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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
7/24

6 ゲームの始まり始まり、ってね

 先程のベンチに広瀬とヒドリが腰を下ろし、その後ろには木に凭れ、腕を組む神楽耶(かぐや)

 直ぐ近くに止まるワゴン車ではソフトクリームが売られており、親子連れが賑わっていた。

 そしてこの3人が手に持ち、口へと運ぶ物もまた、ソフトクリームであった。


「……で、古屋憧理(ふるやしょうり)はどうだった?」


 宙に浮いた足をプラプラと動かしながら、ヒドリは広瀬に問う。


「……」

「まぁいい。お前が会いに行った時点で、ゲームは始まったんだから。……あはははは!楽しくなってきた!」

「相変わらず、胸糞悪い下種な笑顔だこと。口に拳銃ぶち込みたくなる」

「はっ!いいね!ここで死ぬのも楽しそうだ!」

「とか言って、殺される気なんて更々ないんでしょう?ねぇ、チキン君?」

「俺如きも殺せない雑魚の君が悪いんじゃないかなぁ?ブラコンちゃん?」

「テメーにだけは言われたくねぇな?ファザコンが」

「ああん?誰があんな糞野郎、……っ!!」


 ヒドリの頭に突如走る激痛。

 自身に痛みを与えた元凶を、ヒドリは涙の滲んだ目で睨みつけた。


「てめ、神楽耶!何しやがる!今グーで殴ったろ、グーで!」

「本当でしたら、脳天に銃弾でもぶっ放したい程で御座います。全く貴方様は、何低レベルな喧嘩に易々と乗っているのですか?馬鹿なんですか?ああ、馬鹿でしたね」

「酷くね!?」

「脱線して幼稚な喧嘩するだけでしたら、貴方様を引きずって神楽耶は帰りとう御座います。(わたくし)も暇では御座いません」

「あー、はいはい。分かったって。ちゃちゃっと済ましますって」


 溶けかけていたソフトクリームに大きく齧り付き、少しの間を空けた後、ヒドリは上半身を広瀬へと向けた。


「そんじゃまぁ今更だが、いいんだよな?」

「愚問ね。私は憧理を消さなければならない。じゃないと、要は引き籠ったまま、歪んだ世界でずっと一人。例えそれを要が望んでいたとしても、私が許さない。外が怖いというなら私が守る。絶対に引き摺り出してやるわ」

「うん。何か、あれだな。引き籠りを辞めさせるために、そいつが発狂するの覚悟でパソコン破壊する的な、あれだな」

「……例えが何か複雑だけど、遠からずな気もして、反論できないわね」

「まぁとりあえず、だ。俺はもちろん、あいつも……ってなると、あのイカレ女もだな。んであとは……」


 ひい、ふぅ、みぃ、と指を折り、数を数え始めるヒドリ。

 そしてつまらなそうな溜息が零れる。


「プレイヤーが多いのは楽しい限りだが、難易度下がってつまんねぇなぁ。お前にとっては鬼レベルで敵いっぱいのムリゲーだが、ま、精々頑張れや」

「そのゲーム脳、いい加減キモイんだけど。そもそも誰の所為だと思ってるのかしら?腐れ外道が」

「あはは!否定はしない!けどな、一人の人間がどうこうなるのに、その原因が一つだけなんざ有り得ない。多くの他人、事象、そういう環境要因が積み重なって人はそれに成っていく。お前だってそうだろう?」

「ふふ。ええ、そうね。確かにあなたは、小さな石ころを転がしただけなんでしょう。それが後にどんな災厄に繋がるか、その可能性を知った上でね」

「そう、可能性だ。物を投げれば人に当たるかもしれない。煙草のポイ捨てが火事になるかもしれない。道端に捨てた空き缶で誰かが転ぶかもしれない。んで、これらが原因で、人が死ぬかもしれない。俺が石ころを転がしたのも、そんな有り得ない様な可能性を想定したに過ぎない。全ての行動は、常に有り得ない様な最悪の可能性に繋がっているのさ。俺はね、そういった無限の可能性を空想して何かをするのが、……とてもとても好きなんだよ」


 ヒドリは目を細め、その口元は歪な弧を描く。

 その不気味な笑みに、広瀬は吐き気が込み上げてくるのを感じ、生唾を呑み込んだ。


「ああでも、こんな結果に繋がってるとは、流石に予想外だったけどね。お蔭で、俺自身もプレイヤー側として、こうして出向かないと行けない破目になった」

「その割には楽しそうね?何を企んでいるのかしら?」


 広瀬を横目で見遣り、その問いの答えとして、ヒドリは意味深な笑みを浮かべた。


「……本当、下種ないい笑顔ね」

「くくくっ、ありがとう。……それにしても、テメーも酷いよな。ブラコン女に一方的に命を狙われる人の身にもなってみ?弟の為に死んでとか、憧理が哀れすぎるだろ。全く、悪役はどっちだろうね?」

「私だって、出来れば穏便に済ませたいわ。でも、大事な物が壊される前に出てくるか、壊されてから出てくるか、それは要次第でしょ?」

「うわー、責任転嫁!要君に丸投げかよ」

「人聞きの悪い事言わないで。事実を言っただけ。現実から逃げ続けてきたツケが回ってきただけよ」

「おーおー、怖いお姉様だ事」


 お主も悪よのぅ、と悪い顔を浮かべながらも、楽し気な笑い声を零すヒドリ。

 そして、最後の一口であるコーンの先っぽをサクサクと齧り終えると、ベンチから飛び退き、立ち上がる。

 

「んじゃ、話は済んだし、帰るわ」


 その言葉を聞いて、自身の頭上のみに日傘を広げ、ヒドリの横に静かに移動する神楽耶。

 俺は入れないのかよ、というヒドリの無言の視線にも、神楽耶は知らんぷりである。

 ヒドリはそんな態度に苛立ちつつも、広瀬へと視線を戻し、咳ばらいで気を取り直した。


「敵は多いが、勝利条件はお前の方が断然有利だ。楽しませてくれよ?……それじゃ、ゲームの始まり始まり、ってね」


 ヒドリはにんまりと口角を吊り上げ、瞳を細め、不気味に笑った。


 底知れない不気味さ。

 何かを企んでいる事に対する、不快感。

 この状況を作り出した元凶であるにも拘らず、無責任にもゲームとして楽しんでいる事に対する憎悪。

 そういった黒くドロドロとした様々な感情が、広瀬の心から沸々と湧き出す。

 ――気持ち悪い。

 ヒドリのその憎らしく、忌々しい笑顔を見て、広瀬は再び吐き気が込み上げるのを感じた。


「あれ?あれれれれー?どうしたの?顔があおーくなってるよ?」


 広瀬の青ざめた表情を見て、ヒドリは子ども口調で無邪気に笑った。


「大丈夫―?お姉ちゃん」


 ――気持ち悪い。


「あはは!なーんてね?……くくっ。良い表情じゃねーの。いつも澄ましたその面、引っぺがしてやりてーと思ってたんだ」


 ――気持ち悪い。


「これからもっとぐちゃぐちゃに歪んでいくのかと思うと、勃起もんだな。今からゾクゾクするぜ。ははっ!」


 ――気持ち悪い。


「……うっ、っぷ、……おろろろろろ」


 成人女性の嘔吐物が、幼児の顔面に降り注いだ瞬間であった。



「うっぷ……。緊張して、朝から、何も食べれなくて、調子が悪かったの。憧理に会うの、終わって、緊張が解けて、うっ……、あと、空きっ腹にアイス、詰め過ぎて、一気に吐き気が来た。心配してくれてありがとう。お姉ちゃんは、もう大丈夫よ」

「……ふええぇ」


 幼児の悲痛な嘆きが、小さく、周囲に響き渡った。





 人気のなくなったベンチに、自販機で買ったお茶を口に流し込みながら、一人腰かける広瀬。

 あれから、鼻を摘まんで若干距離を取る神楽耶と共に、ヒドリは帰っていった。

 その背に哀愁を漂わせながら。

 


 『古屋憧理はどうだった?』

 嘔吐事件など既に頭にない広瀬は、先程のヒドリの問いを思い出していた。

 そして、答える。


 ――家族思いで、私を必死に警戒してた。可愛くて、本当に……良い子ね。


 そう思いつつも、そんな彼に対し、自分がこれから何をしようとしているのか。

 広瀬は眉を顰め、その顔には愁いが帯びた。


 仕方ないのよ。

 ――何が?

 だって私は、あの子の家族で、お姉ちゃんなんだから……。

 ――巻き込まれる彼は哀れよね。

 ええ。でも、それでも、私は、……。


 広瀬は思考を止め、口にお茶を一気に流し込む。

 そして、「姉貴!」「姉様―!」という声が聞こえてきたのを機に、口元を緩ませ、広瀬はその場を後にした。

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