12 黒沼優美
「えーっと。……聞けた?」
「……」
気が付くと、何か場面が飛んでいた。
ああ、まもると入れ替わってたんだなと、素早く状況を察した俺は、目の前で疲れたような顔で俯くゴリラに話しかけた。
でもまぁ、この様子じゃ、やっぱり無理だったんだろう。
「……もういい。そもそもあいつ、しゃべるのか?」
「一応」
「というか、主導権握ってるんじゃないのか?何故いきなり入れ替わった」
「いつでも出てきていいよーって、心の扉を全開にしてたから。ついでに今も継続中」
「……閉めろ」
何だよ。変われっていうから協力してやったのにさー。
「それで?まだ続けるか?俺的には早く二つ目の要件に入って欲しいんだが」
俺は大きく欠伸をし、二度寝したいんですアピール。
ゴリラは顔を顰めて溜息を吐くと、「分かった分かった」と両手を挙げた。
「……調査を依頼したい」
「まてまて。そういうのは事務所で頼む」
「ああ。こっちとしても、一般人に聞かれるのは不味い。ましてや未成年のガキだ」
ゴリラは葉流と愛樹を一瞥。
まぁ、当たり前だわなー。
というか、依頼内容が教育上宜しくないグロい物な気がするし、ゴリラが嫌がっても無理やり移動させるつもりではあったが。
「んじゃ、移動しようか」
俺は立ち上がろうと腰を上げた。
が、「ちょっと待て」とゴリラの制止がかかる。
そして何故か愛樹に向き直り、険しい表情で見つめ始めた。
え、ちょ、何?
「あ、愛樹ちゃんは渡しませんからね!?パパは許さん!!」
「お前馬鹿なの!?」
ゴリラが目を見開いて怒鳴った。
どうやら違うらしい。
「じゃぁ何だよ?愛樹を巻き込むのも、パパは許しませんからね」
「憧ちゃん。そのパパっていうの、気持ち悪い」
き、気持ち悪い……、だと?
ぐはっ……!!
俺は机に突っ伏した。重症である。
「馬鹿は放っておいて、愛樹ちゃんに聞きたいことがある」
「……何さ」
「先月の、……黒沼優美の事件、知ってるだろう?」
「そりゃ、一つ上とはいえ同じ高校だったし……。マスコミも学校によく来てたから、嫌でも知ってるよ」
「だろうな。愛樹ちゃんは、黒沼優美について何か知ってるか?学校で流れてる噂話でもいい。」
俺は机に顔を伏せたまま、話に耳を傾ける。
この事件については、愛樹と同じ高校の生徒だった事もあり、俺もよく覚えている。
その痛ましすぎる内容から、連日ニュースや新聞で大きく取り上げられていた。
「……何?憧ちゃんへの調査依頼って、その事件についてな訳?悪いけど、面識はないから。綺麗な人って事で時々騒がれてたぐらいしか知らないよ」
「そうか……。噂でも何でもいいから、何か分かれば教えてくれると助かる」
「お前にだけは教えたくない」
「……チッ。糞ガキが。なら、憧理にでも教えろ」
「わかった」
素直に頷く愛樹ちゃん。
俺経由でゴリラにも伝わるってこと、分かって……ないんだろうなぁ。うん。
「おい、行くぞ」
「ぐえっ!?」
俺はゴリラに首根っこを掴まれ、椅子から引き摺り下ろされた。
力半端ねぇ。息、出来ないんですが。
「ぐ、ちょ、ぐるじい。歩げまずがら……!おい!聞いてんのか、ゴリラ!!」
「言いやがった!!とうとう言いやがった!!」
ゴリラは手を放し、両手で顔を覆う。
そして、トボトボ歩き出すゴリラを後衛に、俺と直人は歩き出すのだった。
*******
場所は変わって、探偵事務所。
テーブルにはコップが3つと、麦茶がポットごと置かれている。
自分で勝手に注げという事だ。
直人は既に自分の分を注ぎ始め、かと思えば、次いで俺のコップにまで麦茶を注いでくれていた。
横からゴリラが空のコップを手に持ち、「ん」と直人に向けている。
それをチラ見すらせずに直人はポットをテーブルに置いた。
「おいっ!!俺、上司!!」
スマホを弄り始める直人。
流石っすわ。
「そんなことより、依頼内容を聞かせてもらっていいか?」
「……はぁ。どいつもこいつも」
部下に雑な扱いを受けた事を、“そんなこと”扱いされ、不服そうにゴリラは肩を落とした。
そして、自分で麦茶を注ぎ始める。
そうそう。自分の事は自分でしないとね!
「で、黒沼優美の件で良かったのか?というか、犯人は殆ど捕まってるんだろう?口を割らせれば直ぐ解決出来そうなもんだが……。それに、あれだけの事件だ。証拠も多かったんじゃないか?」
黒沼優美。先月の上旬辺りに死んだ女の子。
複数人の男からの強姦。
その後、主犯と思われる男からの暴行……というか、拷問だろうな。
その男の顔写真が狂人そのもので、激しい嫌悪感を抱いたのを覚えている。
そして、彼女は死んだ。
自ら首を掻っ切って。
女子高生がそんな選択を迫られる。その事実が、彼女が受けた苦痛と、事件時の壮絶さを物語り、唯々世間を驚愕させた。
主犯の身元は既に判明し、現在捜索中。強姦を行った連中もほとんど捕まってると聞く。
ほぼ解決していると言ってもいい事件だ。
それを何故、今更俺に依頼するのか。
俺は眉間に皺を寄せ、不思議だと言わんばかりの顔でゴリラを直視した。
「ああ。確かに、現場の物的証拠は馬鹿みたいに多かった。そのお陰で強姦野郎どもは直ぐに炙り出せたし、事件2日後で何人かは逮捕。全員、富裕層の変態共ってことで共通してたから、芋蔓式だったな。本当、隠す気あんのかってぐらいバレバレの犯行だったよ。だから、事件は解決に向かっていた、筈だった……」
「……筈だった?」
ゴリラは更に顔を険しくさせると、口を噤んだ。
少しの間、沈黙が訪れる。
……否。直人のスマホから流れる、ゲームの音だけが辺りを包み込んでいた。
このリズム感、恐らく音ゲーだろう。
そして、ゴリラは漸く口を開け、呟くように一言。
「……殺されたんだ」
「は?誰が?」
「犯人共が」
「……ん?ごめん、ちょっと意味が分からない。まだ捕まってない連中が、集団自殺でもしたってことか?それなら殺されたって表現はおかしいと思うんだが」
「違う。殺されたんだ。しかも、全員、だ。未逮捕の奴はもちろん、逮捕していた奴等まで、文字通り全員殺された」
「主犯も?」
「ああ。因みに、殺した奴の手掛かりはゼロだ」
……なるほど。異常だ。
逮捕されてた連中まで、ってところがまず有り得ない。
出来たとしても、警備体制が敷かれたあの場所で、防犯カメラにも映ることなく事を成し、逃げ果せる訳がない。
というか……、
「手掛かりゼロなら、調査出来なくない?何その無茶振り。舐めてんの?馬鹿なの?死ぬの?」
ゴリラの額に青筋が浮かぶ。
でも、こればっかりは俺の方が正しいので、フォローをする気はない。
「……はぁ。待て、まだ続きがある」
お、怒りを抑えた。
成長したねー。っていうか、あんな短気なのは葉流と愛樹の前だけなんだけどね。
舐められてるのを子供に見られたくないっていう意地があるんだろうが、残念。既に修正不可能です。
「寧ろ、こっからが本題だ」
「え、あれ以上の事が起こってる訳?」
「ああ、馬鹿馬鹿しい程の事実がな。まずはこれを見て欲しい」
ゴリラは鞄から封筒を取り出すと、俺に手渡した。
俺は怪訝そうにゴリラをチラ見し、封筒の中の書類に目を向ける。
「……ねぇ。見せる前に、グロ注意ぐらい言おうぜ?ビックリしたわ」
封筒を開けて一番に目に飛び込んできたのは、黒沼優美の遺体が映った写真。
しかも、事件現場のもの。
だから当然、遺体は綺麗に修復されてる訳もなく、目は開かれ、痛々しい……というより、ぐちゃぐちゃだった。
多分、死んだ後も行為は続けられていたんだろう。
爪はなく、四肢は折れ曲がり、身体の至る所に杭が打たれ、……うげ。これ以上は止めておこう。
ゴリラは俺の様子を見て、にんまりと口角を上げている。
してやったり、とか思ってるんだろうなぁ。この糞ゴリラ。
「悲惨だろう?お前はその写真を見て、どう思った?」
「は?……いや、同じような感想だと思うが」
「その前に、思う事があるだろ?この写真は、何の写真だ?」
「さっきから回りくどいぞ。……黒沼優美の遺体の写真。それも事件現場の、まっつんの悪意ある写真だ」
「そうだ。満点の答えだな」
……糞ゴリラめ。
「今更こんな遺体を見せたところで、犯人が殺された事件に繋がる様なものがあるとは思えないだけど?」
「いや、黒沼優美は間違いなく死んだ。それを知ってもらう為に見せただけだ」
「……は?どういう意味だ?」
「……次の写真を見てくれ」
俺は首を傾げながらも、遺体の写真と共に、資料にクリップで綴じられていた二枚目の写真に目を遣った。
そこには、人混みに紛れて、黒沼優美がはっきりと映っていた。
俺は更に首を傾げる。
「これがどうかしたのか?」
「それ、いつ撮られたものだと思う?」
「……はぁっ!?」
ゴリラに指摘され、写真の隅に印字された日付を見て、驚愕する。
日付は、7/27。……先週だ。
「そっくりさん、って事だよな?」
「……だと、俺も思った。いや、実際今も思ってる。……だって、有り得ないだろう?こんな事」
「半信半疑ってことは、黒沼優美かもしれないって根拠があるんだろ?」
「根拠って程でもない。ただ……、黒沼優美の遺体が、消えたんだ」
「……まてまて」
「事件後5日目、遺体安置所から消えた。そして次の日から、犯人共が次々と殺されていった。最初は、父親だった……。父親には、犯人に娘を売り渡したという嫌疑が掛けられていたからな」
「待てって!……つまり、この一連の首謀者は、黒沼優美の亡霊か何かって言いたい訳か?」
「……」
――ふん!馬鹿馬鹿しい。
べ、別に、ビビッてなんかないんだからね!
「それこそ有り得ないだろう」
「分かってる。だが、そんな中でこの写真だ。そして、もう一つ気になる事がある。視線の先にいる人物を見てくれ」
俺は言われた通り、黒沼優美(仮)の視線の先を目で追っていった。
映っていたのは、細身のオッサン。
こいつって確か……。
「不死を崇拝するカルト教団“エデン”の教皇、久保田俊彦だ。」
「……」
「だからこそ、お前に依頼しに来た。不死なんていう、馬鹿馬鹿しい都市伝説を調べ続けるお前に」
「……」
ああ、これも運命というやつなのだろうか……。
俺は溜息を零すと、「分かった」と苦笑しながら呟いた。
漸く話が大きく動き出しました。(汗)
筆が遅くてすいません。