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ちょっと不器用な君花

 君花は「MIKIKA」というアクセサリーショップの店番をしていた。

 狭い店内には、イヤリング、ペンダント、ブレスレットなどが色とりどりの光沢を放って並んでいた。品数はそう多くはないが、すべては母か君花の手作り、全く同じものは一つとないというのが売り物。


 君花は店の奥に座り、チラチラと時計を見ていた。そろそろ閉店の八時になる。店内には二人の高校生がいた。一つ見てはかわいいと二人ではしゃいでいた。この様子ではすぐに買い求めて帰ってはくれないだろう。少しくらい閉店を延長しても構わないが、その間に他の客が入ってくることもある。そうなると中々家に帰れなくなる。

 だから、そういう時は何気なく話しかけてアドバイスをし、買うか買わないかを決めてもらうことも重要な店番としての仕事だと母に言われている。


 母や、大学生のバイトのお姉さんなら、上手に会話していくが、まだ高校生の君花にはどこか不自然さがあるのだろう。君花が話しかけるとほとんどの人が時計を見て、そそくさと帰っていく。向こうも閉店の催促だと気づいていた。


 ここは駅ビルの三階。この階のほとんどの店が九時まで営業していた。この店と隣の手芸屋だけは八時閉店。だから、余計に客も気づきにくい。

 もうほとんど八時だった。君花は見ているふりをしていたファッション雑誌を閉じた。八時ちょっと過ぎに友達の里奈と待ち合わせていた。少しくらい遅れてもいいが、気が落ち着かない。


 もうそろそろ店内を見回って、この二人に何か特別な物を探しているのかと声を掛けることにする。ちょっと口下手で、人見知りをする君花には、これだけでも充分勇気のいることなのだ。


「ね、このMIKIKAブランドって、どれもいいよね」

 その言葉を聞いてはっと顔をあげた。二人がそう話していた。

「この店のオリジナルなんだって、どれもデザインが斬新って感じ」

 そう言って一人が手に取ったイヤリングを自分の耳にあてて鏡を見ていた。


 ああ、違う、と思った。髪の長い女性には金色の流れ星をイメージした大きめのイヤリングが似合う。そしてもう一人のショートカットの人にはエメラルドグリーンの石が入ったピアスだ。

 その両方の商品は、君花が作ったものだった。ファッション雑誌を見て、モデルの髪型、服装に合わせてデザインを描き、作っていた。


 二人は手に取ったアクセサリーを見せ合っている。

「あ、ねえ。このキラキラ星のイヤリングってさ、由美に似合う」

 ショートヘアの女の子が手にしていた物をその子に渡す。

「あ、いいかも。じゃあ、怜奈にはこっちのピアスはどう?」

 それぞれが手に持っていたアクセサリーを交換し、鏡を見ていた。


 そう、それでいい。ほっとしていた。君花がなにか言う前に気づいてくれたのだ。二人はにこにこしてレジに向かってきた。

「プレゼントですか?」

 まず、マニュアル通りにそう言った。

 プレゼントなら、値段を取って、布製の巾着袋に入れ、さらに洒落た袋に入れるからだ。

「あ、いえ。あのう・・・・・・今、これ、つけて帰りたいんですけど」

 二人とも目を輝かせてそう言った。

 そう言われることも珍しくなかった。君花は台紙から丁寧にイヤリングを外して渡す。客が今までつけていたイヤリングを巾着袋に入れた。


 君花は気分がよかった。アクセサリーを褒めてくれたのと、時間通りに店が閉められるからだ。思い切ってもう少し話をしようと思った。


「これをつけて、少しだけ髪を耳に掛けると、ぐっと大人っぽくなってイヤリングも引き立つと思います。とてもお似合いですね」

 そういうと、向こうも改めて君花を見ていた。今までただの店番のアルバイトだと思っていたらしい。

 にっこりと笑ってくる。


「本当? うれしい。明日、彼とデートなの。絶対にこれ、つけていきます」

 そしてショートヘアの女の子にも一言。

「このエメラルドグリーンに似た色のスカーフをふんわり首に掛けると、お客さんの小顔がもっと引き立つと思います」

 女の子が破顔した。

「え、やっぱり、そう思う? 実は私、この色とおそろいのスカーフ持ってる。だから、これにしたの」

 二人は嬉しそうにまた来ると言って店を出た。


 よかった。

 閉店のサインを出し、ガラガラと店のシャッターを引く。時間通りに店を閉めることができた。今日の自分を褒めてやりたいと思う。

 アクセサリーに合う帽子や、スカーフ、リボンも一緒に仕入れたら、アドバイスしやすいし、お客さんも買いやすいと思った。そう店番用のノートに記した。


 君花が高校に入学したころは、この店は駅前の大通りから一つ路地へ入ったところにあった。その周りは居酒屋などの飲食店が多く並び、賑やかなのはいいが、たまに酔っぱらいが入ってくることもあった。その当時、母ともう一人のバイトの二人で店番をしなければならなかった。酔っぱらいに絡まれたりするのが嫌で早く店を閉めていた。それでもあからさまに店の前にごみを捨てられたり、いたずら書きをされたこともあった。


 極めつけは、君花の入学式に日。いたずらで店の窓ガラスが割られたのだ。そんなこともあって、母はこの駅ビルの三階に店を引っ越した。それはその時、母の力になってくれた人、母の再婚相手の継父が知り合いに頼んで、契約できたと言っていた。

 駅ビルは変な酔っぱらいはいないし、このビル専用のガードマンもいた。電車の待ち時間にうろうろしている人が立ち寄ってくれる。売り上げも上がったし、何よりも高校生の君花が一人で店番できるのだ。人件費がまず節約できた。


 アクセサリーの店なら、本来一階の女性用の服が並ぶ一角がいいのだが、そんなところは家賃も高いし、空きもない。三階でも常連さんなら足を運んでくれるだろうし、冷やかしで入ってきて商品を万引きされることも少なかった。

 今のところ、この駅ビルの三階は気に入っている。


 駅の渡り通路を通って、いつもなら北口へ降りる。そこからアパートは近い。広場を出て、いつもの路地を曲がればすぐそこだ。

 なれた道だけど、この路地が暗かった。ここに一つ街燈があればどんなに安心できることか。いつもそう思う。

 築十年のアパート、ここが新しい頃から住んでいる。他の住民もみんな顔見知りだから、安心できる。だから、君花は一人でここへ残ると言い張ったのだ。


 母が再婚して出ていった。一緒に住もうと言われたが、頑として承知しなかった。母の再婚相手には息子が二人いた。下の弟、純はまだ中学生で、こんな君花をお姉ちゃんと慕ってくれる。一人っ子の君花にとって、その純はかわいい存在だった。純だけなら、きっと一宮家に入っていただろう。


 しかし、その家には兄がいた。君花にとってのかろうじて兄にあたる存在。雅紀はたった二日早く生まれていた。同じ学校の情報処理科、コンピューターオタクということで有名だった。


 彼のことは入学当初から知っていた。中肉中背ですんなりとした涼し気な顔。その彼が、新入生代表で挨拶をした。誰かが、雅紀は入学試験で成績が一番だったからだろうと囁いていた。

 彼は中学でも有名な秀才だったらしい。周りはてっきり進学高校へ進んで行くと思ったらしいが、この学校の情報処理科を選んでいた。


 君花の周りの女子は、スポーツ系の男の子に熱を上げる人が多かったが、コンピューターオタクたちに関心を寄せる人も少なくはなかった。実は君花もこの一宮雅紀の隠れファンだったのだ。


 普段、雅紀は目を細めて穏やかに笑いかけているが、コンピューターを前にするとその顔が一変すると言われていた。技術者のように、白い白衣を来て黒縁のメガネをかけると、クールでものすごく理知的に見えた。

 それに雅紀は、一年生のうちから情報処理検定の一級を取得し、先生たちのアシスタントとして、他の生徒たちの指導に回ったり、独自のプログラムを作り、授業とは全く関係のないことをしていた。それも許されていることだった。他にも彼の周りには約二名ほど、同じような天才的な生徒がいた。


 自分のパソコンを持ち込み、授業中に大手のゲーム会社に売れるようなゲームを作っていると噂されていた。ある時など、学校にあるコンピューター、すべてをロックしてしまい、大騒ぎになったこともある。それはどうやら雅紀が試しに自分の声だけに反応するように仕向けた悪戯だという噂だった。これには校長からもかなり叱られたらしい。


 けど、雅紀たちは商業科で使われている店や会社経営、接客のシミュレーションゲームを作ったそうだ。この学校で雅紀達のことを知らない人はいないといえるほど、存在感があった。

 君花はそんな雅紀を遠くから眺め、それだけで満足していた。


 しかし、突然状況が一変することになる。母が、男性とつきあっていることは知っていた。君花も、車で送ってきたその人をちらりと見たことはある。しかし、母は恋人とは言わず、親切な知人としか言わなかった。だから、そんな特別な人になるだろうとは考えてもみなかった。

 そんなある日、母から告げられた。プロポーズされたと。

 それはそれでいい。けれど、その相手というのが雅紀の父親だったから、驚いた。店の窓ガラスを割られた事件で、付き添ってくれたり、駅ビルに店を構えられたのも彼が知り合いに頼んで、特別に入れてくれたとのことだった。


 それが雅紀の父親、圭太郎だ。二人とも一人身でいた期間が長かった。その出会いと縁が恋となって燃え上がるのには、それほど時間はかからなかった。


 最初、あの雅紀の父親だと知った時は戸惑いもあったが、うれしかった。密かにあこがれていた人と兄妹になるのだ。もしかすると勉強も教えてくれるかもしれない。休みの日など、一緒に映画を見たり、手作りの料理を食べたり、そんなことを考えて喜んでいた。


 しかし、そんなウキウキ気分は長く続かなかった。母がプロポーズを受け入れたと言った次の日のこと。少し早めに登校していた。その校門前で雅紀とばったり会ったのだ。お互いの親のこと、少し気恥ずかしいけど、よろしく、なんて言えるかもしれないと少しドキドキしていた。

 けれど、雅紀は怖い顔をして、いきなり怒鳴りつけてきた。

「絶対に認めない」


 その言葉は君花の心に突き刺さった。

 認めないって・・・・・・それは母が雅紀の父親と結婚すること。【絶対に】、その言葉は強いものだった。それは可能性ゼロという意味。

 君花の目の前から、色が失せていた。それほどショックだったのだ。憧れていた人と兄妹になること、しかもそれを楽しみにしていたのに、全面的に拒否されていた。この時から、雅紀は君花の天敵となる。


 しかし、君花は母には何も言わなかった。母がずっと嬉しそうにしていたから。しかし、すぐにその笑顔も曇ることになる。向こうから何か都合が悪くなったと言われたらしい。ポツリと結婚を取りやめることになったと言った。

 雅紀が反対していることを知っていたから、君花もいろいろ聞かなかった。雅紀の暴言よりも母の沈んだ顔を見ることの方がつらかった。それもすべて雅紀のせいだと思った。

 その後、雅紀が折れ、結婚を許したときも母を祝福したが、雅紀のことは許さなかった。サイアクの関係だ。


 母はまだ高校生なのに独り暮らしをしている君花のことを心配している。けど、合気道をやっているし、周りは知っている人ばかりだと母に言っていた。


 そんなことを考えながら、君花は南口から駅前の商店街の喫茶店へ入っていった。そこで里奈と待ち合わせていた。里奈は夏の間、ずっとつきあっていた尾崎という大学生に別れた今でもつきまとわれていた。

 最近は自宅近くでよく彼の姿を見るという。さらにテキストメッセージ、どこかの影から撮った里奈の写真なども送りつけてくるそうだ。

 それはまるでストーカーだった。今夜は、尾崎にこれ以上つきまとうのはやめて欲しいというために、君花が同行することになった。

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