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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
22/24

21 顔のよく似た女の子

 ドレスや燕尾服を思わせるクリームと、宝石のような美しいフルーツで着飾った、優美な輝きを放つケーキたち。

 気品に満ちたその様は、まるで高潔な精神を胸に宿した、気高き貴族のそれである。

 と同時に、その1つ1つが洗練されたデザイン性をも持っており、最早芸術という不可侵な域に達しているといっても過言ではない。


「う、美しい……」


 思わず喉を鳴らし、目を瞠る。

 流石は、フランス語かなんかの、よく分からない店名のケーキ屋さんだ。

 店名は全く覚えられないが、兎に角オシャレである。

 商店街に並んでいるような、庶民的で可愛らしいケーキが別物に見えてきてしまう。同じケーキだというのに、何故にここまで違うのか。

 ……いや、子供をターゲットにした庶民派ケーキも、あれはあれで良いんだけどね。親しみやすい味と見た目で、落ち着くし。店内にも全く緊張することなく入店できる。

 

 うん。俺は寧ろ、庶民派ケーキを支持したい。

 どれだけ時代が移り変わろうとも、失ってはいけないものがあると思うんだ。

 それが、あれだ。庶民派ケーキだ。

 芸術的な美しさも、洗練された味もない。しかしながら、それは食べた者にどこか懐かしい思い出を呼び覚まし、ケーキに秘められた温かな心が、甘さと共に舌をなぞる。

 そう。完璧でないからこそ、そこには“人”が宿るのだ。

 親しみを感じるその不完全さの中に、人は己を見る。

 あれは、自分。人間という不完全な生き物が、そこにはある。

 

 しかし、これはどうだろう。

 目の前に鎮座する、芸術とでも呼ぶべきこの品々は、不完全な生き物故に追い求められた、哀れな人間の理想像。

 そして、どう足掻いたところで成ることは出来ない、虚しき偶像。


 ……ならばもう、どちらを選ぶかなんて決まっている。

 俺は今のままの、ちっぽけな自分を受け止めよう。

 完璧でなくてもいい。

 美しくなくてもいい。

 尊敬の眼差しなど、元より望んでいないのだから。

 俺は、高みからではない、皆に愛される自分でいたいのだ。

 故に俺は――。


「すいませーん。この、店長のオススメってやつとぉ、季節限定のこの3種類を1つずつ。あとショートケーキを1つ……と、シュークリームも3つ下さい」


 うっひょぉぉぉおおおおぅぅ!!

 お高いケーキ、食べるの楽しみぃぃいいいいっ!!

 こんなん、絶対美味いわ!!

 シュークリームでさえ美しいって、もう、もう、絶対美味いわ!!


「お詰めいたしますので、少々お待ちください」

「あ、はい」


 いやー、時代の流れには逆らえないっすわー。

 この高級感が醸し出す特別感が堪んねぇぜ。

 俺も偉くなったもんだな、へへっ……。


「あ、あの……」

「……ん?」


 ケーキが詰められていく様子を、わくわくと胸躍らせながら見つめていると、不意に背後から声が掛かった。

 振り返ると、そこにいたのは中学生ぐらいの女の子。

 ……あ。もしかして、俺が邪魔で商品が見えなかったのかな。

 そんな考えが過ったが、ここはレジの真ん前だ。障害になるという事はないだろう。


「……」

「……」


 暫しの間、沈黙が生まれる。

 何だろうか、この子。早く用件を言って欲しいのだが。

 そして、お兄さんをあまり凝視しないでくれないか。

 というか、なんだ。その可愛らしい垂れ目は。

 俺も垂れ目なのに、どうしてこんなに違うのだろうか。

 まぁ別に、男の俺にはこんな可愛い要素、全然全く必要ないから別にいいんだけどね!!……はぁ!?べ、別に拗ねてるとかじゃねーし!!


「……」

「……え、えーっと、……どうかした?」

「っ!!」


 女の子は目を見開かせ、かと思ったら下を向いて頬を赤らめる。

 マジで何だろうか……。


「……」

「……」


 ……さりげなく、股間の窓をチェックした。

 うん。大丈夫だ。ちゃんと閉まっている。


「――お待たせ致しました。こちらの商品でお間違いなかったでしょうか」

「あ、……はい。大丈夫です」


 箱に詰め終わったケーキを、店員が確認の為に見せてくる。

 必然的に俺は女の子から視線を外し、言われた額の支払いを済ました。


「あ、あの……」

「……どうしたの?」


 商品を受け取り、再び掛けられた声に顔を向ける。

 けれど、相変わらず用件は中々言ってこない。


「……」

「……」


 もしかして、顔に何か付いてる?

 でも今、鏡とか周りにないし……。

 ――あーもう!!何なんだ!!

 もやもやするぅぅぅうううチクショウ!!


「ふふふ」

「はっ!!……すいません。直ぐ退けますね」


 女の子と見つめ合っていると、レジにいた店員に笑われる。

 少し恥ずかしさが込み上げてきて、俺は一歩、逃げる様にして横にズレた。


「あ、いえ!……ふふ。仲の良い兄妹だと思いまして。シャイな妹さんなんですね。可愛らしいです」

「……へっ!?……妹?」


 目を瞬かせ、首を傾げる。


「あら、違いましたか?お顔立ちがそっくりだったものですから……。違ったのなら、すいません」

「い、いえ……」


 ……そっくり?

 眉を顰め、隣の女の子へと視線を向ける。

 俯いていたため、その表情までは見えなかったが、女の子の耳はほんのりと赤く色づいていた。

 それが何だか、嫌に不気味で。


「じゃ、じゃあ、俺もう行くから……」


 俺は、その気持ち悪さのままに、女の子に一方的な別れを告げて店を後にした。

 そして駐車場まで行く道中、何となく女の子の事が気になって、大きなガラス窓から店内を流し見る。


「――ぃっ!?」


 一瞬見て、そのまま素通りするつもりだったのだが、言い知れぬ恐怖に足が止まる。

 女の子は、……未だに俺の方を凝視していた。

 目と目が合い、女の子は小さく微笑んで、何かを呟きながら俺に手を振る。


「は、はは……」


 俺は引き攣った笑みと共に小さく手を振り返し、逃げる様にその場を去った。




*******


 車を走らせ向かった先は、とあるマンション。

 一般家庭向きの極々普通のものではあるが、そこそこ新築らしく、オートロック付きで小奇麗である。


「――よっ!来たぞ!」

『憧理さん。……お待ちしてました。今開けますね』

『憧くん来たの!?憧くん!!』

『ちょ、そんな慌てなくても、もう来るから。……すいません。気にせず入って来て下さい』

「ははは……」


 インターホン越しに、賑やかな声。

 俺は苦笑いを浮かべながら、自動ドアを潜って目的の部屋へと歩を進めた。



「えーっと、……ここだな」


 メール画面に記された部屋番号と照らし合わせ、チャイムを押す。

 が、その最初の音階が鳴ったと同時に――


 ――ガチャッ!!


「憧くん!!」

「ぅぐっ!?」


 鈴の音の様な可愛らしい声と共に、ドアが勢いよく開かれた。

 まさかこんなに早く開けられるとは思っていなかった俺は、避けるタイミングもなく、無残にも顔面を強打する。


「~~~っ!!!」

「わっ!?わ、わ、わ、――ご、ごめんなさい!!ごめん、憧くん!!だ、大丈夫……じゃないよね。……お、お兄ちゃーん!!」


 激痛に顔を覆いながら腰を曲げる俺に、おろおろとした少女の手が延ばされる。

 涙目になりつつも、俺は何とか視線を上げてその姿を確認した。

 そこにいたのは、ふわふわとした茶色い髪を靡かせた、小柄な美少女。

 一瞬、天使かと思った。

 中身は腐った堕天使かもしれないが。


「……大丈夫ですか、憧理さん。すいません、うちの妹が。何か冷やすもの持ってきますね」

「いや、いい……。冷やす程でもない……」


 最後に額を数回摩って、遅れてやってきた気真面目そうな顔の男と、瞳を潤ませて心配そうな表情を浮かべる少女とを交互に見遣る。

 俺は仕切り直しだと言わんばかりに一度咳払いをすると、ケーキの箱を見せながら笑みを浮かべた。


「改めて、……久しぶりだな、直人、花ちゃん。ケーキ買って来たぞ!」




*******


 ケーキ屋の店内にて、女の子はガラス窓越しに憧理へと手を振りながら、小さく口を動かす。


「またね、――私のお兄様」


 困惑した様子ながらも小さく振り返してくれた憧理の姿に、女の子は益々頬を赤らめて、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 足早に去って行く憧理を最後まで見届け終えた後、女の子は漸くショーケースの前へと移動し、店員を呼ぶ。


「……さっきの人が買っていったものと、同じものをちょうだい」

「え、……あ、はい。畏まりました。少々お待ちください」

「……♪」


 店員の笑みが僅かに引き攣るが、女の子は我関せずとばかりに自分の世界へと浸り出す。

 ケーキを詰める店員の姿を視界に捉えながらも、その胸は喜々とした感情で溢れかえっていた。


 ――嗚呼。

 私の、……(あおい)だけの、お兄様。

 優しい優しい、お兄様。

 葵は、待ってるよ。

 ずっとずっとずーっと、ずっとずっとずっとずっとずっと、お兄様だけを……。


「お待たせ致しました。こちらの商品でお間違いは、……お客様?」

「く、くくく、くふふふふ……」

「あ、あの、――ひっ!?」


 くつくつと笑い出したかと思えば、突然ポケットから取り出した一万円札を、勢いよくカウンターの上に叩き出す女の子。

 更には、小さな悲鳴を上げる店員から、まだ封をしていないケーキ箱を奪い取ると、そのまま店を出て行ってしまった。

 後に残るは、ポカンと口を開けて固まる店員たち。


「――く、くふふ、ふふふふふっ!!……嗚呼!!お兄様お兄様お兄様!!待っていてくださいまし!!葵も、葵も待っていますので!!きゃははははっ!!」


 道行く人たちの視線を気にも留めず、女の子はケーキを鷲掴んで口へと入れた。


どんどんキチガイが増えてくるぅ

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