第106話「神さまとはっ!」
コンちゃん観光バスを前に逃亡っ!
わたし、大忙しで怒ってるんだからっ!
でもでも、だからってコンちゃんを一人にはできませんっ!
「ポンちゃんはさ、コンちゃん甘やかしすぎ」
店長さんが言うのもわかるけどでもっ!
カレンダーに○印で「3」って書かれてます。
観光バスが来る印なの。
「ポンちゃん、今日は忙しくなるからね」
「配達、早く終わらせて帰って来ないといけませんね」
「うん、頼むよ~」
わたし、店長さんと一緒になってパンを並べるの。
観光バスが来るだけならいいんです。
でも三台同時にやって来る……同時ってのがピンチです。
数字に○印は「同時」って意味。
「店長さん、パン、足りるでしょうか?」
「うーん、最近はラーメン屋さんやおそば屋さんにも流れるから、大丈夫と思うけど」
「多目に焼いてた方がよくないでしょうか?」
「ポンちゃんに言われると心配になってきたよ……どうしよう?」
不安な顔になる店長さん。
何度も観光バス攻撃を受けてきたから、どれだけパンが出るか知ってます。
「一台一台なら追加できるんですよ」
「うん、だね」
「三台いっぺんに……不安です」
「ポンちゃんもすっかりパン屋の店員さんだね」
ふふ、ちょっと褒められちゃったのかな?
さて、パンを並べ終わりました。
今度はバスケットを持って出発なの。
「コンちゃーんっ!」
そう、わたしは学校に配達で、コンちゃんは老人ホームに配達なんです。
あの女狐はなにやってんでしょ。
「うむ~、待つのじゃ」
「なにやってんですか!」
「寝てたのじゃ」
「さっき朝ごはん食べてたじゃないですか!」
「食べたらウトウト……食後の『おねむ』なのじゃ」
「なにが『おねむ』ですか……コンちゃん神さまなんですよね?」
「その通りなのじゃ」
「しゃんとしてください」
「だから配達に行くではないか~」
でも、なんだかだらけた感じの口調です。
もう、このお稲荷さまは、本当にいつもやる気ゼロなんだから。
「ポン、この村はのんびりしておる、そんなに焦ってもしょうがないのじゃ」
「コンちゃん、今日は観光バスが三台来るんです、それも同時ですよ」
「え!」
「え!……って、コンちゃん知らなかったんですか?」
「知らぬのじゃ」
「カレンダー見てます?」
「テレビは見ておる」
「バカーッ!」
もう、チョップですチョップ。
あれれ、でも、ちょっと様子が変。
いつもチョップされたら「何をするのじゃー!」とか言って怒るところです。
それが今日は真顔のまま、固まってるの。
「コンちゃん、どうかした?」
「観光バスが三台も同時に来たら大変ではないかっ!」
「そうですよ、だから早く帰って来ないといけないんですよ」
「さ、三台同時じゃぞ、三台!」
ふむ、このなまけキツネも、ちょっとはお仕事わかってるみたいです。
「さささ三台……三台……三台」
ふふ、びびってますよ、ちょっと大げさなんだから、コンちゃんはモウ!
「コ、コンちゃんはモウ……」
わたし、お店のレジでわなわな震えているところです。
お隣では店長さんがあきれた笑みを浮かべて、
「逃げたな、コンちゃん」
「て、店長さんはなんともないんですかっ!」
そう、わたしと店長さんが見てる目の前、窓の向こうの駐車場に観光バス三台がすべり込んで来たんです。
それなのにそれなのに……
今、お店にいるのは店長さんとわたし、奥にミコちゃんだけなの!
あの女狐は配達に行ったきり、帰って来ないんです!
「コンちゃん帰ってきたらコロス!」
「ポンちゃんポンちゃん、笑顔えがお!」
「わ、わかってます、店長さん」
ああ、ガイドさんが旗をふりふりやって来ました。
さて、修羅場の始まりです、ええ、頑張るしか!
もう怒った!
コンちゃんバスケットをふりふり、スキップしながらご帰宅です。
「ただいま~」
「コラーっ!」
「うわ、なんじゃ、ポン!」
「コラッ!」
「いまどき『コラー』とか叫ぶ輩はそうそうおらんのじゃ」
「コンちゃん、なんでわたしが『コラー』か、わかってますか!」
「知らぬ」
「チョップー!」
「うわ、何をするのじゃっ!」
「まったくモウ、今までどこをほっつき歩いてたんですかっ!」
「うむ、配達に行っておったのじゃ」
「なにか忘れていませんかっ!」
「はて、何じゃの?」
「観光バスが三台同時って忘れてませんかっ!」
「そんな事もあったのじゃ」
「コラーっ!」
わたしの左手、コンちゃんの髪を捕まえるの。
そして右手はチョップを連打れんだ!
「い・そ・が・し・かっ・たっ・ん・で・す・よっ!」
「い、痛いのじゃ、髪を引っ張るでないっ! 叩くでないっ!」
「こ・の・め・ぎ・つ・ねっ!」
「もう怒ったのじゃっ!」
コンちゃん、わたしの腕を振り払って逃げると術を発動です。
お店のパンがフワフワ浮かび上がって、わたしに向かって飛んで来るの。
わたしだってフランスパンで打ち返すんだから!
「いいかげんにしないかな~」
店長さん、腕組みして立ってます。
わたしもコンちゃんも即フリーズ。
今夜はお外でお休み決定~。
って、思っていたんだけど、お外でお休みじゃなかったんです。
でもでも、店長さん、ちょっと様子が変。
朝の配達に早く行きたいですよ。
だって店長さんいつもと違う感じなんだもん。
あ、配達のバスケットが出来たみたい。
わたし、ミコちゃんから受け取ると、
「行ってきま~す!」
「ポンちゃん、ちょっと待って!」
「て、店長さんっっ!」
「ちょっと……一緒に行こうか」
「わ、わーい、てんちょうさんといっしょだー!」
ええ、そりゃ、店長さんとい一緒に行くの、嬉しいですよ。
いつもだったら大喜びなんです。
でもでも、今日は店長さんの雰囲気が…
昨日お店のパンでバトルになったにもかかわらずお外でお休みじゃなかったのがあるから余計こわいの。
「何、ポンちゃん、俺と一緒、嫌なの?」
「そ、そんなこと、ないですよー!」
「さっきから棒読みだよ?」
「そ、そんなことないんだからー!」
「いいから、一緒に行くよ!」
わたし、お店を見回して見るけど、お店にはコンちゃんしかいません。
昨日ケンカしたばっかりだから、助けてって言いにくい。
コンちゃんもそっぽを向いてばかりなの。
店長さん、わたしの手を握って、
「逃がさないからね!」
「あ、あははははー、うれしいなー!」
店長さんと手を繋いで配達なんてめったじゃないです。
本当なら嬉しいところなんですが……今日は嫌。
「ほら、行くよ~!」
「ててててんちょーさん、怒ってませんか?」
「ふふふ、怒ってないから~!」
お、怒ってますよね?
そんな雰囲気ひしひし感じるの、なんででしょうか?
「ちわー綱取興業ですー」
あ、ナイスタイミングで配達人。
『配達人さん、店長さんとお話してくださいっ!』
わたしのテレパシーに配達人の目尻がピクリ。
頷いてくれました。
「店長さん、ポンちゃんの手を離しちゃだめだ」
「ちょ、ちょっと、配達人さんっ!」
「今テレパシーあって逃げようとしてる」
「ちょ、ちょっと、裏切り者ーっ!」
店長さん引きつった笑みでこっちを見てるの。
わたしの手を握る手にも力がこもってますええ!
「あ、配達人さん、俺とポンちゃん車に乗せてもらえます?」
「いいですよ~」
「さ、ポンちゃん、俺とデート、配達だけど」
「店長さん、な、なんで力いっぱいに握るんです!」
「ポンちゃん逃げようとしてるから」
「わたしの気持ち、わかってます?」
「いいから、俺の言う事を聞くっ!」
わーん、なんだか知らないけど、今日の店長さんちょっとコワイ!
配達人の車で村の中をドライブ……配達なんですけどね。
車の中じゃ逃げられません。
店長さん手を握って放してくれないし。
「あのー店長さん」
「なに、ポンちゃん」
「せめて手を放してくれません」
「嫌、逃げるから」
「だって店長さん、なんだかコワイもん」
「そう……別に俺、怒ってないけど」
「だってなんだか、妙な雰囲気だし」
「うーん、怒ってると言うか、コンちゃんの事なんだけど」
「コンちゃん?」
「昨日ケンカしたよね?」
「そ、その事は言わないでください、パン投げたのごめんなさい」
車がパン屋さんの近くで止まります。
配達人と店長さんが先に車を降りましたよ。
「ポンちゃん、静かに」
「?」
二人の後を歩いてパン屋さんへ……なんで車じゃないの?
って、駐車場に観光バスが止まってます。
「店長さん、観光バ……」
「しーっ!」
店長さん、わたしの口を手でふさぎます。
顔がすごくコワイの。
「静かにって言ったよね」
「むー!」
『静かに!』
ようやく手が離れました。
『かかか観光バスが来てますよ!』
『知ってた、ミコちゃんには言ってあるから』
『ミコちゃんだけじゃ大変ですよっ!』
『コンちゃんもいるよね』
わたし達、植木の陰からお店の中を覗きます。
コンちゃん、引きつった笑顔で接客してます、レジ打ちやってるの。
なんだかコンちゃん、いつも嫌々仕事なんですよね。
むむ……ミコちゃんいませんよ。コンちゃんだけ。
『ふふ、コンちゃん頑張ってるわね~』
『うわ、ミコちゃん、なんでここにっ!』
いないと思っていたミコちゃん、いつの間にかここにいるの!
『店長さんから聞いてたから』
『コンちゃん一人じゃ死んじゃうっ!』
『おおげさね、大丈夫よ~』
見てられません!
わたし、行くしか!
『ポンちゃん、待って!』
『店長さん、止めないでくださいっ!』
『コンちゃんだって一人で仕事できるんだよ』
『でもでも大変そうですっ!』
『昨日コンちゃんサボったのに、助けに行くかなぁ』
『でもでもー!』
そうです、昨日コンちゃん逃げてサボったんです。
でもでも、大変そうなの見たらほっとけません。
「ポンちゃん、コンちゃん昨日、サボったんだよ」
「店長さん、そんなのどうでもいいんです!」
「そうよ、コンちゃん女狐なのよ~」
「ミコちゃん、わたしは行きたいんです!」
「無駄と思うよ~」
「配達人さん、それでもわたしは行くんです!」
三人とも呆れた顔でため息ついてますよ。
「わたし、ここじゃ一番先輩なんですから!」
わたし、ダッシュ。
コンちゃん待ってて、今助けに行くからね~!
一段落つきました~
「まったくポンは、ちんたら帰ってきおってっ!」
「はいはい、ごめんなさい」
「わらわ、疲れたから、もう働かんのじゃ!」
コンちゃん、定位置のテーブルに着いちゃいました。
ほっぺ膨らませてテレビ見てますよ。
そんなテーブルに店長さんと配達人も座ります。
ミコちゃん、奥からお茶を持って登場。
「お客さんもはけちゃったから、お茶にしましょう」
わたしも一緒になってテーブルに。
コンちゃん、まだプリプリしてます。
「ポンはひどいのじゃ、早く帰ってこんのじゃ!」
みんな笑ってます。
「ポンなんか好かんのじゃ」
「ごめんってばー」
「ふーんじゃ」
店長さん、お茶を一口してから、
「ポンちゃんはさ、コンちゃん甘やかしすぎ」
「でもでもー!」
「先輩としての威厳がない、うん」
「店長さん言いすぎ」
「ポンちゃん、コンちゃんの事、わかってる?」
「え?」
「そうよ、ポンちゃん、先輩風吹かせるばっかりで、コンちゃんの事、知らないでしょ?」
「ミコちゃんまで言いますか!」
「俺も思うよ、ポンちゃん先輩として舐められてるよ」
「は、配達人に言われると頭に来ますね」
店長さん立ち上がると、コンちゃんの頭をポンポン叩きながら、
「ね、ポンちゃん、コンちゃんって何?」
「な、何って……コンちゃんはコンちゃん」
「じゃなくてさー……女狐だよね」
「ですね」
「獣だよね」
「ですね、キツネだけに」
コンちゃん、ムッとした顔で店長さんのポンポンしている手を払います。
「みんなして、わらわの悪口かの!」
あ、黒いオーラがうずまいてますよ。
でもでも店長さん、ニコニコ顔でコンちゃんに、
「じゃ、コンちゃんは何者なの?」
「わらわは神なのじゃ! お稲荷さまなのじゃ!」
店長さん、じっとわたしを見ています。
「うーん、コンちゃんは神さま……ですか……えっと……どう言えばいいのか……」
「そう、コンちゃんは神さまなんだよ、だからどうしたらいい?」
「むー! 祠の掃除は毎日やってますよ?」
「ふむ……では、神さまは何をしてくれるかな?」
「は?」
神さまはなにをしてくれるか……って言われても……
よーく考えますよ。
神社、神社を思い出しました。
「願い事をするとか?」
ミコちゃん、微笑みながら行っちゃいました。
店長さんも笑顔で頷きながら、
「まぁ、そんなんでいいかな……で?」
「なんです、まだあるんですか!」
店長さん、一度コホンと咳払い。
「コンちゃんは神さまです」
「はい、そーですね」
店長さん、コンちゃんの頭をポンポンしてます。
コンちゃんムッとした顔でそんな手を払ってますよ。
店長さん、苦笑い気味に声をあげました。
「神さまとはっ!」
「神さまとはっ?」
店長さん、コンちゃんの頭を改めてポンポン。
「神さまは何もしませんっ!」
「はぁ?」
「神社にお参りしても、願い事をかなえてくれるとは限りません!」
え、えっと……店長さん、なんだか世の中の神さまや信者を敵にまわしてますよ。
「願い事をかなえるのは努力、そして行動!」
店長さん語ります。
そしてコンちゃんの頭をポンポン叩くの。
その「ポンポン」叩くのはせっかくの雰囲気ブチ壊しです。
「神さまは、コンちゃんは何もしてくれません!」
あー、コンちゃん、怒りマークがポンポン噴き出してます。
なんだか叩くのに合わせて飛び出してるの。
「俺が言いたいのは……わかる?」
「な、なんですか、店長さん……もうコンちゃんを叩くの、やめた方がよくないですか?」
「ああ……そうだね……で、ポンちゃんに聞きたい」
「な、なんですか?」
「ポンちゃん、ここで一番の先輩なんだよね?」
「はい、そうですよ、一番先輩なんです」
「じゃあさ、いいかげんコンちゃんの事、わかってよくない?」
「は?」
「ポンちゃん一番先輩なんだからさ、コンちゃんが何もしないの、わかるよね」
「えーっと……」
「コンちゃん、テレビ見て、ぼんやりして、お散歩して、自分の好きな事しかしないっ!」
あー、もう、店長さんの後ろでコンちゃんプルプル震えています。
マシンガンみたいに怒りマークが連射されてるの。
ああ、コンちゃんが拳を固めてます。
店長さん、コンちゃんの方をにらんで、
「ねぇ、コンちゃん、何もしないよねっ!」
「むむむ……店長、言いおるなっ!」
「じゃ、洗濯物、畳んで来るっ!」
「ふーんじゃ、店長はわらわの事を何もしないと言いおった、だからわらわは何もせんのじゃ!」
「……」
わたしも、店長さんも、ジト目でコンちゃんを見ます。
結局コンちゃんはこうなんです、女狐。
「ね、コンちゃんはこうなんだよ、ポンちゃん、いちいち怒るなんてバカらしいよね」
「むう……店長さんの言う通りかも……」
「あー! ポンは一番の先輩ではないか! わらわを応援してくれてもよくないかの!」
「むう……」
「さっきは遅れて帰ってきたのじゃ!」
そ、それはちょっと責任感じてるから、言わないでほしい~
今まで黙っていた配達人が、クスクス笑いながら作った声で、
『今日は観光バスが三台も来るから、帰らないでここでお茶なのじゃ!』
「!!」
『ポンなんか一人で馬車馬のように働けばよいのじゃ!』
わたしと店長さん、コンちゃんを見つめます。
コンちゃん、テーブルを枕にして知らん顔。
でも、汗だくなの、わかります。
プルプル震えてるし。
配達人を見れば、
「昨日、老人ホームに配達に行ったら、コンちゃん言ってた」
「ポンは配達人とわらわ、どっちを信じるのじゃっ!」
コンちゃん、涙目でわたしを見てます。
でも、女狐です。
なんだかバカらしくなっちゃったの。
配達人さんはまだニコニコしてます。
『わらわは神ゆえ、働かなくてよいのじゃ!』
「わーん、配達人のバカバカ! しゃべらぬと約束したでないかっ!」
「暴露した方が、絶対おもしろいよね」
「バカバカ!」
『ポンなんか、お子さまで、どら焼き級なのじゃ!』
ピキーン!
もう怒った!
コンちゃんも配達人もゲンコツ投下です!
村長さんニコニコしながら、
「ポンちゃん、ちょっといいかしら」
なにかな?
「今度、学校でお泊り会をするんだけど……」
「はぁ」




