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雅紀、妹としての君花が気になるのか 2

「親父たちが、オレ達のこと気にしてる」

 君花は黙って聞いていた。

「お前がまだ、あんときのこと、根に持っていること、わかってるけど」

 そういうと、君花は咬みついてきた。

「ちょっと、何よ、その言い方。それだと私が執念深い女で、大したことじゃないのに、いつまでもネチネチと根に持っているサイアク女みたいに聞こえるじゃないっ」


 ほうら、ちょっと口をきくだけでこうなる。けど、雅紀は下手したてに出た。雅紀が原因で、こうなってしまった。もうそろそろ、君花とは和解しなければならないと思っていた。いつまでもこうやってお互いを避けてばかりはいられない。第一、親父たちの顔が曇るからだ。もういい加減、雅紀も大人にならなければならないと思っていた。


 すうと大きく息を吸う。照れ隠しに夜空を見ていった。

「悪かったって思ってる。本当にあの時はすまなかった。ごめんな。若気の至りだと思って、そのぺちゃんこの胸、あ、いや、広い心で受け入れて許してくれ・・・・」

 照れ隠しにちょっとおちゃらけて、そこまで言った時だった。急に腕をとられ、ひねられていた。


「あ、いたたたた」

 君花が雅紀の腕を合気道の技でひねったのだ。

「謝る気があるなら、真面目にきちんと私を見て言って欲しいわね。それにぺちゃんこの胸ってなによっ。セクハラ発言よ」


「あ、すんません。ちゃんと言います、だから放して、いてててて」

 そういうとやっと腕を放してくれた。痛かった。さすが合気道初段だけある。肩が外れるかと思った。確かに雅紀の発言はセクハラだろうけど、君花の行為は完全なる暴力だろうと突っ込みたかったが、やめた。それに合気道とは護身術で、自分から攻撃しないんじゃなかったのか?


 けど、今しかなかった。ちゃんと謝る。そして兄妹らしくなかよくやっていこうと思う。そう決心して、クルリと君花の方を向く。向こうは驚いた目で見ていた。

「本当にすみませんでした。あの時、新しいお母さんが来るって言われて、じゃ、オレを産んでくれた母さんは古い母さんなのかって逆上したんだ。章子さんにもお前にも、悪かったって思ってる」

 君花はギロリと睨みつけていたが、すぐに目が緩む。少し優しい顔になった。こんな顔、初めて見るかもしれない。


「知ってた。お母さんから聞いてた、そのこと。一度はあなたが反対してるっていうから、結婚を取りやめたけど、実はこういう事情だったって。母はあなたが結婚に賛成してくれたってすごく喜んでた。うれしそうだった。だから、私も反対しなかったの」


 なんか、君花とこんなに素直に話せるときが来るなんて夢のようだった。いつもつっけんどんに物を言われ、普通にしゃべれないのかと思っていたくらいだ。


 ぶるっと震えがきた。それは君花との和解に少し感動したからだが、寒さのせいもある。

「歩こう」


 先を歩いた。君花が小走りになってついてくる。

「今だからいうけど、私、ものすごく怒ってたの」

「そうか」

 それはわかっていた。いつも咬みつきそうな顔をしていたから。


「けどね、一宮君がお父さんの奥さんになるんだったらいい、っていってくれたんだってね。お母さん、その言葉、うれしかったらしいの。すごく気が楽になったんだって。いいお母さんにならなければいけないって思ってたみたいで、それもけっこうプレッシャーだったみたい」

「へえ」

 そうか。あっちもそう思ってたんだ。


「ってことは、お前、オレのこと、許してくれてたのか。目が合えば、殺してやるってくらいの眼力で見てたけど」

 ちょっと口が過ぎたらしい。また睨まれる。そう、その目だ。目で人が殺せたら、雅紀はもう何十回と殺されているだろう。


「ウジウジと根に持つタイプですので、許してなかったわよ。お兄さん」

 君花はそう言って笑った。


 君花のアパートは駅の北口だった。確かに駅周辺には人が歩いていたが、北口へ出ると急に人けがなくなる。寂しい道になった。


 しばらく、無言で歩いていたが、もう君花との間に重苦しい空気はなくなっていた。よかった。許してくれるみたいだ。

 ふと気づいた。時々君花が小走りで雅紀に着いてきた。歩調を緩める。女の子と歩くってことは、いつもの歩調ではなく、向こうに合せなくちゃいけないとわかった。


 いつも恋愛ゲームをして、いろいろと学んでいるつもりだが、こうした細かい所は生身の人間同士でないとわからないと気づく。

 これは今、製作中のオリジナルゲーム、「ラブ・シチュエーション」に入力しておこうと思う。女の子と一緒に歩く時は、いつも一人で歩くようにすたすたと歩いてはいけないと。


 君花のアパートが見えた。ほっとした時、急に目の前に誰からが飛び出してきた。雅紀はかろうじて声をあげなかったが、君花は驚いて、キャッと声をあげた。

 それは竹下里奈だった。君花と同じ経理課で、天使のニックネーム、男子の憧れの女子。昨日の夜も君花と一緒だったはず。


「君花、ずっと待ってたの」

 物陰に隠れて君花が帰ってくるのを待っていたらしい。その顔がやけに真剣でひっ迫していた。里奈が雅紀に気づいた。

「えっ、・・・・一宮君? なんで、どうしてここに? えっ、まさか」

 里奈は、舌打ちをしたくなるような甲高い声でいう。夜の住宅街に響いた。


 さっきまで君花も穏やかな表情でいたのに、里奈を前にして、以前の頑なな表情に戻る。

「あ、私達ってなんでもないの。ちょっと送ってもらっただけ。変なこと、考えられたら迷惑だから」

 雅紀もその言葉にむっとして言う。

「こっちだってそうだ。冗談じゃない。じゃ、オレ、帰るから」

 君花が、里奈には本当の理由を説明することだろう。雅紀はクルリと方向を変える。

「ありがと。送ってくれて、また明日」

 遠慮がちな君花の声がした。雅紀はニンマリしたが、そのしまらない顔を見られないために、そのまま背を向けて、手だけを振った。


 また明日か。今まで何の変哲のない月曜日が急に楽しみになった。まあ、これからも学校では君花とすれ違っても態度は変わらないとは思う。けど、今までのように後悔の念に晒されることはなくなった。それだけでも気がらくになった。


 そんなことを思って、暗い路地を行く。そんな時、前方でチラリと人がけが動いた気がした。

 そう、路地の電柱の影。不審に思って目を凝らしたが、誰もいなかった。気のせいだったらしい。


 そこに立って、今度は君花のアパートを振り返る。ちょうど二人が二階の部屋に入るところだった。この位置からそれがよく見えた。アパートには玄関先がよく見えるようにと明るい外灯があった。窓にうつる人影まで見える。

 その反面、雅紀が立っている場所は向こうからは絶対に見えないだろう。外灯のない暗い路地。少しだけ不安に感じる。けど、考え過ぎだと駅へ向かって歩いていった。

 

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