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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
24/24

23 和洋折衷

予定よりも大分遅くなっての更新です。すみません。

※今回、百合展開ありです。苦手な方はご注意ください。


 とあるオフィスビルの33階。

 単調な音と共にエレベーターの扉が開き、1人の男が姿を見せた。

 体格は細身。歳は中年。身に纏う雰囲気は穏やかで、笑い皺の目立つ優しい顔立ちをしている。

 普段であれば、その皺に沿って人好きのする笑みを湛えているのであろう――が、しかし。今は何やら、眉間に寄せられた皺と、左頬に貼られたガーゼとが相俟(あいま)って、やや緊迫した空気を感じさせる。


 男は、エレベーターから一歩出たところで立ち止まり、足場を見つめた。

 そこは石畳になっており、少し視線を上げれば段差が1つ。

 石畳の隅の方には、革靴と女性ものの下駄とが綺麗に並び、恐らくここは玄関のつもりなのだろう。とすると、壁際の棚は下駄箱といったところか。

 階層主の意図に従い、男は靴を脱いで段差へと足を掛けた。

 耳に届くは、どこからかの水琴窟の音。

 視界に飛び込むは、まるで日本家屋を思わせる和一色の景色。

 初めて来た者であれば、別の世界にでも迷い込んだような感覚に、直ぐさま踵を返していたに違いない。


「はぁ……」


 吐息を、1つ。

 それで気持ちを固めると、その男――久保田俊彦(くぼたとしひこ)は歩き出した。

 木板の廊下を、右へ、左へ。

 そうして少しの間の後に、目的の場所へと辿り着く。

 襖の前で立ち止まり、今一度、久保田は大きく息を吐いた。

 不死を崇拝し、謎の多いカルト教団として知られている“エデン”。その教皇様が、このような場所に一体何用だろうか。

 その疑問の答えは、この襖の向こうに――。


「――神楽耶(かぐや)様。久保田で御座います」


 しんと静まり返る廊下。

 暫く待った後に、襖がゆっくりと開かれた。

 中から現れた人物は、真っ白な絹の寝衣に身を包んだ、黒髪の美女――神楽耶(かぐや)

 透き通るような白い肌に一点、左の目元で主張する泣き黒子(ぼくろ)に意識が向けば、必然的に神楽耶の眼と合ってしまう。そうなればもう、逸らす事は叶わず。

 正しく、吸い込まれるように。目を奪われる美しさ。


「おはよう、久保田。朝から御苦労なこと。……いえ、もう(うま)の刻は過ぎておりましたね」


 神楽耶の瞳が細められ、微笑が浮かんだ。

 そこではたと我に返り、久保田は視線を泳がせる。

 その先で、不意に襖の奥へと目がいってしまい、和洋折衷な部屋が広がっていた事を意外に思う。

 中央に置かれたベッドには、まだ一つ膨らみがあり、短い金髪が――


「――ふふ。そう覗かれては恥ずかしゅう御座います。……()の事はどうか、もう少しだけあのままで。愛し子の件で、近頃あまり構えずにおりましたの……」

「し、失礼致しました……!」


 左頬に手を当てられ、視線を神楽耶の方へと誘導された。

 白磁のように白く、滑らかな手であった。そしてその体温も、無機物ではないかと思える程に冷たい。

 背筋がぞくりと振動し、驚きと緊張とで瞼が大きく持ち上がる。

 謝罪の為に頭を下げようとしたものの、……駄目だ。

 目が、逸らせない。


「……大分、治ってきましたね。あの女狐も、酷い事を為さる」

「い、いえ。これは私の失態ですので。本来であれば、死を以って償うべきところ……。このような怪我1つで済ませて頂き、(こん)様には感謝の限りで御座います」

「ふふ。……怪我、だけでしたか?罰ならもう一つ、……おありでしょう?とても、とても面倒な、こと。……どんな事であったのか、教えて下さいまし」


 神楽耶の指が、頬から首筋へと落ちていき、鎖骨をなぞる。

 言葉の1つ1つが蠱惑的に耳へと響き、触れる指の冷たさに、意識が更に向いてしまう。


「っ、ば、罰だなどと……。畏れ多くも、崇高なる12の使徒様方。その御身をお世話致します事、仰せ付かっておりますれば」

「そう、ね。……教皇ともあろう御方が、(わたくし)の目覚まし代わりとは。他の者も皆、厄介な御方ばかりで御座いましょう?面倒を掛けますね」

「と、とんでも御座いません。っ、ひと月とはいえ、謹慎中の身で、このような大役を仰せ付かりまして、誠光栄の限りで……っ、」


 唇に、冷たい指の感触。……自分の体温が伝導したのか、先程よりも少しだけ温かい。

 息がかかる程に近い、神楽耶の顔を視界いっぱいに捉えた。


「お世話の続き、して下さいますか……?」

「っ、……っ!」


 なんとも扇情的。

 これは罠であると分かっているにも拘わらず、淫欲が溢れて仕方がない。

 そうだ。この御方は誘っているのだ。

 そんな勘違いのままに、久保田は神楽耶を、いや、この()を。今すぐこの場で組み敷いてしまいたいと――


「――うぐっ!?」


 顔面を、何かに掴まれる。

 これが手だと理解した時には、その握力の強さに、頭蓋骨が砕けるのではないかという恐怖が湧き上がった。


「貴様。……今、何を考えていた。よもやゴミの分際で、神楽耶様に欲情したのではあるまいな?」


 低く、唸るような、されども中性的な声。

 掴まれる指の隙間から見えたのは、短い金髪と、透き通るような青の瞳。

 その容姿も声と同じく中性的であり、美男子である事を錯覚させる――が、しかしながら、着崩れた寝衣から覗く胸の膨らみが、その者の性を告げていた。


「ジャ、ジャンヌ、様……!そのような、ことは、決して……っ、ぅぐ!」

「黙れよ、豚野郎。糞の如くおっ勃ちやがって。嘘も碌に吐けねぇとは、流石に雄は低能だな。狐に殴られた程度じゃあ、学習しねぇのか?あ゛?」

「も、申し訳、申し訳……あ゛あ゛あぁぁぁぁあああ゛!!!神楽耶、様……!お助け、を……!」


 身体が宙に持ち上げられる。

 激痛で滲んだ涙越しに、久保田は助けを求めて神楽耶を見た。

 その様子に、神楽耶は増々の笑みを湛えると、ジャンヌの頬へと両手を伸ばす。


「ふふ、ふふふ?……ジャン。そのくらいに為さって?久保田は必要な人材なのだから、殺しては不味い」

「ですが……!!」

「ジャン」

「んっ――!?」


 包み込んだジャンヌの顔へ、自身の唇を。

 突然重なったそれに、ジャンヌの顔は驚愕と羞恥で赤く染まる。

 思わず久保田から手を離してしまっていることに、恐らくは気付いていないだろう。


「はぁっ……、かぐや、さま……っ」


 蕩けた表情で、腰を砕くジャンヌ。

 それを機に、互いの唇は漸く離れ、熱い吐息が漏れ出した。


「ふふ、いい子ね」


 床に膝を付け、しな垂れかかってくるジャンヌを見下ろしながら、神楽耶は至極平然とした風にその頭を撫でる。

 そうした後に、変わらずの艶美な微笑を湛えたまま、視線だけを横へ。無様にも尻餅をつく久保田が、哀れにも笑えた。


「久保田。お世話の続きはまだでしょうか」

「へ……?」


 誘惑され、殺されかけ、かと思えば女同士での色事を見せつけられた久保田。

 状況の移り変わりについていけず、久保田は呆けた表情のままに、神楽耶へと顔を向ける。


「……恥ずかしながら、腹の虫が鳴っておりまする」

「え、……あ、申し訳ございません!た、只今、お持ち致します……!」


 僅かに頬を染め、袖で口元を隠す神楽耶の言葉に、久保田は漸く意味を理解した。

 急ぎ立ち上がって、「献立は如何致しましょう」と腰を折る。


「そうですね……。昼餉にしては些か不釣り合いですが、甘味が食べとう御座います。バターと蜂蜜付きで、パンケーキを一品お願い出来ますか?」

「畏まりました。……ジャンヌ様には」

「彼は甘味が苦手ですから、サンドイッチなどの軽食を――」

「いいえ、神楽耶様!俺は同じものが食べたいです!」


 突如として顔を上げ、未だ赤く染まった顔で神楽耶に詰め寄るジャンヌ。


「ふふ、困った子。私に合わせなくとも良いというのに」

「合わせてなどおりませぬ。俺は唯、貴女様と同じ場所で、同じものを食べるという至福を味わいたいだけ。その為ならば、俺は例え、それが毒薬であったとしても喜んで口に致しましょう」

「まぁ……。聞きまして、久保田?なんという愛の深さでしょうか。愛とはやはり、こうでなくては……」


 色のある笑みを浮かべて、神楽耶はジャンヌの頭を撫でる。

 その様はまるで、忠犬を愛でる飼い主のようだと久保田は思った。


「……承知致しました。直ぐに御用意致します」


 深々と頭を下げ、踵を返す。


「ふふ。……何やら勘違いをさせてしまったようで、悪ぅ御座いましたね」

「っ……!し、失礼致します」


 背中越しに聞こえる、嘲笑を交えた言葉。

 未だ治まらない下半身の熱に、虚しさと羞恥、それから神楽耶への憤りを――


(駄目だ!尊き方々に対し、このような感情あってはならぬ……!)


 自罰し、直ぐさま考えを改める。

 神楽耶の性質を知っていながら、それに乗ってしまったのは自分の未熟さ故。

 ああ、なんたる事だろうか。試練に、報いる事が出来なかった。

 襖を閉め、奥歯を噛み締める。

 

 ――己の不敬虔(ふけいけん)さが、誠恨めしい。


 今、自分が生かされているという事。

 つまりは、まだ自分には利用価値があるという事。

 それらをしかと胸に刻み、久保田は自身の崇拝する“不死”への忠誠を強くして、今日も生きているというこの現象に、心からの感謝を捧げた。





「……無能で卑しい、あのような人物を何故に教皇としているのか、ヒドリ様のお考えが分かりませぬ。先日の失態も、本来であれば万死に値致しましょう」


 久保田の消えた襖を睨み付けながら、ジャンヌは舌を鳴らす。


「ふふ。あれでも忠誠心は確かな御人。そんな事を言っては可哀想ですよ、ジャン」

「ですが……」

「ヒドリ様や御父上様も、考えなしという訳ではないのですから。それに、……失態の件は大目に見る事と致しましょう。あれは少々、致し方のない事でした」

「それは、どういう……?」


 思わぬ返しに、目を瞬かせて首を傾げるジャンヌ。

 そんな彼女の頬へと愛おし気に手を伸ばし、神楽耶は意味深な笑みを浮かべた。

 

「イエス・キリストは、処刑から3日後に生き返ったというけれど。……ふふ。愛し子、黒沼優美。何やら底知れないものを感じます。死者が生き返るなど有り得る筈はなく、彼女は確かに死んで(・・・)おりました。イエスと同じく、数十日程で昇天するのであれば宜しいが、……はて。愛し子は一体、その間に何を救済して下さるというのやら。自我のない人形かと思いきや、中々どうして意思のある……」

「……先日の件は、あの少女が謀ったと?」

「さぁ。……どうで御座いましょうね」


 そう言って、神楽耶はくつくつと笑いを零すと、「神のお考えは、(わたくし)如きには測れませぬ」と小首を傾げた。



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