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不死の噂  作者: とりふく朗
第一 古屋憧理
16/24

15 錯綜

「神様……?」


 予想外の答えに、俺はその言葉を反芻する。

 何だ?ふざけているのか?

 しかし舞華は俺の反応を見て、意味深な笑みを深めるばかり。


「ええ、そうよ。だって、……ふふ?考えてもみなさいよ。あんな事、神様以外に出来る訳ないでしょう?」


 そこまで言って、舞華は「っとと……」と、自身の口を手で塞いだ。

 それからわざとらしく微笑むと、お道化た様に小さく舌を出す。


「言っちゃった。口止めされていたのに。……あはは!ま、別にいっか!」


 舞華はポテチの袋に手を突っ込んで、陽気な笑みを浮かべる。

 ……なるほど確かに。

 神様と言うから何だと思えば、唯の比喩か。

 俺はやれやれと吐息を吐きだして、前のめりとなっていた姿勢を起こした。


「……それで、その“神様”とやらですが、黒沼優美の事件の容疑者たちを皆殺しにしたのは、その人物だと?」

「うん。だから、捕まえようとしても無駄よ?……ああ、この無駄と言うのは、時間の無駄という意味ね?だって、不可能だもの。神様を捕まえるだなんて」

「あはは、そうですか……。確かに、神業というべき犯行だった事は認めましょう。面白い例えですね。仮にその犯人の名を、“神様”とでも呼称するとしましょうか」

「事実、神様だけれどね」


 互いに笑みを深め合い、見つめ合う。

 神様などと、……馬鹿馬鹿しい。

 いくらでも偽ることが出来る名前など、大した信頼性はない。

 だから、犯人が神様と名乗っていようが、どう呼ばれていようが興味はない。

 問題は、その容姿。

 性別や年齢、背丈など、たったそれだけの情報を得られるだけでもかなりの進歩だ。

 精々ゴリラに、高値で売り付けてやるとしよう。うひひひひ。

 俺は内心で腹黒い笑い声を上げながら、営業スマイルで首を傾げた。


「それではお聞きしますが、その神様はどんな方でしたか?口止めされていたという事は、お会いしたのですよね?」

「もちろん。……でも、残念ね。これ以上は話せないわ」

「何故?……もしかして、脅されているとか?」

「あははっ!まさか!」

「それでしたら、是非。捜査への御協力を。……それでも話せないとの事でしたら、犯人への協力者として疑われても、文句は言えませんよ?」

「あらあら。脅されてしまったわね。これじゃ、神様より質が悪いわ」


 肩を竦めてお道化て見せる舞華。

 それから、コーラの注がれたグラスを手に取って、顔の前で軽く振る。

 氷の音と共にシュワシュワと泡立つその黒を、舞華は絶やさぬ微笑みのまま見つめた。


「――ふふ♪冗談よ、冗談」

「はい?」


 コーラを呷り、薄い本のページを捲る。


「だ・か・ら、……冗談よ?さっきの、ぜーんぶ、冗談♪神様なんて、いるわけないでしょう?」

「……あまり、大人をからかわないで頂きたい」

「あら。納得できませんか」

「当たり前ですよね」


 未成年だからと、何でも許されると思うなよ?

 苛立ちで明らかに低くなっていく自分の声色を自覚しながら、瞳を細める。

 けれど舞華は、本から視線を上げる事もせず、笑んだまま。


「では、こうしましょうか」

「何がです?」

「――“優美の事件の容疑者を皆殺しにした人物には、確かに会いました。けれど、顔も見ていなければ声も聞いていません。彼は、フードを深く被って顔を隠していました。そして、私に紙を渡してきたんです。中には、『僕の事は秘密だよ』とだけ書かれていました。名を尋ねると、彼は追記で『神様』と紙に付け足して、去っていきました――。”……ってな具合よ?」

「……ふざけてますね」


 完全な台詞口調で語り始めた舞華に、俺の苛立ちは募る。


「そう言われても、事実なのだから仕方ないでしょう?」

「……」


 明らかに信憑性は薄いが、そう言われてはこちらも口を噤むしかない。

 俺は内心で大きく舌打ちを打つと、一度喉を潤して気持ちを立て直した。


「……ならば、その紙とやらはどこに?」

「捨ててしまったわ」

「会った場所は?」

「道に迷ってしまってね。覚えてないの。何故か、その日の記憶は曖昧で……」

「……日時は?」

「優美の父親が殺された日。時間は、日が沈んで間もない頃」

「先程、その神様の事を“彼”と言っていましたが、容姿が見えない中で何故男だと?」

「紙に書いていた一人称が、“僕”だったから。それに、体つきも男だったわ。……まぁ、それでも男性的な体つきをした女性っているから、確定は出来ないけどね」

「背丈は?」

「うーん……、私よりかは高かったかな。でも、高身長という程でもなかったわね。170あるかなー?ってぐらい。でも薄暗かったから、これもはっきりしないわ」

「……」


 答えられるギリギリの線のみを答えている様な、それでいて曖昧な表現。

 俺は深く息を吐きだすと、今日はこれぐらいかとアイスティーを飲み干した。


「分かりました。御協力感謝いたします」

「どういたしまして」


 舞華は本を閉じて欠伸を零すと、やっと終わりかと伸びをした。


「最後に――」

「……?」


 「まだ何か?」と、小首を傾げる舞華。

 俺はもう一度にっこり笑んで、不思議そうな顔を浮かべる彼女をじっと見つめる。

 さぁ。鬼が出るか蛇が出るか……。


「――黒沼優美さんの遺体が消失した件については、御存知でしたか?」

「……」


 目を見開いて、舞華の動きが停止する。

 数秒、エアコンの音だけがやけに大きく聞こえる程の静寂が、部屋の中を包み込んだ。


「……ゆ、みの、遺体が、消失?」

「ええ」


 壊れた音響機器の様な、途切れ途切れの言葉を絞り出す。

 動揺に、視線が右往左往と動き出す。

 この反応は、知らなかったと捉えていいのだろうか。

 ここまでの動揺を予想していなかった俺は、僅かに困惑する。

 しかし、次の瞬間。

 彼女は先程の様な笑みを浮かべ始めると、小首を傾げて口を開いた。


「あはははは?優美の遺体?消失?何を言っているの、古屋さん」

「はい?」


 可笑しそうに笑いを零し、言葉を紡ぐ舞華。

 そして次の瞬間。

 俺は、悟った。

 彼女の――御堂舞華の持つ、底知れない闇を。


「そんな事、ある筈ないでしょう?だってそもそも、――優美は死んでなんかいないもの」

「んな……っ!?」


 黒沼優美の事件をあれ程把握しておいて、まだそれを言うのか!?

 彼女の思考回路が分からない。

 頬を伝う冷や汗に、背筋が凍りつく感じがした。

 そして静かに微笑んで、小首を傾げながら先程と同じ言葉を繰り返す。


――「可笑しなことを言わないで?」

――「優美は、生きているわよ?」


 ……これはまず先に、事件に対する彼女の認識から聞いていくべきだった。

 事件への把握具合から、彼女は友人の死を否定しているだけで、理解はしているものと思っていたのだが……。


「……失礼ですが、黒沼優美さんの事件については、どこまで御存知で?優美さんの御遺体は、見に行かれている筈だとお聞きしていたのですが」

「優美の、遺体に、……私が?」

「ええ」


 舞華の笑みが凍り付く。


「そんな筈、ないわ。だって優美は、暴行を受けて、でも、帰って来た、筈よ」

「は……?」

「ま、待って。……あれ?でも、死んで……?いや、でも、…………ふふふふふ?うん。やっぱり生きてる」

「……」


 これ以上は、言及しない方が良さそうだ。

 精神が、正常じゃない。

 というか、そんな彼女の話を聞いたところで、それを証言として扱えるかどうかも怪しい……。

 死んだはずの友人を生きてると言う辺りから既にヤバイが、神様発言も相当だ。

 ……帰ろう。今日のところは、とりあえず。


「そうですか。分かりました。失礼な事を言ってしまい、申し訳御座いません。……今日は、一先ず帰ります。もし、事件の事で何か思い出された事があれば、何でもいいですのでお聞かせ頂ければと思います」

「ふふ。気が向いたらね?」


 名刺を手渡し、一礼。

 踵を返し、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた時、舞華が最後にこう告げた。


「古屋さん。神様だとか、今日私が話した殆どの事は、警察の人には言っていない事なの」

「……そうでしょうね。初めてお聞きする情報ばかりでしたから。でも、何故?」


 誰とも知れない胡散臭い探偵なんかより、警察の方がよっぽど信頼できる筈。

 しかし彼女は、俺に話した。

 不思議に思っていた事を彼女の口から切り出され、俺は動揺を覚えつつも彼女を見据える。

 しかし舞華は、にこにこと笑みを浮かべて、それ以上は口を閉ざすだけだった。




*******


 車に乗り込み、去ってゆく憧理の姿を、窓越しに見つめる少女の影。

 舞華は薄っすらと笑みを浮かべると、「バイバイ」と小さく呟いて、窓辺からそっと身体を離した。


「――ありがとうございました。舞華お嬢様」


 部屋の出入り口付近に立っていた田中が、深々と頭を下げる。

 舞華はソファに倒れ込む様に腰を下ろすと、にっこりと笑って田中を見遣った。


「ふふ。別にいいわよ、あれぐらい。私も会ってみたかったもの」


 ポテチを手に取り、齧る。

 パリパリとそれを咀嚼し飲み込み終えた後、舞華は「それで?」と話を続けた。


「古屋憧理さんとの、久しぶりの再会はどうだった?」


 その問いに、年老いた家政夫は眉尻を垂らして微笑むと、小さく首を振る。


「久しぶりと申しましても、まだ赤ん坊でしたから。憧理様は覚えておられませんよ」

「それでも、あなたには思うところがあるでしょ?」

「……そうですね。御立派に、なられておいでで。……誠、大きくなられた」


 記憶を思い返してか、遠くを見つめる様な目で、田中はしみじみと感想を述べる。

 舞華はその様子にくすりと笑みを零すと、「良かったわね」とだけ返した。


「まぁでも。これからが大変ね、彼。まだ何も知らないんでしょ?教えてあげたりだとか、何かアクションは起こさないの?」

「……今は唯、見守ります。それが、凛様の願いであるならば」

「そう。難儀な性格ね」


 詰まらなそうにポテチを齧り、広げた薄い本へと視線を落とす。

 田中はその様子を苦笑交じりに見つめながら、そろそろ夕飯の準備をしなければと思考を過ぎらせた。


「それでは、私はこれで。お気遣い頂いたお礼に、今晩はハンバーグにでも致しましょうか。半熟卵も乗せて」

「やった!楽しみにしているわね?……でも、お礼だとか、本当に気にしなくていいのよ?私は、自分がやりたいようにしているだけなんだから」

「いいえ。それでも今回、私情を挟んでしまったのは事実で御座います。その所為で、舞華お嬢様には辛い事を思い出させてしまいました……」

「やだ、それって優美の事?あはは!本当にもう、みんな大袈裟なんだから!心配する相手を間違ってるわ。辛いのは私じゃなくて、優美の筈でしょ?」

「……そう、で御座いますね」


 まるで友が生きているような口振りで、笑みを浮かべる舞華。

 田中はもう何も言わずに静かに頭を下げると、「失礼致します」と部屋を後にした。

 閉めたドアからは、「ええ、生きてる。生きてるわ」「え、何でって?」「あはは!だって、見たもの!」などと、楽しそうに呟かれる舞華の独り言が漏れ出して。

 それが、悲しい程に、酷く酷く、……哀れに聞こえた。



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