第105話「駐在さんとシロちゃん」
シロちゃんは駐在所の前でじっと立っています。
熱っぽい目で見てるんです。
なんだか恋する乙女な目なの。
こ、これはっ!
『ちゅちゅちゅちゅーざいさんっ!』
「はい、ポンちゃんの分」
「じゃ、行ってきま~す」
わたし、ミコちゃんから配達のバスケットを受け取ると出発です。
ミコちゃん、店先まで出て来て、見送ってくれますよ。
手を振りながら、
「ごめんなさいね」
「なにがです?」
「だって、準備が遅れてしまって……」
「??」
「一人で行く事になっちゃったでしょ」
「ああ、それ……」
ミコちゃんに言われて初めて気付きました。
もう、みんな配達や登校・出勤した後なんです。
一人で出発はちょっとさみしいかな?
でもでも!
「ふふ、ミコちゃん、いいんですよ」
「え?」
「どっちかと言うと、いつも遅れてほしいかも」
「どうして?」
「だって、いつも出発、みんなと同じくらいですよね?」
「そうね」
わたし、拳を固めて、ちょっと怒った顔。
「レッドと一緒に学校だと、いつもしっぽをモフモフなの」
「ああ、それで」
「一人で行ける方がいいかも」
「でも、レッドちゃん、がっかりするかも」
「ミコちゃんはレッドの味方だもんね」
「ふふ……レッドちゃん、ポンちゃんの事すごい好きなのよ~」
「ちがいます、わたしじゃなくて、しっぽが好きなんですー!」
「ふふふ」
ミコちゃん笑ってます。
わたしも手を振って出発しゅっぱつ!
今日の配達は老人ホームと……駐在所です、めずらしい~。
老人ホームの配達も、駐在所の配達も、正直まだまだ時間に余裕。
わたし、バスケットを左腕にさげて、のんびりお散歩気分で向かいます。
まずは駐在所なんですが……駄菓子屋さんの前で、
「パン屋さん、パン屋さん、ポンちゃん、ポンちゃん!」
駐在さんの声がしました。
見れば駄菓子屋さんでお茶をしているみたい。
「おはようございます、配達に行こうって思ってたんですけど」
駐在さんニコニコ顔で、
「どら焼き、ここでいただきます」
「わかりました、はい、どうぞー」
駐在さん、すぐに開けて、駄菓子屋のおばあちゃんに一つ渡しながら、
「ポンちゃんはお急ぎですか?」
「まだ配達はあるけど、余裕ありますよ」
「一緒にお茶しましょう、どら焼きまだありますから」
「えっと……」
配達途中だけどいいのかな?
老人ホームのお昼にはまだ大分あるから、全然余裕なんだけどね。
駄菓子屋のおばあちゃん微笑みながら、わたしの分のお茶を出してくれました。
「じゃ、ごちそうになりま~す」
わたし、駐在さんのお隣に座って熱々のお茶をいただきます。
フーフーしながら、
「あのー」
「なんですか?」
「駐在さんはいつも朝は駄菓子屋さん?」
「どうしてです?」
「朝、いつも駐在所にいないような気がします」
「……」
「ここでおばあちゃんといつもおしゃべり?」
「……」
駐在さん、笑顔で……でも、くちびるに人差し指を立てます。
静かにしてって事ですが、どうしてかな?
おばあちゃんが外を指差します。
駄菓子屋さんから駐在所が見える、そっちを指差してるの。
なんなんでしょうね?
「あ!」
ついつい声でちゃいました。
駐在所の前にシロちゃん登場ですよ。
うーん、感じからすると、レッド達と一緒に登校した後っぽいかな。
シロちゃんはいつも村をパトロールしてからお店を手伝ってくれてるから、今はそのパトロールの最中でしょう。
『あのー!』
さっき「静かに」って「くちびる人差し指」あったから小声なの。
『あの……』
『ポンちゃん、何ですか?』
『シロちゃん来てますよ』
『はい』
『行かなくていいんですか?』
『よく見ててください』
『?』
シロちゃんは駐在所の前でじっと立っています。
熱っぽい目で見てるんです。
なんだか恋する乙女な目なの。
こ、これはっ!
わたし、駐在さんの腕をしっかとつかまえるの。
『ちゅちゅちゅちゅーざいさんっ!』
『は、はいはい、ポンちゃん何ですか?』
『あ、あれを見てください!』
『見てます見てます』
『あれは恋する乙女な瞳っ!』
わたし、駐在さんをゆすりまくり。
でも駐在さんは微笑んでばかりなの。
駄菓子屋さんのおばあちゃんもニコニコしたまま。
『真面目に聞いてるんですかっ!』
『聞いてます聞いてます』
むー、駐在さんもおばあちゃんも、笑顔なまんまです。
なんというか……この顔はわたしを子供扱いしてる顔ですよ。
『あれを見てなんとも思わないんですか!』
『え?』
『あのシロちゃんの顔、よーく見てください!』
シロちゃんはいつものミニスカポリス姿。
胸元で両手を結んで、じっと駐在所の中を見つめてるの。
中には……ここに駐在さんいるんだから、誰もいないはず。
きっと誰もいない駐在所を見つめてるんです。
熱っぽい瞳で!
『あれは恋する乙女の瞳ですっ!』
『……』
『大人はそーやって、いつも若者の言葉をスルーしちゃうんですっ!』
どー見ても、駐在さんはあきれ顔なんですよね。
わたし、駐在さんをゆすります。
『駐在さん、わたしの話、まじめに聞いてます?』
『ポンちゃんは、シロがどうだと?』
『あれは、きっと駐在さんに恋心なんですよ!』
『はあ?』
シロちゃんはというと……駐在さんいないわけで、じっと見つめていたけど、行っちゃいました。
「駐在さん、いないから行っちゃったじゃないですか!」
もう小声な必要ないから普通のボリュームでお届けです。
駐在さんはあいかわらずニコニコしながら、
「ポンちゃんは何が言いたいんです?」
「だから、シロちゃんは駐在さんが好きなんですよ!」
「はぁ……」
「どうして大人はそうやってスルーしちゃうんですかっ!」
「い、いや……ポンちゃんはシロが私に恋心とでも?」
「あの目はそうじゃないですかっ!」
「ポンちゃん……いいですか、私は人間で、シロは犬ですよ?」
「シロちゃん、今は人間でしょー!」
「ふむふむ……では、シロは人間でいいでしょう」
駐在さん、あきれ顔でお茶をすすりながら、
「私は『おじいちゃん』ですよ」
「シロちゃんとはつりあわないとでも?」
「人間のシロはどう見ても20代ですよ」
「駐在さんはわかっていませんっ!」
「?」
「わたし、駐在さんの事はよく知らないけど、シロちゃんは犬の頃から一緒だったんですよね?」
「ええ……そうですね……」
「恋心に年齢なんてないんですっ!」
「ふむ……」
駐在さん、一瞬は真面目な顔になったけど、すぐに肩を揺らしながら、
「では、明日、はっきりさせましょう」
「!!」
「コンちゃんも連れて来てください……シロが遅れて駐在所に来るように段取りをしておきますから」
次の日の駐在所ですよ。
「大勢で来ましたね」
で、約束した通り、コンちゃんを連れて来ました。
コンちゃんだけじゃなくて、店長さんとミコちゃんもいます。
あとは昨日から話を聞いていた駄菓子屋のおばあちゃんもいるの。
駐在さんは店長さん達に、
「お二人は呼んでいないと……」
「はい、でも、相談されたから」
店長さん、頭をかきながら、
「気になっちゃったから、付いてきました」
「気になった?」
「だって駐在さん、シロちゃんを老人ホームの配達にって言ってたから」
駐在さん、シロちゃんが後からこっちに来るように、店長さんに相談したみたい。
ミコちゃんも微笑みながら、
「私もすごく気になって……それに……」
ミコちゃん、わたしを見ながら、
「ポンちゃんから話は聞いています……実は私もシロちゃんが熱っぽい目でここを見てるの、何度も見た事があるから……」
そこまで言ってから、ちょっと頬染めしたミコちゃんは、
「シロちゃん、駐在さんが好きなんだって、私もちょっと思ったんです」
「でしょ、わたしと一緒、ミコちゃんもそう思ってたんだ」
「だってシロちゃん、すごい恋する乙女の瞳」
「だよね! だよね!」
盛り上がるわたしとミコちゃん、店長さんも頷いて、
「うーん、シロちゃんはここで飼われていたくらいだから、そういったのもあるかも……」
ほーら、店長さんも賛成してくれました。
でもでも、駐在さんと駄菓子屋のおばあちゃんは相変わらずニコニコ。
コンちゃんはムスっとした顔で、駐在さんを見て、
「これ、駐在よ、なぜわらわを指名するのじゃ、大体わかっておるが」
口を開いたコンちゃんに、駐在さんも頷いて、
「コンちゃんは……シロから話を聞いています、不思議な術を使うんですよね」
「うむ……術を使え……言うのじゃな」
「はい……お願いします」
「えー、タダでかの?」
「さつまあげ、持って行きますよ」
「了解なのじゃ!」
安い神さまですね。
みんなで奥の座敷に上がったところで、
「あと、意見を聞いていないのが……」
駐在さん、駄菓子屋のおばあちゃんとコンちゃんを見ます。
駄菓子屋のおばあちゃんが、
「私かね……私は恋心に賭けるかね、私も子供の頃は大人の男に憧れたもんだよ」
駐在さん頷いて、コンちゃんに視線を向けます。
「わらわは……ふむ……とりあえず『恋心ではない』に百円じゃ!」
「え……コンちゃん見た事ないからそんな事言えるんだよ、アレは絶対恋する乙女なんだから」
「わらわの灰色の脳細胞が違うとささやいておるのじゃ」
「なんにもしない脳細胞ですよね?」
「大きなお世話なのじゃ!」
駐在さん頷くと、
「私にはわかっているんです」
鍵のかかった引き出しから拳銃を出しました。
机の上に置いてから、
「もうすぐシロが来ます、姿が消える術と、ニオイや気配も消える術をお願いします」
「お安い御用なのじゃ」
コンちゃんが指を弾くと、みんなの姿が消えちゃうの。
ナイスタイミングでシロちゃんが登場。
外から駐在所の中を覗いているの。
あの熱のこもった目でじっと!
でも、その目が、まるで映画なんかのレーザー照準みたいに机の上の銃に注がれるの!
恋する瞳が★になってます。
駐在所の引き戸を開けて、拳銃スキーが飛び込んでくるの。
「きゃーん、本物ーっ!」
場所は変わってパン屋さんの駐車場。
あれから何があったかですって?
飛び付くシロちゃんを駐在さんが捕まえたんですよ。
それからお説教だったんだけど、わたしやミコちゃん、店長さんに駄菓子屋のおばあちゃんはあきれちゃったの。
コンちゃんだけは胸を張って、
「ほれ、わらわの言った通りなのじゃ! 恋心ではないのじゃ!」
「むう、コンちゃんに負けると、なんかくやしいっ!」
「大体シロは店長スキーなのじゃ、普段はそんな風でもないがの」
「そ、そう言われると、そうですね」
「それに、わらわ、呼ばれた時点で……拳銃が出た時点でわかったのじゃ」
偉そうに胸を張って見せるコンちゃん。
くやしい~
一方店長さんやミコちゃんは渋い顔をしています。
ミコちゃんが頬を引きつらせながら、
「シロちゃん、今夜の夕飯、抜きかしら」
ああっ! 食事抜きはすごいつらいのっ!
店長さんもあきれた笑みをうかべながら、
「今夜はお外かなー」
シロちゃんあわれ……
でもでも、いいかげん銃に執着するのはやめた方がよくないでしょうか?
銀弾鉄砲で我慢してればいいんですよ。
正座して小さくなっているシロちゃん。
駐在さんは力なく笑いながら、
「シロがこんな警察の犬だったとは……」
「ほ、本官は机の上に銃が出しっぱなしなのは危険だと思い!」
叫ぶシロちゃんに、駐在さんは銃を目の前に出しながら、
「シロ、撃ってみたいですか?」
「ぶっ放したいでありますっ!」
叫んでから、シロちゃん口を押さえてます。
わたし達、笑うしか。
駐在さんはため息をついて、
「では、私を倒せたら、銃、あげましょう」
そんなわけで、パン屋さんの駐車場なんです。
ギャラリーはパン屋さんファミリーと駄菓子屋のおばあちゃん。
都合のいい事に、お客さんはいませんよ。
駐車場はガラガラで、駐在さんとシロちゃんが拳銃を手に立ってるの。
うーん、二人とも本物拳銃を持ってます。
「あの、店長さん……」
「何、ポンちゃん?」
「シロちゃん、本物持ってますよ」
「そうだね……駐在さん2丁も持ってるんだ……いいのかな? ま、いいか」
「そうじゃなくて……」
「何、ポンちゃん?」
「本物の銃で撃ち合ったらとんでもない事になりません?」
「……」
店長さん、黙っちゃいました。
「シロちゃんが負けたら血まみれで、駐在さんが負けたらやっぱり血まみれですよ」
「そ、そうだね」
他のメンバーを見てみますが、久しぶりの「西部劇モード」を楽しんでいるみたい。
コンちゃんが、
「ほれ、どっちが勝つか賭けるのじゃ!」
レッドが手を挙げながら、
「シロちゃ!」
みどりは腕を組んで、
「シロちゃんの方が勝つわよ、きっと!」
駄菓子屋のおばあちゃんは、
「駐在さんをを応援するかね」
ミコちゃんも考える顔で、
「やっぱり家族を応援しないとね、シロちゃんよ」
みんな、楽しそうですね。
実弾真剣勝負なのに。
「店長さん店長さん、シロちゃん負けたら死んじゃいますよ!」
「う……でも、いまさら止められないし」
「そ、そうですね……」
もう、二人ともにらみ合って、視線で火花散らしています。
店長さんの言う通り、とても止めに入れそうにないの。
「先に動いた方が負けかの」
「コンちゃん、どうしてわかるの?」
「大体、そんなもんなのじゃ」
その時、シロちゃんが動きました。
腰に下げた銃を抜いて、狙いを定める!
銃声!
「え?」
みんな同時に声をあげちゃいます。
ついつい先に動いたシロちゃんに見とれてました。
シロちゃんの手から拳銃弾け飛んじゃってるの。
駐在さんを見ると、腰の所で銃口が煙をゆらしているんです。
「狙わないで銃を弾いちゃうなんて、駐在さんすごいすごい!」
駐在さん、にこにこしながら、
「今の人は狙って撃つのが流行みたいですが」
「はぁ」
「私は西部劇世代ですので、抜いてすぐ撃つのが流行だったんです」
「ねぇ、駐在さん」
「?」
「それって警察でOKなんです?」
駐在さん、愛想笑いだけで、返事がないの。
ダンボールの夜……わたしはシロちゃんに付き合ってるんです。
最初は付き合う気はなかったけど、シロちゃんすごい落ち込んでるんだもん。
わたし、先輩だから心配なの。
「シロちゃん、元気出してよ~」
「駐在さんに負けたであります、悔しいであります」
「おじいちゃんに負けたのが悔しいのはわかるけどさ~」
「せっかく本物が手に入るチャンスだったであります」
「……」
「あー、悔しいでありますっ!」
この撃ちっぱなし警察の犬は死んだ方がいいかもしれません。
同情して損した気分になってきましたよ。
でもでも、こーゆ時変につっかかるよりは……
同情のふりして誘導するのがいいでしょ。
ちょっと考えて、
「でもでも、本物握れたから、よかったですよね」
途端にシロちゃん笑顔です。
「えへへ、本官、超嬉しいであります」
「そう思ったら、満足では?」
「でもっ!」
「な、なんですかっ!」
「撃てなかったであります、残念であります!」
あーもう、この撃ちたがり警察の犬は~!
「ね、ポンちゃん、コンちゃんって何?」
「な、何って……コンちゃんはコンちゃん」
「じゃなくてさー……女狐だよね」
「ですね」
コンちゃんとはなに者っ! なんでしょね?