このままやられっぱなしでいいのか
まずかった。つい、君花の前でそのまま思ったことを口にしてしまった。それを聞いた君花は怖くて泣き出してしまっていた。
とりあえず、家の中に入り、君花を章子さんに託す。
そして、雅紀はすぐにまた外に出て、その足跡の写真を撮った。その中に、なにか茶色い液体をこぼしたような染みも残っていた。その色と染みの具合で、なにか温かいコーヒーかココアをここで飲み、少しこぼしてしまったのではないかと分析した。
ってことは、尾崎はこの近くで温かい飲み物を調達し、寒さを克服しているんだと思った。この家の近くにはファミレス、コンビニがある。たぶん、コンビニの方だろう。でもファミレスの可能性もある。なにしろ、外は二月の寒空だ。その夜、こんなところに立っているのだ。時々暖かい所に入る必要がある。トイレだって行きたくなるだろう。尾崎にとって、こんなに便利な場所はないかもしれない。
この雪が降って、たぶん尾崎は面白がってやったんだと思う。もしかするとさっきの君花の取り乱した様子を見ているかもしれない。それだけの仕掛けをしたんだ。その罠にはまるのを見ていたいだろう。
もうこうなったらトコトン戦うつもりでいた。尾崎とどう戦うか。そして、絶対に君花を守る。
その朝、不安そうな君花と一緒に登校する。もうこれ以上尾崎がなにもしないで、ただ、その陰をちらりと見せるだけでも、君花は悲鳴をあげるだろうとばかりにおびえている。仕掛け人にとっては最高に面白い見世物になっていることだろう。
学校にいる間は安心だった。そして、放課後は君花も合気道の練習に出て、終わったら雅紀のいるPCルームにくることになっていた。
雅紀は大場と松本にそのことを話す。こいつらはまだ、他人事だった。ものすごく手ごたえのある、おもしろい相手と戦っているような興奮をしていた。
「ある程度は考えている奴だな。そして、その効果は抜群だったってこと、喜びとして噛みしめているだろうよ」
そうじゃなきゃ面白くないとでも言いたげな大場。
「でも、これはある種の挑戦状のようなもんだ。今までそんなにあからさまに姿を現わせてはいないからな。それに妹君には恨みはないはずだし」
松本が目をきょろきょろさせてそう言った。まだ、何か考えている。
「うん、オレもそう思う。もしかするともうストーカーなんてやめようと思っていたかもしれない。だって、里奈みたいに君花は外へ出ないから、後をつけようがないだろう。登下校はいつもオレが一緒だし。里奈は父親にその理由がなかなか打ち明けられなかったから、そのことにも怯える理由があった。けど、君花の場合、うちの家族がみんな知っているんだ。ばかばかしいって思ってたかもしれない」
「けど・・・・・・」
雅紀たち三人の声が同時に言った。
三人はお互いの目を見る。お前も同じことを考えていたかと。
そう、あの雪が降ったことで尾崎は思いついたのだ。そこに足跡をつけたら、君花にはその訳がわかる。きっとおもしろいことになると。現にそうなった。君花はそれでまだ尾崎が執拗にストーカーを続けていると思っていた。
「もっと続くと思うか?」
雅紀がそういうと、二人はこっくりとうなづいた。
「僕が尾崎なら、やるね。これからはちょっと顔を見せるだけでいい。その効果は倍増する。一晩中なんて家に張り付いていなくてもいい。そんなにすると本当に警察に通報されるかもしれないし」
「うん、俺もやる。それがこの夥しい足跡に現れてる。ほら、怖がれってね」
「お前らも結構陰湿なんだな」
「いやだな。一宮君。今更だろう。そういう人の心理をつくゲームをたくさんしているから、その経験が物を言っていると言ってくれよ」
松下が、雅紀に褒められたかのように、うれしそうに言った。
そうだろう。尾崎はあの雪で喜んだはずだ。まだ、やれるって。里奈にこっぴどくフラれ、そのやり場のない怒りを今度は君花にぶつけていた。あれだけ君花を追い詰めれば、楽しいだろうと思う。
そこへ練習が終わった君花が飛び込んできた。もうそんな時間かと、雅紀も腰を上げた。しかし、君花の様子がおかしい。
ハアハアと息を切らし、真っ青な顔をしていた。
「雅紀君」
どうしたんだろう。
「ねえ、これ。なに、これ」
君花の手にはスマホがあった。それは君花のもの。それが一体、なんだっていうんだ。
雅紀がそのスマホを手に取った。
「その画像、送られてきたの。ねえ、一体、尾崎はどこにいるの? どこからそんなものを撮ったの」
送られてきたその主は、名前も番号も非表示となっている。
そのメールを開けるとものすごい数の写真が添付されていた。それは里奈と一緒に笑っている君花。それも写されたことを知らないでいるそんな顔。隠し撮りだろう。
その中に、君花のアパートの写真もあった。そしてそこには君花のドアの前に立つ、男の後ろ姿が写っていたことを雅紀は気づいていた。それを見て雅紀の胸がズキリと痛む。
そのことを雅紀が感づいていることを君花は知らない。
その写真はまだよかった。その後の写真が衝撃的だった。
それはどう見ても着替えの途中の君花だった。それほどはっきりとは写っていないが、数枚が顔が大写しになっていたり、ある一枚は、下着だけだとわかる画像もあった。
これ、やばい。
「この写真、合気道の練習が終わって、みんなと一緒に着替えていた時のものなの」
一番新しい写真らしい。しかもついさっきとのこと。
それは女子部員が後ろを向いて道着を脱ごうとしている写真、ぼやけているが、下着のまま歩いているような姿もある。
「これ、どこかにおいてあったスマホから撮った写真だ」
大場が分析していた。
「えっ」
「ほれ、見ろ。全部、ちょっと下から見上げるような写真だろ。特にこの更衣室の写真はわかりやすい」
なるほど、だから、顔が半分切れていたり、ぼやけていたりする。それはスマホをどこかに置いて、その画面から見える風景を撮った、そんな写真だった。
「ああ、他のもみんなそう。下から撮ってる。うまくわからないように隠し撮りしてる」
その言葉に君花が目を丸くして驚いていた。
「それって、尾崎がどこかで見ていて、隠し撮りをしていたってことなの?」
「いや、違う。それは全部、君花ちゃんのスマホから撮っている」
「えっ、だって私、そんな写真、撮ってない」
雅紀もわかった。それは遠隔操作アプリだった。そのアプリをつければ、いつ、どこでもそのスマホから見える景色の写真が撮れたり、通話している会話を録音することもできる。さらにGPSもついているから、君花がスマホを持って出かければ、その場所がわかるのだ。
あっぱれだ。まさか、そんなものを利用するとは。それを使えば、いちいち、見張っていなくてもいいのだ。そのついた場所に行きさえすればいいんだから。それに本人に気づかれることなく、その場所の写真が撮れる。その際には少しだけのカシャという音だけだ。どこで、何をしているかわかれば、気づかれずに撮れるだろう。
大場たちはますますいきりたつ。
「敵もやるなっ」
それは雅紀たちへの挑戦かとも受け取れた。君花がそれを見て、雅紀たちのところへ泣きつくことはわかっているからだ。
雅紀はすぐにそのアプリを無効にした。もう尾崎にはこの手が使えない。けど、それを明らかにすることで、君花はかなり精神的にダメージを受けていた。ということは、尾崎はもうすぐストーカーをやめようと思っているのかもしれない。こんな手を使っていることを知らずにいた。しかし、そんな写真を送り付けることで、ばらしてしまっている。
他にはないかどうか、君花のスマホを勝手にいじっていた。
それを見て君花が目を剥く。
「ちょっと、なんで雅紀君が私のスマホを簡単にいじれるの? あ、いつのまにパスワード、知ってるの?」
ああ、なんだそんなことか。
「お前の指が動く動作でそんなのすぐにわかる。尾崎もわかったはずだ。問題はいつ尾崎が君花のスマホに触ったかだ」
「私のスマホに? 尾崎が? まさか、まさか」
「だって、君花のアパートの写真までは、明らかに外から見て写したものだ。けど、いきなり、その後から家の中の写真になっている。これっておかしいだろう」
君花は考えているようだ。スマホを盗んだのかもしれないと。
「君花、お前、里奈と尾崎と話し合いをするとき、スマホを置いて席を立たなかったか?」
「えっ」
君花が遠い目をした。そんなことあったか、どうか。
「あ、一度だけ、里奈がお手洗いに立った。私も尾崎と二人で座っているのが怖くて、一緒に行ったの。その時、鞄、持っていかなかったかもしれない。スマホ、鞄の中にいれた記憶がある」
「で、まさか、その前に尾崎の目の前でスマホ、いじったりしなかっただろうな」
「え、だって、ラインが入ってきたから、話の途中だけどそれ、ちょっとチェックしてた。そんなの、尾崎、見てなかったよ」
「だ・か・ら、あからさまに見ていなかっただけで、本当は君花のスマホの指の動きを見てたんだ。そしてそのスマホを、カバンに入れたことも知ってた。だから、そのかばんを置いてトイレに立ったその隙に、お前のスマホにこのアプリをインストールしたってわけ」
「でももうこれがわかっちゃったから、尾崎、どうするんだろう」
松本も言う。
「もう君花を怖がらせるおぜん立ては充分ってことだ。ずっと付けまわさなくてもいい。しかも君花はアパートか、うちかどっちかしか行くところがない。後は気まぐれに君花の前に現れるだけ」
ネチネチと怖がらせるってことだ。陰湿な野郎だ。
ここに書いた遠隔操作アプリはテレビでも報道されています。実際に、それを悪用された人もいるそうです。
人にパスワードを知られないように、または定期的にパスワードを変えること、それをインストールされないようにできる技もあるそうです。気をつけましょう。知らないよりは知っていてその対策をとれば、悪用しようとしている人も思いとどまるかもしれません。