分と唯一血が繋がっている母親に褒めて欲しいという、子供なら当たり前の思考だったのである。
そうして2人が仲睦まじく会話を楽しんでいると、部屋の扉からノック音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します。女王陛下」
今までは2人だけしか居なかった部屋に坊主の大男が入ってきた。しかしそんな怪しそうな風貌にも関わらず、誰も警戒などをすることはない。
何故なら、彼の名はゴルゴア宰相。彼はこのヴァスティニア王国きっての頭のキレる存在で、女王も頼りにしている。ちなみにこの国の方針である中立平和主義も彼の提案だ。
「こんにちは、ゴル。私に何か御用ですか?今後の国の政策とか?」
「いいえ、違うのです。女王陛下」
「では御用は何でしょうか?」
「それはですね、アリス=ヴァスティニア女王陛下……貴方を殺しに来たんですよ!」
血がボタボタと滴り、綺麗な床に赤色の水溜まりができ始める。
宰相との会話の間、安心しきっていた女王は相手に魔法を使われるわけでもなく、シンプルに短剣で腹の中央を貫かれ、倒れる。
「お、お母様?」
女王の娘は、幼いながらに教養がしっかりとなされていたのか、この状況を理解して悲痛な叫びをあげている。
「はは、はひ!これで転送のユニーク魔法を使えるものは居なくなったようですね!やっとこれで、これでようやく不安分子抹消計画が成されました!我が主よ、私に褒美を下さいませ!」
「なるほど……ゴルは人を信じ込ませるのが上手なようね。これは一本取られましたわ」
これがゴルゴア宰相が最初から計画しているものだったとすると、期間は10年単位のものになる。その達成感と興奮からなのか、狂ったように噛み殺した笑い声をあげると、なにかの魔法を使って主とやらに褒美をねだっている。
「な、なんですと?この国の王になることをお許しになると?何たる幸せ。無粋ながら、このゴルゴア改めゴルゴーンが必ずやこの国をきっかけに戦乱を起こしてみせ…!?」
勝手に独りで興奮しているゴルゴーンを脇目に、王女の身体から思わず目をつぶるほどの金色の輝きが放たれていた。
「貴方は話が長すぎるんですよ。大体、私はまだ死んではいないのですから!」
「な、何をするつもりです?まさかその状態で自分を転送するつもりですか、そうはさせませんぞ!」
「安心しなさい、ゴル。私は逃げも隠れもしないわ、だって私はこの国の女王なのですもの。それでも唯一の家族には手は出させませんから!『テレポート』」
その詠唱を合図に女王の身体から放たれる輝きが、ある一点に集中し始める。
「お、お母様?嫌だよ?独りはいや!」
その場とは、女王の唯一の家族である娘の胸元だった。
「貴方はここで死んではいけない希望なのよ、これから色んなことを経験して大きな人になっていくんだから、ね。」
「ちっ!逃がすものですか!この城の生きている人間はもう貴方達2人だけなのですよ、とっとと逝って下さい!」
ゴルゴーンが母にしがみついて泣いている娘に近づいて、命を奪おうともう1度短剣を抜く。
「うっ……『アクアシールド』さては貴方、他の方を魔法で殺すのに手間取って魔力が切れているのですね?」
女王が魔法で時間稼ぎをしている間に、ようやく娘の身体が光り始めた。
「いい?これからは我儘を言ってはダメよ?今から貴方がお世話になる人は結構そこら辺が厳しいですから」
「嫌だよ、お母様も一緒に……」
娘の身体に広がった光が更に輝く。それと同時に防御魔法が破られ、2人にゴルゴーンの短剣が迫る。
「親子共々死ねえー!!」
「お母様!!」
「生きるのよ……アリア」
こうしてヴァスティニア王国の第13女王、アリス=ヴァスティニアは自分の命を投げうって、自分の愛娘であるアリア=ヴァスティニア王女を転送魔法によって救い、亡命した。
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これは先の一連の出来事のショックによって失われた記憶だ。だからアリア=ヴァスティニア王女はこんな出来事なんてすっかり忘れて、毎日を他の孤児たちと楽しそうに生きている。
ようやく10歳の年を迎える彼女が今呼ばれている名前はただのアリア。それは幼い頃に拾われ、バーバラに付けられた名前となっている。
いつも寡黙で表情が顔に出にくい。だけど実は気になる男の子がいる、魔法が得意で髪は綺麗な赤色だけれどそれ以外は至って普通の女の子だ。
そんな彼女の物語が加速し始めるのは、失われた記憶を再び取り戻したときで間違いないだろう。
バーバラさんはアリアの正体を知っていますが、彼女が本当の記憶を取り戻すまで黙っているつもりです。それが自分の為になるとかなんとか。




