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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
8/24

7 捜査に御協力、お願いしますよ

 時刻は午後1時を回った頃。

 床に書類が散乱する冷房の効いた部屋で、俺は一人寝息をたてていた。

 それはもう疲れ果てた酷い面である。

 溜まる仕事の山のおかげで、俺の最近の睡眠時間は、徹夜、もしくは二、三時間が良いところ。

 しかし!その仕事も今朝方漸く片が付いた。

 久々に訪れた快適な睡眠時間を、俺はその身全てで感じ入っていた。

 更に、今日の依頼予約は入っていない。

 そのこともあり、正しく死んだように、ぐったりと眠りこける。

 といっても、ある人物達の訪れによって、中断されてしまうのだが……。

 



 一方、下の階では。

 昼食を終えた葉流と愛樹が、気まずくものんびりとした午後を過ごしていた。

 葉流は食器を洗い、愛樹はアイスを口に咥え、ソファーにもたれながらテレビを見ている。――その傍らに護身刀を置いて。

 時折愛樹は、後片付けをしている葉流を、そわそわと気にした様子でチラ見する。

 その視線に、葉流は困った様に笑っていた。


「いいから、愛樹。気にしないでテレビ見てて。愛樹にはちゃんと、夕飯の時にやってもらうから」


 そして、その言葉に安心と納得をした愛樹は、漸くテレビに集中する。


 ――その時だった。


 ピンポーン、という自宅用のインターホンが鳴る。

 その知らせに、葉流も愛樹も動きが止まった。

 事前に連絡もなく自宅を訪ねてくる客といえば、主にセールスか、郵便配達。もしくは――。

 その場に、僅かながら緊張が走った。


「……誰かな。あいつらじゃないといいけど」


 愛樹はボソリと呟くと、刀を手にして立ち上がる。

 お前は武士か!と内心で葉流に突っ込みを入れられていることなど知る由もない。

 そして愛樹は、来客を確認しようと、テレビモニターの画面を覗き込んだ。

 その瞬間、愛樹の嫌な予想は的中する。

 そこには、2人の男が立っていた。


 一人はガタイの良い体付きをした、満面の笑みを浮かべる中年男性。

 一方で、もう一人はまだ若く、細身な体型をしている。

 腕時計で時間を気にしながら真面目そうな顔を更に引締めて、笑みを浮かべる男の斜め後ろに連れ立っていた。

 愛樹は、その招かざる客の来訪に、顔を強張らせながら受話器を取る。


「……はい。どちら様でしょうか」


 警戒心を纏った、低く冷たい声色だった。

 その様子に、葉流も来客の正体に気付き、げんなりする。


「こんにちは。いやー、今日も暑いですね。松下ですー」


 にこにこと、わざとらしく言葉を発するその中年男性は、懐から取り出した警察手帳を見せつけた。


「……。何のご用でしょうか」


 愛樹自身、分かり切っている質問をその男、松下に投げかける。


「またまたー。分かってるくせに、お嬢ちゃんは人が悪い。とりあえず開けてもらえますかな。捜査に御協力、お願いしますよ」


 言いながら、嫌な笑顔を浮かべる松下を、愛樹は画面越しに睨み付けた。


「少々お待ちください。6時間程」

「あははー。別に構いませんが、家の前に刑事が張り付いてて困るのはそちらさんじゃぁありませんかねぇ?御近所さんから噂されちゃいますよぉ?」


 ……あ、これはキレるな。

 そう葉流が思った矢先、愛樹の眉間に深く皺が寄る。

 チッ、というあからさまに大きな舌打ちと、「糞狸が」という小さな呟きをインターホン越しに聞かせた後、愛樹は玄関に向かおうと一歩踏み出す。

 日本刀を握り締めて。

 

 ……あ、これは切るな。

 冷や汗を浮かべた葉流は、慌てて台所から飛び出し、愛樹を制止した。


「待って、愛樹。俺が出るから」


 葉流は妹の頭をよしよし、と優しく撫でた。

 それにより、愛樹は照れたように顔を赤く染め、怒りの表情から困惑に満ちた表情へとシフトチェンジする。


 葉流はその様子を見届けると、素直な子でよかった(良くも悪くも)、と苦笑いを浮かべながら、葉流は愛樹の前を通りすぎた。

 後ろを振り返ると、愛樹が不安そうな顔を廊下に突き出して、事の行く末を見守っている。

 そんな妹を安心させようと、葉流は優しい笑顔で、「大丈夫だから」と手を振った。


 そして玄関を開放する。

 途端、家の中に来客達の声が響き渡った。



「あ、どうもぉ。こんにちはー。……いやはや、お久しぶりですねぇ。一か月振りぐらいですか?」

「こんにちは、刑事さん。そちらは……、見ない方ですね」


 葉流は穏やかな表情を浮かべながら、もう一人の男に視線を向ける。


「ああ、こいつは新人でしてね。経験を積ませようと、色々連れ回してやってるんですよ」

「……はじめまして。桐先です」


 頭を低くしながらその男は、“桐先直人”と書かれた名刺を葉流に手渡した。


「……御丁寧にどうも。古屋葉流です」

「さて。自己紹介も終わりましたし、早速ですが、憧理さんはいらっしゃいますかな?見たところ車はあるようですが」


 松下はにこにこしながら、車庫に入っている車を一瞥する。


「……すいません、今仕事明けで寝ていまして。出直してきてもらえませんか?」


 負けじと葉流も笑顔で返す。

 いや、この場合、笑顔というより冷笑という方が適切だろう。


「あらら、お疲れのところ悪かったですねぇ。でもこちらも仕事なもので。何とか起こしてはもらえませんか」

「以前にもお話ししましたでしょう。兄もこれ以上話すことはないと思いますが」


 玄関の中にさえ、一歩も入れさせてもらえない中、ピシャリと笑顔で言う葉流に、松下は苛立ちを覚え始める。


「いやはや、今日は本当に暑い!とりあえず、家の中に入れさせてもらえませんか。起こすのが嫌なら、起きるまで待ってますよ。ああ、別にその間のお気遣いは結構ですよ?」


 暑さもあってか、松下はイライラと笑顔を引きつらせる。

 そして、頑として帰ろうとしない松下を見て、葉流は溜め息を吐いた。


「わかりました。気が回らず、すいません。立ち話もなんですし、どうぞ中に」


 その言葉に、松下は満足気な表情をすると、ドカドカと玄関を潜った。


「どぉも、失礼します」


 にこやかに堂々と家へと上がり込む松下。

 そんな彼とは対照的に、部下であろう桐先は至極控え目な様子で、葉流に軽く会釈をし、小さな声ですいませんと囁いた。

 葉流が刑事達をリビングに案内すると、愛樹が不満気な顔でソファーに踏ん反り返っていた。

 リビングに入ってきた松下を一瞬ジロリと睨むと、来客に遠慮することなく再度テレビを見続け、反抗心からだろうか、音量さえ上げてくる始末。

 その様子に葉流は苦笑いを浮かべながら、とりあえず松下達を食卓用の椅子に座らせた。


 ――さて、憧兄を起こさなければ、と思う葉流であったが、愛樹にその任を頼めるかと悩んでいた。

 愛樹は見事にふくれっ面で、動いてくれそうにない。

 しかし自分がこの場を離れ、短時間とはいえ、この刑事達の中に愛樹を置いておくのも葉流は心配であった。

 松下の挑発にでも乗って、万が一にも愛樹が暴走してしまわないか。

 最悪、抜刀なんて状況も目に浮かんできてしまう。

 葉流は小さく深呼吸をすると、駄目元で愛樹に詰め寄った。


「……愛樹。悪いけど、兄さん起こしてきてくれるかな」


 その言葉に、愛樹は一層顔を歪ませる。

 そして少しの間の後に、嫌だ、とだけ返答した。

 想像通りの愛樹の答えに、葉流は溜め息を吐く。

 そんな兄の様子に、愛樹は後ろめたさを感じつつも、言葉を付け足した。


「憧ちゃん疲れてるんだから、こんな奴らのために起こしたら可哀想だって。起きるまで待ってる、その間のお気遣いは結構だ、って松下さん本人が言ったことじゃん。それなら、ゆっくり寝かせてあげようよ」


 愛樹はあからさまな敵意を刑事達に向けながら、少し興奮気味に葉流に訴えた。

 もちろん、その言動は全て刑事達にも筒抜けである。


「ははは。いやー、私も随分嫌われたものですなー。……いいですよ?男に二言はありませんとも。じっくり待たせてもらいますよ。何時間でもね」


 にやにやと、松下は愛樹に視線を送った。

 その挑発に簡単に引っ掛かった愛樹は、目を吊り上げながら松下を睨み付ける。


 ああ、やっぱ駄目だなー、と葉流は又もや溜め息を吐いた。

 ……その時だった。

 松下の頭がパシッと叩かれる音が鳴る。


「……っ!急に何すんだ、桐先!」


 松下は頭を擦りながら、若干存在が忘れ去られていた桐先を見遣った。

 桐先は、松下の怒鳴り声に少しの怯みも見せることなく、その真面目そうで物静かな表情を浮かべたまま、静かに、そしてゆっくりと口を開いた――。


「松下さんこそ何やってんですかぁ。女の子苛めて楽しんでるとか……。うわー、ドン引きっす。キモイんで、マジやめてください」


 一瞬、場が固まった。

 葉流と愛樹は目を瞬かせながら、片手にスマホを持ち、無表情、至極冷静な口調の桐先を凝視した。

 そして同時に、桐先とは対照的にわなわなと肩を震えさせている松下の様子を、固唾を飲んで見守る。


「おっまえ、俺は上司だぞ!そのクソ生意気な態度こそやめろ!……おい、聞いてるのか!」


 完全に笑顔が消えた松下は、席を立ちあがり、上から桐先を怒鳴りつけた。

 上司の罵声にさえ動じる様子のない桐先は、テーブルに肘を付いて携帯を弄りながら、かったるそうに話しを聞き流している。


「おい、桐先!」


 一向に反応を示さない桐先に痺れを切らせた松下は、テーブルを拳で叩きつけ、更に大きな声で怒鳴りつけた。


「……もー、いくら図星だからって、そんなに怒鳴らないで下さいよぉ。うるさいなー。俺、早く帰りたいんで。そんなに待ちたくないんで。俺まで付き合わせないで下さいよ。マジ迷惑なんで、やめて下さい」


 松下を軽く見据えながらも、相変わらず無表情で淡々と話す桐先。

 あまりに動じない態度に、松下が酷く押され気味であった。

 それでも冷静さを完全に失った松下は、頭に血管を浮かばせながら、怒鳴ることを止めない。

 上司から大音量の罵声を受け続けていても、一切気にも留めない様子の桐先。

 流石に近距離はうるさかったのであろう、片耳を指で塞ぎ、ふぅ、と吐息を漏らす。

 そして、愛樹と一緒になってポカンと口を開ける葉流にチラリと視線を送り、突然親指でクイッと廊下を指した。


「よし、葉流君。このゴリラは引き受けた。俺に構わず先に行けー」


 何とも感情の入っていない喋り口調で、一瞬桐先の言動の意味が不明であった葉流だったが、直ぐに彼の真意に気付き、慌てて部屋を出て行った。

 ゴリラとは誰の事だ、と松下。

 え、このストラップのことですよ、と桐先。

 彼らの、というより、松下の騒ぎ声は、二階に上がってもなお響くのであった。



 憧理の部屋へと歩を速めながら、葉流は先程の光景を思い出し、口元が緩んだ。

 桐先の見た目とのギャップと、松下の取り乱しように吹き出しそうになりながら。

 まさか、あの松下を丸め込んでしまう人がいるとは、と堪えきれなかった笑いを鼻から零す。

 そして憧理の部屋の前へと辿り着いた瞬間、冷静さが戻り、あることに気付いた。

 ……いや、いたな。もう一人。

 葉流は咳払いを一つすると、静かに二度ノックした。


「兄さん、入るよ。」


 引き戸を静かに引き、ベッドで蹲り穏やかな寝息を立てる彼を視界に入れながら、これから起こるであろう騒動を憂い、苦笑いを浮かべた。


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