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ストーカーさん、呼び出して反撃?2

 雅紀は、目の前のミルフィーユを食べ始めた。紅茶も濃く入れる。尾崎もフォークを手にした。同じミルフィーユだ。彼はコーヒーを好んでいた。雅紀が半分以上食べたころ、やっと尾崎がフォークで一口大に切り、口に入れた。それはまるで雅紀が先に食べ、大丈夫なのかという毒味でもさせるようなタイミングだった。


 なんだか、この尾崎ってやつが段々哀れに思えてきた。そういうオドオドしたような態度、かなりのビビりだ。いつも相手が自分より上にみるか、見下されるかを判断しているようだ。きっといつもその判断によって、つきあうかどうするかを見極めていたらしい。尾崎は甘ちゃんだけど、それはすべてこいつのせいじゃない。

 雅紀は母親がいない。六歳の時に亡くなっていた。でも、いつも天然キャラの親父がいた。大人だから、父親だからと理不尽な物言いはなしだった。意見を押し付けられることなく、いつもいろいろ話しあっていた。向こうから相談事も持ちかけてきたりした。まるで友達同士のような、同じ目線でいてくれた。


 そりゃ、母親がいないことでつらいって思ったこともある。けど、つらいからといって、そんな顔をしても何も変わらない。

 尾崎にはきれいな母親がいた。けど、ほとんどかまってもらえなかったらしい。いるのに、いないような生活だった。いないなら、諦めきれる。けど、いるのにいないようなら、寂しいというか、悲劇だろう。そして、自我の強い尾崎は、自分からその胸に飛び込み、甘えるということができないでいた。かまってもらいたいのに、そういうことが素直にできない可哀相な性格だった。


 そういうこともわかっていた。それらはみんな、大場と松本の調査結果だった。

 尾崎がケーキを食べ、コーヒーを飲んだ。その顔がうまいと感じていることがわかる。さて、本題に参りますか。


 雅紀は、苦笑交じりに言う。


「いやあ、女っていうのは驚いちゃいますよね」

 突然、そう切り出していたから尾崎がびっくりしていた。

「あ、オレ、君花とは兄妹なんです。血のつながらない兄妹。親同士の再婚ってやつで。まあ、それはどうでもいいんですけど。本当はオレ、あいつのこと、好きだったんです。でも、あいつ、あんな清純そうな顔をして、男がいたんです」


 まあ、これは雅紀の愚痴から始めるという設定で、雅紀も女に騙されそうになったという心の傷をなめ合うような立場を作ったのだ。尾崎も君花のところに男が来ているのを見ている。問題は尾崎が、どこまでその男のことを知っているかだった。こいつの方がもっといろいろと知っているなら、それでもいい。

 尾崎は再びコーヒーをすすった。

 その間に、いろいろなことを考えていることがわかった。


 ぽつりと言う。

「知ってる。隔週で、男が泊まりに来ていたのを見た」

 雅紀は少し言葉に詰まってしまった。男が来ていたというより、泊まったってことがわかったからだ。やはりそうだったんだ。そこまで知りたくなかった真実。けど、雅紀はここで思い切り愚痴ることになっていた。思う存分、女のことで愚痴り、尾崎と同士ということを思わせたいのだ。


「そうですか。やっぱり、泊まったんですね。ショックだな。まだ、高校生なのに。尾崎さんは見ていたんですね」

「うん」

 平然と返事をした。

 尾崎は、雅紀がショックを受けたのがちょっとうれしいらしい。顔の表情が少し明るくなった。けっこうわかりやすい性格だ。しかも、人の不幸を楽しんでいる。

「それはそうと、里奈ですよ、里奈。あいつ、まだ高校生なのに、かなり遊んでいたらしいですね」

 今度は尾崎が苦虫を噛み潰したような顔になる。心の傷が疼くかのように。


「君花からすべてを聞きました。君花でさえ、呆れていました。里奈って本当に自分本位でしたね。それに尾崎さんからの高価なプレゼントもそのままもらっちゃってたらしいし、なんて、女だ」

 尾崎がうつむき加減になる。たぶん、里奈とのことを思い返しているのだろう。うう、陰険そうな顔。ものすごいナメクジが目の前を這うような、そんな感じだ。しかし、雅紀はそんなことを顔に出さない。


「それだけ尽くしていたのに、突然、はい、さようなら、だったそうですね。ひどい。なんてひどい女。あれでも里奈は、学校で天使のようにきれいでかわいい、清純だって言われていたんです。皆が里奈とつきあうことを夢見ていた憧れの存在だったんです。その裏の顔はまるで悪魔だ」


 皆の憧れ、里奈を射止めたのは尾崎。しかし、こんなに悪い女だった。雅紀は尾崎の味方だと思わせる。今のストーカー尾崎は、悪魔の里奈に手玉に取られた被害者なのだと言わんばかりに里奈の悪口を言った。

 思いつくだけの悪口をたたく。尾崎はそれを黙って聞いていた。そして、時々尾崎に同意を求めると、ちょっとだけうなづいたりした。


「この間なんか、里奈が生徒会のことで話し合いをしているときに、一人の生徒が遅れてきたらしいんです。そしたら、里奈が理由も聞かず、非難を浴びせたらしいんです。その生徒、かわいそうに何も言えず、ただ、謝っていただけだったそうです。そして・・・・・・」


「あ、でも、僕がデートに遅れたときは怒ったりしなかった。文句ひとつ言わず、むしろすごくうれしそうに、来てくれてよかったって言った」


 尾崎が初めて里奈を庇う発言をした。そして懐かしい里奈のことを思い出すかのように顔をほころばせる。よしよし、こうでなくっちゃ。相手が作戦にひっかかってきた。


「へえ、あんな女でもそんな事、言うんですね。驚いたな。そんなことを言うなんて。里奈は尾崎さんのこと、本気で好きだったんですね」

 なにげなく、独り言のように言った。もちろん、尾崎はそれを聞いている。

「あ、でもあり得ない。あいつはけっこう辛辣で、ひどいことを言う。自分のためにならないことなんて、絶対にしない」

 再び、こき下ろす。

「いや、里奈はかわいいところもあった。つきあいはじめの頃は本当に天使だった。僕の所に来て、料理もしてくれたし、掃除もしてくれた。シャツのボタンもつけてくれたし、野菜もちゃんと食べないとだめですなんて、言ったりして・・・・」


 いいぞ、そうだ。その調子。

 雅紀は目を見開く。

「まさか。あの里奈がそんなことを・・・・。あり得ない。あいつの作る物なんて食べられなかったでしょうね。尾崎さんはそんな料理を我慢して食べたんだ」

「いや、うまかったよ。それも一度や二度じゃない」

 尾崎が自慢げに言う。それは山椒魚がニタリとわらうかのよう。


 雅紀は、大根役者の如く、大げさに驚いて見せた。

「ええ~っまさか。今までに里奈とつきあったってやつと話したけど、そんな男に尽くすようなこと、やったことなかったって言ってましたよ。尽くさせたけど、自分からはなにもしなかったって皆が愚痴ってました。ってことは、尾崎さんのことは、案外本気で好きだったのかもしれないな。ものすごく・・・・特別な存在だったんでしょうね」


 尾崎の顔が穏やかになっていた。自分だけが特別にしてもらっていた。それがうれしかったらしい。もちろん、それは全部デマだが。

 たぶん、今の尾崎は当時のかわいらしい里奈を思い出し、好きだったという感情を呼び起こしている様子だった。雅紀が里奈をこき下ろす。そして尾崎が里奈を庇う、そんな妙な会話になっていた。


「尾崎さんって、寛大な人ですね。あんな里奈のこと、そんなふうに褒められるなんて、人間ができてると思います。すごいな。オレも大学生になれば、そんなふうに大人でクールに考えられるのかな」

 ちょっと変なふうに褒めてしまった。これには前の席で聞いている大場から、そっとテキストメッセージが届く。

 ≪もっとちゃんと褒めろ≫と。

 しかたねえよ。もうこれ以上、褒められない。苦しい。よし、止めのセリフ。


「里奈って、尾崎さんのこと、本当に特別に考えていたんですね。あの里奈をそんな女にする尾崎さんって、すごいな。さすがだな」

 それで尾崎の顔がほころんだ。にんまりと笑いたいのを抑えているようだ。ここでにやけたら、まずいと思っているらしい。

 もうひと押しだった。


「実は、これはかたく口止めされたことですが、もう言っちゃいますね。里奈が教えてくれたんです。尾崎さん、アメリカ留学を考えているってこと」

 ニンマリとしていた尾崎の顔が締まった。そんなことまで雅紀たちは知っているのかと警戒した顔だ。


「君花のところへ泊った時、あいつ、涙ながらに言ったんです。尾崎さんのお荷物になりたくないって、尾崎さんの将来、潰したくないって」

「えっ、里奈がそんなことを?」


「はい、尾崎さんに里奈のことはもういいから、心置きなく日本を出られるようにするから、自分を悪い女だと思わせたくて、急に別れるって言ったって白状しました」

「ええ、おかしいな。僕は一度も里奈に留学の話をしたことなかったはずだけど」

 雅紀は、思わず舌打ちをしそうになる。

 なんだ、この情報は。このままだと雅紀たちが尾崎のことを執拗に調べ上げたってことがばれちまう。

 大場たちもやばいと思ったらしい。


「里奈は尾崎さんのことを思っていたんです。だから、そんなこと、他の人から聞いて知っていたらしいんです。健気なところがあるんです」

「ああ、そうだったのか」

 尾崎は単純に納得してくれた。はあ、よかった。言い訳がましいが、変に思われなかったらしい。ひやひやだ。


 尾崎は留年するかの瀬戸際らしい。勉強についていけないのだ。しかし、留年なんてとんでもないし、それを理由にやめることは尾崎の面子から許せないことだ。それで父親に頼んで、海外留学するということにしたのだ。そっちの方が世間体がいいからだった。


「本当に里奈に口止めされていたんです。尾崎さんには絶対に言ってくれるなって。里奈はひどい女だって思ってくれた方がいい。そうすれば里奈のことを忘れてアメリカで頑張ってくれるって」

「じゃあ、里奈が急にあんな態度を取ったのはすべて僕がアメリカへ行くためってことだっていうのか」


「そうらしいですよ。あの里奈がそこまで考えていたなんて、それだけ尾崎さんのことを思っていたんですね」

 尾崎がいろいろなことを考えていることがわかった。

「ああ、でも尾崎さんはそれを知らなかったことにして、このままアメリカへ行った方がいいと思います。せっかく里奈が悪女を演じていたんですから。そっとしておいてください」

 尾崎は一生懸命に考えているらしい。今の彼には里奈のかわいいところしか、思い浮かばないと思う。


「里奈・・・・」

 里奈は尾崎が大学について行けず、アメリカへ逃げることを知らなかった。それを言ったのは雅紀だった。里奈はそれを知って、その尾崎の留学を阻止することを発言していた。ストーカー行為をする陰湿なやつだとSNSに流してやるとまで言った。

 そんなことをしたら、尾崎は逃げ場がない。それこそ、本当に里奈につきまとい、この先、ずっと尾崎の陰におびえて生きていくのかと雅紀が脅した。それでやっと里奈が黙った。


 里奈にはかなりお説教をくらわせていた。暴力に暴力でねじ伏せても抑えきれない、いつかは倍増して爆発する。里奈も少しは悪かったって思うなら、一言でいいから、謝ってほしいんだ、そう言った。すると里奈は目を剥いて夜叉のようになった。そんな里奈を見て、誰だ、こいつを天使だって呼んだ奴、出て来いと叫びたくなった。冗談じゃないと散々、ギャンギャン言われた。


 雅紀はそれでも説き伏せた。本気で謝らなくてもいい、尾崎に謝る女優になるんだと。そうすればもう尾崎はかわいい里奈しか思い出さなくなる。それができるのは里奈しかいないんだと。

 そう言ってやっと里奈を雅紀たちの作戦の中に組み入れることができた。


 よし、今だ。

 雅紀は里奈に電話をしていた。君花がそっちに行っているはずだった。今日のこのシナリオを渡してある。電話をかけたら、台本通り話してくれればいいと。余計なことは一切言うなとも。

 里奈はすぐに出た。

「里奈、尾崎くんがここにいる。言いたいこと、あるんだろう」

 心の中で、頼むよとばかりに手を合わせていた。


 尾崎はいきなり里奈と話ができることを驚いていた。雅紀がスマホを渡す。里奈が向こうで「もしもし」と言っている声が聞こえた。

「里奈・・・・」

 もう何十年も行き別れた恋人のような感じで言う尾崎。


≪ごめんね。尾崎君。私が悪かった。けど、尾崎君のこと、考えるとこれでいいって思えるの≫


 雅紀は自分の書いたシナリオだったから、里奈の声に合わせて心の中で言う。


≪私って、わるおんなだった。ごめんなさい≫


 その台詞でずっこけそうになった。

 あの里奈の奴、悪女って書いたのをわるおんなって読んだ。


 しかし、尾崎はそんなことには気づいていないらしい。目がウルウルしていた。里奈はそれで電話を切った。打ち合わせ通りだった。

「里奈、最後にもう一度会いたかった」

 そう来ると思った。

「尾崎さん、それはだめです。もう一度会ったら、今までの里奈の苦労が台無しになります。絶対にだめですよ。もし会ったら、たぶんまた、悪女の里奈になるはずです。さんざん悪口を言われることでしょう」

 そういうと、尾崎は怯む。そんな里奈もよく知っていたからだ。


「ねっ、里奈の気持ちをわかってあげてください」

 尾崎が涙をこらえていた。もう少し時間を与える。雅紀はもう一つケーキを頼んだ。熱い紅茶に入れ替えた。


「わかった。決心したよ。留学することにした。迷ってたんだ。里奈に会わずに行く」

 雅紀は膝を打ちたくなるくらい、うれしくなっていた。

「さすが、尾崎さん。男らしいな。それでこそ、男です。女っていう魔物の尻を追いかけることも必要だと思いますが、時にはちょっと離れることも大切なんですよね」

「えっ」

 そうなのかという疑念の目。


 よし、喰いついた、とばかりに今度は雅紀たちが作った恋愛ゲームのことを話した。女の子の絵は結構リアルで、好みの女の子の顔に変えられる。アイドル歌手の顔にも似せることができた。これで尾崎がゲームの中で恋愛のやり方を学んでくれれば、もう二度とストーカーまがいの行為はしない事だろう。


 雅紀はそのゲームを尾崎に餞別としてプレゼントした。

「ありがとう。これで里奈ちゃんのこと、いい思い出に変えられる。こんなふうに思えるってすごい。君たちのおかげだ」

 尾崎は途中から雅紀たちの仕掛けに気づいていたのかもしれない。けれど、里奈も背中をむけるのではなく、謝るってことで歩みよっていた。そのことが嬉しかったんだと思う。

 やっぱり、尾崎は陰湿だが、悪人ではなかった。

「ごめんな。あの君花って子、怖がらせちゃって。すまないって思ってる。謝っておいてくれないか」

「はい、わかりました」


 尾崎が席を立った。

 ほっとした。晴れやかな顔をしていた。そんな尾崎が立ち去る前に一言言った。

「あ、あのさ。余計なことかもしれないけど、君花って子のアパートへ隔週で金曜日の夜に、あの男が泊まりにくる。君たちもよく話し合った方がいいかもしれないね」

「あ・・・・」


「里奈が度々あの子の所に泊まりに行くから、自宅よりもあのアパートを張り込んでいたんだ。そうしたら、そんなパタ―ンがわかった。じゃあ」

 尾崎はそれだけ言うと出ていった。精々頑張ってくれよ的な感じだった。


 あの男が君花の所へ泊りにくるパターンを知った。最近は来ていないだろう。だって、君花はずっと雅紀の家にいる。でも、これで尾崎から解放されることになった。明後日は金曜日。明日はもう自分の所へ戻ることだろう。そして、男がくる。ストーカーは解決したが、雅紀の心の中は釈然としないものがあった。

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