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兄としての任務・シミュレーションゲーム

 その日、親父が車で、君花のアパートへ行った。当分、行き来しなくてもいいように、着替えや必要なものを取りに行った。ちょっとした引っ越しだった。


「なあ、これは完全に犯罪だろう。警察に行った方がよくないか? ストーカーも警察に知らされればもう現れないと思うけどな」

 親父がそういうが、雅紀は断固として首を振る。

「そんなことをしても無駄だ」


「でもその人は勝手に君花ちゃんのスマホに、なんとかっていうアプリを入れたんだろう。それはなにかの罪にひっかかるんじゃないのか?」


「それって、案外むずかしいらしい。明らかにあいつがやったってわかってても、罪に問うことはかんたんじゃないってこと、聞いた」

 そこまで雅紀が言うと親父の顔が曇る。


「大丈夫だよ。一応、オレ達が打つ手を考えている。もし、それでもだめなら警察に届けるから。それに君花を絶対に一人にはしない。約束する」


 そう力強く言うと親父がやっと安心したようだ。

「そうか、じゃあ、頼む。章子がすごく心配している。もちろん、僕もだけど」

「わかってるって、でも、一応、家の戸締りは厳重にするように」

「うん」


 親父とそんなことを話していると、君花が風呂から出てきた。

 ウオオオオ、男子を惑わすようなシャンプーと石鹸の匂い。それに濡れ髪を一つにまとめ、うなじが出ている。鼻血が出そうなくらい色っぽい。

 これは同じ屋根の下に住む血のつながらない兄妹としては、反則違反だろう。これがゲームの世界だったら、雅紀はもうすぐに誘いをかけているところだ。


 そう思い、目をそらす。やばい、こんな反応を家の中でしてはいけないんだ。雅紀たちは兄と妹。けど、けど、刺激的過ぎる。

 先日、君花にはパジャマの胸元が開き過ぎていることを指摘した。だからなのか、今夜はトレーナー式の子供っぽいパジャマだった。

 君花が雅紀を見る。そんなことを意識していたから、まともに顔が見られない。


「雅紀君、お先にお風呂、いただきました」

「あ、うん。じゃあ、オレ、入ってくる。その後、部屋へ来いよ」

 雅紀はそう言って立ち上がった。

 親父たちにも二人で部屋にこもることを、それとなく知らせたのだ。一応、年頃の男女だから、親たちとしては仲がよくなったのはいいが、いきなり、イケない関係になられても困るだろうから。やましいことはないという意味で。

 今の雅紀は、かなり頼りになる兄へと昇進していると実感していた。


 風呂に入りながら、雅紀は考えていた。

 目には目を、歯には歯をでは、らちがあかない。相手を無理やり抑えつけたら、ますます頑なになり、報復してくると思っていた。


 雅紀は作ったばかりのゲームを思い出していた。恋愛RPGゲーム、その名もラブ・シチュエーション。そうだ、相手をうまくいいくるめ、その気を変えさせるには、巧みな誘導話術が必要になる。頭ごなしに言うと絶対にうまくいかない。相手がどう考えるかその先を読んで、巧みにこっちの思惑通りに仕向けることが大切なんだ。こちらの策に、自分自身でその考えに到達したかのような錯覚させるうまい話術。武将ゲームでもこの話術を使っていた。その成果をこっちでも活かしてやろうと考えた。

 

 雅紀はそう思いつくとすぐに風呂から出た。さっそくこのラブ・シチュエーション・ゲームに、この尾崎ストーカーのことを入力してみようと考えた。

 ストーカーの心理とその行為を探るために、あらゆるストーカー事件のデータを入力することにした。そこへ里奈の情報、二人がつきあっていた時の行動、言動もできるだけ忠実に打ち込む。

 さらに、PCゲーム部のメンバーが聞き込みをして、集めてくれた尾崎の家庭事情や学校での行動などわかったことをすべて入力していた。

 このくらい情報があれば、まあ何とかなるだろうと思う。


 その時、雅紀の部屋がノックされた。君花だろう。後で部屋に来いと言ってあったから。

「おう、入れ」

 君花が遠慮がちに入ってきた。雅紀はそちらを見ようともせず、画面に打ち込んでいる。石鹸の香りはかなり落ち着いていた。そんなことに少しホッとしていた。

「まだ頑張ってるのね」

「まあな。こっちはオレの専門だ。任せなさい」


 君花が雅紀のすぐ隣に座った。そしてスクリーンを見る。雅紀がものすごい勢いで打ち込んでいる様子を眺めている。

「すごい。情報処理科って本当にすごいのね。オタクの集まりって感じだけど、むしろ、専門家って言う方が近い」

「オレはオタクって言われても平気だぞ。我がPCゲーム部はそのオタク中のオタクだからな」

 そう言って笑った。


「本当にごめんね。こんなことに巻きこんじゃって・・・・・・。でも私、どうしていいかわからないの。なんでこんなことになったんだろう、誰を頼ればいいのか」

 雅紀の指が止る。


「別に、君花が悪いわけじゃないだろう。元々、あいつは里奈のストーカーだったんだ。その矛先が君花に向けられただけだ。もうあいつは誰でもよかったんだ。その腹いせに、誰かが怖がってくれたらそれが楽しい。ただ、それだけのこと。それにあいつは君花の背後にオレっていう存在がいることがわかったから、オレへの挑戦の意味もあると思う。大場たちなんか、リアルゲームだって、いきり立ってるからな」


 再び、雅紀はキーボードに指を走らせた。

 君花が雅紀を頼ってくれることはうれしかった。けど・・・・・・、本当に雅紀以外に頼る男はいなかったのか。雅紀の脳裏に、洗面所に隠してあった男物の衣類を思い出していた。それに、尾崎から送られてきた写真の中に、君花のアパートに立つ男の後ろ姿があった。あれは誰なんだ。やはり、君花にも内緒で深い関係になっている男がいるんじゃないのか。


 そんなことを考えながら、雅紀は画面を見ていた。心の中がモヤモヤする。なんだ、この感情は。気にしないようにしているが、ふと考えてしまっていた。

 君花の男は、少なくとも同じ学校の生徒ではない。そんな存在がいれば、君花も真っ先にそっちに頼るだろう。それに、他人の恋の情報に鋭い高校生の中で、そんな噂は全く聞かないし。では、他校の生徒とつきあっているのか。アパートに直接出入りするくらいなんだ。ただの関係ではないだろう。

 もしかするともう少し年上の事情のある男なのかもしれない。相手の都合で突然現れるとか、それはまるで不倫のような話だ。ううん、君花を見ているとそんな危険な交際をしているようには見えないが。いや、女はわからない。


 そんなことを一人で悶々と考えていた。ふと君花の様子が変だと気づいた。肩が小刻みに震えている。すぐ横にいる君花の体温が上がっていた。

 ぎょっとした。

 泣いている? よせ、やめろ、やめてくれ。

 女の子とそれほどつきあったことのない純真な男の前で、女の涙は困る。困るぞ、困る。その言葉に尽きる。やばい、どうしていいかわからない。こっちが泣きたくなる。


 君花があふれてくる涙を両手で覆った。

 ううん、このシチュエーション、どこかで見たようだ。体験したような気がする。おお、そうだ。恋愛ゲームの中の一シーン。男の前で涙を見せる女は、その男に心を許しているということ。この人なら、心の苦しみを打ち明けられるということの証。そうして、男はさりげなく、その肩を抱いて、安心させてやるんだ。

 そっと肩に手を置いて、そう、決していやらしいなんて思わせないように、そっと。それでも泣き止まなかったら、ぎゅっと抱きしめる。さあ、雅紀君、実践してみよう。できるよ、きっと君なら上手にできる。


 そんな陰の言葉の通りに、雅紀は泣いている君花の肩に、恐る恐る触れた。君花はピクリと肩を震わせたが、嫌がる様子はない。肩というよりも、腕から抱きしめるようにしてみた。抵抗されたらすぐに開放するつもりで。でも君花はすんなりと受け入れていた。まだ、シャンプーの香りがしていた。


 よし、大丈夫だ。でもまだ泣いている。え~と次は、そうそう、ぎゅっと抱きしめる。そうすると、とんでもないことに君花は雅紀の胸の中に飛び込むようにして泣いている顔を押し付けてきた。オオオ、これは思いがけないボーナスポイントだ。おもわず、その背中を抱いた。


 おお、これは外国人がよくやるハグの強烈版。ここで焦ってはいけないのだ。この体勢で、女性が泣き止むか、落ち着くまで待つ。ひたすら待つのみ。そうしたころ、ハンカチかティッシュを渡す。

 雅紀はそれを反芻する。いいか、そのタイミングを見計らって・・・・。


 君花がそのサインを出した。いや、泣いていたが、はあという大きなため息をついたのだ。それはたぶん、涙の終結を予測したコンマのようなもの。今だとばかりにティッシュを取った。

「もう落ち着いたか? 涙、拭けよ」

 そう言って、抱きしめていた腕を緩め、ティッシュを渡した。


 そう、涙を拭かせて、雅紀の方を向かせるんだ。そして、キス。ゲームの中では、ハンカチで涙を拭いた女性が、もう大丈夫という笑顔を向けてくるんだ。そのタイミングで、そのくちびるにキスをする。いいか、うまくやるんだぞ、雅紀。そう自分で自分を応援する。


 君花はティッシュを受け取り、涙を拭いていた。

「もう泣くな。本当にお前のせいじゃないだろう。オレがなんとかしてやるから、安心しろよ」

 そういうと、ずっとうつむき加減だった君花が顔をあげて雅紀を見た。


 そう、チャンスだ。

 その君花の無防備なくちびるに、顔を寄せ、ちょこんとくちびるを押し付けた。すぐに放す。それがここでの重要なポイント。向こうは一瞬のことで、何が起こったのかわからない、そこがミソなのだ。


 ほうら、目を見開いて雅紀を見ていた。今、何をしたのか、そんな顔。そして、今度はゆっくりと顔を近づけ、再びくちびるを重ねた。今度は君花は目を閉じている。まったく抵抗する気はないらしい。それはいい兆候。ここまで受け入れてくれるってことは、もう少し先に進んでも構わないかもしれない。


 雅紀は調子に乗って、君花のプルンプルンしている柔かなくちびるを楽しみ、少し吸っていた。それでもおとなしくしている。


 こんなに本格的なキスは初めてだった。君花の濡れ髪の香りが再び、雅紀の鼻孔をつく。ううん、やばい。雅紀は自分が止められなくなっていた。このままいけば、ディープキス。そして、そして・・・・・・。今日が記念すべきエックス・デーとなるかもしれない。


 キスを受け入れたら、次は抱きしめる。少々抵抗しても強引にコトを進めれば、女の子は諦めてくれるはず。そうなると彼女に、勘違いが生まれるのだ。ああ、男の人に力で抵抗なんてできないし、こうなる運命だったのかもしれないと。そしてさらに、ああ、私ってもしかして、この人の事、好きだった? ああ、そうだった、好きだったんだ。だから、いいんだよね。そして、そしてすべてを捧げてくれることになる・・・・。そういうシナリオが瞬時にできていた。


 よし、一宮雅紀くん、頑張ります。ここでやらねば、次はないと思え。

 雅紀は、君花のくちびるを割り、舌を絡めようとした。

 が、突然、君花が我に返ったように抵抗してきた。胸を押し返そうとしている。しかし、そう、シナリオには強引にコトを進めると書いてあるので、放さず、このままディープキスを続行。そうすれば女の子はやがて力を抜き、すべてをくれる・・・・はず?


 そう思った瞬間、いつの間にか君花は雅紀の腕の中から消えていた。そして腕を取られ、後ろ手でひねられていた。前回でもやられた技。

「うわあ、いてててて」

「ちょっと調子に乗り過ぎよ」


「あ、はい。すみませんでした。ほんの出来心で」

 そういうとすぐに放してくれた。

 腕、すんげえいてえ。シナリオ、違うじゃねえかと、毒づく。

 あ、そうだ。君花のような武道をしている女子のデータも入力して置かなきゃいけないのだ。これは計算外だった。松本達に言っておこう。



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