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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
19/24

18 予感し、予想し、予測する

黒沼優美と黒沼優希。

読み間違えに御注意下さい。

「――八苦村からは、昨日帰って来たのか?どうせ今年も行ったんだろう?」


 食後の一服に白い煙を吐き出して、師匠が唐突に話を切り出す。

 机に片肘を付けながら、テレビへと視線を向けて言うその様は、どこか気怠げだ。


「ええ、まぁ。昨日の夕方頃に戻ってきました」

「そうか。――それで、私に聞きたい事とは何だ?」

「……話題を振っておいて、行き成り話が変わるんですね。というか、どうして俺が師匠を頼って来たと分かるんですか?」

「旅行に行ったのなら、師匠への土産一つ買って来るだろうとは思っていた。あとはまぁ、……唯の予測だ。或いは、予想、予感、というやつか。私のは大抵当たるぞ?」

「はぁ」


 不敵な笑みを浮かべながら、俺を流し見る師匠。

 否定できないところが悔しい。

 師匠の予測は、殆どが予知のレベルで当たる事が多いのだ。


「それで、何が聞きたいんだ?……具体的に言うならば、黒沼優美の事件の何について、お前は知りたいんだ?」

「……師匠の頭の中の方が知りたくなりました」

「乙女の脳内が知りたいなどと、不埒な奴だ」


 すいませーん!

 乙女の姿が見つからないんですがー!


「ふふ。女はいくつになっても乙女でありたい生き物なのさ」

「絶対心の中読んでますよね」

「いや?唯の予想だ。当たったのなら儲けものだな」

「――いっ!?……くっそ、墓穴掘った!!」


 テーブルの下から脛を蹴られる。

 靴じゃないだけまだマシだが、それでも十分に痛い。


「いいか、憧理。何事も全体を見て考えろ。物事は全て、連鎖的に作用しあって起こるものだ。1つの問題だけに囚われず、それが起こった鎖の音を聞け。環境が人に、人が環境に、人が人に影響を与え、それによって変わった環境が、人が、また何かに影響を与える。問題とは、その過程で生じた一つの必然だ」

「必然……」


 師匠がよく使う言葉ではあるが、俺はあまりこの言葉は好きではない。どうしたって、受け入れ難いものがある。

 だって、それではまるで、……被害者達が事件に巻き込まれたのは、運命であったと言われているようではないか。

 俺は眉間に皺を寄せて視線を下げると、重々しく口を閉ざした。

 師匠が、短くも小さく、鼻で笑う音が聞こえた。


「お前は相変わらずだな、憧理」

「……もし自分が被害者の立場になって、それが必然だったのだと言われたら、俺なら世界を憎みますね」

「ふふ、真っ当な意見だ。……だがまぁ、勘違いはしないで欲しいんだが、必然とは偶然が重なり合って生じるものであり、故に、大抵の必然は覆せる。どれかの偶然をたった一つ捻じ曲げるだけで、容易に回避が可能だ。そして、被害者となる筈だった人物が事件を回避した事で、別の誰かが被害者となる。或いは、その問題が起こる事象そのものが消え失せるかもしれない。そしてまた、起こり得た事件の代わりに、別の事件がどこかで起こり誰かが傷付く。……要は、何でもいいのだろう。誰でも良かったのだろう。世界にとっては、Aさんが事件を起こそうが、Bさんが事件を起こそうが、それによってCさんが死のうが、Dさんが死のうが、等しく大差のない出来事だ。偶然が重なり合っただけの、唯の必然。パラレルワールドというものがもし本当にあるのなら、私の今言った事は証明されよう。……とはいえ、未来など誰にも分からないし、分岐点など読める訳もない。あるがままの起こった偶然だけが真実であり、必然だ」

「……師匠の言っている事は、時折難しくて理解しかねます。何でも良かったのなら、それは必然とは言わないのでは?」

「私達が今いるこの世界では、少なくとも必然だ。何かが起こった事で何かが生じる。その連鎖だけは決して変えられはしないし、それが積み重なって出来た世界が現在だ」

「それは、パラレルワールド的な意味でですか?」

「そうとも呼べるかな?ふふ」


 意味深な笑みを浮かべる師匠。

 相変わらず謎の多い人物である。長い付き合いの中でも、未だ師匠に関しては分からない事が多い。


「この麦茶が入ったコップを倒すと、どうなる?」

「机が水浸しですね。やめてくださいよ?」

「そうだな、水浸しだな。それによってお前は、小姑の如く小言を履きながら、倒れたコップを起こして台所に布巾を取りに行く。……誰にでも読める、簡単な未来予知だ」

「それは予知というより、予測では?」

「予測も予知も変わらんさ。予測の精度が高ければ、それは未来予知と同じだけの意味を持つ。コップを倒す人がいて、倒れたコップがあって、中身が零れ、水浸しになる物があり、それを拭きとる人がいる。……世界とは、コップが倒れたという単純な事象が複雑化しただけの、唯の連鎖反応でしかない」

「……簡単な事の様に言ってますけど、その連鎖を読み解くことが出来ないから事件は起こってるんですよね?」


 世界が全て、『水の入ったコップが倒れたその後』という簡単な予測程度で済むものならば、人間はみんな予知能力者か何かになれている。

 そんな不満気な顔で師匠をジト目していると、彼女は何食わぬ顔で小首を傾げながら目を瞬かせた。


「だから言っただろう?未来は誰にも読めないと」


 ……この女。

 言ってる事が滅茶苦茶だ。


「まぁ、そんな顔をするなよ憧理。お前と語る事はこの上なく楽しい時間ではあるが、そろそろ話を戻そうか。……愛樹は部活、葉流は追試。彼らが帰って来るまでには、家に戻っていたいだろう?そろそろ纏めなくてはならない依頼もあるだろうし、お前にはやるべき事がたくさんある筈だ」

「……あれ。愛樹たちの今日の予定とか、……俺、師匠に言ったっけ?」

「予測だ。私の予測は大抵当たる」

「何それ恐い」

「コツはだな、……予感し、予想し、予測する。……簡単だろう?」

「超人にしか無理です」


 常識から逸脱し過ぎてて恐い。

 昔から分かっている事ではあるが、……世界の全てを敵にしても、師匠だけは敵に回したくない。


「ふふ、照れるな。つまりは、世界の全てを敵にしても、私の味方で在り続けるという事か」

「なるほど、そういう解釈の仕方が……って、絶対心の中読んでますよね?」

「いや?唯の予想だ」


 ……どうだかな。

 師匠が実は、超能力者や宇宙人だったとしても、俺は全く驚かない。

 片肘ついて、気怠そうな顔でタバコを灰皿に押し付ける師匠を見つめながら、俺は観念したように大きく溜息を吐き出した。


「はぁー……。独立した身でありながら、師匠を頼るというのは何とも恥ずかしい話なんですけどもね……」

「気にするな。弟子に頼られて嬉しくない師はいない」

「そう言って頂けると、誠助かりまする……。へへっ……」


 後頭部を摩りながら、へこへこと雑魚キャラの如く頭を下げる。

 師匠はそんな俺を横目で一瞥してスルーすると、新たなタバコに火を付けながら「それに――」と言葉を続けた。


「――今回の件は、お前には少々荷が重かろう」

「それも、予測済みでしたか……」

 

 ふぅー……と天井に向かって煙を吐き出し、憂いの籠った瞳でどこか遠くを見つめる師匠。

 それは何故だか、どうしようもなく儚い印象を受けるもので、俺は師匠から目が離せなかった。

 何となく、目を離したらどこかへ飛んで行ってしまう様な、そんな気がしたのだ。


「どうした、憧理。見惚れるのも結構だが、師匠でエロい妄想をしてくれるなよ?」

「……しませんよ。馬鹿な事を言わんで下さい」


 俺の視線に気付いた師匠が、唇に僅かな微笑を刻みながら俺を揶揄う。

 阿呆だこの人は……。

 そう呆れながらも、師匠がいつもの師匠である事に、俺は安堵の吐息を小さく零すのだ。


「それで、師匠……。黒沼優美ついてなんですが……」

「ああ、分かっている。……何が知りたいんだ?私に貸せる力があるのなら、いくらでも貸してやろう」

「ありがとうございます、師匠。……その、一応確認なんですが、……黒沼優美が生き返ったという説については、御存知で?」

「当たり前田のクラッカー」

「ジェネレーションギャップを感じます、師匠。そして何故、その情報を知ってるんですか」


 あと、そのクールビューティーな顔でそれを言われると、めっちゃシュールです。

 

「おいおい、私を誰だと思っている。あれだけ連日報道されていた事件だぞ?犯人が1人捕まる度にまたもや大きく報道され、注目度は増すばかりだった……にも拘わらず、それがたったの一週間程でピタリと止んだ。何かしら情報規制が入ったであろう事は誰の目から見ても明らかだろう?けれど、その理由までは分からない。この私の、想像の域を超えている。つまりそれは、常識では起こり得ない問題が生じたという事。――ならばと思い、普通ではあり得ない想像を巡らしてみた。結果、幾つかのファンタジーを妄想するに至った訳だが、その中で一番妥当であると思われるものが、“黒沼優美が生き返った”という仮説。そしてそれは、先程の憧理の発言によって確信となった。因みに、黒沼優美の事件の犯人が、父親含めて皆殺しにされた事も知っている。半分はネットで知り得た情報ではあるが、どうせ逮捕済みだった連中も殺されているんだろう?人間離れした犯行なだけに、その程度やってのけていても不思議ではないからな」


 …………絶句。

 俺はてっきり、警察の知り合いなんかに情報を聞き出したものと思っていたのだが、まさか全て想像で言い当てるとは……。

 師匠のこの能力には、未だ慣れない。というか、慣れてはいけない気がする。

 正に、超能力レベルの才能だ。


「それと、黒沼優美の事件発覚後、兄である黒沼優希もマンションから飛び降りて死んでいるが、……これはまぁ、唯の自殺だろうな」

「…………どうしてそう思うんです?いえ、まぁ、警察の方でも自殺と判断されてはいますし、師匠もそう断定する事自体は不思議ではないんですが、俺はちょっと引っ掛かってるというか……」

「黒沼優美の亡霊が殺したんじゃないかって?」

「う、……まぁ、亡霊とまでは言いませんけど」


 図星を突かれて顔を染める。

 師匠は、そんな俺の反応に僅かな破顔を見せると、タバコの灰を灰皿へと落とした。


「ふふ。なに、お前がそう思うのも無理はないさ。これだけ奇妙な事が続いているんだからな。――が、しかし。黒沼優希の件に関してはその限りではない。あれは事件でもなんでもなく、単なる自殺。唯の日常の一部。黒沼優希が生前にどんな暮らしをしていたかを思えば、答えは自ずと出てくるだろう?」

「生前の暮らし……」


 師匠の言葉を反芻し、松下さんから渡された情報の整理を、脳内で再度行う。

 黒沼優希――暴力団組織“烏田組からすだぐみ”の下っ端構成員。

 ……以上。


「情報が少なくて無理です、師匠。せめて現場検証しないと、凡人の俺には分かりません」

「諦めが早いな」


 おうよ。

 真顔でこくりと頷いた。

 師匠は溜息のように煙を吐き出すが、呆れ故か、気怠さ故かは分からない。恐らく両方だろうとは思うが。


「ふむ。……私が推測するに、黒沼優希には暴力団という環境が合っていなかったのだろうね。水の合わない池の中で4年も過ごせば、誰でも精神的に病むものだ。そんな時に、妹が死んだニュース。自殺スポットがそうであるように、死は時に、違う人間の死を誘発する。当然だが、死という火種を抱え込んでいる人ほどその影響は受けやすい訳だが、だからといって、行動にまで移してしまう人は稀だろう。理性や信念が死を踏み止まらせる場合もあるだろうが、多くの場合は、大切な誰かとの繋がりがその役目を果たす。人は1人では生きられず、人との繋がりは、その人を生ある現実に引き戻す為の命綱だ。……しかし、黒沼優希にはそれが無かった。いや、無くなったというべきか。自ら家を出ておきながら、捨てた筈の妹の存在が、彼にとっての命綱だったのだろう。故に、死んだ。妹の後を追うようにな」

「……でもそれ、全部想像なんですよね?」

「ああ、想像であり推測だ。そして、私の推測は大抵当たる。黒沼優美のニュースが流れた時刻と、黒沼優希がマンションから飛び降りたとされる時刻、……殆ど一致してるんじゃないか?そして黒沼優希の死亡時、部屋にはテレビが点いていた」


 手足を組み、平然とした顔で推測をつらつらと語り始める師匠。

 現場検証をしてきた訳でも、黒沼優希と接点があった訳でもないだろうに、まるで全てを見てきたかのような口振りだ。

 想像を広げ、推測し、それを真実だと思うなど、最早狂人の域。妄言と捉えられても仕方がない。

 ……筈なのだが、師匠の妄言はよく当たる。

 僅かな情報だけで人物像を正しく作り上げ、ある程度の行動パターンや思考なんかを推測出来てしまうのだ。

 狂人、天才、超人、その程度の言葉が生易しく思えてしまう程に、師匠はおよそ人間という枠から逸脱している。それこそ、化け物といっても違和感がない程に……。

 俺は動揺を瞳に映しながら息を呑むと、困惑に声を震わせながら言葉を返した。


「そ、そこまでは分からな――」

「松下にでも聞いてみろ」

「……はい」


 言い終える前に遮られました。





 ――ゴリラとの通話後。

 携帯を静かにポケットへと仕舞い直して、師匠に向き直る。


「……テレビ、点いていたそうです」

「ああ、そうみたいだな。全部聞こえていた」

「余計なもん調べてんじゃねぇ。依頼はどうしたって怒られました」

「ああ、聞こえていた」


 はぁ、と溜息。

 これでまた、師匠の異常性が証明されてしまった……。


「……それで、ゴリラの仰せのままに黒沼優美の話に戻るんですが、……師匠はどう思いますか?事実、黒沼優美の死後に撮られた写真に、彼女と思われる人物が写っていて――、」


 鞄を漁り、黒沼優美の事件後に撮られた例の写真を、「これです」と師匠に手渡した。


「……ほう?“エデン”の教皇、久保田俊彦じゃないか」

「はい。互いに視線が交わっている事から、久保田が何かしらの情報を知っているだろうとは思うのですが、……警察でも居場所を掴めていないらしく」

「ふふふっ。あの組織は謎が多いからなぁ。事件に関わっているのなら尚の事、そう易々と尻尾を掴ませてはくれないさ」

「ええ、そうなんです。内容がオカルト過ぎてるという事もあって、警察も俺もお手上げ状態で……。黒沼優美と親しい関係にあった御堂舞華にも会いに行ったんですが、その、……彼女の精神状態的に、あまり信憑性が高いものでなく」


 視線を落とし、しどろもどろに状況説明。

 己の力不足が恨めしい……。


「くくっ。おおよそ、黒沼優美が生きてる事を強調されたといった具合かな?それか犯人の正体について、神の存在でも説かれたか?」

「っ、……両方です。流石は師匠」


 もうやだ、この人。怖い。


「実際、神業と呼べる犯行だからな。お前の様子と合わせれば、容易に想像出来る」

「いや、普通は出来ませんからね?」


 師匠は「そうか」とだけ呟いて目線を伏せると、再び気怠そうに頬杖をついて姿勢を崩す。

 この、いつも通りの気怠さ。

 どんな事件が起きようと、師匠は大して驚かない。

 唯々、気怠そうに、退屈そうに、無気力に、日々を送っている様に俺には見える。

 何でも想像出来てしまう師匠にとって、この世界は退屈でしかないのかもしれない。

 想像通りの世界とは、果たしてどんなものなのだろうか……。

 凡人の俺には分かりかねるが、師匠を見ていると、時折ふとそんな疑問が浮かんでくる。


「――これもまた、私の推測でしかないのだがね」

「はい?」


 師匠をじっと見つめていると、不意に顔を上げた師匠と視線が合わさる。

 再び口を開き、唐突に推測を話し始める師匠に、俺の肩は僅かにビクついた。


「“エデン”の崇拝する“不死”だが、……あるのではないか?そう考えるならば、黒沼優美が不死者だった、或いは、不死者となって生き返ったとしても、何ら不思議ではない。……人は、遥か昔より不老不死という夢を追い続けてきたが、未だその夢を叶えた者は現れず――というのが常識的範疇な訳だが。……果たして、それは本当だろうか?」


 気怠そうに、けれどどこか楽し気に。

 師匠は、言った。

 推測という名の、1つの真実を。


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