その真実
君花は、章子さんが離婚することになったことから、順を追って話してくれた。雅紀にはまったく知らされていないだった。きっと親父には、章子さんも話してあるんだと思うけど。
君花は、隣の県の、ど田舎のある町で生まれた。その家は山を二つくらい持つ大地主で、その家の爺さんは町長もしたことのある由緒ある家だった。君花の父親は、その町を出て、東京の大学へ行った。
そこで君花の母、章子さんと知り合うことになる。二人の恋の炎は燃え上がった。しかし、父親には親同士が勝手に決めた許嫁がいた。ものすごい反対をされたそうだ。
それでも二人の愛は揺るぐこともなく、大学卒業と同時に籍を入れていた。もちろん、父親の実家からは、家名に泥を塗ったとか、面子がたたないと散々、言われ、勘当されることになった。それでも二人は幸せに暮らしていたそうだ。
けれど、それから数年がたち、爺さんが病に倒れた。入院生活になる。婆さんから、そのことを告げられた時、内心、父親はその爺さんのことを心配していた。そりゃ、親だから、勘当されても叱られても心配するだろう。
その時から、父親は時々一人で、爺さんの見舞いに行っていた。当然、婆さんにも会うことになる。きっと婆さんに、あんな女と別れろ、今なら家に戻ってもやり直しがきく、とかなんとか言われていたんだろうな。
そのうちに、章子さんが身ごもった。それと同時に、父親は、親になるということの責任を感じたらしい。それにこのままではそんな由緒ある家なのに、跡取りがいなくなってしまう。
父親は、いずれは戻るつもりでいたらしかった。それなら、爺さんが生きている間に帰って、孫の顔を見せ、なんとか親孝行をしてやろうなんて考えた。
爺さんと婆さんは、子供ができたのならしかたがないなどと、ほざいたらしいが、まあ、一応、章子さんを嫁として受け入れることを承諾した。それから、章子さんの過酷なる田舎の家の嫁生活が始まる。
都会に育った章子さんと、そんなど田舎のとんでもない風習が残る由緒ある家柄に入るといろいろ難しい問題があった。ものすごくいろいろな細かいしきたりがあった。家のこと、近所との付き合い、大地主という面子など。それに一度は勘当された息子の嫁と噂され、なかなか近所の人たちにも受け入れられなかった。それはなんとなく、想像できるけど、章子さんは大変な思いをしたんだと思う。
嫁は、みんなが食べる食卓に、一緒に座ることができなかった。お手伝いさんがいたが、嫁はみんなの食卓を見守ることになっていたらしい。「お代わり」と差し出されたお茶碗をすぐさま受け取らないと、婆あに睨まれたそうだ。
そして、皆が食べ終わってから、一人での食事をする。それが当たり前だった。一度、可哀相に思った旦那が章子さんと一緒に食べていたら、姑が激怒したらしい。一家の跡取りとなる息子が、そんな真似をするようになったのは、至らない嫁のせいだとあからさまに言われたそうだ。
さらに、その町では向こう三軒両隣に、その日の夕食用に作ったおかずを配り歩くという妙な習慣があったらしい。一品作って配れば、他の五軒からももらえ、おかずが六品になるというもの。一石二鳥のような気がするが、それが毎日になると大変だ。しかも、充分な量がないとしけた嫁だと噂もされた。
他所からいただいたおかずはうまいと褒めても、章子さんの作ったものには姑は手をつけなかったらしい。なんて陰険なんだろう。
お風呂も終い湯にひっそりと入り、風呂の掃除をして出るのが当たり前とされていた。妊娠中の体でもそんなことを強制されていた。江戸時代の嫁差別のような呆れるほどの仕打ちだったらしい。
そんな中、章子さんの旦那だけは味方だった。常に庇ってくれた。そんなことは時代錯誤だと。もうそんなおかしい嫁いびりの風習は、やめた方がいいとまで言ったそうだ。
しかし、その旦那が章子さんを庇えば庇うほど、姑、小姑たちは章子さんがそう言わせていると考えた。息子を丸め込んで、いずれはこの家を乗っ取るつもりだろうとまで言われたらしい。弱い者いじめ、被害妄想、こんなことがドラマや映画だけじゃなく、実際に起こったことだなんて信じられなかった。だいたい、その家にはそんな財産があったのか。
とにかく、章子さんがよかれと思ってなにかすると、すべて裏目にとる。あんな虫も殺さないような顔をして、息子をたぶらかしている悪魔のような嫁だと言われていた。とんでもない家だった。
それでも待望の赤ちゃんが生まれれば、その立場は変わると思っていた。けど、先に生まれたのが女の子、君花だった。その十五分後に長男の勇一郎が生まれた。姑の気に入らないところは、先に女の子が生まれたことだった。
その後は、なにかにつけ、女を先に産むダメ嫁と言われたそうだ。男尊女卑もいいところ。姑だって女なのにな。
まだ、この日本でそんなことを言う化石のような婆あが存在することが信じられなかった。
この時、雅紀は嫁いびりとその撃退編というすさまじいゲームを作るぞと心に誓った。
君花たちが三歳になった頃、章子さんが心労で倒れたらしい。それ以前も朝、起きられなかったりで、へとへとになっていたそうだ。
君花の父親が、離婚を決意した。このままでは章子さんがいびられて死んでしまうと考えたのだ。雅紀は、よく決意したなと感心した。その父親はよくわかっていた。息子としたら、いくら鬼のような母でも親だ。その家を守る責任もあった。もう章子さんを連れて、どこかへ逃げるなんてことはできなかったんだろう。そんな理由の離婚もあるんだな。
でも、章子さんは君花に言ったらしい。昔の女性は、そうやってみんな耐え忍んで生きてきたのだと。姑も嫁だった時代、いびられたのだろう。章子さんは、こんな根性なしの嫁だったから、さぞかし、がっかりしただろうと泣いたらしい。
その姑は、長女である君花は連れていってもいいと言った。長男である勇一郎さえ残れば、どこへ行こうとも構わないとのことだった。君花は当時のことを覚えていたらしい。女である自分と弟の勇一郎では、常に差別されていたと。二言目には、君花は女だからと言われ、勇一郎が優先されていたそうだ。
それって、本当に今の日本で起こったことなのか。信じられなかった。それに君花を連れていっていい、って、自分の血を分けた孫の君花はいらないと言ったも同然だ。
そして今後、絶対にその家へは近づかないこと、その家族の前に姿を現さない、会わないことと約束させられたそうだ。
君花は中学生になるまで、そんな詳細は聞かされていなかった。しかし、毎年誕生日には無記名のプレゼントが届いた。章子さんはそれを父親からだとは言わなかった。そんなことを言ったら、君花が会いたい、どうして一緒に暮らしていないのかという詳細を問うだろうから。君花には、ただ、離婚した、もうお父さんはいない、会えないところにいるとだけ、聞かされていた。
中学の時、そんな不思議なプレゼントが、もしかしたら父親からなのかもしれないと気づいた。それを章子さんに聞きただすと、やっと白状したとのこと。
君花が怒ると怖いからな。章子さんもあの君花の剣幕に負けちゃったんじゃないかな。まあ、それはともかく、そんなことを教えてくれたらしい。
そして、会いに行ってはいけないと何度も念を押したそうだ。そんなことをしたら、毎年プレゼントをしてくれていた父親の立場も悪くなるかもしれない。そして残された弟も、厳しい立場に追い込まれるかもしれないからと。
君花は弟のことは何となく覚えていた。同じ年の弟。向こうは穏やかな性格で、短気の君花をよくなだめていたらしい。そうだったんだ。昔から君花は根に持つタイプだったんだ、なんて言ったらまた睨まれる。
それでも君花は一目だけでも父と弟に会いたかった。なんとか調べた住所を片手に、その町へ出かけた。章子さんからいろいろ聞いているから、気をつけていたらしい。けど、すぐに見つかってしまった。それが父親だった。君花は章子さんによく似ていたからすぐにわかったそうだ。
父親はそっと弟の勇一郎とも会わせてくれたらしい。それから、勇一郎とは時々メールのやり取りを交わし始めた。
君花が気にしていたのは、その鬼姑が勇一郎にもつらくあたったのではないかということ。しかし、勇一郎には目に入れても痛くないほどかわいがられているらしい。それはそれでよかった。そんな堅苦しい家から、章子さんと君花だけが逃げたような気がしたからだ。
そうして、章子さんが雅紀の親父と出会った。再婚することになり、君花がアパートで独り暮らしとなる。章子さんに内緒で、勇一郎が時々泊まりにくるようになった。章子さんに話せば会いたいだろう。けど、勇一郎が高校を卒業するまでは何も言わないでおこうと二人で誓った。二人だけの約束だった。
だから、君花は勇一郎のパジャマ代りのシャツとスエットパンツを隠し、使い捨ての歯ブラシを用意していた。章子さんが来ても気づかれないようにしていたのだ。
「私、最初、雅紀君のこと、さんざんけなしていたの。私達のことを認めないっていきなり言われたって。私、すごく怒ってたから、でもね、勇一郎が、あなたの気持ちもわかるって言ったのよ。勇ちゃんもお母さんがいなかった。だから、いきなり新しいお母さんって言われても、じゃあ、僕を産んでくれたお母さんはどうなんだって思うって。そう言われて、実はかなり前から雅紀君のこと、許していたの」
「じゃあ、もっと早く機嫌を直せよ」
そう言うと、「だって、悔しいんだもん。それを認めるの」
ああ、君花は意地っ張りだ。でもそんなところも好きだ。
「なあ、うちへ引っ越してこないか? お前の部屋、あるし、もし、勇一郎が来たら、オレの部屋に寝かしてやる。オレにも兄弟だし。隠し事をしないで堂々と会おう。章子さん、すごく喜ぶぞ」
「ん、考えてみる。なんかね、雅紀君のところにいるとああ、これが家族団らんなんだって思えるの。もし、勇一郎もそこに加わったら、あの子、きっと喜ぶと思うし・・・・。このアパートは工房用に通ってくることもできるかな」
「うん、一件落着ってとこだ」
雅紀は、にっこり笑った君花を抱き寄せた。キスをしようと顔を近づけると、君花が雅紀を見上げ、一言言った。
「また、舌を入れてきたら痛い目にあうわよ。私、あなたのこと、好きだけど、そう簡単には許さないんだからね」
雅紀は、そんなこと聞かなかったふりをして、生意気なことを言う君花の口を塞いだ。その後、すぐに雅紀はまた、君花に腕をねじり上げられることになる。
チャンスは逃すな。Never give upだ。諦めず、何度でもトライ。Just do it.
実行あるのみ。
そして、オレのために、君花がここにいる。