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ばれた

三、二、一と、心の中でカウントダウンしていく。そして、時間通りに授業終了の鐘がなった。


のんびりしている数学の新藤先生がハッと顔をあげ、教科書を閉じる。一宮雅紀はもう大きな紙袋を片手に、教室を飛び出していた。

 そして、そのまま隣のクラス、B組の教室が開くのを待つ。先生が出てきたその隙間から、一番後ろの隅っこに座っている女生徒と目を合わせた。

 雅紀がちょいと首をかしげる。それを見た向こうはさっと目を伏せる。それが二人のいつもの合図だった。用事があるから、いつもの場所へ来いということだ。


 雅紀は、そのまま渡り廊下を行く。特別教室校舎の美術室の前の影に立って待っていた。ここはいつも君花と会う場所だ。なるべく他の生徒に見られたくないから、授業が終わるとすぐにここで会う。そして頼まれた物を渡す。そういうこと。


 すぐに、水谷君花みずたにきみかが現れた。いつもの長いポニーテイルが揺れていた。

 君花は、少し節目がちに雅紀を睨んできた。こいつはいつもそうだ。かわいい顔をしているくせに、相変わらずつっけんどんで愛想のない女だと思う。それでも雅紀はそんなことを考えているとは顔に出さず、わざと明るい声を出した。


「よっ、授業、どうだった? 今日、宿題、あるのか」

 B組から出てきた日本史の先生は、毎回いろいろな宿題を出すので有名だったから。

「別に」

 君花は一言で返す。そうだったとしても、お前には関係ないだろうと言わんばかりの反応だ。まあいい。確かにそうだ。雅紀には関係ない。

 早速、持ってきた紙袋を差し出した。これを渡せば、もう君花への用事は済む。

「これ、預かってきた。明日の土曜日は、部活が忙しかったら店に出なくていいってさ。そして、日曜日は早めに昼頃から来いって」


 雅紀は、仰せつかったことを、そのまま伝えていた。君花はにこりともしないで、紙袋を受け取り、中を見ていた。

「いつものアクセサリー作りの材料だろ、精が出るな」

 そう言ってみた。

 これでもかなり気を使っているんだ。しかし、君花は瞬殺するかのように、睨む。

「ありがとう。母には私の方から連絡しておきますから」


 その恐ろしい目とその言葉は全くかみ合わない、そう思わないか? こいつ、絶対に演劇部には入れないだろう。ありがとう、って、相手に感謝していることを伝えるための言葉だろう。今のこいつはそのありがとうを、黙れ、ぼけカスっていう意味で言っただろうと思う。

 しかし、もう君花はさっさと雅紀に背中を向けていた。


「章子さん、いつもオレ達のこと、気にしてんだぜ。日曜日、楽しもうな」

 雅紀がその台詞を言い終わるかどうかのうちに、君花が振り向いた。

「そんなこと、あなたに言われる筋合いはないっ」

 そう言って、雅紀の返事も反応さえ待たずに、すたすたと歩いて行ってしまった。それを見て雅紀は海よりも深いため息をついていた。

 ああ、ヤナ気分。もし、雅紀が思いつめるタイプの男子学生だったら、とっくに鬱になってるぞ、と言いたい。


「まっ、いいか」

 いつものことなのだ。君花は君花だ。気持ちを切り替える。さっさと教室へ戻って、部活へ行くことにした。



 雅紀は県立東山商業高校の情報処理科二年A組。このクラスは、コンピューターオタク集団とも言われていた。まあ、そんなこと、気にしていないが。

 そして、さっきの不愛想な女、君花と雅紀は周囲の目を気にする、わけありな関係だった。


 特別教室一階、その一番奥にあるパソコンルームへ入る。雅紀が所属しているのはPCゲーム部だった。ここでは部員たちがそれぞれオリジナルのゲームを製作している。部員数は雅紀を含めて十五名。

 

 雅紀が入っていくと、一年生の一人がすがるようにして駆け寄ってきた。

「先輩、一宮先輩。ああ、よかった。助けてください。アスカが怒ってます」

「えっ、アスカが?」


 中央の大画面を見た。雅紀が作ったスーパーアスカのゲームをやっていたらしい。

 真っ赤な髪のかわいいアスカが、こっちを睨みつけていた。異次元の森に住むアスカが、その森を敵から守るために、地球に戦士を募集した。アスカと共にその森を守るのが、このPCゲーム部の部員たちだ。

 これには初心者向けと中級、上級とレベル分けされ、英語と日本語が選べ、その時代、そのベースとなる国も選べた。


 今、ここで繰り広げられているのは、日本の異次元の世界。そして、こともあろうことか、英語の上級向けに設定されていた。


「アスカがものすごい勢いで英語でまくしたてて・・・・・・、みんな訳がわからなくて困っています。このままだと、この世界は全滅してしまいます。一時停止したくてもアスカが許可を出してくれないんですよォ」

 雅紀はちっと舌打ちをした。


 そりゃそうだ。このレベルでのアスカは、この世界で生きているんだ。本物の女性の感情を持つかのようにプログラムしてある。なにかする時は必ずアスカにお伺いを立てないと、先に進めないようにできている。しかも、一体誰が英語版にしたんだ。


 これは英会話も勉強できるように、言語を選ぶことができる。英語版はアスカと会話はすべて英語。しかし、まだ初級、中級なら、例文として四つの会話が表示され、そこから選べるようになっている。しかし、上級はプレイヤーが英会話で話を進めていかなければならない。それもきちんと発音しないとアスカは理解してくれない。外国人に従うように、丁重に言わないといけないんだ。そんなふうにプログラムしていた。


「Asuka,I`m terribly sorry. Someone made a huge mistake.」(アスカ、本当に申し訳ありません。大きな手違いがありました)


 平に謝り、上納金を奮発してやっと、画面のアスカが機嫌を直す。

 そう、雅紀だけだ。この英語版上級者向けでアスカと会話できるのは。やっとのことで、なんとか中級の日本語版に変えてもらった。


「けど、あれ? 大場と松本はまだ来ていないのか? あいつらに言えばよかったのに」

 そう。この二人はこのゲームを一緒に作った協力者だ。二人は英会話の方はいまいちだが、あいつらなら、英語を直接入力して会話をする。


 今日はむしゃくしゃするから、いつものあいつらと狙撃ゲームでもするか、なんて考えていたのに。

 室内をぐるりと見回す。


「大場さんと松本さんなら、先生の部屋です」


 奥の小部屋を指した。そこは顧問の先生がこもる部屋だ。このゲーム部の顧問になろうなんていう先生もちょっとは変わった奴で、オタク系だった。


 なんだよ。あいつら、なんでそんな部屋に。

 それは少し疑問に思った。やな予感がしたのは虫の知らせ? あ、これは違うか。


 雅紀はその部屋を開けた。

「こんなところで何やってんだ」

 一年生の時からいつもじゃれ合っている悪友ども、松本智也と大場和人がニヤニヤしながら振り向いた。

 松本はゲームのあらゆるデザインを担当、大場はサウンドトラック担当だ。雅紀はこの二人とタグを組んで、ゲームを作っていた。その二人は顧問の先生、小田にまとわりついていた。いつもなら頼りになる悪友たちだが、雅紀を振り返る目が意味ありげだ。


 なんだ。雅紀は怯む。

 こいつらはいつだって、人のことよりもパソコンの画面ばかりを見ている。ゲームのことがすべての関心を向けていると思っていた。今のこいつらは、明らかに雅紀に関心がある態度。


「聞いたぞ。聞いた。雅紀って、君花御前と兄妹なんだってな」

「えっ、きみか・・・・ごぜん?」

 咄嗟に、それが誰のことなのか、ピンと来なかった。

「B組の水谷さんだよ。合気道初段、その姿は凛々しく、美しい。だから、人呼んで君花御前」


 二人がニヤニヤ笑っていた。そして大場は雅紀の首に腕を絡め、まとわりついてきた。

「袴姿、かっこいいよな。あのきりっとしたクールな顔で投げ飛ばされたい」

 毛むくじゃらの腕が喉に絡み、鬱陶しい。その腕を無理やりはがす。


「じゃあ、投げ飛ばされろよ」

 雅紀はそう吐き捨てるように言った。

 一体なんなんだ。なんでいきなりあいつの話になるんだよ。今、むしゃくしゃしているのは、その君花御前のせいだっていうのに。

 顧問の小田がすまなそうな顔をしてみていた。

「すまん、つい、・・・・・・口が滑った。白状させられたんだ」


「えっ、まさか。あのことを?」

 雅紀は冗談じゃないと言わんばかりに天井を仰ぎ見た。

 ったく、もう。教師ってのは、そんなに簡単に生徒の秘密をばらしちまうのかよ。よりによって、この二人に、あのことを知られてしまうとは、これからやりにくくなる。

 松本がニヤニヤして言う。


「だって、おかしいだろう。いつもコソコソして、二人だけで会っててさ。つきあってんのかと思ったけど、そっけなさすぎるし、変だって思ったんだ」

「そうそう、そんな事、言ってたら、小田ちゃんが、いろいろあるんだろう、一応、兄妹だからなって、ボソッとね、言っちゃったんだよ」


 小田がペロリと舌を出した。

 全然反省してないじゃないかっ。そんな重要なこと、ボソッというなっ。


「一宮の父ちゃんと水谷の母ちゃんが、再婚したんだってな。中年カップルの結婚か、やるなあ」


 二人は、雅紀の目の前に座る。ものすごく嬉しそうだ。

「なあ、あの君花御前の部屋とか、入っちゃったりして・・・・」

 そう言って松本と大場は目を合わせ、うっしっしと笑う。


「風呂上りにドアを開けちゃったりしたら、どうすんだよ」

 二人は、うおおおと叫んだ。

「想像しただけで鼻血が出る」と悶え始めた。


「夜、二人きりになっちゃったら・・・・・・」

「ぎゃああ、やべぇ」

 二人の勝手な妄想はどんどん膨らんでいくようだ。まさしく、こう言われることが嫌だから、親同士の再婚のこと、内緒にしていたのだ。


 二人の大騒ぎを鎮めるために、思い切り机をたたいた。

 バンという音。手がジンと痺れるが、そんなことはどうでもいい。そして、ドスのきいた声を出した。

「うるせえっ」

 みんなが黙った。その反応にちょっと満足する。


「あいつとはな、一緒に暮らしてねえよ。オレの親父はあいつの母親と結婚したけど、オレの母親じゃないし、オレ達も兄妹じゃない。全部戸籍上だけのことだ」

 二人はオレの剣幕に驚いて口をつぐんでいた。黙って聞いている。

「いいな。とやかくこのことは他言無用。このことを、誰かに言ったらただじゃおかねえ」

 そう言って部屋を出た。

 こんなに興奮していると余計なことまで言ってしまいそうだったから。そう、思い出したくもない余計な事情。

 食堂へ行き、自販機でコーラを買った。少し頭を冷やすとしよう。




 そう、去年の夏、雅紀と父親と君花の母が再婚した。けれど、君花はうちで暮らすことを拒否し、母親と一緒に暮らしていたアパートに一人でそのまま暮らしている。だから、あいつらの言うように、絶対に風呂上り姿にドキッとしたり、夜、二人きりになることなんてなかった。それどころか、君花は滅多にうちへは寄り付かないし、泊まったこともない。


 先生たちは家のそういう事情を知っていた。オレは絶対に、他の生徒には洩らしてくれるなと頼み込んでいた。先生たちも、年頃の男女のことだ、しかたがないなとすぐに納得してくれた。そう、この秘密は卒業するまで絶対に守られるべきだった。

 それなのに、この小田ちゃんは・・・・・・口が軽い。軽すぎる。ゲームの世界で、小田ちゃんのキャラを作って血祭りにあげてやる。


 コーラを一気に飲み干す。刺激的な泡が喉を通り過ぎる。この痛いくらいの清爽感が好きだ。けど、今日はなんだかおいしく感じない。あの時のことを思い出していた。


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