21 顔のよく似た女の子
ドレスや燕尾服を思わせるクリームと、宝石のような美しいフルーツで着飾った、優美な輝きを放つケーキたち。
気品に満ちたその様は、まるで高潔な精神を胸に宿した、気高き貴族のそれである。
と同時に、その1つ1つが洗練されたデザイン性をも持っており、最早芸術という不可侵な域に達しているといっても過言ではない。
「う、美しい……」
思わず喉を鳴らし、目を瞠る。
流石は、フランス語かなんかの、よく分からない店名のケーキ屋さんだ。
店名は全く覚えられないが、兎に角オシャレである。
商店街に並んでいるような、庶民的で可愛らしいケーキが別物に見えてきてしまう。同じケーキだというのに、何故にここまで違うのか。
……いや、子供をターゲットにした庶民派ケーキも、あれはあれで良いんだけどね。親しみやすい味と見た目で、落ち着くし。店内にも全く緊張することなく入店できる。
うん。俺は寧ろ、庶民派ケーキを支持したい。
どれだけ時代が移り変わろうとも、失ってはいけないものがあると思うんだ。
それが、あれだ。庶民派ケーキだ。
芸術的な美しさも、洗練された味もない。しかしながら、それは食べた者にどこか懐かしい思い出を呼び覚まし、ケーキに秘められた温かな心が、甘さと共に舌をなぞる。
そう。完璧でないからこそ、そこには“人”が宿るのだ。
親しみを感じるその不完全さの中に、人は己を見る。
あれは、自分。人間という不完全な生き物が、そこにはある。
しかし、これはどうだろう。
目の前に鎮座する、芸術とでも呼ぶべきこの品々は、不完全な生き物故に追い求められた、哀れな人間の理想像。
そして、どう足掻いたところで成ることは出来ない、虚しき偶像。
……ならばもう、どちらを選ぶかなんて決まっている。
俺は今のままの、ちっぽけな自分を受け止めよう。
完璧でなくてもいい。
美しくなくてもいい。
尊敬の眼差しなど、元より望んでいないのだから。
俺は、高みからではない、皆に愛される自分でいたいのだ。
故に俺は――。
「すいませーん。この、店長のオススメってやつとぉ、季節限定のこの3種類を1つずつ。あとショートケーキを1つ……と、シュークリームも3つ下さい」
うっひょぉぉぉおおおおぅぅ!!
お高いケーキ、食べるの楽しみぃぃいいいいっ!!
こんなん、絶対美味いわ!!
シュークリームでさえ美しいって、もう、もう、絶対美味いわ!!
「お詰めいたしますので、少々お待ちください」
「あ、はい」
いやー、時代の流れには逆らえないっすわー。
この高級感が醸し出す特別感が堪んねぇぜ。
俺も偉くなったもんだな、へへっ……。
「あ、あの……」
「……ん?」
ケーキが詰められていく様子を、わくわくと胸躍らせながら見つめていると、不意に背後から声が掛かった。
振り返ると、そこにいたのは中学生ぐらいの女の子。
……あ。もしかして、俺が邪魔で商品が見えなかったのかな。
そんな考えが過ったが、ここはレジの真ん前だ。障害になるという事はないだろう。
「……」
「……」
暫しの間、沈黙が生まれる。
何だろうか、この子。早く用件を言って欲しいのだが。
そして、お兄さんをあまり凝視しないでくれないか。
というか、なんだ。その可愛らしい垂れ目は。
俺も垂れ目なのに、どうしてこんなに違うのだろうか。
まぁ別に、男の俺にはこんな可愛い要素、全然全く必要ないから別にいいんだけどね!!……はぁ!?べ、別に拗ねてるとかじゃねーし!!
「……」
「……え、えーっと、……どうかした?」
「っ!!」
女の子は目を見開かせ、かと思ったら下を向いて頬を赤らめる。
マジで何だろうか……。
「……」
「……」
……さりげなく、股間の窓をチェックした。
うん。大丈夫だ。ちゃんと閉まっている。
「――お待たせ致しました。こちらの商品でお間違いなかったでしょうか」
「あ、……はい。大丈夫です」
箱に詰め終わったケーキを、店員が確認の為に見せてくる。
必然的に俺は女の子から視線を外し、言われた額の支払いを済ました。
「あ、あの……」
「……どうしたの?」
商品を受け取り、再び掛けられた声に顔を向ける。
けれど、相変わらず用件は中々言ってこない。
「……」
「……」
もしかして、顔に何か付いてる?
でも今、鏡とか周りにないし……。
――あーもう!!何なんだ!!
もやもやするぅぅぅうううチクショウ!!
「ふふふ」
「はっ!!……すいません。直ぐ退けますね」
女の子と見つめ合っていると、レジにいた店員に笑われる。
少し恥ずかしさが込み上げてきて、俺は一歩、逃げる様にして横にズレた。
「あ、いえ!……ふふ。仲の良い兄妹だと思いまして。シャイな妹さんなんですね。可愛らしいです」
「……へっ!?……妹?」
目を瞬かせ、首を傾げる。
「あら、違いましたか?お顔立ちがそっくりだったものですから……。違ったのなら、すいません」
「い、いえ……」
……そっくり?
眉を顰め、隣の女の子へと視線を向ける。
俯いていたため、その表情までは見えなかったが、女の子の耳はほんのりと赤く色づいていた。
それが何だか、嫌に不気味で。
「じゃ、じゃあ、俺もう行くから……」
俺は、その気持ち悪さのままに、女の子に一方的な別れを告げて店を後にした。
そして駐車場まで行く道中、何となく女の子の事が気になって、大きなガラス窓から店内を流し見る。
「――ぃっ!?」
一瞬見て、そのまま素通りするつもりだったのだが、言い知れぬ恐怖に足が止まる。
女の子は、……未だに俺の方を凝視していた。
目と目が合い、女の子は小さく微笑んで、何かを呟きながら俺に手を振る。
「は、はは……」
俺は引き攣った笑みと共に小さく手を振り返し、逃げる様にその場を去った。
*******
車を走らせ向かった先は、とあるマンション。
一般家庭向きの極々普通のものではあるが、そこそこ新築らしく、オートロック付きで小奇麗である。
「――よっ!来たぞ!」
『憧理さん。……お待ちしてました。今開けますね』
『憧くん来たの!?憧くん!!』
『ちょ、そんな慌てなくても、もう来るから。……すいません。気にせず入って来て下さい』
「ははは……」
インターホン越しに、賑やかな声。
俺は苦笑いを浮かべながら、自動ドアを潜って目的の部屋へと歩を進めた。
「えーっと、……ここだな」
メール画面に記された部屋番号と照らし合わせ、チャイムを押す。
が、その最初の音階が鳴ったと同時に――
――ガチャッ!!
「憧くん!!」
「ぅぐっ!?」
鈴の音の様な可愛らしい声と共に、ドアが勢いよく開かれた。
まさかこんなに早く開けられるとは思っていなかった俺は、避けるタイミングもなく、無残にも顔面を強打する。
「~~~っ!!!」
「わっ!?わ、わ、わ、――ご、ごめんなさい!!ごめん、憧くん!!だ、大丈夫……じゃないよね。……お、お兄ちゃーん!!」
激痛に顔を覆いながら腰を曲げる俺に、おろおろとした少女の手が延ばされる。
涙目になりつつも、俺は何とか視線を上げてその姿を確認した。
そこにいたのは、ふわふわとした茶色い髪を靡かせた、小柄な美少女。
一瞬、天使かと思った。
中身は腐った堕天使かもしれないが。
「……大丈夫ですか、憧理さん。すいません、うちの妹が。何か冷やすもの持ってきますね」
「いや、いい……。冷やす程でもない……」
最後に額を数回摩って、遅れてやってきた気真面目そうな顔の男と、瞳を潤ませて心配そうな表情を浮かべる少女とを交互に見遣る。
俺は仕切り直しだと言わんばかりに一度咳払いをすると、ケーキの箱を見せながら笑みを浮かべた。
「改めて、……久しぶりだな、直人、花ちゃん。ケーキ買って来たぞ!」
*******
ケーキ屋の店内にて、女の子はガラス窓越しに憧理へと手を振りながら、小さく口を動かす。
「またね、――私のお兄様」
困惑した様子ながらも小さく振り返してくれた憧理の姿に、女の子は益々頬を赤らめて、嬉しそうな笑みを浮かべた。
足早に去って行く憧理を最後まで見届け終えた後、女の子は漸くショーケースの前へと移動し、店員を呼ぶ。
「……さっきの人が買っていったものと、同じものをちょうだい」
「え、……あ、はい。畏まりました。少々お待ちください」
「……♪」
店員の笑みが僅かに引き攣るが、女の子は我関せずとばかりに自分の世界へと浸り出す。
ケーキを詰める店員の姿を視界に捉えながらも、その胸は喜々とした感情で溢れかえっていた。
――嗚呼。
私の、……葵だけの、お兄様。
優しい優しい、お兄様。
葵は、待ってるよ。
ずっとずっとずーっと、ずっとずっとずっとずっとずっと、お兄様だけを……。
「お待たせ致しました。こちらの商品でお間違いは、……お客様?」
「く、くくく、くふふふふ……」
「あ、あの、――ひっ!?」
くつくつと笑い出したかと思えば、突然ポケットから取り出した一万円札を、勢いよくカウンターの上に叩き出す女の子。
更には、小さな悲鳴を上げる店員から、まだ封をしていないケーキ箱を奪い取ると、そのまま店を出て行ってしまった。
後に残るは、ポカンと口を開けて固まる店員たち。
「――く、くふふ、ふふふふふっ!!……嗚呼!!お兄様お兄様お兄様!!待っていてくださいまし!!葵も、葵も待っていますので!!きゃははははっ!!」
道行く人たちの視線を気にも留めず、女の子はケーキを鷲掴んで口へと入れた。
どんどんキチガイが増えてくるぅ