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今までいなかった兄に守られるという気持ち

 雅紀がセッティングしてくれたパソコンで、授業を受けていた。段々気持ちが落ち着いてきた。午前中は、怖くて怖くて何も考えられなかったのに。


 まさか、里奈を庇う代償が、こんなことになるとは思ってもみなかった。けど、ここには母もいて雅紀もいてくれる。安心な空間だった。

 そしてこの家には君花の部屋まである。いつでもここにきて泊まれるように、この部屋を確保してくれていた。それなのに、今まで数えるほどしか、泊まったことがなかった。それには雅紀とのことがあったからだが。


 クロゼットには、母が用意してくれている洋服が下がっていた。シーツも定期的に交換してくれていたみたいだ。あの母の笑顔がそう語っていた。

 ここにこんな空間があったなんて、思ってもみなかった。こんなことがなかったら、君花はそのまま知らずに一人暮らしをしていたことだろう。


 放課後になり、中学生の純が帰ってきた。君花は母の夕食の準備を手伝っていた。純が大喜びでまとわりついてきた。

 ふと雅紀の姿を見ていないことに気づいた。一緒に帰ってから、彼は自分の部屋に閉じこもっている。どうしているんだろう。宿題でもしているのか。

 あの時、雅紀に涙を見せていた。本当に心細くて心が折れそうだった。そんな君花を抱きしめてくれた。本当に安らぎを感じていたのだ。


 夕食の時間になっても雅紀は自分の部屋から出てこない。それはいつものことらしく、誰も気にしていなかった。


「ねえ、雅紀君、呼んだ方がいいんじゃない? せっかくのご飯だし」

 そういうと母が興味深そうに君花を見た。


「あら、急に仲がよくなったのね。夕べ、泊まってくれたことで、信頼関係ができたとか?」

 母にからかわれていた。真っ赤になる。

「やだ、お母さんたら、そんなんじゃない」

 プイっとそっぽを向いた。


「お兄ちゃんは呼んでもこないよ。ああやって部屋に閉じこもっているときは絶対になにかやってる。そんな時に邪魔したら、すごく怒られるんだ。腹が減ったら勝手に出てきて自分で食べるからいいの」

「あ、そうなの?」

 やはり、家でも変わり者なのだ。オタクってやはり本当だったんだと思う。


 食器を洗い、母と父と弟と一緒にテレビを見た。他愛のないドラマだったけど、皆がそれを見ながら、いろいろな意見を言うからそれが楽しかった。これを君花が一人で見ていたら、つまらなくなって途中で止めてしまっただろう。


 お風呂上りに母のパジャマを借りた。白い絹のさらさらのパジャマ。濡れ髪をタオルで拭きながら、二階の自分の部屋へ向かっていた。雅紀の部屋の隣。

 すると、誰かが誰かと会話する、複数の声が聞こえてきていた。思わず耳を澄ます。

 一人は当然雅紀だった。もう一人は・・・・女性のようだ。テレビ? それとも。


「やだな。明日香ちゃん」

 それははっきり聞こえた。


 明日香・・・・。

 電話でもしているのかもしれない。それも女の子と。

「あっはは。さすが明日香ちゃん。大好きだよ。愛してる」

 それを聞いてドキッとしていた。


 その時急に、雅紀の部屋のドアが開いた。向こうもギョッとしたらしい。君花も動けなかった。

 鉢合わせしていた。

「あ、今日はどうもありがとう」

「ん、いや、別に・・・・・・」


「みんなでご飯食べたの。おいしかった」

 なんでそんなことを言ったのかわからない。けど、何か言わなければいけないと感じていた。

「あ、そうか。オレも今から風呂に入ってなんか摘まむ。章子さんの飯は絶品だよな。そしたらまた閉じこもる」


「ああ、そうなの」


「うん、明日、朝七時半に出るけど君花はどうする?」

「あ、私も一緒に行く」


「わかった。おやすみ」

「おやすみ」


 君花も自分の部屋に入った。ふと、自分が風呂上りのパジャマ姿だったことに気づいた。

 やだ。こんな姿で、恥ずかしい。今度は上に羽織る物を持って行かなきゃと思う。ベッドに横になって考えていた。

 誰だろう。明日香って人。女性の声がしていた。スピーカーフォンで話していたんだろう。雅紀のガールフレンドかもしれない。同じ学校ではないと思う。もし、そうならとっくに噂になっているはずだ。


 大好きだよ。愛してる。


 雅紀のそんな声が耳にこびりついて離れなかった。そんな見ず知らずの人に嫉妬しているのか。そんな君花は自分自身に驚く。

 兄となった今、この家の中で雅紀のことを意識するなんていけないことだと思っていた。


 翌日、朝一緒に登校した。雅紀が言うには、一応、家の周りには尾崎の姿はなかったらしい。昨日電話した里奈の家の方もそれらしい人影はないようだ。

 尾崎は、あの時君花をただ、脅そうと思っただけで、あきらめたのかもしれない。


 でも、君花は一人のアパートへ戻る勇気はなかった。たとえ、尾崎の気配がないとしても、もしかすると暗闇に潜んでこっちを見ているんじゃないかとおもうだけで、震え上がっていた。


 けれど、君花の生活が成り立たない。アクセサリー作りも途中で止まっている。

 その日の放課後、雅紀につきあってもらってアパートへ着替えを取りに行った。洗濯も溜まっているし、冷蔵庫の中にも食べた方がいい食材が残っている。とりあえず、持って行かれるものは旅行用のカバンに詰めて持ってきた。まさか、急にあっちの家へ泊ることになるとは思ってもみなかった。しかし、しかたがない。


 帰りに駅ビルの店へ寄る。バイトのお姉さんが店番をしていた。

「あ、君花ちゃん。彼氏? いい感じ」

 そんなことを言われた。

「え、違います」

 慌てて訂正する。すると雅紀は澄ました顔で言った。

「僕たちは兄妹です。兄の雅紀と言います」


 それはごく、当たり前のように言った。けど、それがなんだか君花には傷ついていた。兄妹、そうだけど、他にいいようがないけど、なんだか心に引っかかるものがあった。それは雅紀と君花の間には、兄と妹以外の感情はありませんとはっきり宣言されたような気がしたのだ。

 どうしてこんなことを考えるんだろう。気がめいっているからかもしれない。


 その日の夕食は、雅紀も一緒に食卓を囲んだ。君花の大好きなひじきの煮物も並んだ。母が結婚してから、君花が食べなくなった一品。懐かしく、おいしかった。

 父は優しい。純も楽しい。そして、頼りになる兄の雅紀もここにいる。ふと、ここでこのまま暮らせたらと考えていた。たぶん、君花がそう言えば、すぐにでも受け入れてくれるだろう。けど、けど、こんな状態で雅紀と接近することは恋愛に発展しそうな気がした。それは父と母の信頼を裏切る行為だと思った。


 食事の後は、再び皆でテレビを見ていた。君花は先にお風呂に入り、その団らんに加わった。純はぎゃははと大笑いをしている。その笑い声を聞いているだけでこっちも楽しくなる。

 君花はここにいる間、できるだけ、この幸せを噛みしめようと思っていた。


 すると台所のテーブルの上に置きっぱなしになっていた君花のスマホが鳴った。

「あっ」

 慌ててスマホを手にした。誰だろう。

 その名前を見て驚く。

 雅紀からだった。同じ家にいるのに、なんでわざわざ電話をしてくるのか。直接言えばいいのに。

 そんな気持ちで電話に出ていた。


≪ああ、君花。お兄様だ≫

 そう、雅紀だった。

「なによ。わざわざ、しかも偉そうに」

 けど笑えた。

 もしかするとお風呂に入っている間に、外へ出かけたのかもしれなかった。

≪お兄様は、マシュマロ入りのホットチョコレートを所望じゃ。持って参れ≫

「えっ、どこへ。今どこにいるの?」


≪部屋じゃ≫

「あ、なんだ」

≪あたりまえじゃ、ゲーマーは滅多に外出しない≫

「そんなこと、威張らないでよ」


≪いいじゃん。どうせ暇してんだろう。君花も自分の分、作って持ってこいよ。一緒に飲もう≫

「えっ」

≪普通なら、オレの部屋は誰もいれない。けど、君花は妹だから、いれてやる≫


 どきりとしていた。雅紀の部屋に入れるのだ。


 リビングがシンと静まっていた。あれほど笑っていた純でさえ、黙っていた。皆が興味深そうにこっちを見ていた。君花の会話を聞いていたらしい。

「えっ、なに?」

「あ、お姉ちゃんのボーイフレンドかなって思って」


「違います。雅紀君。ホットチョコを作ってもってこいって」

 言い訳のようになっていた。すぐに沸かしてあったはずのお湯を確かめた。急にそんなことをいうから、家族の前で変に意識している君花がいた。



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