雅紀、妹としての君花が気になるのか
部活が終わった。今日はあれから松本と大場の三人で、射撃ゲームを激しくやっていた。少しは気が紛れた。
そして、君花と兄妹だという秘密を知られた二人に、お好み焼きを奢ることになっていた。いわゆる、口止め料。しかし、こいつらは雅紀の足元を見て、お好み焼き以外に焼きそばまで注文していた。
まあ、本音を言うと、周りに知られても別に構わなかった。オレなら適当に無視できるから。
けど・・・・あいつ、君花が嫌がるだろうと思った。周りに知られたら、なんていうだろう。嫌いな相手と戸籍上は兄妹になるなんて最悪なことだろうと思う。ああ、また嫌な気分が復活する。雅紀も一緒にやけ食いする羽目になった。
松本の、「お前たちは血は繋がっていないんだから、ちゃんとした手続きをすれば結婚だってできるんだぞ」という言葉を適当にあしらって、バイバイした。
どう間違っても、そんなことには絶対にならないから。
そうして雅紀がお好み焼き屋を出て、他の二人と別れた時はもう九時半過ぎていた。
雅紀だけが逆方向だった。駅前の商店街を抜けて帰ろうと思っていた。まだ、かなりの店が営業している。レストラン、飲み屋、居酒屋、喫茶店などの飲食業が多い。
その前方の喫茶店のドアが急に開いた。そこから出てきた二人は、なにかを話しながら、雅紀の方を見ないまま、駅の方へ向かう。
その二人に見覚えがあった。一人は広瀬里奈だ。背が小っちゃくて結構かわいいから、二年の男子の間では天使と呼ばれている。その恥じらいのある笑み、清楚な感じの顔は、校内人気ナンバーワンと言っても過言ではない。
そして、里奈と一緒にいたのは、我が妹の君花だった。そう言えば、この二人はよく一緒にいることが多い。割と仲がいいらしい。
私服の君花はいつもより大人びて見えた。ちょっとドキッとする。雅紀はそんな自分に戸惑いを覚えた。おいおい、目を合わせれば、にらみつけてくる妹君だぞ。そんな存在に反応してどうするんだ。
二人は急に後ろを振り返るかもしれないから、近くの書店の前に立ち、雑誌を眺めているふりをする。こんなところでまた、気まずい思いをするのが嫌だった。けど、二人は何かを話していて、そのまま振り返ることはなかった。
まあ、気づかれなくてよかった。こんなところで飯、喰ってたのかと思う。二十四時間営業の喫茶店で、軽食がうまいとの評判だ。
再び、喫茶店のドアが開く。そこから一人の男が出てきた。大学生風、小奇麗な格好で、ぱっと見はイケメン。この外見で爽やかな笑顔といい性格が備われば絶対にもてるだろうという青年だった。
しかし、こいつはそこに佇み、じっと駅の方面を見ていた。ただ、物思いにふけっていただけかもしれないけど、じっと里奈と君花を見ているような気がした。しかもその表情は陰険で、憎々し気なぞっとするような顔。この男の中のジメジメした所が見えるよう。薄気味悪く感じた。
しかし、この時の出来事は、家へ帰るとすぐに忘れてしまった。ゲームさえしていれば、雅紀は幸せなのだ。
日曜日。昼すぎに君花が訪れていた。親父も章子さんも純までが、大喜びで迎え入れていた。だから、雅紀一人、そっけない態度を取ってもいいだろうなんて考える。他のことなら、きっと用事を作って出かけてしまっていた。けど今日はそうはいかない。今日は二人の誕生日祝いだからだ。
雅紀は二月十五日、そして君花は十七日。わずか二日違いの兄、妹。
章子さんは特に嬉しそうだ。
「君花、よくきてくれたわね。さあ、雅紀君の隣に座って」
そう言われて雅紀は動揺する。向こうもはっとした様子でこっちを見ていた。
「あ、私はここの住人じゃないから、ここで結構です」
そう言って、正反対の席へ座る。ちょうど顔をあげるとお互いの顔がよく見える位置だった。
君花は座ってからそれに気づいたのだろう。わざと椅子をずらし、身体の向きを変えて座る。あからさまにそうされることも面白くない。
「君花ちゃん、お正月以来だね。久しぶり。一人暮らしは寂しいだろう」
親父が言った。
君花は大晦日から、正月に掛けて初めてうちへ泊った。章子さんからの強い希望だったからだ。その間、雅紀はそれを避けて、松本の家に泊まった。年忘れ、新年のゲーム大会という理由をつけて。
「いえ、毎日が忙しくて寂しいなんて言っていられません。誰かさんのようにゲームなんてする暇もありませんから」
この二重人格の君花は、親父には愛想がいい。いつもにっこりと笑って受け答えする。そして、この天然キャラの親父は、自分の息子がチクリと皮肉られたのにも気づかず、嬉しそうに言う。
「へえ、そうなんだ。その誰かさんって人と同じで、雅紀なんてゲームばっかりやってる。相当暇人ってことだな」と笑った。
親父め、その誰かさんってぇのが雅紀のことだ。まともに皮肉を受け入れてどうすんだと言いたかった。
章子さんはバースデーケーキを二つ焼いてくれた。ケーキなんて店から買ってくるもんだとばかり思っていたから、すげえと思った。
料理もうまかった。オレ達は昨年の夏までいつも親父メシだったから、スーパーから買ってくる惣菜とか、麺類などの一品料理がほとんどだった。けど、章子さんが来てから、他の家の食卓とはこんなにおかずがあるのかと知った。それにメタボっている親父のために健康的なメニューになったり、食生活はかなり変わっていた。
食事が終わると、君花は章子さんと並んで片づけを始める。その後姿は、元々仲が良かった母娘そのもの。それを見て良心が痛んだ。
もしもあの時、雅紀があんな暴言を吐かなかったら、君花は今頃一緒に仲良く暮らしていたかもしれない。この母と娘を別居させたのは他でもない、この雅紀だった。
片付けが終わると君花は帰る支度をする。
「もう遅い。雅紀、君花ちゃんを送ってやれ」
親父が急にそんなことを言った。ギョッとして君花を見ると向こうも怯んだような顔をしていた。あ、それだけはやめてと言っているのがわかる。
「ああ、大丈夫です。まだ九時ですし、人通りもけっこうあるので、一人で帰れます」
君花が慌ててそう言った。
「私が途中まで行こうか」
章子さんが言う。
「章子さんが送っていったら、その帰りが心配だよ。なっ、雅紀、頼む」
親父が再度そう言った。
わかってる。雅紀たちに少しでも仲良くしてほしいからだろう。それがわかったから、玄関へ向かい、ジャケットを手にした。
「わかった。送ってく」
そういうと君花はかなり驚いたようすだった。
玄関で靴も履かずぼうっとしている。
「ほら、行こう」
目で、頼むから今は何も言わず、言うことを聞いてくれと頼み込む。純は割と単純に笑顔で手を振っていた。
「君花お姉ちゃん、また来てね。楽しかったよ。バイバイ」
君花は見送っている三人に頭を下げ、慌てて靴を履き、先をいく雅紀の後を追ってきた。
「ねえ、本当にアパートまでついてくるつもりなの?」
ひそひそ声だが、その口調には冗談じゃない的な意味も含まれていると気づいた。ここで言い争いはしたくなかった。無視してそのまま先を歩く。
「ねえ、一宮君」
雅紀は振り返らずにいう。
「いいから、今はこのまま歩いてくれ。親父たち、まだ見てると思う」
「えっ」
そう言って君花が後ろを振り向いた。
バカって舌打ちをしたくなる。あからさまに振り返る奴があるか。
でも君花が手を振ったらしい。純がまた大声でバイバイと叫ぶ声がした。
ったく、純みたいに素直に生きられたらどんなに人生楽しいだろうと思う。