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里奈の事情

 里奈は、母の結婚以来、一人になった君花の所へよく泊りに来ていた。


 里奈にはひと夏の恋ともいえる彼がいた。

 尾崎大翔はるとという。同じバイトで知り合い、その日のうちに意気投合し、深い関係になったらしい。外見はけっこう人目をひく容姿の人だったから、里奈はすぐに夢中になった。それに里奈自身もかわいらしく、清純なイメージで学校でも人気はある。

 初めの頃は理想ともいえる男性とつきあうことができて、うれしいと言っていた。彼と一緒に泊るときは、必ず君花の家に泊まると家に言っていた。同じ高校生でも里奈は進んでいる。君花はボーイフレンドさえいないし、キスもしたことがなかった。


「まさか、こんなことになるなんてね」

 里奈の顔が曇った。

「もう仕方ないよ。あんな人だって思わなかったんだから」


「私だって、尾崎が好きだったの。でも、ものすごく愛され過ぎて息がつまるの。電話してもワンコールで出るし、テキストも必ず五分以内に返事がくる。そういうのって、理想の男性だって思ってた。けど・・・・」


「それを里奈にも要求し始めたんじゃ、こっちもたまらないわよ。向こうが勝手にやってきたことと同じことを求めてくるなんて、ちょっと無理」

 本当にそう思う。

 そんなの、ずっとスマホを手放せないことになる。そりゃあ、スマホがなかったら、この世の中、寂しいと思うけど、そこまで誰かと繋がっていたいかと言われると否だ。


「ちょっとでも他の男の子と話したことがわかると不機嫌になるし、こんなに嫉妬深い人だったなんて思わなかった。君花の所へ行くときも、疑われたの。他の男の所へ行くんじゃないかって」


「それって相当里奈に入り上げているんだね。里奈ってそれだけ信用がないのかも」

 ちょっとふざけて言ってみた。しかし、里奈は真剣な目で言った。


「うん、私もそう思って言ったの。信用できないのって。そしたら、私のすべてが知りたい、独占したいから当然のことだって言うの。そこからよ。ちょっとこの人、おかしいんじゃないかって思ったのは」


 それで、新学期の始まる九月に、里奈は軽く電話で、別れるからもうつきまとわないで、と言ったらしい。


「そんなに簡単に別れ話ってできるの?」


「だって、もう私、尾崎のこと、何とも思ってない。だから、別れるって言ったのに。ドロドロになるよりは、さっさと別れていい思い出にしておいた方がお互いのためじゃない?」


 そうかもしれない。けど、彼と深い仲になっているのだ。もう少しちゃんと話した方がいいと思う。


 木枯らしが吹くころ、そんな里奈が、ブランド品のショルダーバッグを持っていた。それは高校生が簡単に買えるような品ではない。君花がそれを見ていると里奈がほくそ笑んだ。


「ああ、これ。いいでしょ。ずっと欲しかったの。でも、高くてなかなか手がでなかった。もらったの」


「えっ、誰に? そんな高価な物、くれるってどんな人?」


 里奈の誕生日はとっくに過ぎている。親からもそんな何万円もするカバンを送られることはないと思う。


「お・ざ・き」


 絶句した。

 尾崎とは別れたはず。なぜ、その尾崎からそんなカバンをもらうのか。


「他にも天然石のペンダントとかももらった。今度見せてあげる。君花には参考になるかも。買ったらものすごく高いと思う」


「ねえ、ちょっと待ってよ。なんで、尾崎からもらったの?」


「だって、家へ送られてくるんだもの」


「それってさ、返した方がいいんじゃない? それを受け取ったってことは、里奈にはつきあう意思があるって事に思われるよ」


「え、向こうが勝手に送ってくるんだから、もらって何が悪いの? それに、これを送るから寄りを戻したいって言われたわけじゃないし」


 里奈には返す気はないらしい。そういう言われのない品物は返した方がいいのに。


 そして、新しい年が明けて、ぐっと寒くなった頃に、里奈の家の周辺で尾崎が出没するようになった。尾崎らしい人影も見たが、極めつけは里奈の携帯に直接、里奈の外出している姿や誰かと話しているところなどの写真を送りつけてきた。それはいつも見ているということだ。


 それで先日、尾崎を喫茶店へ呼び出した。そしてもう金輪際、つきまとわないでほしいと言った。

 その時の里奈は、かなり強い口調で尾崎を責めた。確かにストーカーまがいの行動をする尾崎が悪い。けど、それを見ていて君花はハラハラしていた。もし、尾崎が逆上したらどうするんだろうと。そのくらいに勢いで、里奈は尾崎を否定し、攻撃したのだ。



 君花は母のところで久々の手料理を食べてきたが、里奈は夕食はまだだった。宅配ピザを注文し、里奈はピザを頬ばって言った。


「ねえ、一宮君とは本当になんでもないの? けっこう親し気に歩いていたから、いい感じって思ったけどな」


 また蒸し返される。すぐに雅紀との関係を打ち明けていた。今まで里奈にも内緒だった関係だ。母の結婚式の写真を見せて、納得してもらったばかりだった。


 里奈は、君花が一年生の時、雅紀のことを好きだったと知っているから、そのことを喜んでくれた。


「ねえ、君花は本当に好きな人、いないの?」

「うん、まあ」

 ちょっと言葉を濁す。


 その時、ちらりと雅紀の顔がよぎったから。まだ好きだったんだと自分でも気がつかなかった。好きだったから、あの言葉にあれだけ反応したんだと思う。好きな人にひどいことを言われた、それがどんなに傷つくか。


「この際、一宮君にアタックしちゃいなさいよ。さっき、すごくいい雰囲気だったし、彼も君花のこと、まんざらじゃないと思う」


「まさか。私達は戸籍上での兄妹。それだけのこと」


「でもさ、一年生の時、君花、すごく好きだったでしょ。こんなのってすごいチャンスだと思う。その気になれば、一つ屋根の下に堂々と住めるんだし」


 そう、あの言葉を浴びせられる前は、そう思ってはしゃいでいたのだ。まだ胸が痛む。


「もうやめて。お願い。今はちょっと考えられないんだから」


「ふ~ん、君花ってかわいいのに。もっと積極的に男の子と話せばもっとモテると思うよ」


「いいの。今は彼氏どころじゃない。やりたいこと一杯あるんだから」


 そういうと里奈が君花の部屋を見渡した。リビングの片隅には、アクセサリー作り専用の机がある。その周りには試作品やら、店で売るものがたくさん飾ってある。


「いいな、一人暮らしって。私もしたい」


  里奈の家は割と厳格だと知っていた。特に父親がうるさいらしい。だから、君花がなにかにつけ、名前が出される。


「まあ、気楽よね。だけど一人だから、すべてやらなきゃいけないのよ」


 それは掃除、洗濯、家事などだ。


「そうだけどさ、いちいちホテルとか、行かなくてもいいじゃない」


 里奈の言うことの意味がわかった。赤面してしまう。


「私達、まだ高校生だよ」

 そんな軽い里奈をたしなめた。

「いいじゃない。楽しいんだから」

 里奈にとって、体を許すことは、コミュニケーションの一つだとしか考えていないらしい。


 でも、そういう君花にも誰にも言えない秘め事があった。そう、母にも内緒なのだ。それができるってことは、君花がここに一人で住んでいるから。これは誰にも知られてはいけないこと。


 里奈と君花はそのまま話をしながら眠った。


 今日の誕生日祝いには、バレンタインデーが近かったこともあって、圭太郎(雅紀のお父さん)、純、一応、雅紀にもチョコレートを用意していた。

 奮発した大きなチョコレートを渡すと、圭太郎は破顔した。

「娘っていいな」と感動してくれた。


 雅紀と純には同じハート形のチョコレート。純は大喜びしていた。そして、雅紀は、自分にもくれることが不思議でたまらないという顔をしていたが、チョコレートを見て納得した様子だった。

 誤解を招かないように、雅紀のチョコレートだけ、パッケージの上から半分に割っておいたのだ。そう、ハートが真っ二つに割ってある。雅紀はそれを見てちょっとだけ笑った。そして、そのチョコを一口食べて、「うう、虫歯、確実に進行中」と言った。

 そのくらいのこと、簡単に無視できる。


 帰り、雅紀が送ってくれたことは想定外だった。だって、あの暴言を吐かれた時から、ずっと気まずい関係が続いていた。それに雅紀は周囲に兄妹になったことを隠していた。君花とそんな関係だなんて、誰にも知られたくないのだろう。だから、君花も誰にも言わなかった。それも内心、悲しかった。


 雅紀があの日、すごく怒っていて、ついそんな暴言を吐いたということは、後で考えるとわかる気もする。本当は仲よくしたかったが、もう意地でツンツンしていたのだ。

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