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君花が睨みつけてくる理由

 親父たちは、雅紀達の入学式で出会った。今、家では君花の母のことを、章子さんと呼んでいる。


 章子さんは、小さなアクセサリーの店を持っていた。入学式の途中で、警察から連絡があった。店の窓を割られているとのこと。章子さんは真っ青になったらしい。その時たまたま、雅紀の父が章子さんの隣にいたらしく、その慌てふためいた様子を見て、車で送っていった。それが縁でつきあい始めた二人。


 そう、雅紀も、二人がただ、外でご飯を食べたり、映画を見たりというつきあいなら、何も言わなかった。

 雅紀の母は小学校へ入った時に亡くなっていた。弟の純は当時まだ三歳だった。父は男手一つで雅紀たちを育ててくれた。親父ももう、母以外の女性に目を向けてもいいだろうとは思っていた。

 けど、まさか、こんなにとんとん拍子に再婚に踏み切るとは思わなかった。せめて雅紀が社会人になって、家を出るまで待ってほしかったと思う。

 しかも親父はしまらないニタニタ顔で、こう言った。


「お前たちに会せたい人がいる。水谷章子さんっていうんだ。雅紀の同級生、君花ちゃんっていう娘さんがいる」

 ここまではいい。しかし、親父は言った。


「お前たちの母親になってくれる」


 潤は、その言葉に単純に喜んだ。お母さん、お母さんができる、と飛び上がって大喜びしていた。

 けど、雅紀にはその言葉が許せなかった。つい、怒鳴った。

「新しいお母さんって、なんだよっ。オレのお母さんは一人だけだ。親父の裏切り者っ」

 そんなことで怒り狂った。飯も食わず、眠れない夜を過ごした。

 そして、翌日の朝もまだむしゃくしゃしていた。親父と顔を合わせないように、早朝、鞄をひったくって、家を飛び出した。学校まで二キロの道のりを走った。この事実を拭い去りたく、全力で走っていた。肺が破れそうだった。


 校門前でやっと足をとめ、肩で息をしていた雅紀。それでもまだ怒りが収まらなかった。そんなとき、章子さんの娘、君花が登校してきた。間の悪い女だ。Bad day,bad timing.

 まだ朝も早く、登校してくる生徒もまばらだったから、バカみたいにがむしゃらに走ってきた雅紀は目立ったのだろう。向こうは驚いた顔でこっちを見ていた。

 その頃は長い髪をおろして、清楚な姫のようだった。一年の頃、ちょっとかわいいなんて思ってたけど、今は憎い仇のように思える。

 そうだ、こいつの母親のせいだ。絶対に許せない。その時の雅紀は怒り狂っていた。


「お前・・・・・・知ってっか? 親たちのこと」


 今、考えるととてつもなく、低い恐ろし気な唸り声のように言ったと思う。

「え、あ、うん。聞いた・・・・・・」

 君花の反応は、それがどうしたというあしらうような返事だった。

 それも雅紀の怒りのボルテージを上げることになる。


「いいかっ。オレは誰がなんて言おうと、絶対にお前たちのこと、認めないからなっ」

 そう叫んでいた。


 君花の顔色がさっと変わったのは覚えていた。さすがに言い過ぎたと思ったがもう後の祭りだった。君花はなにも言い返さず、校内へ走っていった。ただ茫然として、その後姿を見ていた。


 もう取り消すことのできない失態。なんとも言えない罪悪感がひろがる。

 君花は全く悪くない。そう、そしてその母親の章子さんも悪くはなかった。一方的に持っていた感情を君花にぶつけてしまった雅紀が、全面的に悪かった。


 それから親父はすぐに、再婚を取りやめると告げてきた。

「フラれたのか?」というと、「みんなに祝福してもらいたかったんだ」とポツリと言った。

 いつも能天気な親父がふさぎ込んでいるのを見て、胸が痛んだ。雅紀のせいだ。そして、君花はあれ以来、廊下ですれ違うと完全に無視するか、目で瞬殺すするような勢いで睨みつけてくるようになった。それは自業自得だから、仕方がない。


 親父は結婚を取りやめた途端、五、六歳も老けたようになった。顔も生気がないし、何を言っても上の空の時が多くなる。

 純が心配そうに言う。

「お父さん、このままぼけちゃったらどうしよう」

 その言葉にギョッとした。あり得なくはない、親父の態度。ぼうっとしているから、忘れ物は多くなり、赤信号を渡ろうとしたり、全く方向違いの電車に乗ってなかなか帰ってこないこともあった。かなりやばい。これが生きる張り合いを失った人のいわゆる、生ける屍か。


 違う。あの時の叫びには別の意味があった。親父の結婚自体を反対していたわけじゃなかったのだ。親父が「新しいお母さん」と言った、その言葉に反発したんだと。

 親父の嫁さん、ってことならわかる。けど、新しいお母さんってなんだ? じゃあ、オレの生みの親はどうなるんだ。古いってことか? 雅紀の母はこの世に一人だけ。この事実は何があっても変えられない。

 新しい冷蔵庫を買ったんだ、もう古いのはいらないよな、みたいに言うのはやめてもらいたかった。


 雅紀はそういうことを親父とよく話し合った。この時まだ、章子さんとは顔を合わせていなかった。嫌いだとかイヤだなんて判断する段階でもなかった。


「じゃあ、雅紀はこの再婚に反対していたわけじゃなかったんだな」

 久しぶりに親父が晴れやかな顔をした。いい顔だ、親父。

「うん、母親になるってことじゃなければいいんだ。親父のお嫁さんってことなら、大歓迎」

「そうか、そうか。よかった」


 親父はそう言って涙ぐんだ。年を取ったって思う。嫁さんをもらって、新たなる人生を再出発するなら、本当に今じゃないと間に合わないな、なんて思ったりした。


「親父が今まで一生懸命に、オレと純を育ててくれたんだ。今度は親父自身が幸せになる番だ。そうだろ」

 そういうと、親父は泣きながら笑う。

「ばか、お父さんはな、お前たちと一緒で、いつだって幸せだったさ」


「でもな、オレは親父の嫁さんのこと、章子さんって呼ぶぞ。いいか、そしてもう一言。男が心底惚れたんなら、息子に反対されたくらいで結婚を取りやめにするな。好きなんだろう。死んだ母さんには黙っててやる」


 親父が号泣していた。だから、雅紀は即座に自分の部屋へ逃げ戻った。

 勘弁してくれよ。本当にさ。こんなことで泣くなんて年取ったな。でもよかった。幸せになれよ。


 それから親父たちの結婚話は進み、夏に内輪だけの結婚式を挙げた。そして、章子さんは家へきた。

 純は大喜びでお母さんと甘える。それはそれでいい。


 けど、君花との仲は険悪なままだった。絶対に雅紀たちと一緒に家で暮らすのは嫌だと言い張ったらしい。そのままアパートに残り、一人暮らしをすることになった。章子さんは、雅紀たちに仲良くなってもらいたいらしかった。だから、なにか理由をつけて、君花に渡すものや伝言を頼まれていた。



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