13 御堂舞華
長らく休載していてすいません。
変わらずの亀ペースではありますが、月1、2回を目安に更新を再開致します。
※今回、不快な内容が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※『公爵家の男装令嬢は、』をお読み頂いている方へ。
黒沼優美の事件について、今回は更に深く語られております。「ファンタジーはファンタジーとして読んでいたい」「エレオノーラのイメージを崩したくない」という方は、併せて読まない事をお勧め致します。
――不死伝説。
例えば、不死鳥、吸血鬼なんかの生物だとか。
例えば、人魚の肉を食べれば不死になるだとか。
例えば、かぐや姫から貰った不死の薬を、帝が富士山で燃やしただとか。
まぁ、もちろんこれらに諸説はあるが、こういった不死に纏わる伝説は世界各地に存在する。
しかし、そんな不死伝説に興味を持つ者は絶えずとも、本気で信じている者はまずいないだろう。
……カルト教団“エデン”の信者達を除いて。
“エデン”は、その実態の多くが謎である。
入団が出来ないのだ。よって、外部の人間は入り込めない。
組織としては随分昔からあったと聞くが、“エデン”という教団として表に出てきたのは30年程前の事。
団員は、昔からいる信者達のみで構成されているため、人数はそれほど多くないらしい。
といっても謎が多いため、正確な数は把握し切きれていないのが現状だ。
この教団の可笑しなところは、宗教団体にも拘わらず、崇拝すべき明確な神がいない点にある。
信仰対象は、あくまでも“不死”。
噂では、『教団内に不死者がいて、それを神として崇めているらしい……』なんてものがあるが、バラエティー番組でそれが持ち出されたもんだから、今では有名な都市伝説と化している。
因みに俺は、信じていない。
唯、調べているだけ。
その理由についてはまぁ、……今語る事でもないだろう。
俺自身なんぞの話より、今は依頼された事件についての方がよほど大事というものだ――。
「はぁ……」
思わず、溜息。
俺は麦茶で喉を潤した後、ゴリラから受け取った資料を改めてパラパラと捲った。
自然と眉間に皺が寄る。
「……ま、見ていて気持ちのいいもんではないわな」
もやもやした感情を吐き出すように再度溜息を吐く俺に、ゴリラは麦茶を注ぎ足しながら苦笑する。
「分かってんなら、こんな依頼しないで欲しいもんだ」
「仕方ないだろ?普段の俺なら、お前の言う不死伝説なんざ一笑に付すところだが、こうも馬鹿な事件となっちゃ藁にも縋りたくなるってもんだ。なに、金は弾んでやる。解決までいかなくても、何か情報を掴んで来い」
「俺さぁ、命令口調で言われるとやる気なくすのよね。言い直してくれる?」
「掴んできてねっ!」
「キモ」
「わざとだ」
がははっ!と大口開けて笑うゴリラ。
ゴリラなりに場を和ませようとしてくれたのだろうが、次はもっと違うやり方で頼む。
俺は口元を引き攣らせながら、資料へと視線を戻した。
「……この現代社会で、ここまでの死に方する奴もそういないだろ。可哀想に……。何というか、不幸とか悲惨だとか、その程度じゃ言い表せれないものがあるよな。だってこの子、愛樹ちゃんと一つしか変わらないんだぞ?しかも同じ高校で……。もしこの子が愛樹ちゃんだったらと思うと、ゾッとする。こう言っちゃなんだが、……愛樹ちゃんじゃなくて良かったって思ってしまう俺は、最低なんかね?」
資料を見つめたまま、俺は自嘲染みた小さな笑いを零した。
こういう仕事をしていると、時折思う。
事件の当事者達は俺とは何の関りもない人達ばかりで、依頼を受けたとしても所詮は他人事。
まぁ、一々感情移入していたら、こっちの身が持たないってのもあるけど、……何というか、うん。
酷いとは思うけど、……他人事で良かったって思う自分がいる。
「そんなもんだろ」
「は?」
事も無げに答えるゴリラに、俺は思わず顔を上げた。
……鼻ほじってやがった。この糞ゴリラ。
動物園のお土産コーナーに売られていたゴリラの鼻くそが、俺の脳裏を過ぎる。
「人の不幸なんざ尽きねぇよ。人の数だけ不幸があって、殺意があって、欲望がある。事件なんざ起こらなければいいとは思うが、それは有り得ねぇ。なら俺は、せめて事件を起こした馬鹿どもを残らず豚箱にぶち込んで、少しでも馬鹿な事を考える奴等が減る様、抑止力になるしかあるめぇよ。自分でなくて良かっただぁ?他人事で良かっただぁ?当たり前だろ馬鹿野郎。結構な事じゃねぇか。そんで、絶対に自分だけは巻き込まれねぇって、当事者にならねぇって、強く思え。テメーら弱者が一人でも馬鹿に巻き込まれねぇように俺達が頑張ってやってんだ。だからテメーらも、少しは不幸に巻き込まれねぇ努力をしろ。“他人事で良かった”が繰り返せるようにな?」
「……」
堂々と鼻くそを飛ばしながら語り出すゴリラ。
……全く、こういう所は敵わねぇよな、本当。
「……ゴリラの鼻くそ、落としましたよ。蟻が寄って来るといけないんで、ちゃんと掃除しておいてね」
「ああん!?甘納豆か!?俺の鼻くそは黒豆甘納豆で出来てますってか!?うっそ、マジで!?」
「今度食べてみなよ」
「ブッブー、残念でしたー。俺の鼻くそが黒豆甘納豆でない事は、ガキの頃に既に実証済みだ馬鹿野郎。よって、俺の鼻くそはゴリラの鼻くそではない。イコール俺はゴリラではない。……さて、そろそろ拳銃でもぶっ放すか」
「ごめんなさい」
直ぐに力で訴えようとするゴリラに対し、素直に謝れる俺ってマジで大人だと思う。
*******
ゴリラ達が帰った後、仕事部屋を兼ねている自室にて書類を読み直す。
……さて、情報を整理しようか。
――黒沼優美。享年17。
母親は13年前に失踪し、家族構成は父と4つ上の兄のみ。
けれど、兄は中学卒業と同時に家出。
現在は父娘での二人暮らし……だった。
7月8日の誕生日を友人宅で過ごした後、家路に着く。
しかし、その後行方不明。
7月10日、廃墟となっていたホテルの一室で、遺体となって発見される。
そしてこの日、家出をしていた実兄、黒沼優希も死んだ。
……マンションからの飛び降り自殺らしいが、タイミング的に何か色々ホラーだ。
やっぱり、怨念……いやいやいや。はっはっは!!この現代にそんなそんな!!うんうん!!
さぁ、次いってみよ!!
黒沼優美の遺体からは、事件時のものではない古い傷や痣も多数見つかり、父親から虐待を受けていた疑いアリ。
強姦した奴らの数は、5人……って、おいおい。マジか。
逮捕された奴らの証言では、女子高生を相手にどうかと主犯格に誘われての参加だった。
参加費は一人300万。
殺す以外なら何をしてもいい。
その後、主犯の男による拷問が行われてる中での自殺。
……うげっ。
1枚目の遺体写真を、写真の後ろへと持っていく。
だって、グロいもの。うん。
写真は、全部で3枚。
黒沼優美の遺体写真。
何故か先週撮られたものだという、黒沼優美と久保田俊彦が映った写真。
そして――、
黒沼優美とその友人、御堂舞華が映った写真。
この写真は、御堂舞華のSNSのアイコン画像に使われていたもの。
その様子から、この二人がかなり親密な関係だった事が窺えた。
事実、事件前に黒沼優美が誕生日を過ごした友人宅というのが、御堂舞華の家だ。
「御堂グループの、御令嬢か……」
愛樹の学校にいるとは聞いたことがあったが、まさか黒沼優美の友人だったとは……。
それにしても、対照的な二人だなー。
黒髪ショートで、キョトンとした無表情を浮かべる黒沼優美と、金髪かというぐらい明るい茶髪のロングヘアに、満面の笑顔の御堂舞華。
……なるほど。黒沼優美が綺麗な人だと学校で騒がれていたと愛樹が言っていたが、なるほどである。
確かに、かわい……ゴフンッ。綺麗な子だ。
無表情で地味目の子だが、儚さが感じられて、こう……、庇護欲を……ゴホンッ。
こういう感想は、亡くなった被害者に失礼だな。南無南無。
「さて、どうしたもんか……」
黒沼優美と唯一親しかったという御堂舞華。
話を聞こうと、当然報道陣やら刑事やらも押しかけたらしいが、全て拒否。
うん。でしょうね!
この子も傷心中だろうし。
別に、この事自体は何もおかしな点はない。
問題はここからだ。
黒沼優美が死んでから学校を休んでいた彼女だったが、6日後には登校を開始。
6日後――つまり、黒沼優美の遺体が消えた翌日。
登校時の彼女の様子は、……笑顔だったという。
周囲を心配させないよう、無理矢理笑っているのかとも教師陣は思ったらしいが、そんな様子は微塵も感じられず。
また、その日から報道陣や刑事からの話しにも応える様になった。
その際に口にした言葉が、――『優美は生きているわ』。
いやゃぁぁぁあああああ!!!
何それ恐いんですけどぉぉぉおおおお!!
今の状況だと、それ洒落にならないんですけどぉぉぉおおおお!!!
心の中で絶叫しながら、俺は黒沼優美と久保田俊彦が映った写真を机上にスパーンッ!!と叩き付けた。
「……っとまぁ、冗談はさておき。いや、恐いのは確かだけども。でもまぁ、兎に角ですよ。兎に角――」
――だから何?って感じじゃん?
黒沼優美が生き返ったぜ!ひゃっはー!……ってな感じで登校し始めましたってか?
いやいや。生き返るとかまず有り得ないし。
こんな高校生が何かを出来る筈もないし。
そもそも生き返るってなんだよ。
舐めてんの?復活の薬でもあるってか?ああん?
ここはゲームじゃねぇんだよ。ファンタジー世界でもねぇんだよ。
死んだら終わり。ここはリアルな現実です。はい。
……ま、どちらにせよ。
話を聞く価値はある、かな。
黒沼優美の事について聞くだけでも、何か収穫はあるかもしれんし。
*******
という訳で、翌日。
やってきました。御堂邸。
邸といっても、でかい庭に豪邸が!って感じじゃない。
普通に、大きな家って感じ?
そんなさぁ。アニメじゃあるまいし、噴水やらバラの庭園なんかがある様な豪邸が、この人口過密な日本にある訳ないじゃん?
――ピンポーン。
チャイムを鳴らして少し、そわそわしながら反応を待つ。
『……はい』
「あ、初めまして。私、古屋探偵事務所から参りました、古屋憧理と申します。黒沼優美さんの事件の件でお聞きしたいことがあるのですが、御堂舞華さんは御在宅でしょうか?」
『古屋……』
「え?あ、はい。古屋憧理と申します。……あの?」
『……いえ、失礼致しました。古屋憧理様ですね。少々お待ちください』
ドアフォンから聞こえたのは、お爺さんの様にしゃがれた男性の声。
間が少し気になったが、耳でも遠いのだろうか。
『――お待たせ致しました。舞華お嬢様よりお許しが出ましたので、どうぞ中にお入りください』
「ありがとうございます」
敷地を囲むフェンスの門扉からピピピッと音が鳴ったかと思うと、鍵が解除されて静かに開いた。
あれ。案外すんなり許可が出たな。
もう少し日数が掛かるかと思ってたんだけど。
警察なら兎も角、俺みたいな無名な探偵を、こうも簡単に通すとは……。
拍子抜けすぎて、逆に警戒してしまう。
「……ま、いっか。出たとこ勝負といきますかね」
やや不審感が胸を過ぎりつつも、俺は敷地へと足を踏み入れる。
入れてもらえたんなら良かったじゃん?って素直に思えばいいのに、俺ってば邪推のしすぎかねぇ?
「……」
――優美は生きているわ、か。
これが唯、御堂舞華の精神が病んでしまったが故の発言で、黒沼優美の死後に撮られたというあの写真も、単なるカメラの日付設定ミスでした。
「――なぁんてオチだと、いいんだけどねぇ?」
そう小さく独り言を呟いて、乾いた笑いを最後に零すと、仕事モードに切り替える。
邸の玄関前には、先程の声の主と思しきお爺さんが、俺の姿を捉えるや否や穏やかな笑みと共に頭を下げた。
*******
待て。待て待て待て待て待て。
待てーいっ!!
「ちょっと田中!!こんな洒落たお菓子じゃなくて、ポテチとかにしなさいよ!あと、紅茶じゃなくてコーラ」
「ですが、お客様もおりますので……」
「私だけそれにすればいいじゃない!」
「……畏まりました」
困った様に笑うお爺さん……もとい家政夫の田中辰五郎さん。
田中さんは申し訳なさそうに俺に一礼した後、部屋を後にした。
ちょ、ちょっと待って田中さぁぁん!!?
「――ふぅ。ま、とりあえずは、この茶菓子と紅茶で我慢しとくわ」
「……はぁ」
ソファの上で胡坐を掻きながら不服そうな顔でアイスティーを飲む、キャミソールにホットパンツ姿の少女。
それから、金髪と言ってもいい程の明るい茶髪を肩の後ろに流すと、少女は俺へと向き直った。
「挨拶が遅れたわね。初めまして。私が御堂舞華よ。……それで、聞きたい事って何かしら?」
小首を傾げながら問う彼女の微笑みは、何故だか――言い知れない怖さがあった。
……いや、それよりも。
今のこの状況の方が色んな意味で恐怖だろう。
現在、俺がいる場所は――御堂舞華の私室。
もう少し具体的に言うならば、女子高生の私室に、露出度高めなピッチピチの女子高生と、誰とも知れない野郎が二人っきりでいる状況だ。
……ええ!?
普通リビングとかじゃないの!?いいの!?
大切なお嬢様の部屋で、初見の野郎と大切なお嬢様が二人っきりなのよ!?
……はぅあ!?
ま、まさか、冤罪!?
『この探偵さんに乱暴されましたー。えーん。しくしく……』的な冤罪でもかけてくるつもりか!?
チクショウ!!どうりであっさり通されたと思ったよ!!
「ねぇ、聞いてるの?」
「は……!?」
ソファの上でガクガクぶるぶると体を震えさせていると、舞華が怪訝な顔で再度声を掛けてきた。
というか、何故私室に対面式でソファが置いてあるのだろうか?
女の子一人の部屋で、どんだけ広いスペース取ってんだここ。
いやー、流石金持ちだね!!
……って、いかんいかん。現実逃避してしまった。
うん、よし!!何かあったらすぐ逃げよう!
何かあっても、指紋とかさえ残さなければ証拠はないのだ。
大丈夫大丈夫。証拠さえなければ……。げへへへへ。訴えれるものなら訴えてみろや、うへへへへぇ。
……ってあれ?これって、今から犯罪を起こす奴の台詞?
ノンノン。断固無罪を主張します。
「こほん。……ははは、失礼しました。私は古屋探偵事務所から参りました、古屋憧理と申します。お辛いかとは思いますが、先月に亡くなられたご友人の黒沼優美さ――」
「優美は生きてるわ」
「っ!?」
俺の言葉を遮って、突然目を見開かせながらそれだけを言う舞華。
その異様な雰囲気に当てられて、背筋にぞわりと悪寒が走る。
一瞬で空気に飲まれてしまい、緊張感で次の言葉を見失っていると、舞華は急に表情を戻して微笑んだ。
それからもう一度、
「優美は、生きているわよ?」
――と、一語一語を強調するように、ゆっくりと、穏やかな口調で繰り返した。
「そ、そうですか」
「ええ、そうなの。可笑しな事を言わないで?」
頷いて、舞華はフィナンシェを一口齧る。
一瞬動作が停止するも、食べかけのそれを無言で食べ進め、全てを飲み込み終えた後、舞華は眉を顰めながら軽く笑みを零して「美味しいわね」と感想を口にした。
けれど直ぐに、口元にだけ残っていた笑顔は完全に消えて、不満そうに顔を歪めながら「でも――」と言葉を続ける。
「……夏に焼き菓子は重いわね。やっぱりポテチとコーラが最強だと思うのよ。夏限定の夏ポテ梅味とかマジで神だわ。あ、でも、シンプルに塩も捨てがたい……。チョコと食べると、これまた合うのよねー。バニラアイスも可!!」
「……」
シリアスな空気から一転、突然熱く語り始めるポテチ談義。
場の変化についていけず、俺は目を瞬いた。
でもとりあえず――。
……ポテチにはビールだと思います。