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兄妹接近中2

 君花が章子さんに電話をしている間、部屋の戸締りを確かめて歩いた。そして、外からこっちを見ているとしたら、雅紀がいるということを見せるために、窓を開けてみたりした。

 

そして君花が夕食にとスパゲッティを作ってくれる。里奈は食欲がないとのことで、雅紀と君花は相向きに座って食べ始めた。

 まさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。君花とこうして二人きりで食事をすることになるなんて。

 雅紀たちは和解をしてから、急接近していた。この不幸中の幸いの出来事に少し感謝していた。雅紀は少し君花のことを意識し始めていた。


 いや、雅紀は用心棒としてここにいる。兄として妹を守るためにいるのだ。変な感情を持ってはいけない。自分にそう言い聞かせて、夕食後、宿題を始めた。君花も工房机に座り、アクセサリーの続きをしている。二人は別々のことをしているが、その意識の大半はお互いに向けられていた。


「お風呂、準備ができたから、どうぞ。タオルは棚に入っているから勝手に使ってね」

 そう言ってくれたので、雅紀は風呂を使わせてもらった。

 初めて入る異性の部屋で、風呂に入るって緊張する。すべてが普段では目に入らない世界に足を踏み入れる、そんな感じだ。使っているシャンプーもわかる。タオルも石鹸もだ。章子さんがうちに来るまでは、男だけの家の中だから、店で一番安いシャンプーとか、適当な石鹸を使っていた。タオルもどこかでもらったような店の名前が入っているような物もある。純の好きなアニメのキャラ入りの物も構わずに使っていた。


 君花の風呂場には、見たこともないいい香りにする石鹸、シャンプーなどが並んでいた。そう、こういうことなのだ。急に年の近い男女が兄と妹になる、お互いのそういうものに、関心を向ける。


 雅紀が風呂から上がると、ソファにはふかふかの枕と毛布が二枚、用意されていた。

「寒くないと思うけど、一応ね。もし、これでも寒かったら、ヒーターをつけて」

「あ、わかった。大丈夫。自分でできる」


 なんとなく、意識をしていた。こういうシチュエーションって今までになかったから。

 まだ十時だったが、部屋の電気を消してソファに寝転んだ。毛布をかぶった。ここにはゲームも雅紀のPCもないのだ。スマホのゲームも飽きていた。


 それでもなんだか興奮状態で落ち着かず、眠れなかった。それには別の理由があった。

 さっき、風呂場を使わせてもらった。そこで、ある物を見つけていた。タオルがたくさん入っていたクロゼットから、タオルを一枚抜き取ろうとしたら、バラバラと数枚を落としてしまった。

 その奥に、男物のティシャツとスエットパンツがあったのだ。それはタオルを取らなければ、絶対にわからないように、厳重に隠すようにして押し込められていた。

 そのティシャツは、雅紀も持っている有名ブランドのシャツだったから、すぐにわかった。あの君花がなぜ、男物のシャツを持っているのだろう。君花が着るのか? その可能性はなくもないが、それならわざわざ、あんなところに隠さなくてもいいだろう。


 それに君花は、たくさんの予備の歯ブラシを買い置きしている。それは突然、誰かが来ても困らないように常備しているようだった。

 一人暮らしの高校生が、そんなことをする必要があるのか? 普通なら、セール品を買ったとしてもせいぜい、二、三本くらいだろう。君花は使い捨て用の歯ブラシを10本ほど買ってあった。もしかすると章子さんにも内緒なのかもしれない。だから、それらを隠しているのだ。

 君花の背後に男の影あり。そんな発見に複雑な思いをつのらせていた。


 君花にそんな人がいることに気落ちしていた。自分でも驚くほどだ。さっきまで、君花を意識し始める自分がいたのに、こうあからさまに背後にいる男の存在がわかると意気消沈している。


 雅紀は、自分の心がわからなくなっていた。君花の存在は和解をきっかけに、目まぐるしく変わる。気まずい雰囲気の天敵だったのが、急に心配になる妹となり、なんとなく意識する異性。そして、君花の背後に見え隠れする内緒の存在の男。

 そんなことをいろいろ考えて、ずっと眠れずにいた。雅紀が寝入ったのは明け方だった。


 けど、君花が起きてきた気配に目を覚ました。朝食を作ると言う。雅紀はシャワーだけ使わせてもらい、登校の準備をしていた。


 里奈も起きてきた。泣きはらした目をしていた。こんなにしおれている里奈を初めてみた。


「なあ、里奈、こういうことはきちんと家族に話すべきだと思うぞ。いつまでも君花に頼ることはできない。君花だって自分の生活がある。閉じこもるんだったら、家族のいる自分の家のほうがいい。親父さんもきちんと話せば頭から怒ったりしないと思うぞ」

 里奈はうつむいていた。夕べ、雅紀が泊まったことの意味がわかっていた。ここに里奈がいたら、君花も危なくなるのだ。


「わかった。本当にそうだね。私、ちゃんとお父さんに言う。ここに迎えにきてもらうよ。そしてもし、尾崎を見つけたら、今度は警察に行く。守ってもらう」

 そう、里奈が言った。

 よかった。里奈はわかってくれた。


 君花は、里奈の父親が迎えに来るまでアパートで待つことになった。雅紀は一足先に学校へ行った。これでいつもの生活に戻れるだろう。ほっとしていた。

 雅紀は、何食わぬ顔で授業を受けていた。大場と松本には、あれからどうなったのかとしつこく聞かれたが、なんとなく言葉を濁し、一応解決したと伝えた。この二人に君花の部屋に泊まったなんてことが知られたら、それこそ、それに尾ひれがつき、学校中に知れ渡ることだろう。


 けど、その昼休みのこと。君花がクラスに来た。話があるという。

 二人で、人けのない階段下へ行った。


 君花はもう里奈のことは終わったから、もっと晴れやかな顔になっていてもいいはずだ。しかし、表情が堅かった。

「どうした? 里奈が親父さんにすごく叱られたのか?」

 そこのところ、かなり心配だった。厳格な父親だと聞いていたからだ。もし、目の前でかなり叱られたら、君花も傷つくかもしれない。


「あ、お父さんは大丈夫だった。ショックを受けてたけど、つきまとわれていたことを正直に話したら、怒ることよりも娘を守ることの方が先だと考えたらしいの。里奈も泣きながら謝ってた。だから、お父さん、里奈を抱きかかえるようにしてタクシーに乗せたの。大事な娘だからって」


 じゃあ、なんだろう。その君花の笑顔を曇らせる原因とは。

「里奈が帰っていって、私、一人で家を出た。そしたら、駅前で尾崎が突然、現れたの・・・・。」

「えっ」


「尾崎が待ってたの。だから、私、言ったの。里奈はもう帰ったって。今度、里奈につきまとったら、警察へ行くって」

「ああ、よく言った。そうじゃないとあんな奴、目が覚めない」


「そしたら、あいつ、涼しい顔をして、知ってるって言った。里奈ちゃん、お父さんと一緒に帰ったよねって」

「それって、まさか、ずっとアパートを見張ってたってことか」

 やっぱり、と考えた。あいつならやるだろうと思った。だから、夕べ、雅紀が泊まったのは正解だった。


「そう、そして今夜もあの男の子に泊まってもらうのかなって・・・・」

「えっ、だって、もう里奈は自宅へ帰っただろっ。なんでだ?」


「そうなの。私もなにか勘違いしているのかと思って、里奈は家へ帰ったよ。今日は学校を休むって」

 君花は泣き出しそうな顔になった。細い方が震えている。

「君花」


「そうしたら、あの人、にっこり笑ったの。もう里奈ちゃんはいいんだって。今度は君に興味がある。強いし、あまりギャンギャン吠えないしって。あの男の子、どうするか、それも楽しみだしねって、そんな事、言ったの」


「里奈から君花に乗り換えるっていう宣告か? そんなバカな。理由がないのに、そんなことをするストーカーなんて聞いたことがない」


「私もなにがなんだかわからなくなって・・・・・・。怖くて、そこからずっと学校まで走ってきた。何度も後ろを振り返った。あの人、追いかけてはこなかったけど、すごく楽しそうだったの。あんな顔のあの人、見たのって初めてだった」


「ん~。それは里奈を守ることで尾崎に反抗した君花とオレへの復讐なのかもしれないな。もうあいつは里奈の心を取り戻すことはできないってわかった。そんな空虚な心に、オレたちが見えたんだろう。その腹いせに、嫌がらせをしてやろうってね。なんて陰険なやつ」


「いや、怖い。どうしよう・・・・・・」

 君花はすがるような目で見ている。

 雅紀はその君花を抱きしめたい衝動に駆られていた。しかし、そんなことはできない。彼氏でもなんでもないし、しかも兄、妹だし。学校だし。


「尾崎は私達のことも知ってた。急にお兄さんになった関係なんだってねって」

「オレ達のことまで調べたっていうのか」


 あり得ない話じゃなかった。あいつも始めは里奈の心を取り戻そうとして必死だったのだろう。けど、全面的に拒否され、好きだという感情が憎しみに変わったのかもしれない。そうなると発端はなんだったのかわからなくなってしまう。里奈はもう手出しができなくなった。ただ、相手を罵るだけの、魅力のない女子と化していた。しかし、気がおさまらない。その矛先を向けられたのが、君花ということ。その鬱憤うっぷんを張らせる相手に選ばれてしまったのだ。


「どうしよう。授業を受けていても全然身が入らないの。それどころか、どんどん怖くなって・・・・、こんなことになるなんて」

 君花が泣きだしていた。両手で顔を覆って肩を震わせていた。


 人けのない階段下で会っていたが、時折通り過ぎる生徒がこっちを見ていた。興味津々な顔だ。


 やべえ、これじゃ、まるで雅紀が君花に別れ話でも持ちかけているように見える。非道な男みたいだ。

 用もないのに、二度、三度、ここを往復する奴が現れていた。


「ねえ、怖い。雅紀君。今夜も泊まってくれる」


 君花がそう言った時、通り過ぎる男子生徒の足が一瞬止まった。

 聞いてやがると思った。う~ん、まじで、このままだととんでもない関係だと噂される。今更、兄妹だって言っても、そっちの関係の方が面白い噂になるだろう。それを打ち消すのは至難の技だ。

 雅紀はわざと大声で言った。


「わかった。今夜は家へ来い。親父、君花のお母さんもいるし、なっ。うちの方が安全だろう。君花の部屋もあることだし、な」

 うちには家族が一緒にいるし、別の部屋に泊まるんだということを訴えていた。


 雅紀達の周りには人だかりができていたことに、今、気づいた。高校生とはなんて暇で、好奇心旺盛な生き物なんだろうと思った。


「誤解すんな。オレと君花は兄妹だ。うちにはちゃんと君花の部屋があるし、家族も一緒にいるんだ。変なこと考えてたらぶっ飛ばす」

 そういうとみんな、つまらなそうな顔で、蜘蛛の子を散らすように、バラバラと散っていった。


 そんなことで、急に君花が家へ泊ることになった。たぶん、あいつはうちの家も調べていることだろう。そう考えていた方がいい。

 それならそれで、こっちも準備をしようと思った。


 雅紀は午後の授業をスキップし、帰ることにした。もし、尾崎が待ち伏せしていたとしても、まさか昼過ぎに帰ってしまうとは思わないだろう。まず、その時間が稼げる。そして、それは尾崎の裏をかくということで、こっちもそれなりのことを考えているんだと知らしめていた。


 雅紀の午後の授業は、情報処理で、午後三時間、ぶっ続けで行われる。これはどうせ他の生徒たちと違うことを自習としてやる予定だった。先生の許可さえもらえれば自宅でできるはずだった。


 そして君花。

 雅紀はPCルームへ行き、学校に置きっぱなしの自分のパソコンを持ってきた。君花のクラスへ持っていく。君花の午後の授業はスカイプで先生の授業を受けるようにしてもらう。


 そう無理やり先生に頼み込んだ。英語だった。先生はそんなこと、初めてだ、他の生徒までそんなことをしたらどうするんだと食ってかかって来たが、最後には折れてくれた。そのまま気分が悪いと言って帰ることもできたから。


 こうして、雅紀と君花は昼休み中に家へ帰った。もう雅紀は、松本と大場に、尾崎のことを調べてもらうように頼んでいたから、家でその情報を集め、作戦を練ることにする。向こうがこっちのことを知っているなら、こっちも知る必要がある。


 一緒に帰ると章子さんがいた。心配していたらしい。

 雅紀はさっそく、君花の部屋に自分のパソコンを持っていく。それで授業を受けるためだ。雅紀は自分の部屋に入り、メインコンピューターで五分置きくらいに送られてくる松本達の情報を読んでいた。

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