19 あれは、不幸な子だった
「不死が、……存在する?」
俺は目を剥き、師匠の言葉を反芻した。
「何だ、憧理。不死について調べ続けていた癖に、お前自身は信じていなかったのか?」
「それは……」
思わず口籠る。
正直なところ、信じていないと言うのが本音だ。まぁ、そう思うのは当然の事ではあるのだが。
しかしその反面で、もしかしてと思う処があったのもまた事実。
だからこそ俺は、「信じている訳ないでしょう」と、直ぐには言い返せなかった。
「ふふ。流石は我が弟子。オカルト染みているからといって直ぐには切り捨てないその姿勢、私は素晴らしいと思うぞ?本当に信じていないなら、長年調べ続けるなんて出来る筈がないからな」
「馬鹿にしているのか褒めているのか、どちらなんですかねぇ」
何となく皮肉に聞こえ、顔を赤らめる。
師匠はそんな俺に目を瞬かせると、「褒めているに決まっている」と断言した。
「はぁ……。そうですよね。師匠は、そういう人間でしたよね」
「ふふ。私の異常性を知っても尚、まだ人間扱いしてくれるとは。いやはや、嬉しい限りだね」
「茶化さないで下さい」
呆れた様に吐息を零し、俺は麦茶を一気に飲み干す。
師匠の煙草に火を点けるライターの音が、耳を掠った。
「俺が不死についてを調べ続けていたのは、……自分を知る為ですよ」
俯きながら、ぽそりと語る。
師匠は煙を吐き出して、「知っているさ」と呟いた。
「……確か、10の頃だったか。家族が喪失し、火災の中でお前だけが助け出された“古屋事件”。そのショックもあってか、お前には病院で目覚める以前の記憶が全くない。……ならば、尚の事無理も無いだろうさ。自分が何者であるのか、そのルーツを知りたいと思うのは、人間として至極自然な行動だ」
「……」
苦々しく、顔を顰める。
この歳になって、未だ自分探しをし続けているとか、結構コンプレックスだったりするのだ。
しかも、自分を知る唯一の手掛かりが、俺の母である古屋凛という女性の生家――華宮家が残した一冊の古い書物だけ。
少しでも自分や家族についての事が分かるのではと目を通して見れば、中身は不死に関する内容のもので、それを読んだ時の落胆といったら筆舌に尽くし難い。
華宮家も、何故か古屋家同様に火災で全焼していて、一族の者は古屋凛を除いて全員死んでいる為、親族を当たる事も出来ず。
というか、俺が生まれ育ち、古屋事件が起こった場所こそが、その華宮家の屋敷があった場所である。
つまりは2度も、同じ土地で同じような事件が起こったという事だ。
そんな不吉な場所に家を建てるなよとは思うのだが、母の生家があった場所でもあるので、その土地に住み続ける選択をした母の気持ちは責められまい。
……まぁ、その話は一旦置いておいて。
兎にも角にも、俺に残されたのはその書物だけ。否が応でも、それを調べる他に選択肢がなかったのだ。
しかし逆に言えば、2度の火災の中でも焼失を免れたあの書物の内容は、一族にとってそれだけ重要なものであったとも考えられる。古屋事件の際にも、あれだけは頑丈な鉄の箱に入れられて、地下室の奥で大切に保管されていたのだから。
だからこそ俺は、落胆しつつも諦めきれず、調べる事をやめられない。我ながら、哀れだとは思うが……。
因みに、俺もその地下室から発見されたらしいが、その時の記憶は当然ない。
「ふふ。話を戻そうか」
「っ、……はい」
気付けば、師匠が煙草片手に頬杖を突きながら、意味深な笑みを浮かべて俺を凝視していた。
師匠の前でぼんやりとは、我ながら恐ろしい事を……。
「まずは憧理。知っているとは思うが、昔話や伝説なんかを見ていく際、不死とは後天的になる場合が多い」
「ですが、だからといって黒沼優美がそうなったとは――」
「まぁ聞け。これは思考する上での1つの材料として、“不死は後天的にもなり得る”という考え方がある事実を、お前に確認させたかっただけだ。飽く迄も推測の域を出ない、可能性の話に過ぎない。とはいえ、そういった伝説が過去に数多く残されている以上、現代でも同じような伝説が起こり得ても何ら不思議ではないとは思うがね。……愚問だが、例え話として八百比丘尼の不死伝説については知っているか?」
「……ええ、まぁ。人魚の肉を食べて不死になったって話ですよね。……といっても、あれは不死というよりも不老長寿と呼んだ方が正しいかもしれませんが。まぁ、入定という意味でなら、今も生き続けていると捉える事も可能ですけど」
師匠の口から突然出てきた例え話。――八百比丘尼。
人魚の肉を食べ不老不死となってしまった八百比丘尼は、愛する者全てに先立たれ、そして不老である事を人々から恐れられ、1人孤独に生きる事となった。
そんな彼女に残された道は、……まぁ、出家する事ぐらいだよね。
尼となった彼女は諸国行脚に出て、800年を生きたところで洞穴に入り入定したとされている。
入定――要は、断食しながら読経し続けて無我の境地へと至り、最終的に生きたままミイラ化していくという苦行なのだが、これは死んでいながらも生き続けているという見方が出来るものでもあって、……うん。兎にも角にも、かなり特殊な死に方なのですよ。
「ああ、そうだな。だがあれは、最期が実のところ曖昧でな。“入定した”という表現もまた、生死の曖昧さを更に助長させている。即身仏となった八百比丘尼を見つけるどころか、寧ろ入定後の彼女を見た者は誰もいないという纏め方で終わっている。とすれば、……案外、今も生きていたりしてなぁ?もちろん、入定という意味ではなく」
「ちょっ、師匠のそういうのは冗談にならないんですから、やめてくださいよ!?不死はあるかもーなんて推測した後じゃ、余計に笑えないですって!」
「おや。師匠の推測をそこまで信じてくれているとは、嬉しいね。とはいえ、その期待を裏切る様で心苦しいのだが、何も私の言った事が全て本当になる訳じゃあないんだぞ?私とて空想ぐらいはするからね」
「……いや、まぁ、分かってはいるんですけど」
師匠が超人過ぎる所為で、不安が拭えないんですよ。
「人間といったり、超人といったり、思考が定まらない奴だな。結局お前は、私の事をどう思っているんだ?」
「新人類ですかね。……って、やっぱり思考読んでるよな。そして近い」
テーブルの上に身を乗り出してきた師匠から退避をしようと試みるも、椅子の背凭れが邪魔をする。
僅かながらの抵抗として首を小さく仰け反らすが、無意味といっていいだろう。
視界を覆い隠す、師匠の顔面。……心臓の音が、煩くなる。
しかし、それを師匠に悟らせてしまうと、何となく負けたような気がして。
俺は動揺を隠そうと、ポーカーフェイスで平静を装った。
「……」
「……」
いつも通りの酒とタバコの臭いに混じって、石鹸と、シャンプーの……ああ。そういえばこいつ、風呂上りだったか。
湿った髪が一束、首筋に張り付いている。
酒の所為もあってか、頬はほんのり色付いて。
薄く開けられた艶やかな唇から覗くその奥が、気になって仕方がない。
……そして、一瞬。
男の性とでもいうべきか。気になるついでに、視線を更に下へと向けてしまう。
第二ボタンまで外された、その、奥を。
もちろん、見えない事は百も承知だ。というか見たくない。
……しかし、だからこそ見てしまう。気になってしまった。
身を乗り出す為に前屈みとなり、緩みが出来た首元から覗く闇の部分。
不覚にもそれを一瞬だけ見て、俺は直ぐに視線を顔へと戻した。――が、もう遅い。
次に見た師匠の唇は、……口角の上がったものとなっていた。
「……ふふっ」
「…………負けました」
「よろしい」
微笑を浮かべながら、漸く離れる師匠の体。
テーブルに頭を突っ伏す俺。
ババアの色香に負けた……。
「お前が私を、女として認識している事がよく分かったよ。私もまだまだ、捨てものではないな。いやはや、嬉しい限りだね」
「不可抗力です……」
「言い訳にしか聞こえんな」
「でもでも、師匠とだけは絶対にないですから……」
殆ど身内みたいなもんなんで……。
ああ、もう、居た堪れない……。
「ふふ。……そうだな。それはもう、絶対に起こりはしないだろう」
「……?」
その言葉と声色に何故だか違和感を覚えて、俺はテーブルに突っ伏したまま師匠を見上げる。
憂いを帯びたその表情は、果たして何を意味しているのだろう。
その瞳に映るものは、きっと彼女にしか見えない世界。
だから、俺には分からない。分かる筈がない。だって俺は、凡人で。
……ああ、でも、だからこそ。
それが時々、――痛く寂しい。
「……ああ、そうだ」
「はい?」
不意に表情がキョトンとしたものになり、目を瞬かせる師匠。
それから俺へと視線を下げて、「大事なことを言い忘れていた」と頬杖を突いた。
「大事なこと?」
のっそりと体を起こし、首を傾げる。
師匠は「ああ」と頷いた後に、物凄い大事なことを俺に伝えた。
「黒沼優美だが、あれは私の知り合いだ」
「……は?」
目を見開いて、口を開ける。
今の俺は、かなりの間抜け面だろう。
「といっても、もう何年も昔の話だけれど。彼女が小学生だった頃、度々会っていたんだよ。覚えていないだろうが、お前も会った事があるんだぞ?一度だけだがな」
「い、いつ?全然覚えてないんですが……」
「無理もない。事務所の出入り口で、一瞬擦れ違った程度だったからな。あれは確か……、中学生の時だったか?……ああ、そうだそうだ。中3の冬だな。お前が受験で忙しいからと、師匠を長らく放置していた時期だ」
「恨み事の様に言わないで下さい。というか、数日に一度はバイトに来ていたでしょう?」
「おいおい。年寄りに恥ずかしい事を言わせるなよ。……寂しかったんだからな、バカ」
「師匠……」
――トクン。
「……なんて、起こりませんからね?それより早く、続き」
「ふふ。寂しかったのは本当なのだけれどね。とはいえ、師匠のボケに一応は乗ってくれるその優しさが、私は愛おしいよ」
背凭れに凭れ掛かって、またもやタバコに火を点ける師匠。
そして、吐き出される煙と共に、その視線をどこか遠くへと向けていく。
「……あれは、不幸な子だった」
記憶を辿るように、師匠はポソリと呟いた。
モチベが上がらず、2ヵ月も放置しておりました。すいません。
月一の連載すら出来ていないにも拘わらず、ブクマして下さっている方々に甘えすぎている今日この頃です。本当にすいません。
ブクマ外さないでいてくれて、ありがとうございました(泣)




